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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
116/192

卒業試験

「久しぶり、愛良ちゃん。」

「会いたかったよー。」


 一年以上会えていなかった同級生たちとの再会だ。貴族の子の中にはお見舞いに来てくれた子もいるけど、学園で会うとまた違った気分になれる。


「本当に試験大丈夫なの?」

「うん。お家でいっぱい教えてもらって、勉強してきたから。」


 今日と明日はその成果を出す日。何度も確認問題を出してもらって、文章で答える問題も解いた。厳しいエリスに頭も体も鍛えられたと言っていた秋人に教えてもらったから、たぶん合格できる。

 みんな緊張している。久しぶりの再会を喜んでくれるけど、会話は少ない。教科書を読んで復習している子もいる。今更やったって遅いと思うけど、本人が頑張っているならその邪魔はできない。


 試験が始まれば、髪を捲る音とペンが紙を擦る音だけが教室に響く。二日の日程で、全ての科目が試される。剣術や銃術など戦闘技能の授業を取っている子は三日目があるけど、私にはない。

 見たことのある気がする問題があっても油断しない。同じ物を見て問題を作っているのだから、似た文章になってもおかしくない。一文一文、最後までしっかりと読んでから答えを書く。

 早く解き終われば、しっかり見直し。解答欄を一つずらして書いてしまっていないか、書き間違いはないか。そんなことで点数を落とすのは悔しすぎるからね。それでもまだ時間が余っていれば二回目三回目の見直しだ。間違いを見落としているかもしれないから。



 そんな風にして、一日目の試験が終わった。まだ明日もあるけど、少し緩んだ空気の談話室で、友達とお話しする。お勉強したい人はそれぞれの部屋に帰っているか、図書館に行っているから、気にせずお話しできる。


「随分長く休学していたのね。」

「うん、色々あったんだ。」


 一番に話しかけてくれたのはエリーちゃんだ。でも、ずっと気にかけてくれているエリーちゃんにも、大陸に行っていたことは内緒。みんなと今まで通りの関係でいたいなら、言ってはいけないと言われている。エリーちゃんにお話しする時に他の誰かが聞いてしまうかもしれないし、将来のエリーちゃんの立場によっては、その情報を利用することにもなるかもしれないから、だそうだ。


「それにしても、あのエリスさんがサントス王女だったとはね。しかもそのアリシア様に愛良はお世話になっているでしょう?」

「うん。ずっとエリスの所にいるの。お勉強も秋人が教えてくれてたんだ。」


 エリーちゃんも少しお姉さんになっている。卒業したらお父さんの領地経営を手伝うのだとか。


「卒業後の進路は決まっているの?なんだか心配だわ。サントス邸で会った時も全く危機感がないのだもの。」

「エリスお抱えの音楽家になるの。楽しみにしてて。いっぱい素敵な曲を作るから。」


 もっと素敵な曲を作れるようになった私が、誕生日か何か特別な日に、エリーちゃんのためだけに作った曲を披露すれば喜んでくれるかな。もうそんなに会えなくなってしまうかな。


「ああ、きちんと決まっていたのね。それなら安心だね。きっと聞かせて頂戴。その時には私も、きっと立派な領主になっているわ。」

「立派な領主様に捧げるたった一つの曲、だね。」


 その時はエリーちゃんが嬉しい気持ちになって、聞いた人みんながエリーちゃんだと分かる曲にしたい。まだまだ先の話だけど。


「楽しみにしているわ。では、お休みなさい。愛良も明日に備えてきちんと休むのよ。」

「うん、お休み。」


 本当にお姉さんになっていて、自分のなりたいものをしっかり見定めているように感じられた。



 二日目の試験も順調に終えて、平民の友達ともお話をした。みんな自分の商会を継ぐとか、どこかの商会や貴族のお家に仕えるとか、官吏になるとか、将来のことを決めていて、遠くに行ってしまう子も多かった。

 貴族の子たちの中にも皇都に留まる子はいたけど、そんなに頻繁に会えないだろうということだった。お互いに忙しくなるからだ。私も忙しくなるのかな。

 学園でできた友達と会えなくなってしまうのは寂しい。それでもみんな前を向いて、新しい生活を見ている。私もこれから大人になるから、今まで以上に頑張ろう。




 気持ちも新たにエリスのお家に帰る。もう必要な荷物は全て運ばれていて、ずっとここに住む予定になっている。寮の荷物は全て、お兄ちゃんと住んでいた家に置いていた荷物もほとんど、エリスのお家にある。お兄ちゃんとの家には時々帰れることになっているから、服など最低限泊まるのに必要な物だけ残された状態だ。


「ただいまー。」

「お帰り。試験はどうだった?」

「手ごたえ的にはいけてそう。結果は送られてくるって。」

「それは良かったよ。」


 真っ先に一番心配してくれていた友兄に会いに行く。エリスは人の心配をする余裕なんてなさそうなくらい忙しそうで、秋人は勉強の出来を見ているからか、信頼してくれている。ラウラも学園の勉強と試験がどんなものか知っているから、心配していないみたい。

 結果はここ、エリスのお家に送ってもらうように頼んでいる。分かるまではしばらくお休みだ。だけど、そろそろ曲のほうにも取り掛からないと。歌もピアノも練習を本格的に再開だ。


「友兄はピアノ弾けるんだよね。」

「まあ、技術が錆びつかない程度には今も触ってるけど。そういう役柄に当たったことがあるからってだけだから、そんなに上手くはないよ。それより、秋人にも試験のことを教えてあげようか。きっと心配してるから。」


 机の上には台本と思しき紙が重ねられていて、友兄はその上に手を乗せて、近くにはペンが置かれている。邪魔をしてしまったのかもしれない。

 忙しいから他の人に会うよう勧められることもある。だけど、本当に親切心の時もある。どちらにせよ、従ったほうが喜んでもらえるから、私の取る行動は同じだ。


 部屋を出てみたものの、秋人の所在は分からない。エリスなら知っているかもしれないから、執務室へと向かった。


「エリス、今いい?」

「ええ、入って頂戴。」


 机の上には幾つもの書類の山。その整理を秋人も手伝っている。


「ごめん、忙しかった?」

「話す時間くらいはあるわ。試験、お疲れ様。結果が楽しみね。」

「うん、終わったよって伝えに来たの。」


 大丈夫そうだと伝えたら早々に退散しよう。一瞬だけエリスも目を上げて笑ってくれるけど、なんだか疲れているように見えるから。


「また四月以降、具体的に仕事を依頼するわ。それまで、腕を磨いていて頂戴。」

「うん。お勉強のほうばっかりだったから、これからはピアノと歌の練習に集中するね。」


 毎日触るようにはしていたけど、大陸にいる間はできていなかったし、帰って来てからも少ししか触れていない。もう今からしようと心を決めていると、そのことを秋人に指摘されてしまう。


「ピアノのほうは手抜いてたもんな。」

「勉強で忙しかったの!秋人だって剣と銃の腕鈍ってるんじゃないの。」


 一日の大半の時間を私の勉強を見ることと問題の作成、添削に費やしていたなら、剣も銃も練習する時間はなかったはずだ。お休みの日だけでは少なすぎる。


「そんなわけないだろ。ちゃんと毎朝やってるよ。」

「意外と早起き?」

「これでも一応騎士だからな。そこはちゃんとやってるよ。」


 話しながらも書類を分ける手は止めない。内容の詳しい確認はエリスの仕事かな。騎士の仕事には見えない。


「それすら怠るようなら、次は彩光を三周かしら。」

「容赦ねえな。」

「主人より腕を磨く気のない騎士は要らないわ。」


 秋人の主人はエリスだ。つまり、エリスも毎朝練習しているのか。騎士ではないのに、剣や銃の腕を磨いている。


「エリスもしてるの?」

「ええ。どんなに寒くても暑くても、それは怠れないわ。」

「すごいね。」

「ありがとう。愛良はちゃんと寝るのよ。」


 エリスは書類に字を書く時もある。その書類を山の内の二つのどちらかに重ねて、また別の山から書類を手に取る。


「これは虹彩皇国とサントス王国など諸外国の文化交流に関するものよ。その一環として、〔シキ〕の活動をしましょう。サントス王女の私が皇国での活動を行うことで、より身近に感じてもらおうという発想ね。ただ、〔シキ〕には〔聖女〕様も加わっているから、色々雑務が増えているのよ。」


 皇国とサントス王国だけではなくて、諸島部にある他の国々、リージョン教会や始祖教会など宗教関係者も加わっての事業になるそうだ。私はバルデス王女ではないから、皇国の人間としての参加になる。


「その文化交流事業の中では〔虹蜺〕との協力もあるかもしれないわ。もしかしたら、友幸と同じ舞台に立てるかもしれないわね。愛良の望んだ形になるかどうかは分からないけれど、したいことがあれば何でも言って頂戴。できる範囲で実現するわ。」


 話した覚えのないことまで言われてしまう。顔に出ていたのかな。私は分かりやすいとよく言われるから。

 でもまずは、エリスを中心に据えた曲。だけど、文化交流という意味が大切なら、〔聖女〕様も蔑ろにできない。皇国とサントス王国とリージョン教会が対等な立場で、一緒に仲良く演奏して歌っている雰囲気にできるもの。


「難しく考えなくて良いわ。愛良、貴女の望む曲を作って頂戴。政治的な思惑は私が黙らせてあげる。」


 エリスなら本当に何でもできそう。知らない文化を知っていくための事業だから、広がっていく雰囲気にしよう。知ることの喜びを、外の世界を知った時の高揚感を思い出して。私だって、きっと色んなことができるから。


「うん、ちょっと作ってくるね。」




 好きに使って、と言われている音楽室。文化交流事業で最初にお披露目する曲として相応しいものを作りたい。だけど、こうして作れる時間と場所をくれるエリスに対する感謝の気持ちもいっぱいだから、それを伝えるためのものも作りたい気持ちが溢れてくる。

 どうして何かをしたい時は色んなことを同時に思いついてしまうのかな。順番なら気持ちが渋滞せずに、一つずつ片付けていけるのに。

 今は文化交流事業が優先。その後に、エリスへの曲を作ろう。大陸でたくさん助けてくれたラウラと秋人にも作りたい。言葉だけでは伝えきれていない気がするから。お兄ちゃんにもしっかりできていると伝えたいし、友兄にも心配しないでと伝えたい。

 もう、本当に伝えたい気持ちがたくさんすぎて、困るくらいだ。


 最初だから全員で一緒に歌いたい。私が弾きながら歌うだけで、実現できる。四人で一緒に、始まりの歌を。サントス王女や〔聖女〕という立場の人ではなく、私の知っているエリスやマリアと、それから聖騎士として〔聖女〕に仕える立場ではないラウラと一緒に。


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