第四の罪、虐殺
国境付近にて睨み合いを続けていたバルデス軍が大規模に動き始めた。麦の収穫も終わり、人手が確保できるようになったのだろう。
これまでも小さな戦いは継続していた。その間、私は一兵士として、あるいは指揮官としての経験を積んでいった。
次に中央部のバルデス軍が動く時、それは最終決戦。そう、誰もが感じ取っていた。
その時、将軍として兵を率いるのは、戦姫アリシア。それが、サントス兵の士気を高めることになる。
そこまでの経験を積めていないと拒否しようにも、先頭に立っているだけで良いとまで言われてしまえば、この身を勝利への標する程度、受け入れられる。
バルデスは、バルデスの民は、きっと過去の憎しみに囚われている。そうだとしても、自国の民を犠牲にするわけにはいかず、黙ってやられるわけにはいかない。
アルセリアも、あまりに多くの兵が犠牲になれば、戦い方を変えるだろう。
「国境を侵す者に容赦は要らない。誰一人、生かして帰すな。殲滅だ!」
全ての罪は、この私が引き受けよう。
戦線を維持してくれたベルトラン将軍の後を継ぎ、兵を率いる。一人一人に声を掛け、時には優しく、時には過激に士気を高めていく。
もう、自分が直接手を下すことは減った。後ろから指示を出すのが中心だ。
それでも、命を奪う罪を忘れてはならない。死人が枕元に立つ幻覚を見る苦しみを、兵に味わわせているのだから。
「殿下、こちらを。」
渡された書類には各方面からの報告が記載されている。フロンテラにて、私は全てを把握し、指示するのだ。
フロンテラに向けては主力がぶつけられる。ここを抑えなければ、反対に攻め入られる危険があることを、バルデスも承知しているのだ。
北東部は何度も奪い合っている。犠牲も多く出ている場所だ。しかし、戦局を決定づける戦果はどちらもあげられていない。
南東部は比較的穏やかだ。しかし、犠牲がないわけではない。潮風で最新の兵器が痛むことを恐れてか、昔ながらの剣と弓を用いた戦いが行われている。
これら全てに細々とした数字が記載されている。攻めて来た敵兵の数、それに対応したサントス兵の数、その時犠牲になった数、負傷した数。
以前は、ここに捕虜にした敵兵の数もあった。今は殲滅を命じているため、攻めて来た敵兵の数が、そのまま殺した敵兵の数となる。
無理な徴兵は続かない。人の数も無限ではないのだ。殲滅作戦を取れば、バルデスも攻勢を弱めざるを得ないはず。
そんな淡い期待を抱いた一か月。未だバルデス兵は途切れない。
「アリシア、ちゃんと休んでいるのか。」
初めの頃は各地の報告を受け取り、確認し、指示を出すだけだった。時折、兵を鼓舞するよう声かけを行っていたが、誰かが様子見に来るようなことはなかった。
「ああ、休息は取っている。」
今は、エミリオが日に何度も様子見に来ている。確かに私の補佐として引き立てはしたが、あくまでも将軍の補佐という意味だ。決して、健康管理のためではない。
「睡眠時間は確保している。」
しかし、毎回私の言葉は信じてもらえない。
「確認は終わったんだろ。少しでも寝たほうが良い。お前が休まないと下も休みにくいだろ。」
「一番仕事の多い立場だ。それに、戦場は一瞬で状況が変わる。いつでも対応できるようにしておく必要があるだろう。」
どうせ、眠れやしない。
私が将軍になってから、どれほどの民が犠牲になったのだろう。攻めて来たバルデス兵全てと、その討伐に当たったサントス兵の一部。
命が助かっても、降伏し、命乞いをする相手を殺害する苦しみに、精神を疲弊させる。そんなサントス兵の中には、日常に帰れなくなる者もいる。
戦地に送られるバルデス兵は分かっている。サントスが殲滅作戦を取っていて、自分たちが生きて帰れないことも、拒否すれば自分の家族が犠牲になることも。
アルセリアは殲滅作戦を知ってなお、兵を送り続けている。
自ら兵となることを望んだ者から、徴兵制で強制的に兵にされた者へ。兵士としての訓練を受けた者から、剣を持つことすら初めてという者へ。戦争の経緯を理解している大人から、何も知らない子どもへと。
「いざという時に動けるよう、休む必要だってある。なあ、アリシア。全部一人で抱え込む必要なんてないんだ。」
私は将軍だ。戦争に関する全ての咎は私が引き受ける。
「お前は、今のバルデスをどう思う。」
アルセリアをどう思うのだろう。かつてのアルセリアを知らないエミリオなら。
「おかしいな。いくらサントスが憎くても、人を使い潰すようなやり方がこれほど続いているのは不自然だ。いつ反乱が起きてもおかしくない。そんな体力も民には残されてないのかもしれないな。」
「なら、今の戦いの在り方をどう思う。」
言葉に詰まるエミリオ。殲滅を指示しているのは私だ。答えられないというのは殲滅に賛同してないからだろう。全て殺せと命じているのだ。こちらから打って出る素振りも見せないのに。
私だって、恨まれる対象だ。
「バルデス兵の戦意がなさすぎる。これじゃ戦争じゃなく、虐殺だ。兵は国を守るという大義名分があるから戦えるし、人を殺せるんだ。このままじゃ、サントス兵も正気ではいられなくなる。」
「そうだな。」
早急に手を打つ必要がある。バルデスが何を企んでいるのか、そこで何が起きているのか。おそらく民衆はもう、戦争を続けたいと思っていないはずだ。
「アリシア、今のバルデスはおかしい。議会も解体されているのなら、誰が女王を止められるんだ。」
議会という形でなくとも、有力な貴族くらいはいる。それを抑えられるほど、数年で女王に権力を集中させられるとは思えない。
集中させられていたとしても、あのアルセリアが強引なサントス攻めを実行しているとは、未だに信じたくないことだ。
休息を取る約束を取り付けたエミリオが退室した部屋の中、私は決意を言葉にする。
「私が、私が殺す。アルセリアは、同じ思いを共有できた唯一の友は、私が。」
何の為に、何故、こんなことをしているのか。これは私が聞くべきことで、私がすべきこと。
おそらく多くが感じているはずだ。この戦いはバルデスの女王を討たなければ終わらないと。それまで、民が犠牲にされるのだと。
誰かが、刺し違えてでも、アルセリアを止めなければ。
「全ての元凶はバルデスの女王だ。悪しき敵を討伐するのだ!」
これまでは侵入してきたバルデス兵を殺すだけだった。ここからは私たちがバルデスの領土に侵入する。バルデス女王アルセリアが控える、バルデスの首都を目指して。
バルデスは当然全力で抵抗するだろう。それぞれが女王にどのような思いを抱いていても、そうせざるを得ない状況を用意しているはずだ。だからこそ、ここまで戦いが長引いているのだから。
サントス兵は士気を取り戻した。自分たちの罪から目を逸らす理由ができたから。バルデスの民の行動が女王のせいとなり、自分たちはそれを救うのだという大義名分ができたのだ。
防戦一方だったサントスが攻めに転じた。国境の砦フロンテラに攻め込むことが命じられていたであろうバルデス兵は、急な方針転換にまとまりを欠いた。元々恐怖で従えていただけの集団だ。それを打ち倒し、バルデスの首都に近づくのも難しいことではない。
大砲でこちらを圧倒しようとするバルデス。しかし、それも対処法を覚えてしまえばそこまでの脅威ではない。
バルデスの歩兵が剣を手に砦に迫る。その後ろには大砲が並んでおり、弾を込める役割を担わされた兵が立っている。
大砲への対処は予め伝えている。
それに従い、遠距離射撃用の銃を手にした兵は、大砲の隣に立つ兵を狙う。
剣を手にしたサントス兵も、少人数で行動し、大砲の正面を避けるか、バルデス兵の集団近くを動き回る。
大砲は細かく、素早く狙いを定められない。いかに女王や上層部が兵を使い捨ての駒と考えていても、戦場に立っているのは民同士。味方ごと撃つなどできはしない。
大砲さえ無力化してしまえば、後は大きな障害となり得ない。
サントス兵が次々とバルデス兵をなぎ倒し、戦線を押し上げて行く。バルデスが追加の兵を送ろうとも、それまでに前進したサントス兵を押し戻すだけの勢いはない。
そもそも、バルデス兵にそれほどの士気がなく、逃げられる隙を見つければ、自ら道を開けて行く。
女王が撃たれれば、バルデス兵もサントスに攻め入る理由を無くす。
今や、私たちの敵はバルデス上層部だけとなった。
バルデスの首都。その周りは大きく開けている。
今はその正面に兵を展開し、都市を守るバルデス兵と睨み合っている。
そうやって正面から攻めようとする姿を見せる一方で、女王を暗殺する方法も模索していた。
二人の天幕で、秘密の会議。
「エミリオ、お前は優秀だな。」
「当然。前将軍から鍛えられてるんだ。」
前将軍ベルトラン・ライネリオの孫。その名が多いこともあっただろう。しかし、エミリオはその期待に応え続けて来た。
今回のバルデスとの戦争が初陣だった。それにも関わらず幾つもの手柄を上げ、その実力を示した。
「女王はバルデスの城に立てこもっている。隠し通路もほとんどは見張られているだろう。たが、私たちしか知らない通路がある。」
一度だけ聞いた秘密の通路。バルデス王家の血を引く長子にだけ、代々伝えられているというその道を、私はアルセリアから聞いていた。
当時バルデスはサントス領であったため、バルデスを治める人間という意味で、私に教えてくれたのだ。ただの詭弁に過ぎない上に、情報を外部に流しているという点で、今であれば大問題だと理解できる。しかし、当時は秘密の共有としか捉えていなかった。
単純に、アルセリアと近づけた気がして、喜んでいたのだ。
「命じてくれれば良い。俺はお前の部下だ。」
アルセリアに関することは、多くが伝えられないことだ。私と彼女が親友で、明るい未来を語り合ったことも、何も言えない。
だから人々は私の前でもアルセリアを悪し様に言い、代わりに殺してくれようとする。
「一つ、頼みたいことがある。」