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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
120/192

発表の当日

 夏の社交の時期がやって来る。夜会がたくさん開かれるその時期に合わせて、文化交流事業の第一弾公演を行うらしい。公演自体は昼間にして、そこに私たち以外にも様々な地域から発表に集まっている。

 衣装は今日のために特別に仕立ててもらった。それぞれに似合って、それぞれの曲に合うような意匠にしてもらっている。曲も選抜して提案した物は大半を採用してもらって、今日披露することとなっている。

 何組もの発表を見たり聴いたりする。不思議な服装で踊ったり、見たことのない楽器をたくさん使って演奏したり。だけど、聴衆は貴族ばかり。


「ねえ、アリシア。どうして貴族の人ばっかりなの?」

「民衆の前でやるには貴族の協力が不可欠だわ。それを得るために、まず貴族たちに魅力や有用性を伝えるのよ。今日は魅力を伝える時間ね。」


 学園や皇都の広場で演奏したり歌ったりした時と同じ調子でやろう。それまでは見て聴いて楽しめる。

 自分たちの番がやってきた。最初は四人で歌う曲だ。衣装もそれぞれの曲に合わせているけど、並んでも違和感はないようにしてくれた。アリシアとラウラは格好良い雰囲気で、マリアと私は可愛い雰囲気だ。ズボンとドレスでも分かれている。マリアは豪奢なドレスに抵抗があると言って、簡素なスカートのようにも見える物だ。

 厳しく審査されているような気分にもなりつつ、それぞれを中心とした曲も問題なく進んでいく。全ての曲が終わって拍手をもらえば、ようやく一息吐けた。


 舞台裏に戻って、互いを労わり合う。


「アリシアもラウラも格好よかったよ。マリアも素敵だった。」

「愛良ちゃんも可愛かった。」

「ええ、まさかこんな風に、こんな場所で歌ったり弾いたりするなんて思ってもみなかったわ。」


 マリアはようやく実感したように、微笑んでいる。


「三人ともお疲れ様。この後、夕食を済ませたら夜会が待っているわ。パートナーに関しては心配しなくて構わないわ。ラウラとマリアは知っているわよね。」

「ええ、夜会のことは分からないから助かったわ。一足先に戻らせてもらうわね。」

「迎えに行かせるわ。それまで休んでいて頂戴。」


 私が聞いていなかった予定があるようで、マリアとラウラは先に帰ってしまう。私はアリシアといることになっているけど、夜会には私も出るのかな。

 手を引かれてついて行けば、少し畏まった服装の秋人が待っていた。


「愛良を頼んだ。私は直接向かうわ。」

「アリシア様もお気を付けて。」


 今度は秋人に連れられて、行きにも乗って来た馬車に乗せられる。もうおしまいの雰囲気ではなく、まだ何かが待っていそうだ。


「ねえ、何があるの?」

「夜会だよ。ダンスの練習はしただろ?」


 曲を作る合間に、運動のついでにと言って、秋人に踊らされた。友兄も相手をしてくれることはあったけど、このためだったみたい。


「夜会ってパートナーがいるんでしょ?」

「そう、愛良のパートナーはアリシアさんだ。」


 男女の二人一組が基本だと聞いた覚えがある。私もアリシアも女性だけど、アリシアと一緒に踊るのかな。私も、夜会に出るのか。

 そんな疑問が顔に出たのか、その点についての説明を始めてくれる。


「愛良はこの後、夕飯を食ったら、夜会用のドレスに着替える。その間、アリシアさんは挨拶したり食事したり色々して、あっちで着替えもして夜会の会場に向かう。男装するから、愛良は友幸さんと踊るのと同じように踊れば良い。」


 アリシアと踊ったことはないけど、心配は要らなさそう。男装はどんな雰囲気になっているのかな。楽しみだ。


「会場までは俺と友幸さん、それからマリアさん、ラウラと一緒に向かって、会場でアリシアさんと合流だ。多少は休む時間もある。」


 マリアとラウラも休んだり、準備したりしている。アリシアは休めないのかな。


「ねえ、アリシアは?」

「色々やることがあるみたいだな。まあ、丈夫な人だから愛良が心配することじゃねえよ。」


 せめて私が心配させないよう、しっかりした様子を夜会でも見せてあげよう。そのためにはまず、しっかり食べて、時間までしっかり休むこと。




 衣装とは違うドレスも用意されていた。友兄が初めてくれた髪飾りと同じ若草色で、ふわふわの可愛い意匠になっている。

 お着替えを済ませたら、部屋を出る。もう秋人と友兄は待ってくれていた。


「すっごく可愛い。」

「良く似合ってるよ。」

「ありがとう。」


 侍女にも褒めてもらったけど、やっぱり嬉しい。玄関に向かおうとしたけど、秋人に引き戻される。


「けど、ちょっと胸元が寂しいんじぇねえの?」


 しっかり薄い布で覆われている。胸元を露出するようなドレスもあるそうだけど、これはそういった種類の物ではない。侍女が何も言わなかったということは、これで完成だと思ったけど。

 私の装飾品棚を勝手に見て、一つの首飾りを取り出した。手早く私に着けると、満足げに頷く。


「ほらやっぱり。こっちのほうが可愛い。」


 秋人からもらった首飾りだ。自分があげた物を使ってほしかったのかな。合わないわけではなさそうだから、このまま行ってしまおう。

 今度こそ、と歩き出そうとすれば、友兄が秋人を睨んでいた。


「時間なくなるからさっさと行こう。友幸さんも。」

「誰のせいだと思ってんだ。後で覚えてろ。」


 また不機嫌になっている。友兄、サントス邸では機嫌が悪くなりやすいみたい。機嫌が直るのも早いけど。

 近づいて立ち止まっていた友兄と並んで、何となく違和感を覚える。秋人のほうを見ても、やはり違和感がある。


「どうした?」


 手を引かれて玄関に向かいながら、違和感の原因を探る。


「何か変な感じする。」

「歩きにくいか?慣れておいたほうが良いと思うけど。」

「ううん、そうじゃなくて。」


 真っ直ぐ見た時に目に入る物が違う。服装が違うからそれは当たり前なのだけれど、それ以上に違いがある。靴が違うのも確かだ。今日はドレスに合わせて踵の上がっている靴になっている。


「あっ、分かった。秋人とちょっとだけ視線が近いの。」

「ヒール履いてるからだろ。」


 友兄とも視線が近い。


「友幸さんも今日は身長盛らないんだな。」

「言い方があるだろ。アリシア様が自分とそう変わらない身長の男と踊っても見栄えしないとか言うから……」


 今日はアリシアと踊らない気がする。だって、アリシアは男装して私と踊るから、他の人と踊るとしても女の人と、になる。だから友兄もヒールで背が高く見えるようにする必要がないのかな。


「盛ったところでそう変わんねえだろ。アリシアさんがヒールじゃなければ多少変わるかもしんねえけどな。」


 不機嫌な友兄も一緒に、秋人にエスコートされて馬車に乗り込む。この後、ラウラもマリアも一緒に向かうから、少し大きな馬車だ。

 話しすぎて着く前に疲れてしまわないように、静かに座って、オルランド邸へ向かった。



 マリアたちは来るまでは静かにしていられたけど、二人が馬車に乗り込んで、走る馬車の中でじっくりとその服を観察すれば、我慢できなくなってしまった。


「二人ともすっごく綺麗だね。ラウラはなんだか人魚姫みたい。」


 私のふわふわしたドレスとは対照的に、青系統で固められたドレスはラウラのたくましい体つきを強調している。部分的な膨らみがあるドレスだけど、勇ましさまで見える。肩が出ていても、私みたいに頼りない雰囲気にはなっていない。一度だけ私も似たような意匠の物を着させてもらったけど、私には似合わなかった。


「ありがとう。愛良ちゃんも可愛くて、お話の中のお姫様みたい。」


 本物のお姫様ではなくて、お話の中のお姫様。可愛いのはお話の中だけだからね。身分で言えば王女様と同じだけど、アリシアはお姫様のようではないから。


「マリアも素敵だよ。何か神々しい気がする。」

「嬉しいわ。ねえ、愛良は知っているかしら。人は服の色や装飾品にまで意味を込めるのよ。今日は琥珀色のドレスなの。」


 ふふ、と幸せそうに笑ってみせるマリア。そのドレスは、本人が言うように優しい琥珀色で、銀糸の刺繍が施されている。私のようにふわふわしているわけではないけど、ラウラのように露出しているわけでもない。


「琥珀色に意味があるの?」

「ええ、特別な人の髪と瞳の色ね。ちゃんと本人にも言って来ているもの。愛良は、首飾りが特別かしら。」

「秋人が着けてって言うから着けたの。」

「そう、素敵だわ。」


 そんな風に互いのドレスについて話し、アリシアの服装を楽しみにしつつ、会場へと向かった。




 会場の前で、それぞれマリアは秋人に、ラウラは友兄にエスコートされて、馬車を降りる。ラウラは必要としていなさそうだったけど、形だけはきちんとしていた。私も降りる時だけ手を借りて、アリシアを待った。

 少し遅れて来たアリシアは物語の王子様のようであると同時に、守ってくれそうな強さを感じる服装だった。ドレスではなく男装をしていて、紅い耳飾りがよく映えている。


「すっごく格好いい!」

「ありがとう。では、愛良姫、貴女を私にエスコートさせていただけるか。」

「はい!」


 それぞれのパートナーが揃ったから、会場に入った。煌びやかな格好をした男女が歓談に興じている。夢の世界みたい。

 最初の一曲はパートナーと踊る。私はアリシアとだ。


「一曲、お相手いただけるか、愛良姫。」

「ぜひお願いします。」


 力強いアリシアの手に引かれ、会場の中心へ近づく。覚えたステップを間違えないように気を付けつつ、周りで踊る人たちも観察する。少し離れたところで秋人とマリアも、友兄とラウラも踊っている。


「上手だな、愛良姫。」

「練習したからですわ、アリシア様。友兄、えと、友幸様にも練習に付き合っていただきましたの。」


 アリシアをアリシア様というのも変な気分だけど、それ以上に友兄を友幸様と呼ぶことになっているのがとても不思議な気分になる。


「彼もなかなか上手だからな。今は、ラウラに振り回されているようだが。」


 こういう踊りは基本、ゆったりと、二人でお話ししながら踊るという。だけど、友兄とラウラの組は、明らかにラウラが引っ張っていて、友兄はそれに何とかついて行っているように見える。


「あれはいいの?」

「楽しんだ者勝ちだよ、こういう時は。政治的な戦いの場となればまた変わってくるが、今日は楽しむ日だ。」


 アリシアは私をくるりと回転させてくれる。特に意識しなくても、全部アリシアがやってくれているから、私が何かをすることはない。その力に身を任せるだけだ。友兄と同じような感覚で、という話だったけど、どちらかというと秋人の時のような力強いリードで、安心できる。


「楽しいです、アリシア様。」

「喜んでもらえたなら何よりだ。」


 曲の切れ目で、踊る相手を変える。私は誰と踊ろうかときょろきょろしていると、アリシアが助言をくれた。


「誘われたら踊るでも、踊りたい相手を誘うでも好きにすると良い。」


 自分は友兄を誘いに行った。今日は男装だから、友兄も男性の服装だけど、一緒に踊るつもりみたい。アリシアがリードする側だ。友兄は怒った顔をしている。その上、今日のアリシアは男装なのにヒールを履いているから、友兄のほうが小さく見える。だからいつもは友兄がヒールを履くのかな。

 私は誰と踊ろう。少し休憩してからにしようかな。


「愛良、俺と踊らないか。」

「うん!」


 マリアをどこかに置いてきたのか、秋人が誘ってくれた。練習の時のように力強くリードしてくれて、会場の真ん中まで連れて行かれる。速すぎはしないから、難なくついて行ける。何度も練習した相手でもあるから、アリシアの時ほど緊張はしない。ステップだって多少間違えて足を踏んでしまっても、強引に戻してくれる。


「初めての夜会はどうだ?」

「すっごく楽しい。あのね、どきどきする。」


 さっきアリシアと踊ったせいか、その違いがはっきり分かる。練習の時も、今日は秋人と、今日は友兄と、だったから続けて違う人と踊ることなんてなかった。だけどアリシアと踊った直後に秋人と踊っている。

 背の高さが違うのは知っていた。踊る時の目線の高さで言えば、アリシアや友兄のほうが近いから見やすいはずだ。何度も腰に触れて来た手は覚えているけど、練習の時とも細さを確認するための時とも違う気がしてしまう。


「よく似合ってるよ。そのドレスも、俺があげた首飾りも。」


 ふと、マリアの言葉を思い出す。琥珀色のドレスが、特別な人の髪と瞳の色。私の首飾りは、珊瑚色だ。

 秋人が、いつもより優しい瞳で微笑んでいる気がした。


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