旧王都にて
一部の領都を回り、領主に会っていく。その地の協力を得つつ、演説を行う。アルバレス公爵ほどの忠誠心を持つ者はおらず、私たちも気の抜けない日々となった。それでも、移動が馬車となったことで、愛良ちゃんと杉浦さんの体は楽になったようだった。
この日も、人の少ない場所では窓を開け、街道を挟む豊かな自然を眺めていた。
「ラウラ!」
「どうかされましたか。」
「ねえ、ラウラはずっと馬で疲れないの?」
「きちんと鍛えておりますので、ご心配には及びません。慣れてしまえば、馬も馬車も変わりませんよ。」
時折こうして私や秋人を呼び寄せる。杉浦さんがいても、慣れない場所に違う対応という状態が、不安を煽るのだろう。呼ばれても安心させるような対応をしてあげられないのが心苦しい。
もう膝の上に乗るほど小さな子どもではないから隣に座っているけど、手は繋いでいる。流石に馬車の外に手を伸ばすのは早々に止めさせた。一つだけの馬車を厳重に守っていれば気付かれてしまうだろうけど、一応通常の貴族の護衛と変わらない程度となっているそうだけど、警戒は怠れない。内部の人間を確かめられることも避けたいため、カーテンも全開にはさせていない。
「ラウラも秋人もすごいよね。私たちより寝てないはずなのに。」
「鍛え方が違いますので。」
あまり長くは話せない。それも伝えているため、会話は打ち切られ、元の位置に戻ろうとした。その時、一発の銃声がその場の空気を貫いた。
「伏せて!」
二人を馬車の中で伏せさせる。護衛の数人が銃声の方向へ向かい、残りでその場を固める。銃声で攪乱してから攻め込んで来る可能性が考えられるからだ。幸い、周囲に馬は見えないため、突っ込んできたとして人間だ。問題なく対処できるだろう。
数発の銃声が続くが、いずれも馬車の上部を掠めるだけで、誰にも当たりはしない。しかし、案の定、槍を手にした人間がこちらに走りこんで来る。
私たちも銃、剣を携行している。しかし、馬車に最も近い私が動くことはない。味方に誤射しないよう、援護射撃を行うくらいだ。空いている場所に敵がいるなら仕留めてしまうくらいのつもりで良い。
他の護衛たちが次々に仕留めていく。多くはその攻撃が届く範囲に入る前に撃ち殺されている。範囲に入ったとて、一回躱してしまえば剣で切り裂くことも馬で蹴り殺すこともできる。精鋭中の精鋭と言って預けられたアルバレス公爵の私兵だ。徒歩で走りこむ人間程度、馬で躱すことができるだろう。
そうして襲い来る全ての人間の排除を済ませた時には、数十体の死体が転がっていた。
「もう大丈夫ですよ。念のため、カーテンは完全に閉じていてください。」
杉浦さんは愛良ちゃんを伏せさせたままカーテンを閉じようとした。しかし、愛良ちゃんはその手を押しのけ、外を見てしまう。
「あ……」
「ラファエル殿下、姫様をお願いします。」
青い顔でカーテンを閉じる杉浦さん。どちらも人の死体に慣れていない。バルデス城から脱出する際にも見てはいるだろうけど、直視しないようにしていたはずだ。その上、あの時は多くても二体ずつだった。
私が安心させてあげるべきかもしれない。だけど、今は残党が狙ってこないか警戒しつつ、速やかにこの場を離れることが先決だ。
旧王都に着けば、いよいよ王城に向かう。連絡はしているはずで、日取りを合わせてアルバレス公爵も来てくれるという話になっている。
「王城に直接着けます。我々はアルバレス公爵家の紋を持っているため、迂闊に手出しはできないはずです。」
「お願いします。」
護衛隊長の言葉を信じ、そのまま王城へと向かう。馬車の中の様子も気になるが、部屋に着いてから二人の様子を確認しよう。
門番と何やら言葉を交わせば、馬車に向かって歓迎してくれた屋敷の人と同じような礼をする。膝をつくことこそしないものの、敬意を感じられるものだ。連絡は来ているらしい。
さらに進んでから二人を馬車から下ろす。もう顔色は治っており、愛良ちゃんも怯えるような様子は見せていない。しかし、杉浦さんが愛良ちゃんの手を強く握ってあげており、二人とも酷く緊張した様子を見せていた。
「俺たちが、お守りいたします。」
秋人がその手を取って、真っすぐに目を見て、強く真摯に告げている。肯定する意味を込めて、私も深く頷き、愛良ちゃんの手を取った。それを受けて杉浦さんは一つ深呼吸をした。
「大丈夫。ありがとう、二人とも。」
愛良ちゃんも言葉を発しないものの、笑顔を見せてくれた。軽く握り返され、離すその手で心配は要らないと伝えてくれる。
案内されていく二人の後ろから、私たちも警戒を続けた。
部屋を二つ用意してくれていたけど、二人は固辞して同室で休むことを選んだ。そのほうが私たちの負担が少ないと話したことがあるからだろうけど、今は不安もその理由にありそうだ。
ここは前回二人が痛めつけられた城だ。部屋も違えば、内装も大きく異なる。柔らかなソファに体を沈めていても、まだどこか体から緊張が抜けていない。安心させるように、何かを言ってあげたい。そう考えていると、先に秋人が口を開いた。
「まさか旧王都近くで襲撃されるとは思いませんでした。」
「けれど、撃退には成功しました。これで襲撃されても心配することはないと分かっていただけましたか?」
話題選びが最悪。もっと別の明るい話題はなかったのか。そう睨みつけるけど、何かを言わなければという思いは同じだったのだろう。せめてと二人が安心できるような言い回しの返事を考えたけど、襲撃を思い出させた時点で、後で苦情を入れることは決定だ。素早く声をかけてあげられなかった私に言えることではないかもしれないけれど。
愛良ちゃんは震える唇で、迷いつつ言葉を発した。
「二人も、殺しちゃったの?」
「お守りするためなら、なんてことではありません。それが役割ですから。」
「悪いこと、させちゃった?」
ああ、そうか。守るためと言うべきではなかった。これは悪いことではないと説得しなければ。
「相手は殺しに来ています。殺される覚悟もして来ているでしょう。何より、命と命のやり取りなのです。勝者が生き残る。ただそれだけです。そこに善も悪もありません。」
仮に悪だと他人から言われても、私は黙って殺されるつもりも、大切な人を殺させるつもりもない。その意思を込めたけれど、愛良ちゃんの表情は暗いまま。
「俺は姫を守れたことを誇りに思います。自分の無力で死なせず、怪我もさせず、連れ去られることもなく、こうしてお傍に居られるのですから。」
秋人はそう言って愛良ちゃんを抱き締める。愛良ちゃんは杉浦さんと繋いでいた手を、秋人に回して抱き着いた。
「二人は、殺すの嫌じゃない?」
「俺は守れたなら、そう思いません。それより目の前で死なせるほうが嫌ですね。」
「私は殺人が悪とか嫌とかいう価値観の中で育っていませんから。法律で禁止されており、周りが嫌がるから殺さないようにしているだけですよ。」
基本的にいけないことだとは知っているけど、忌避感はない。進んで殺したいわけではないけど、殺したくないわけでもない。食料を得るためなら獲物を仕留め、空腹を感じていないなら見逃すのと同じだ。殺す相手が友人なら変わるけど、愛良ちゃんと杉浦さんを狙う初対面の敵に過ぎないのだから、殺害を避ける理由はない。
「そっか。ありがとう、二人とも。」
抱き着く手も声も震えている。そうか、愛良ちゃんにも杉浦さんに守る力がないことは分かっているから、抱き締めてもらっても安堵の涙が出るほど安心はできなかったのか。
同じ恐怖を杉浦さんも味わっていたはずだけど、私が抱き締めても安心できるだろうか。
「え?ちょっと、ラウラ?」
「ラファエル殿下も、ご無事で何よりです。姫様だけでは、静かに伏せていることが難しかったでしょう。」
返事はなく、少しだけ浮かされた手も私に回ることはない。頭を抱える腕にさらに力を込めれば、秋人から制止の声がかかった。
「ラウラ、それは駄目だろ。」
「同じことしただけよ。安心できるように。」
「別の意味で動揺しそうだけど。」
やんわりと肩を押される。愛良ちゃんと同じ方法は間違いだったかな。
「気遣ってくれたことは嬉しいよ。だけど、まあ、ラウラも、一人前の女性だから、な?」
年齢で行けば私ももう二十二歳。バルデスで二十二歳の誕生日を迎えてしまった。とっくに成人は迎えている。だけど、それは今確認することなのか。一人前だからこそ、仕える相手の精神状態にも配慮している、とはならないのか。
「私、それ知ってるよ。お胸はダメなんだよね。」
す、と目を逸らす杉浦さん。今の状況でそれを気にする余裕があるなら大丈夫そうだ。その上動揺も見えないのは、いくら私の体に女性的な膨らみや柔らかさがないとはいえ、少々腹立たしい。動揺されても反応に困る気もするけど、気に食わないものは気に食わない。
「ラファエル殿下、お覚悟はよろしいですか。」
パキリと指を鳴らせば、愛良ちゃんのほうに身を寄せる。秋人も慌てて抱き締める対象を愛良ちゃんから杉浦さんに変えた。
「殿下だから!護衛対象に手を上げる奴がいったいどこにいるってんだよ。」
「随分と余裕がおありのようですね。ご心配は無用でしたか?」
「お、俺のせいじゃない、よな?今の。」
私が少々思慮を欠いた行動を取った自覚はある。若干の八つ当たりもある。視線を右往左往させる杉浦さんを眺めつつ、この苛立ちをどう収めようか思案していると、アルバレス公爵からの使いが来た。
素早く護衛侍女や護衛侍従として相応しい立ち位置に戻り、使いの方から伝言を受け取る。
「数日休息を挟み、城下へ向けて、最後の演説を行いましょう、とのことです。」
簡単な伝言だけで帰って行く。
「最後の演説、かぁ。」
「これで面倒事が最後になるわけだ。」
ほっとした様子の二人だけど、まだ安心するのは早い。共和国宣言を回避したい者たちにとっても最後の機会となるのだから、しっかり護衛をしなければ。
「まずは体を休めることです。この後、どこかへお出かけになるご予定はございますか。」
「いや、ないよ。二人も休んでくれ。」
秋人に動く様子がないため、私から先に休ませてもらおう。
「お心遣い、感謝します。では、失礼いたします。」
愛良ちゃんのことも軽く抱きしめてあげて、与えられた仮眠室に案内される。これでどこかへ出かけない限り、二人での交代制になるため、演説当日に向けて私たちも体を休められる。