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シキ  作者: 現野翔子
蒼の章
110/192

最初の演説へ

「いよいよ、なんだね。」

「ええ、私共もお見守りしております。」


 演説のための衣装に替えていく。アルセリアやアリシアも人々には厳しい姿を想像されているという話があるから、それらとの違いを見せるため、とあえて絵の中のお姫様らしい可愛らしいドレスになっている。特にアリシアは将軍として名が知られているため、血のような紅の印象を持たれているそうだ。

 それに対し、愛良ちゃんが身に纏うのは優しい緑。次の時代を堂々と宣言する王女のようには見えないけど、辛く苦しい時代の終わりを告げる姫には相応しい。


「お似合いです、姫様。」

「ありがとう。ねえ、これも着けて。」


 渡されたのはレース編みの髪飾り。あの若草色の髪留めと同じ色で編まれている。


「兄様がね、くれたの。お誕生日にもらった前の髪留めは、前に来た時に壊されて、どっか行っちゃったから。」


 均一な編み目で丁寧に作られている。葉っぱが模られていて、それを着けた愛良ちゃんはさながら森の妖精だ。


「とっても可愛らしいです。ラファエル殿下にも見せて差し上げましょうね。」

「うん。喜んでくれるかな?驚かせようと思ってこっそり持って来てたの。」


 私も知らなかったため、秋人が協力していたのだろう。私のほうが杉浦さんにはばれにくいと思うけど、愛良ちゃんは私を頼ってくれなかったのか。

 こんなことで気落ちしている場合ではない。用意していただいた式典用の服に私も着替えると、馬車へと向かう。


 既に杉浦さんと秋人は衣装に替えた姿で待っていた。愛良ちゃんと同じような意匠で、優しい雰囲気が強調されている。秋人のほうは男女の別はあるものの私とおおよそ同じ、騎士服のような物だ。


「お待たせ、兄様。」


 愛良ちゃんはひらりと回転して見せた上で、どうだと言わんばかりに見せびらかしている。


「良く似合ってるよ。それ、持って来てるとは思わなかった。」


 髪飾りに気付いたようだ。わざわざ隠して持って来ているあたり、最初から驚かせるつもりだったのだろう。こんな状況でそんなことを考えるなんて、意外に余裕があったらしい。

 二人を馬車に乗せ、私たちは馬で周囲の警戒だ。他にも護衛はいるけど、油断をしてはいけない。彼らだって、どこまで信用して良いか分からないのだから。ここである程度、見極めておきたい部分もある。




 事前に告知すると聞いていた通り、広場には人が集まっていた。ここから、バルデス共和国への一歩が踏み出されることとなる。この国の人にとっては感慨深い時間になるのだろうか。それともやはり、一般民衆にとってはどうでも良いことなのだろうか。

 俯かず、前を向いて、二人で用意された台に上る。頑張って声を張らなくては近い人にしか声は届かないだろう。それぞれ名乗った後、先に話すのは愛良ちゃんだ。


「私たちが先の女王アルセリアの血縁であることは、知ってくださっていることと思います。」


 告知の際、その情報も流させたと聞いている。いつ誰が二人に石を投げつけてもおかしくないほどの緊張感から変化がないため、人々はその情報を受け取っていると分かる。


「ですがどうか、少しだけ話を聞いてください。」


 人々に動きはない。しんと静まり返り、よく通るその声に耳を傾けている。


「皆さんは共和国という国の形を知っていますか?王を立てず、人々の合議で国を治める形態です。

 以前のバルデス王国は王が国を治め、結果として女王の暴走を許してしまいました。あなたたちの身近な人もその犠牲となったことでしょう。そんな悲劇が起こったのも、王という一人の人間に権力を持たせてしまったからです。同じ過ちを、繰り返してはいけません。」


 ここで愛良ちゃんは言葉を切る。緊張で時折震える声も、真摯さを強調してくれたことと信じよう。

 次は杉浦さんの番だ。


「これからのバルデス共和国は貴方たちが協力して国を治めます。突然は難しいかもしれません。ですが、遠い場所の王族ではなく、実際にこの地を治める人がそれを支えてくれます。」


 さすが役者というところか。愛良ちゃんよりも揺れない声で、人々に語り掛ける。見なければならない、聞かなければならないという気分にさせられる雰囲気で、不思議な強制力が感じられる。


「この地のアルバレス公爵はあなた方にとってどのような存在でしょうか。女王のように締め付け、搾取するだけの存在ですか?」


 はっきりと問いかけ、言葉を切る。民衆を見回し、その声を待つ。それを民衆は感じ取ったのか、ぽつぽつと、そうではない、良いお方だ、という声が返ってくる。

 徐々に増えるその声を聞いたのち、片手を上げて黙らせる。


「そのような方が国の治め方を考えるのです。そのような方が指導した人が、次代を担うのです。以前より、あなた方の声は届くでしょう。届けられるよう、力を尽くしてくださるでしょう。」


 民衆の敵意が減っている。得体の知れない相手を見る目から変わっている。彼らの思考の中心が、見知らぬ目の前の人間ではなく、よく知るアルバレス公爵になっているからかもしれない。


「ですから、ここからバルデス共和国を始めましょう。見知らぬ私たちではなく、よく知るアルバレス公爵に未来を託しましょう。あなた方の声で、他の貴族や、他のあなた方と同じ立場の人々も、バルデス共和国に協力してくださるようになるのです。」


 期待に瞳を輝かせる人々。しかし、まだ話は続いている。声を上げることが、許されていない。


「アルバレス公爵家領領都であるここアルバから、バルデス共和国を広げていきましょう!」


 話の終わりを明確にした。それを民衆も感じ取り、一瞬の熱狂に包まれる。自分たちの生活の向上を期待しているのだろうか。アルバレス公爵を通じて、自分たちも何か変化をもたらすことができるとでも思っているのだろうか。それとも、アルバレス公爵が自分の手の者に命じて、この熱狂を生み出させているのだろうか。

 盛り上がる民衆を置き去りに、私たちはアルバレス公爵家邸へ戻る。商人の移動を通じて、領全体へ、そして隣の領へと、この情報は広まっていくことだろう。

 行き帰りの間、護衛の者たちに怪しい動きは見られず、周辺の警戒に専念しているように見えた。これは私がそうあってほしいと思うからそう見えたのかもしれないけど、到着後の秋人との会話でも同じ結論に達したため、アルバレス公爵はひとまず信頼しても良いだろう。街道沿いに、彼らの護衛も加えて、各地を巡ろう。




 服も着替えて、杉浦さんのほうの部屋でソファに寝転ぶ愛良ちゃん。姫様としては不合格で、侍女としては注意すべき行いだけど、今は許してあげよう。


「疲れたー。」

「自分の部屋で眠らせてもらえば良いだろう?」

「もうすぐお夕飯だから、起きられなくなっちゃうし。それに、兄様ともお話ししたかったの。」


 杉浦さんの隣に座りなおし、真剣な表情に変える。


「ねえ、私、ちゃんとできたかな?」

「頑張ったな。しっかり声も出せてたよ。」


 頭も撫でてもらってご満悦だ。ぎゅっと抱き着く様子はまだまだ子どもで、とても王女様には見えない。


「嬉しい。兄様も、本物の王子様っぽくて格好よかったよ。」

「ぽいんじゃなくて、本物の王子様だから。」


 ある程度の事情は伝えているが、やはりどこで誰が聞いているか分からない。聞く部分によっては成りすましているとも受け取られかねない。そのため、バルデスにいる間は王子王女としての行動を続けてもらう必要がある。

 いつもは抱き着いてもすぐ離れるのに、今日は何故か抱き着いて、顔を埋めたまま動かない。本当に疲れたのだろう。


「兄様が、ベアトリスの言ってた兄様だったんだね。」


 小さい頃の、バルデス城に閉じ込められていた時のことを教えてくれる。両親も姉もいないけど、兄だけは探せばいるかもしれない、と。


「ベアトリスは知ってたから、そんなこと言ったんだ。」

「血縁なんて関係ない。一度そう思ったんなら、それで良い。俺と血縁関係があろうがなかろうが、今ある関係性は変わらないんだから。」


 なぜ、愛良ちゃんは優弥さんを兄と呼んでいるのだろう。皇国にいる見知らぬ人の所に、いきなり預けられたのだろうか。しかし、バルデス王家関係の子と知ってなお、引き取ってもらえるものだろうか。


「うん!兄様もお兄ちゃんも家族だから。」


 笑顔で愛良ちゃんがそう宣言できるなら、私が聞くことではないのかもしれない。気にはなるけど、その時何を思って引き取っていても、今は家族でいられているのだから。私とマリアが、そうであるように。


「俺にとっても、お前は家族だよ。」


 抱き締め返してあげている。名前で呼ばないのは、今はモニカと呼ばなければならないからか。


「ラウラと秋人もありがとう!おかげで私、安心して、緊張はしちゃったけど、ちゃんと演説できた。」

「姫様の心の支えとなれたのなら喜ばしい限りです。」

「それが俺たちの役割ですから。」


 侍女侍従としての返答をすれば、愛良ちゃんは不満そうな表情を浮かべる。最初の演説を乗り越えたことで、気が緩んでいるのだろう。休める時に休むことも必要ではあるけど、バルデスに入る前のような友人の距離に戻すのは難しい。


「ねえ、本当にずっとそのままなの?寂しいなぁ。」


 しゅん、という効果音が聞こえそうな顔をする。きっと意図的にしていることだ。そう思わないとこちらの胸が苦しくなる。


「姫様、申し訳ございません。お立場を、お考えください。」


 とても嫌なことを言っている。私はエリスに立場がそんなに大事か、と投げつけて来たのに。自分の発言に矛盾がある。だけど今、侍女という立場にあるのに友人のように接すれば、不審を買ってしまう。演説周りの最中も傍に控え、守るためには、この立場は捨てられない。

 その私の発言を聞いていない愛良ちゃんも、表情で不服を訴えている。しかし、私の意思を曲げることは困難だと判断したのか、標的を秋人に代えた。杉浦さんの肩越しに追及していく。


「秋人はさぁ、お家の人にもそんなに立場を考えない態度取ってるよね?」

「まさか、そのようなことはありません。」


 エリスに対する態度の話だ。来客中や外では気を遣っているということだけど、もう良いと判断した相手の前では主人に対する態度ではなくなる。敬語ではないし、口答えもすれば、話も遮る。怒られることもあるようだけど、堪えている様子もない。つまり、そのようなことはある。

 しかし、ここでそれを私から言うのは遮られる。下手をすれば愛良ちゃんの標的が私に戻ってくるのだから。


「嘘吐き。秋人なら私にもそういう態度に戻してくれると思ったんだけどなぁ。」

「申し訳ございません。あれはあの人との信頼関係があり、周囲にもそう認識されているからこそ許される行いであって、」

「その人はいいのに、私はダメ?」


 すすす、と杉浦さんから離れ、秋人の服の裾を掴む。上目遣いまでして、悲しそうな声を出す。どこでそんな手口を覚えて来たのだろう。

 哀れを誘う愛良ちゃんに、秋人も目を逸らす。杉浦さんに助けを求めているけど、対愛良ちゃんという意味では全く頼りにならないだろう。案の定、何の反応も見せない杉浦さんにしびれを切らして、次に秋人は私に縋る目を向けた。

 自力で何とかしろと言ってしまいたい。私がどんなに頼んでもエリスからの命令を守れたのだから、愛良ちゃんのお願いも断れるだろう。だけど、あまり冷たいことを言うと、また愛良ちゃんの矛先がこちらに向いてしまう。私は言葉を飲み込んで、無視するに留めた。


「ねえ、ダメ?私、四人で一緒に寝たいなぁ。」


 それは無理だ。どういう思考回路なのか全く読めない。きっととても疲れているのだろう。あと、愛良ちゃんの年齢的にもう、家族以外の男性と一緒に寝るのは駄目だ。その辺りの教育は行っていないのだろうか。


「昨日までだって、ラウラは結局寝てないんだよ。」

「仮眠は取らせていただいておりますので、ご心配には及びません。」

「一緒に寝たら、二人もきちんと休めるかなって思ったの。」


 私たちの体を心配してくれているのか。それなら代替案を上げられる。


「姫様がラファエル殿下とお休みになれば、それだけで私たちの休息時間は十分に長く取れます。まさか姫様と一緒に休むわけには参りませんから。」

「うん、じゃあそうする。兄様も良い?」

「もちろんだよ。」


 杉浦さんの下に愛良ちゃんが戻り、秋人はほっと一息吐いている。結局助ける形になってしまった。

 夕飯の用意が整ったと、この屋敷の侍女が呼びに来て以降は何事もなく、演説の日は終わりを迎えた。


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