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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
114/192

ご機嫌斜め?

 毎日お勉強ばかりでも、疲れて覚えにくくなってしまう。そんな考えの下、私にもお勉強をしない日が用意されている。お兄ちゃんがお休みの日なら自分のお家に帰って、一日中一緒に過ごすけど、日が合わないこともある。

 今日は、私はお休みだけど、お兄ちゃんはお仕事の日。そういう日は友兄のお部屋でお話ししたり、お庭をお散歩したりする。


「なんか、友兄も一緒に住んでるみたいで嬉しいね。」

「ここがアリシア様の家じゃなかったらな。」


 友兄はいつもこう。エリスと一緒であることに文句を言う。だけど、勝手に出て行ったりはしない。自分のお家があるのに、一時的に帰ったりもしない。だから私は少し意地悪な聞き方をした。


「ねえ、嫌なのに一緒に住むの?友兄には自分のお家があるのに。」


 細い糸を編み込む手を止めた。私の手の平くらいの大きさの円形だけど、広げられた図面を見れば、まだまだ一部分であると分かる。


「ないんだよ。気付くべきだったんだ。休養中に私物が少しずつ持ち込まれてる時点でおかしいって。」


 また少し怒っているみたい。エリスに関しては沸点が低くてよく怒っているけど、私に対してではないから怖くない。いつもエリスも軽くあしらう感じであまり気にしているようには見えない。


「おかげで久しぶりに会った他の役者連中にも完全にアリシア様の愛人扱いされるし。わざわざ会いに来てくれた貴族にもアリシア様なら大丈夫、みたいなこと言われるし。否定しようにも世話になってるのは事実だし。」


 色々大変みたい。愛人が何をする人か分からないけど、友兄がなりたくないと思っていることは分かる。別の扱いになるようエリスに相談しないのかな。

 そうやって友兄の話を聞いていると、扉が叩かれて、エリスの声が聞こえた。


「アリシアだ。時間はあるか。」

「今、愛良が来ているので忙し」

「あるよー。一緒にお喋りしよう。」


 断ろうとする友兄の言葉を遮り、エリスを招き入れる。こうするとなぜか拒まない。私が話したいと言うからと言い訳はするけど、私が部屋を出てからも二人でお話しするようにはなっている。前より少し仲良しになったのかな。


「ねえ、エリスはさ、友兄を愛人にしてるの?」


 お茶を飲んでいた友兄が噎せてしまう。それをエリスは涼しい顔で、いや、楽しそうに見ている。


「そう明言したことはないわ。だけど、周囲にそう思われているとは感じているわ。」

「どの口がそんなことを言っているのでしょうか。俺が大陸に行っている間に、勝手に色々したのはアリシア様でしょう!」

「そのまま家に帰って、どう生活するつもりだったのかしら。」


 お仕事はできていなかったし、お薬は高い。私と友兄は怪我をして帰って来て、熱を出した時もエリスにお世話になっている。そんなの気にしないでとエリスは言ってくれていたけど、友兄は借りができたと言って気にしていた。

 そんな経緯もあって、こうエリスに言われると友兄はあまり追求できなくなってしまう。今日は少し頑張っているようだけど。


「それは、そうですけど。自分が引き取るなんて言い方する必要はなかったはずでしょう。誤解の大部分はアリシア様の発言のせいだと思いますが。」

「人の心というのは難しいものね。」


 でもこれは友兄が悪いよね。ちゃんとエリスにありがとうとも言わないといけないのに。


「勝手なことをしないでください、と言っているだけです。せめて、療養している間に一言かけてくだされば、こうも驚くことはありませんでした。」

「それは悪かったわ、ごめんなさい。」


 しおらしい態度での謝罪。友兄はまた返事をせず、レース編みを再開した。


「何も本当に愛人になれと言っているわけではないもの。秋人もいつでも会えると喜んでいたわ。」

「私もエリスと仲良しになってくれたみたいで嬉しいな。」


 エリスも秋人も、友達が本当に嫌がっているのに一緒に住ませたりなんてしない人だ。それに、友兄も色々文句は言うけど、嫌だとは言わない。


「これだと、本当に俺がお世話になっているだけでしょう。何の対価も払えていません。」

「あら、何かしてくれる気があるのかしら。」

「仕事として何かいるでしょう、という話です。」


 舞台に上がる以外の、貴族相手のお仕事。私には勧めないのに、自分はしようとするのかな。それともエリスだから構わないのかな。


「愛良の前で積極的ね。」

「今のお話はなかったことに。」


 素早く冷たい返事。また私の前ではしにくい話なのかな。もうそんなに子どもではないのに、私に聞かせたくない話が多すぎるよ。


「ねえ、愛人って何をするの?」

「愛良もそういうことに興味を持つ年頃かしら。そうね、恋人同士の話は学園で聞いたことがあるかしら。」

「あるよ。」


 二人だけでお出かけしたり、手を繋いで歩いたり、口付けしたり、色んなことをする関係性のことだ。一緒にいたいと強く思う相手らしい。


「おおよそそれと同じよ。愛人業務って形になると、そこに金銭が発生するだけね。」

「お金と引き換えに口付けとか色々するわけだ。話し相手が主になる場合もある。」


 好きではないのに、そういうことをするのか。お金を払うからそういうことをしてほしいと、もらっているからしてあげるは同じかな。まず好きではない人としたい気持ちが分からないから、私には難しい感覚だ。


「お話は今してるよね。これは違うの?」

「そのようね。嬉しいことだわ。」


 友兄も返事はしないけど、反論しないからきっと仕事ではなくともエリスとお話ししたいと思っている。そのまま黙って、するすると編まれていくレースの速度を上げていくのは、答えたくないという意思表示かな。


「愛良にはそういう意味で好きな人いないのか?」


 こうやって私に話を振って来る時は、自分から話題を逸らしたい時も多い。お話ししたいと言うだけなのに、友兄には難しいみたい。仕方ないから、いつも答えてあげるの。


「うん。だけど、手を繋いで二人でおでかけは、お兄ちゃんと、友兄と、慶司と、あと秋人ともしたことあるよ。」

「慶司と秋人は最近の話?」


 攫われてしまってからはゆっくりとお出かけする時間なんてなかった。恋人同士でする他のことならバルデスに行っている間にもあったけど、二人きりではなかったからおそらく数えない。その時は友兄もいたから知っているはずでもある。


「ううん。なんで気にするの?」

「いや、愛良は可愛いし、その辺りのことは分かってないみたいだから、気を付けてあげないと、と思って。」

「もう大丈夫だよ。」


 お兄ちゃんにも似たようなことを言われたことがある。私だって友達から色々聞いたことがあるから、何も知らないわけではない。

 それから、私が知っていること以外に恋人同士ですることがあるのか二人にも聞いていく。


「そのうち分かることだから、焦って知ろうとする必要はないよ。」

「愛良にはまだ早いわ。でも、どうしても知りたいなら、恵奈に聞いてみたらどうかしら。」

「じゃ、そうするね。」


 二人を友兄の部屋に置いて、自分の部屋に戻る。友兄とエリスがいたら、それはダメ、詳しくは知らなくていいと言って邪魔されてしまうかもしれないからね。




 恵奈を呼んで、早速問いかける。次いで、私が知っている恋人同士の行動を伝えて、それを誰としたことがあるかも教える。


「言葉では説明し難いものですね。同じ行動でも、恋愛的な意味で好きな人と、そうではない人で感じ方が異なるものでもあります。お兄様方と手を繋いでもどきどきはしないでしょう?」

「うん。いつも繋いでるもん。」


 手を繋いでどきどきする人はいない。つまり、私には恋愛的な意味で好きな人はいないということかな。


「ですが、ドキドキより苦しさが勝る人がいたり、安心感が勝る人がいたりもするのです。一概にこうだからこう、と言える類のものではありません。」

「何それー。難しいよー。」


 どきどきしたり、苦しくなったり、安心したり。恋は心が忙しいものみたい。そんなに色々な感情を抱くなら、どれが恋か分からないよ。


「ええ。そこで、なのですが。友幸様は愛良様が誰とそのような行動をされたか気にされたのですね。」

「最近じゃないって言ったら安心してたよ。」


 どうして最近だとダメなのかは分からないけど、友兄にとって時期の違いは重要だったみたい。


「愛良様は最近、秋人様にお勉強を教えてもらっていますね。」

「うん、エリスがそうするように言ってくれてたんだって。」


 だから私にお勉強を教えるのが今の仕事、と言っていた。命の危険もないし、私はだいたい教科書を読めば分かるから楽だとも。今年卒業できなければエリスの下で働くのも先延ばしになるけど、エリスはそれを考えて秋人にそう指示したのかな。


「でしたら、一つ提案がございます。お勉強の間に休憩することはあるでしょう。その時に、抱き着いたり、膝の上に乗ってみたりされてはいかがでしょうか。」

「なんで?」


 膝の上に座るほどもう小さい子ではない。秋人はお兄ちゃんくらい大きいから座っても大丈夫ではあると思うけど、驚きはするだろう。

 私の疑問に答えることなく、恵奈は話を続ける。


「それから、そのことを友幸様に話すのです。」

「うん?」


 することではなくて、友兄に話すことが大事なのかな。嘘を吐かないように、実行もするけど、というくらいで。


「愛良様はお召し物で隠れてはおりますが、女性的な柔らかさを持っておられますから。きっと楽しいことが起こりますよ。」

「分かった、試してみるね。」


 恵奈は他にも私の知っている恋人のすることや、私がお兄ちゃんや友兄にしていることを秋人にしてみると良いと言った。本当に楽しそうに恵奈は話してくれるけど、どうしてかは分からない。


「試された際には、私にも結果をお聞かせくださいますか。」

「うん。友兄に話してから?」

「はい、その時の様子も楽しみにしております。」


 楽しいことは恵奈にとって、なのかな。分からないけど、言われた通りにやってみよう。そうすれば何か分かるかもしれない。やる前からどうせ分からないと諦めてはいけないからね。他にも色々と助言をもらって、明日に備えた。


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