新事実発覚
お茶の時間まではしっかり集中して曲作り。少し集中が途切れた時に、休憩を兼ねて今日は友兄の所に突撃だ。その前に、アリシアの所に寄って行く。
「ねえねえアリシア、今時間ある?」
「忙し、どうした?……ああ、そういうことか。それなら構わない。」
内容までは聞き取れないけど、私の要件を伝えてくれたような秋人が出てくる。
「とっくに説明してるもんだと思ってた、ってさ。関係性の把握は必要なことらしいから、友幸さんに断られても俺から話せる。」
「じゃ、まず友兄に話してくれるように言うね。」
お部屋に行けば、レース編みをしていた。私にも手作りの物をくれるから、作るのは好きなのかもしれない。
手は止めなくても、お話はしてくれる。今日のお菓子はゼリーだ。食べながらでも話しやすい。だからそれに手を伸ばしつつ、私は私の疑問をぶつけた。
「どうしてアリシアとご飯するの、私はダメなのに、友兄はいいの?」
手が止まった。
「さあ、なんでかな。」
また手を動かす。答える気はなさそう。秋人はやっぱりとでも言い出しそうな顔をして、話すように促してくれる。
「サントス邸で生活するようになって、貴族からの誘いが減ったんだよな。」
「そうだよ。生活の心配も減ったから、誘いが減るのは利点しかない。」
貴族から誘われるのは嫌だった。アリシアのおかげで嫌なことが減った。だけどあまり嬉しそうにはしていない。
「自分で言う気ねえの?」
黙って手を動かしている。それを肯定と取ったのか、秋人は説明を始めてくれた。
「立場上は愛人だな。だけど、アリシアさんは結婚してないから、実際には伴侶に近い扱いになってる。春の夜会シーズンでもパートナーとして出席してたもんな。」
「仕事だ。」
一言だけの反論。夜会には男女の二人一組で出席するのが基本となっていて、結婚している人は伴侶と参加するそうだ。していなくて婚約者のいない人は友達とかと参加することもあると聞いたけど、秋人の言い方ではそんな雰囲気ではない。
「友兄、アリシアと結婚するの?」
「誰がするか。」
する気はないらしい。一緒に住んで、そういう扱いになっているのだから、結婚するかしないかなんて些細な違いに思えるけど、友兄にとってはそうではないみたい。
感情的に返す友兄とは対照的に、秋人は真面目に説明を続けてくれる。
「難しいってのもあるな。アリシアさんはサントス王女だから、本当に結婚するとなると大陸での問題も発生する。その辺りも考えれば、皇国で伴侶扱いはできるけど、大陸では難しいって話だな。」
バルデス共和国になってはいるけど、共和国宣言したうちの一人であるラファエル王子として知られているから、敵対意識のあるサントス王国の王女との結婚は難しい、ということかな。私も大陸ではアリシアと仲良し、と振舞うのが難しいのかもしれない。
だけど、それは大陸の事情。皇国では好きにできる。
「ここでは伴侶みたいなもの、ってこと?」
「そういうこと。家の中でもそういう扱いだろ。」
「気が付いたらそうなってたんだよ。」
嫌なら嫌と言えばやめてくれると思うけど、そうしないのはどうしてかな。いいこともあるからかな。
兄弟姉妹が結婚した場合、その伴侶も義理の兄弟姉妹になると聞いたことがある。友兄も兄だから、アリシアは姉になる。
「アリシア姉になるんだね。」
「お姉ちゃんじゃねえんだ?」
「それはお兄ちゃんの伴侶の人に取っておくの。」
とても不本意そうな顔で見ていても、友兄は何も言わない。ゼリーも食べ終わったら、食器を返しに行くついでに、アリシアの所に寄って行こう。
「アリシア姉、って呼んでいい?」
「急にどうしたの。」
「今、友幸さんがアリシアさんの伴侶みたいなものって説明してきたから。」
秋人が状況を説明すると、アリシアは納得したように頷いた。
「私が友幸から苦情を入れられてしまいそうね。今まで通りアリシアと呼んで頂戴。」
ダメみたい。もう、友兄はどうして嫌がるのかな。アリシアのおかげで嫌なことが減っているのに。
「分かった。友兄の伴侶だけど、アリシアはアリシア。」
「そういうことね。愛良、作品の制作具合はどうかしら。」
「順調だよ。あと少しで数曲用意できるから、心配しないで。」
「私たちの練習期間も必要だということを忘れないで頂戴。」
忘れていた。完成させれば十分なつもりでいた。もうあまりのんびりしている時間はないかもしれない。
「急いで作ってきまーす。」
そそくさと執務室を退散し、音楽室に籠る。ひとまず曲を仕上げて、それから人数分写してあげよう。
曲は色んなものが思いついたから、色々用意している。どれを本当に披露するかは、アリシアたちに選んでもらおう。
一曲目は一番力を入れた始まりの曲。私が伴奏で、四人で歌う曲だ。全員のパートが平等になるように気を付けている。私は弾いてもいるけど、歌う部分で平等になっている。みんなを引っ張っていけるアリシアと、綺麗で優しいマリアと、格好良く戦えるラウラと、可愛く元気な私、という構成だ。自己紹介のような曲でもある。これからみんなよろしく、という気持ちを込めた。
次はアリシアが中心になって歌う曲。格好よく頼りに部分と、強くて優しい部分が出るように気を付けた。マリアには竪琴の見せ場もある。伴奏は私。
マリアの曲は、愛情深い聖女様の部分と、綺麗で包容力のある部分が見えるように。今度はアリシアに竪琴の見せ場だ。
ラウラの曲は、勇ましく戦う部分と、自分の決めたことを貫く強さが出るように。大陸では私が寂しいと振舞っても、姫様に対する扱いと言う態度を変えなかったから。そのことをそのまま描くわけにはいかないけど、そんな一面があることは表現できる。
そして私の曲では、今の私の気持ちを素直に表現した。知らない世界に飛び出すけど、みんながいてくれるから楽しみ、という気持ちを込めた。私にできることがある喜び、というつもりでもある。
「お疲れ。集中してたな。」
「あれっ?友兄、どうしたの。」
いつもは秋人が呼びに来てくれるのに、今日は友兄だ。お茶をしようと私から行くことはあっても、友兄から来てくれるのは珍しい。
「来ないな、と思って。忙しいんだな。」
「うん。でも、休憩はちゃんと取って、お菓子は食べるように言われてるから。食堂寄ってから行くね。」
「ああ、待ってるよ。」
今日は自分でお菓子とお茶をもらって、友兄のお部屋に向かう。秋人のように片手で軽々とはいかないから、両手で気を付けて持っていく。白玉がいくつも器に乗っているけど、何かがかかっていたり、他に果物が入っていたりはしない。
お部屋ではもう見慣れたレース編みに勤しむ友兄の姿がある。
「お待たせ。今日はそっちでお茶する?」
「そうしようか。愛良は給仕できるのか?」
窓際の小さな机に、お盆を乗せる。レース編みの道具も乗っているから少し狭いけど、乗せられないことはない。
自分のほうに白玉のお皿を置いて、お茶を淹れる。カップにお湯を入れて温めて、それからお茶を注ぐ正解だ。これは家庭科の授業でも習った。授業を思い出しつつ入れて、先に友兄の前に置く。
一口飲むと、笑って私に差し出した。
「飲んでごらん。」
お茶の味だ。だけど、いつもより少し苦い気がする。
「茶葉の種類は聞いてきたか?この茶葉の淹れ方は?」
「聞いてない。茶葉ごとに淹れ方違うの?」
「お湯の温度と、蒸らす時間の違いだな。まあ、愛良は侍女じゃないから、お客さんに出すことはないだろうし、別に良いんじゃないか。」
恵奈とか秋人は何も気にせず淹れていたように見えたけど、実は違ったのか。そのまま友兄は少し失敗してしまったお茶を飲んでくれるけど、なんだか悔しい。次はきちんと聞いてこよう。
「友兄は知ってたんだね。」
「教えてくれた人がいたんだよ。必要になるかもしれないから、って。自分は淹れるの上手じゃない癖してな。」
なんだか楽しそう。きっと素敵な思い出なのだろう。他にもその人に関する話をしてくれる。今日はお話ししたい気分なのかな。
「貴族に対する礼儀作法の大部分も、その人に教えてもらったよ。出迎える時や見送る時は必ず立つとか、許しを得る前に顔を凝視してはいけないとか。」
聞きつつ白玉を一つ口に含む。弾力のある食感が面白い。表面も少し甘いけど、それ以上に甘いクリームが中から出てきた。
「名前の呼び方も教わったよ。その頃は何も知らなかったから。気軽に家名ではなく下の名前で呼んでくれ、と言われても、様付けにはしないといけないとか。」
次の白玉も、もにもに、と噛んでいく。今度は少し酸っぱいクリームだ。もしかして、全部中身が違うのかな。
「貴族の屋敷には行かないとか。〔虹蜺〕の本部で会う時も二人きりは危ないとか。本当に色々教えてもらったんだ。」
お茶で口の中の味をいったん綺麗にして、三つ目を味わっていく。三つ目は少し苦みがある。クリームではなくてゼリーが入っているような舌触りだ。残り二つは何だろう。甘味、酸味、苦味ときたから、残りは辛味と塩味かな。
「そのうち婚約者だって言う女性も連れて来てさ。可愛いだろって言って自慢するんだよ。綺麗な人ではあったけど、いつも俺のことを可愛いって言ってくるから、あんまり会いたくなかったんだよな。」
苦めの物を食べた後は甘い飲み物が飲みたくなるけど、これは自分が淹れたお茶だから仕方ない。本当は苦くなかったかもしれないと思いつつ、ゼリーの苦みをお茶の苦みに切り替える。
四つ目はピリピリとするほうだ。お菓子で辛い物が出てくるなんて。もし甘いクリームを食べた後にこれを食べたら、きっと、もっと驚いてしまう。同じ見た目から同じ甘さを期待しているのに、辛味が口の中を襲うのだから。
「昨日も、アリシア様ならたくさん愛してくださるでしょう?なんて言うんだから。別にそういう関係ってわけじゃないのに。心配してくれてたのはありがたいけど、前提がまず誤解なんだよな。」
ピリピリが収まるまでお茶で休んで最後の一個。これにはとろとろのチーズが入っていた。こんなに食べたらお腹が膨れてしまいそう。
「愛情深いお人だからとか言うけど、どこを見てそんな感想が……って愛良、聞いてないな?」
「えっ?ううん、昨日楽しかったんだよね。」
「まあ、間違ってはないけど。美味しかったか?」
「うん。もっと改良してから友兄にも出してくれるつもりなんだって。」
私に作ってくれるのは試作品も多い。後できちんと感想を伝えるから、それも考慮に入れてより美味しく楽しくしていく。そうやって完成させてから、アリシアや友兄、お客さんが来た時にはその人にも出すと言っていた。
つまり、私はいち早く美味しい物を食べられている、ということ。今日のお菓子は白玉の色も違えばもっと面白かったかも。見た目は全部同じだから、最初出された時、何だろうとなってしまうからね。
お菓子で体力と気力を充填して、この後はまた曲作り。四人で演奏するのも楽しみだ。