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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
118/192

新しい日常

 文化交流事業の宣言の日に向けて、曲作りを始めている。今は作りたい気持ちでいっぱいだから、何の障害もない。もっと良くなる気がして何度も作り直す。まだ具体的な日程も決まっていないという話だから、焦る必要はない。

 気分転換にそのうち贈ろうと思っている曲も作っていく。喜んでもらえることを期待するけど、こちらは気を付けないといけない。時々、様子を見に来たり、お茶しようと言ってきたりするから、その時に聞かれてしまうかもしれない。当日に驚いてほしいから、こちらは内緒にしておきたい。

 友兄がいる日はいつも一緒にお茶をするけど、今日は一人だ。お稽古があるからと言って、出かけてしまった。アリシアも別件で外出していて、秋人もアリシアに何か指示されたみたいで、今日はいない。

 いつもなら楽しい気分でお菓子も食べて、気力を充実させてまた曲作りに励む。だけど今は少し寂しい気持ちになってしまって、再開する気分になれない。


「愛良様、お疲れですか。」

「恵奈。あのね、一緒にお茶しよう?」

「では失礼して。」


 忙しくない時は相手をしてくれる。お菓子は食べないけど、お茶は飲んでくれるから、時々こうして誘っている。今日はクッキーだ。一枚、また一枚と私は食べるけど、恵奈は一切手を付けない。


「恵奈はなんでお菓子食べないの?」

「私はお腹に余分な脂肪がついてしまうのです。愛良様はまだ育ち盛りなのでしょうか。食べた分もお胸やお尻についているようですね。」


 秋人にはもう少しお腹周りにも必要なくらい細いと言われている。きちんと三食と間食を取っているのに不思議だ。そのせいで出かける度にお土産と言って食べ物を渡されている。どれも美味しいから嬉しいけど、規則正しい生活は送っているよ。


「ねえ、みんなはいつ帰ってくるかな?」

「アリシア様はお仕事が終わり次第、帰られる予定です。友幸様はお夕飯までにお帰りになるつもりだそうです。」


 秋人は恵奈が仕えているわけではないから予定を把握していない。友兄はどういう扱いか分からないけど、恵奈もとても丁寧に接している。秋人と友兄が同時に違う指示をした場合に、友兄の頼みを優先するくらいの扱いだ。


「どのくらいの時間になる?」

「具体的な時間までは伺っておりません。訪問者がおられれば、翌朝以降になる可能性もあるますね。」

「朝?今晩帰って来ないかもしれないの?」

「友幸様がお望みになれば、その可能性もあるという話です。貴族の方から無体をされないよう、アリシア様も気を付けられるつもりだとはおっしゃっていましたから、御心配には及びません。そのために、秋人様を友幸様に付けておられるのでしょう。」


 貴族相手のお仕事の時、断りやすいように、かな。危ないという話と関係しているのかもしれない。私だと危ないことも多いだろうという話だったから、友兄でも危ないことはきっと起きる。秋人が守ってくれるから、友兄が嫌なら断って帰って来られる状態になる、ということだ。


「アリシアも友兄を心配してるんだね。」

「そういうことです。さて、私はそろそろ仕事に戻らせていただきます。」

「うん、ありがとう。私もお仕事頑張ろうっと。」


 お話ししたら寂しい気持ちもなくなるから、楽しい曲が作れる。これから先が楽しみだという曲を作りたいのに、自分が寂しくて辛い気持ちを持っているのは苦しいからね。




「愛良、夕飯は?」

「まだ。」


 お夕飯の時間だと呼ばれてしまう。集中しているとあっという間に時間が過ぎるから、こういうことはたびたび起きている。もう少しという気持ちもないわけではないけど、きちんと食べないと痩せてしまうから、食事は後回しにできない。

 いつも呼びに来るのは秋人だ。私はアリシアに仕える立場だから、基本的にアリシアと一緒に食事を取らないことになっているそうだ。他の家の人がいない時はそこまで気にすることはないとも言われているけど、うっかり忘れてしまわないように、三食は一緒に取っていない。一緒にお茶はするけど。


「あれ?今日、遅くならなかったんだ。」

「遅くなったから聞いてんだけど。」


 後回しにしてしまっていたみたい。気が付くと途端に空腹を感じる。集中していると気にならないのに不思議だ。お勉強の時もそうだったけど、その時以上に食事を飛ばしがちになっている。


「忘れてた。」

「だから痩せるんだろ。」


 アリシアたちとは違う小さな食堂に連れて行ってもらって、少し遅いお夕飯だ。秋人もこれからだと言うから、一緒に食べる。


「友兄は帰って来てるの?」

「ああ。だから俺も帰って来てる。お貴族様の訪問自体なかったから、夜のお誘いもなかったんだ。予約もされてなかったみたいで。流石に王女様が囲ってんのに手を出す勇気のある奴はいなかったみたいだな。」


 友兄が聞いたら怒りそうな言い回しだ。囲っているとか愛人とか言われるのは好きではないみたいだから。だけど、それと夜のお誘いというものの関連性は分からない。暗くなってからのお出かけがダメなのかな。秋人と一緒にさっき帰って来たなら、既に暗かったように思えるけど。


「夜のお誘い?」

「悪い、食べながらする話じゃなかった。」


 教えてくれないらしい。食べ終わったらもう一度聞いてみよう。今日も美味しい食事を味わって、いつもよりたくさん食べられた。時間が遅かった分、お腹に空きがあったのかもしれない。

 前を見れば、私よりたくさん食べているはずなのに、秋人は先に食べ終わっていた。


「ね、夜のお誘いって何?」

「今日はいつもより遅いからさっさと休まないとな。後でデザート持ってくよ。それとも酒が良い?」

「デザートがいい。」


 私の質問に答えてくれなくても、私は答えてあげる。お酒も甘くて美味しいものもあるけど、私はそれより果物やお菓子が好き。


「友兄、帰って来てるんだ。なのに、いつも一緒に食べないよね。」

「アリシアさんと食べてるんじゃねえの。」


 私はダメなのに、友兄は一緒に食べられる。アリシアに仕えているかどうかの差かな。愛人さんってどういう立ち位置なのかな。


「なんで?」

「なんで、って。友幸さんかアリシアさんから聞いてねえの?」

「何を?」


 また答えてくれなかった。これは友兄に聞くことなのかな。アリシアはいつも忙しそうだから、時間のありそうな時に聞いてみよう。


「明日なら友幸さんもゆっくりしてるだろうから、その時に聞いてみるか。多少嫌がるだろうけど、いつまでも黙ってることでもねえし。むしろ今まで言ってないことのほうが不思議だよ。」

「そんなに大事な話なの?」

「大事っつうか、愛良以外はだいたい知ってる話、かな。」


 また私だけ知らない話だ。どうして毎回私にだけ内緒にするのかな。それとも、私が気付いていないだけかな。


「むー。」

「明日分かるから。まあ、外で二人がどうしてるか知らなかったら気付かないよな。」


 外での行動を見ていれば気付くこと。私はアリシアの仕事や夜会の時について行かないから、その時の様子は分からない。友兄はついて行っていたり、連れて行かれたりしているけど、それが何か関係しているのかもしれない。

 気になるから、午前のお茶の時間に聞こう。


「分かった。明日ちゃんと聞く。あ、それって私だけで聞いても教えてもらえるよね?」

「さあ。愛良にはまだ早いとか言うかもな。」

「何それ!午前のお茶の時、秋人も来て。」


 恵奈は友兄が強く口止めしたら絶対に話してもくれず、聞くための協力もしてくれないから、頼りにならない。


「手が空いてたらな。」

「アリシア、まだ忙しいの?」

「お前もそろそろ完成させろよ。具体的な日程決めにかかってるから。」

「はーい。」


 そろそろ作り直している分から何曲か選抜しないと。それから仕上げかな。

 今後の算段をつけたら、部屋に戻される。ゆっくりお話ししすぎると寝るのが遅くなってしまうから仕方ない。お話はまた寝る前に。




 お風呂も入って、自室でゆっくりしていると扉が叩かれる。


「お待たせ。今日は杏仁フルーツだって。」

「美味しそう!」


 白くて柔らかいゼリーのようなものに、パイナップルとマンゴー、それからさくらんぼが一つだけ。透明な深さのあるお皿に入れられていて、目にも楽しい。

 秋人も正面に座るけど、この時間はお茶だけ。一人で食べても寂しいと言って以降、食べている間はいてくれるようになった。


「なんで秋人は食べないの?」

「俺の分は用意されてないから。お前を太らせるためにアリシアさんが特別に用意させてるんだからな。」

「ふーん。」


 寝る前に食べると太りやすい。だから食べないように、と学園ではみんな言っていた。だけどここでは食べるように、と私だけ言われている。

 そんなことより今は目の前の杏仁フルーツだ。果物の部分も好きだけど、私は白い部分もつるっと食べやすくて、甘くて好き。三種類も果物が使われている贅沢な物だから、ゆっくりと味わっていく。甘さに慣れたらパイナップルで少し口の中をさっぱりさせて、また新しい気分で甘い部分を口に含む。最後は大事に取っておいたさくらんぼ。


「んー、美味しい!」

「良かったな。少しは太ったか?」


 たびたびお腹周りを確認してくるけど、そんなにすぐに効果が出るはずもない。だけど、最近少し、私は実感したことがある。


「うん。服が少しきつくなったから。」


 お針子の人に頼んで直してもらうか、新しい服を買うかしないと、と友兄が言っていた。きちんと私も成長していると胸を張ったのだけど、秋人は隣に座って、手でなぞって不思議そうにする。


「どの辺が?」

「お胸のあたり。」

「それは太ったとは言わねえよ。」


 脂肪が増えていることは同じなのに、お胸は違うらしい。

 私の返事で納得したのか、確かめる手を離した。お胸は触って確かめてはいけないから、殴るふりの準備もしたけど、必要なかったみたい。


「じゃ、太るためにさっさと寝ろよ。お休み。」

「お休みー。」


 食べた後のお皿とかも全部持って行ってくれるから、本当に後はもう寝るだけだ。明日から試作品の選抜と仕上げを頑張ろう。


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