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シキ  作者: 現野翔子
緑の章
113/192

平和的に忙しい

 バルデスから帰って来て早速今まで通りの学園生活、とはいかなかった。だって、帰ってきたらもう高等部三年生も残すところ僅かになってしまっている。バルデスにいた間の勉強だってできていない。


「ほら、頑張れよ。アリシアさんが頼んでくれたおかげで試験だけで卒業できるんだから。」

「なんで秋人が教える係なの?」


 私は他の人より覚えるのが得意らしい。だから科目によっては教科書と参考書や資料集を読むだけで十分。そして、私は丸一年、学園に通えていない。一人の先生が全体に教えるより、一対一で教えてもらったほうが勉強は早く進められる。


「みんな忙しいからだろ。そんな時間ある奴なんていないんだよ。」


 お兄ちゃんは生活のためにお仕事をして、お金を稼がないといけない。毎日私について勉強を見るわけにはいかない。エリスはもうアリシアとして本来の立場を明らかにし、その影響で仕事が増えている。ラウラも聖騎士としての生活に戻った。だから、エリスが秋人に私の勉強を見るよう言ってくれた。

 勉強を見てくれるのはありがたい。教科書だけでは分からないこともあるから。だけど、学園の楽しみは勉強だけではない。


「うー。友達に会いたいよー。」

「毎週誰かしら会いに来てくれてんだろ。」


 エリーちゃんや邦治をはじめとした貴族の子たちは会いに来てくれている。だけど、瑞穂や早姫といった平民の子たちは来られない。私が急いで勉強を進めるために、エリスのお家に泊めてもらっているからだ。


「ほら、さっさと進めろよ。卒業できねえぞ。」

「卒業してない人に言われたくないですー。」


 秋人は悪いことをしたから退学になって、エリスの専属騎士になったそうだ。通っていないはずの高等部三年生のお勉強が教えられる理由は分からない。ラウラよりは自信があるそうだけど、苦手だと言っている人より自信があっても自慢にはならないと思う。

 私は元々勉強が好き。だから一人でもそれなりにできる。だけど静かな部屋で一人勉強していると、集中が途切れてしまって、もう一度集中できなくなってしまうこともある。そんな時に少しお話しすると気分を切り替えて、もう一度お勉強に戻れるの。つまり、お勉強している間は隣にいてくれるだけでいい。


「その節終わったら、アリシアさんに卒業後の進路でも相談しに行くか。」

「なんでエリスに?お兄ちゃんじゃないの?」

「優弥さんなら何だって、良い、って言うに決まってるだろ。相談にならねえ。」


 確かに、数学の問題で間違っていても訂正してくれなかった。秋人の言うことも一理ある。

 私は初等部の時、役者になりたいと言った。それは、舞台の上なら何にでもなれると聞いたから。だけど今はもう、舞台の中で騎士にもお姫様にもなれることと、実際になることが違うと分かっている。本物のお姫様がそんなに素敵なものではないことも知っている。

 今は〔シキ〕の活動を続けたいと思っていて、他の職業になりたいという気持ちがあの時ほど強くない。


「友兄にも相談しよう。私、まだ役者になりたいのかな?」

「友幸さんは止めるだろうな。俺も勧めはしない。」

「なんで?」


 目を逸らして、言いにくそうにする。数回追及して、ようやく答えを得られた。


「危ないからだよ。」

「何があるの?友兄、ずっと危なかったの?」

「そういうこと。特に愛良は可愛いから、もっと危ないんだよ。」


 可愛いと、さらに危ない。だけど、それ以上はいくら聞いても教えてくれない。


「ねえ、なんでー!」

「良いから早く終わらせろよ。それから友幸さんに聞けば良いだろ。」

「じゃあ、そうする。」




 勉強に区切りをつけて、一人で友兄のお部屋に向かう。友兄はエリスとよく喧嘩しているようだけど、借金をしているような状態だから、と言って今は従っている。私のお勉強が落ち着いたらそのことも詳しく聞いてみよう。


「友兄、今いい?」

「どうぞ。」


 何枚もの紙を伏せて置いている。私たちに見えないようにするそれは、次の舞台の台本だとか。役者になれば、一緒に演じるようにもなるのかな。


「あのね、私の卒業後の進路なんだけど、役者はどうかなって話をしてたの。でも、秋人は危ないから勧めないって。」

「そうだな。俺も愛良がなるのは危ないと思うよ。自分の意に沿わないことがたくさんあるだろうな。アリシア様のお手付きになれば、ましだろうけど。」


 お手付きって何だろう。頼めばしてもらえるものかな。だけど先に感じた疑問を解消したい。


「ねえ、何が危ないの?秋人は教えてくれなかったの。」


 友兄も同じように目を逸らす。教えてくれないと分からないのに、教えずに危ないから駄目とだけ言うのはずるいよ。そんな思いを込めて、じっと見つめる。


「分かった、教える。役者の仕事ってのは舞台に関わることだけじゃないんだよ。もちろん、ある程度避けることはできるけどな。お貴族様の相手をして、楽しませるのも仕事のうちなんだ。そうやって特別にお金をもらって、ようやく暮らしに余裕ができるくらいだな。」


 頑張れば生活はできる。だけど、平民だから貴族相手には断りづらい。断ったら悪いことをされる場合もある。だから嫌でも呼ばれたら行かないといけない場合が出てきてしまう。


「んで、愛良みたいに可愛い子の場合は、そうやって呼び出されることも多くなるだろうってことだな。表には出せないようなことをされることもある。嫌な相手に抱きしめられたり、全身撫でられたり、叩かれたり。時には痛みを伴うそんな仕事もあるから、なってほしくないって言ってるんだよ。」


 痛いことは嫌い。好きではない人と触れ合うのも嫌。抱き締めるのも頭を撫でるのも、好きな相手だからしてほしいと思う。

 だけど、私は他に何になれるだろう。秋人やラウラのように剣や銃の腕を鍛えていない。瑞穂や邦治のようになりたいもののための勉強を続けてきたわけでもない。〔シキ〕の活動のための勉強はしたけど、それは役に立つのかな。


「私、卒業したらどうしよう?」

「アリシア様に相談だな。」



 今度はエリスの所。これで何か解決するのかな。


「愛良はピアノを弾けて、歌も歌えるでしょう?私はもう国に戻る予定がなくなったから、こちらでお抱えの音楽家を雇っても良いのよね。」


 相談するとエリスはそんなことを言った。虹彩皇国とサントス王国の友好のために、こちらで繋がりのできたエリスが常駐することになったそうだ。今までサントス王女であることを隠して〔シキ〕のエリスとして活動したこともあって、こちらの人々に受け入れられやすいだろうと判断されたそうだ。

 お抱えの音楽家は皇族や王族に仕えて、色々な曲を聞かせてあげたり、作ってあげたりする人。作るのもいつも先生に教えてもらって私がしていたけど、音楽家と言えるほど、きちんとできているのかな。


「難しく考えなくて良いのよ。サントスを身近に感じてもらうために、私は〔シキ〕の活動を続けたい。その中心を愛良に担ってほしいの。マリアやラウラもあの活動は楽しんでくれているわ。だけど、どちらにも〔聖女〕や聖騎士としての活動がある。〔シキ〕ばかりに時間を割くわけにはいかないの。私だってそうよ。だから、〔シキ〕のことを一番に考えてくれる人になってほしいの。」


 〔シキ〕のことなら今までも私が中心だった。言い出したのも私だ。一番したいと思っていたのも私。ラウラが一番したいのはマリアを守ることだった。


「私のお抱えと言っても、他の人にお呼ばれしたら行っても良いわ。その時には秋人が護衛に付けば安心でしょう?」

「うん。卒業したら、エリスの所で音楽家。」


 どんな風に過ごすのか想像できる。お勉強の時間が減って、曲を作ったり練習したりする時間が増える。音楽関係のお勉強は増えるかもしれない。だけど、今と同じようにエリスや友兄、秋人と一緒に居られて、お兄ちゃんとも会える。マリアやラウラとだって、一緒に活動を続けられる。

 知らない人の所に行かずに済んで、痛いことはない。なってほしくないとも言われない。


「それなら予約を入れるわね。愛良の将来は、私の音楽家。何かあったら私の名前を出すと良いわ。アリシア・サントスのほうよ。」

「分かった。エリス、ありがとう。」




 卒業後の不安がなくなったら、また学園のお勉強。知識は無駄にならない。曲作りに役立つこともあるだろうし、貴族の人にお呼ばれした時にお話しすることはあるかもしれない。その時に知識があったほうが、相手の話は理解しやすくなると思う。

 ひたすらに教科書を読んでいく。しっかり卒業して、堂々とエリスお抱えの音楽家になるために。他の子たちだって、卒業してからお家を継ぐために一緒に働いたり、さらにお勉強したりするのだから。

 参考資料だって読んでいく。ただ目を通すだけではなくて、頭に入れるようにして。きちんと記憶して、明日になっても来週になっても来月になっても、もっと時間が経っても忘れないように。

 秋人が用意してくれた問題集も解いていく。でもこれは、今読んだ分とは違う。読んですぐなら覚えていても当たり前。試験の時に覚えているために、一昨日くらいに勉強した部分だ。簡単な確認用だから、一問一答か短い文で答えるものになっている。私が勉強している間に答え合わせもしてくれて、私は間違った部分だけ確認することになっている。間違えないけどね。


「はい、お疲れ。」

「今日は特別な日じゃないよ?」


 解き終われば、秋人がケーキを持って来てくれた。みかんやキウイ、りんごなど何種類もの果物が乗っていたり、挟まったりしていて、とても贅沢な一品だ。だけど、こういうものは特別な日に食べるものだった。


「勉強頑張ってるから、そのご褒美だよ。いらねえなら俺が食うけど。」

「えっ、ダメ、食べるよ!」


 取られないことを確認してから、落ち着いて紅茶を飲む。その紅茶も少し特別なものになっている気がする。熱くても音を立ててはいけないそうだから、舌を火傷しないように気を付ける。


「俺も淹れるの上達してるだろ?」

「前は下手だったの?」


 熱すぎて今の味もよく分からない。秋人の淹れたお茶を飲んだ記憶もない。エリスの家に来た時はいつも侍女か侍従が淹れてくれていた。


「渋くて飲めたもんじゃない、って言われたな。護衛なんだから茶を淹れる技術は必要ねえだろ、とは言い返したけど。」

「でも練習したの?」

「アリシアさんは美味しく淹れられたんだよ。自分で淹れる必要のない立場のはずなのに。他人も自分も裏切るけど、技術だけは裏切らない、って言って。」


 どんな気持ちで言っていたのだろう。誰かに裏切られたことがあるのかな。自分も裏切ったことがあるのかな。それって寂しくないのかな。私は裏切らないよと言ってあげよう。

 ケーキはとても甘くて、勉強の疲れも、エリスを心配する気持ちもどこかにやってしまう。


「美味しいね、ケーキ。」

「良かったな。食べたら続きな。」

「はーい。」


 気力を回復して、試験に向けてのお勉強はまだまだ続く。


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