王族としての
愛良ちゃんも杉浦さんも少し手を貸すだけで乗り降りできるほど乗馬に慣れた頃、最初の目的地に着く。バルデス北部の領都、アルバだ。
街の出入り口には見張りが立っているが、人の出入り自体は多くない。人が通った時に話す余裕もあるくらいだ。荷物の多い人ではないため、商人などはこの時間ではないのかもしれない。
「どうする?」
「旧王都からは遠いし、捕まるの覚悟で名乗るのもありだと思う。上手く行けば、貴族の了解を得た上で演説して回れる。」
そう上手く行くだろうか。いきなり王家の血縁を名乗っても、敵視されるか、良くて変な人を見る目で見られるだろう。何かあれば二人を担いで逃げる心積もりだけはしておこう。
自分たちの足で歩いて堂々と門に向かう。怪しんで声をかけてもらえるように、二人のフードは深く被らせたままだ。その上、私と秋人は剣も下げている。銃は隠れて見えないが、剣なら分かるはずだ。
「おい、そこのお前たち。止まれ。」
「何でしょう。」
私は愛良ちゃんを抱き寄せる。懐の銃に手を添えようとすれば、見張りに見咎められた。
「女、何をしている。」
返事をせず、秋人に視線を向ける。怪しまれるまでが私の役割。その次どうするかは任せた。
「答えろ、この街に何をしに来た。」
「領主様にお話を。殿下を連れていると伝えて何も分からないようなら、このまま帰らせてもらおう。」
表向き、今この国に殿下と呼ばれる人物はいないことになっている。ここまでに通った町や村でも確認できなかった。貴族なら全員知っているのか、一部しか知らないのかの判別はついていないが、ここで分かるだろう。
「殿下、だと?」
愛良ちゃんと杉浦さんのフードを外させる。この見張りが女王の容姿を知っているかは疑問だけど、こうして見せつけることで、それらしく感じられるだろう。
「しばし待て。」
分かっていなさそうだけど、さらに上に繋げさせることには成功した。誰かが確認に来るのか、確認のために自分たちが向かわされるのか。いずれにせよ、警戒は怠れない。この地の領主の立場次第で、再び私たちは囚われの身となってしまうのだから。
昼頃には着いていたはずなのに、陽は傾き、空は紅く染まり、さらには暗くなる。いつまで待たされるのだろう。
「領主様の寛大なお心に感謝しろ。」
「ああ、領主様には感謝しよう。だが、殿下というのが事実だった場合、問題になるのはどちらの態度だろうな。」
軽く脅しつつ、馬車に乗せられていく。馬車ごと爆破でもされると困るため、確認させてもらい、前方に何もないことも窓から見させてもらう。そうして警戒していると、愛良ちゃんから気の抜けた声が発せられる。
「ねえ、お腹空いた。お話の前にご飯食べる時間あるかな?」
「出てきても食べるなよ。何が入れられてるか分からない。」
これがお貴族様同士の対立か。その点においては力になれそうにないため、私も一緒に忠告を聞いていた。
「おそらく今から行くのは領主アルバレスの屋敷だ。サントス王国が支配していた当時はアルバレス侯爵だった。バルデス侯爵家にも近しい存在だったそうだ。」
今はバルデス王家、アルバレス公爵家になっている。支配前の状態の戻った、ということだそうだけど、百年も昔の話であるため、戻ったと言われたほうが違和感はある。ほとんどの人が生まれる前の話なのだから。
「反サントスの立場も取ってるから、殿下って連絡で迎え入れてくれるなら、悪い扱いにはならないと思う。だけど、注意は怠るなよ。」
不安になりすぎる必要はない。だけど警戒は必要。そういうことなのだけど、愛良ちゃんと杉浦さんは結局どう対応すれば良いか分からないのか、反応に困っている。
「要は、口に入れる物は全て私たちが毒味を済ませた物、私たちから離れないこと、簡単に頷かないこと、だね。」
「そういうこと。発言の許可が得られれば俺から説明もできるけど、難しそうなら小声で助言程度だな。」
愛良ちゃんには基本黙っておいてもらったほうが良いかもしれない。まだ杉浦さんのほうがその辺りは分かっているだろう。学園での知識の部分も考えれば、その限りではないかもしれないけど。
外を見る限り、街中から離れて行っている。おかしな場所に連行されているのか、屋敷が街中には建っていないのか。警戒は怠れないが、着くまでには時間がかかりそうだ。いざという時、お腹が空いて動けないのも困る。
「ご飯食べてよっか。お腹空いてたら食べたくなっちゃうでしょ。」
「うん、いただきます。」
持ち物はきっちり自分たちの手で持って来ている。保存食を取り出して、ゆっくりと食べさせる。もちろん、私も力を蓄える。私が食べている間の警戒は秋人に任せて、食べ終えれば交代だ。
簡単にお腹を満たすと、愛良ちゃんは警戒心もなく眠りに就く。いつもなら眠っている時間で、移動のために疲れているのは分かるけど、それにしてもよく眠れるものだ。それだけ私たちを信頼してくれているということだろうか。
「友幸さんも寝てて良いよ。何かあったら起こすから。」
「じゃあ、お休み。」
馬車の揺れで、私に寄りかかっていた愛良ちゃんが倒れる。ちょうど膝枕をする形になってしまう。可愛いけど、いざという時咄嗟に動けなくなってしまうため、少し離して寝かせ直す。
「ラウラも寝てたら?俺が起きてるし。」
「こんな状態で?一晩くらい大丈夫だよ。私だって、ああ、駄目だった。」
この国に騎士制度はない。うっかり、私だって騎士なんだから、と言うところだった。
「護衛侍女、だもんな。」
「そう、それ。領主邸に入ったら呼び方とか話し方も気を付けないと。」
秋人は護衛侍従だ。それぞれモニカ・バルデス、ラファエル・バルデスに仕えている、という設定にした。自然に傍にいるにはそうなるらしい。私たちは態度を取り繕えても、愛良ちゃんや杉浦さんの態度からそうは見えないかもしれない。だけど、そのための言い訳を秋人が考えてくれているという。おそらくエリスの入れ知恵だけど、とにかく私はそれに話を合わせておけば良い。
すっかり夜も更けた頃、ようやく屋敷に辿り着く。
「アルバレス公爵がこんな時間にも関わらずお待ちくださっています。くれぐれも失礼のないように。」
御者に嫌味のように言われつつ、二人を起こしにかかる。すると、想像以上に丁寧な使用人に小声で止められる。
「お休み中でしたら、すぐに部屋までご案内いたします。お荷物、お預かりしてもよろしいでしょうか。」
奪われると取るか、歓迎と取るか。しかし、公爵本人が待っているというのに、部屋に先に向かって良いのか、返事に窮していると秋人が探りを入れる。
「公爵がお待ちではないのですか。」
「こんな時間ですのでお疲れのようでしたらお話はまた明日にでも、と言伝を承っております。」
素直に受け止めれば気遣いだ。眠い二人に話をさせて何か問題でも起きても困る。このまま休ませてもらったほうが良いだろう。そう結論付けたところで、話し声で二人が起きてしまった。
「あれ?ラウラ、もう着いたの?」
眠い目を擦る愛良ちゃん。欠伸を一つすればパッチリ目を開けた。杉浦さんも瞬きを繰り返し、現状の把握に努めている。
「起こしして申し訳ございません、王女殿下、並びに王子殿下。アルバレス公爵の屋敷に到着いたしました。」
ここはひとまず私が主導で話をする。サントス流の身分の順なら、王女の愛良ちゃん、王子の杉浦さん、王女の護衛侍女の私、王子の護衛侍従である秋人、となる。秋人と私なら代表して話すには私が適している。
ただし、ここは反サントスのお屋敷。これが正解かどうかはここの当主の性別と立場によって変わってくるだろう。
「アルバレス公爵がお待ちですが、すぐに休ませていただけるそうです。如何なさいますか。」
「えっと、すぐお話ししたほうが良いよね。行こう。に、兄様。」
「うん、そうさせてもらおうか。」
その呼び方は恥ずかしいのか、愛良ちゃんは少し照れを見せている。私としては休んでほしかったけど、口出しはできない。悪い方向へ転がらないよう祈るばかりだ。
資金や武器は預けず、自分たちの手元に残したまま、使用人に案内されていく。愛良ちゃんは不安そうな様子を隠せていないけど、杉浦さんは王子らしい堂々とした様子だ。最初に馬に乗ることを怖がっていた人と同一人物には見えない。
案内された応接間はオルランド邸よりスコット邸に雰囲気が近い。友人の家ではないため、それより緊張するが、おそらく愛良ちゃんはもっと緊張しているはずだ。
そのソファの前に立っているのは目元の皺に年輪を感じさせる細身で長身の老婆。相手が女性の場合は愛良ちゃんから、男性の場合は杉浦さんから挨拶を始めるように指示を受けている。しかし、二人の反応より早く、老婆は二人の前に膝をついた。愛良ちゃんが驚いてこちらを見てしまうが、幸い俯いている老婆には気付かれなかった。
「お初にお目にかかります。アルムデナ・アルバレスと申します。アルセリア女王陛下の治世では、公爵位を拝しておりました。」
顔を上げない。許可を出すのは愛良ちゃんだ。耳元で行動を指示する。
「顔を上げて、座ってもらって。それから、名乗って。」
アルバレス公爵に目線を戻し、緊張した様子で言葉を発する。
「え、と。顔を上げて、座ってください。私はモニカ・バルデスです。」
「ラファエルです。貴女のことは姉から伺ったことがありますよ。」
まじまじと杉浦さんの顔を見て、ふらりと立ち上がる。その瞳は潤んでいるようにも見える。
「触れても、よろしいでしょうか。」
「ええ、どうぞ。」
目元に触れ、どこか遠い目をされる。
「よく、よく似ておられる。苦労をされてきたのでしょう。アルセリア陛下も、幼い身空に王位を背負い、最期まで戦われました。目に、同じような苦労が、映っておられます。ラファエル殿下も、何かと戦ってこられたのでしょう。」
「恥ずかしながら、私は王位や爵位と無縁の生活を送ってきました。姉とも八歳を最後に手紙すら交わしておりません。よければ詳しい話を、聞かせていただけますか。」
「ええ、ええ、もちろんですとも。」
公爵の手を握り、ソファに座らせる。自分たちも着席すれば、ここからが本番だ。私と秋人は黙って立っているだけだけど。
愛良ちゃんのほうも公爵は見るが、杉浦さんにしたようにはしない。今は緊張しているけど、どこかふんわりした雰囲気がアルセリアとは異なるだろうか。
「順序が逆になってしまいました。まずは謝罪を、と思っていたのですが。」
再び床に膝をつく公爵。礼儀として以上に深く頭を下げておられる。
「この長い年月、お二人に気付かず、その力となれなかったことをお許しください。王家に第一の忠誠を誓ったにもかかわらず、その心身を支えることができず、ベアトリス女王陛下、並びにアルセリア女王陛下をお守りできなかった罪をお許しください。」
この人は信頼に足る人だ。二人を道具として使うだけの人ではない。心から赦しを請うている。赦しを求めながら同じ罪を犯し、人を使い潰す人だって当然いるけれど、きっとこの人は違う。
そしてこの懺悔は、私たちの助言なく、二人が対応すべきものだ。
「そのようにおっしゃってくださる方に、これ以上何も言うつもりはありません。モニカも構わないね。」
「う、うん。知らなかったのなら、仕方のないことだと思います。」
「お二人の寛大なお心に感謝を。」
許しを得て、再び着席される公爵。場が落ち着いたのを見計らい、侍従がお茶を出す。私たちが忠告しなかった出来事で動揺してしまったのか、愛良ちゃんはすぐにそれに手を伸ばしてしまった。
「モニカ。」
「あっ、えっと。ごめんなさい、兄様。」
杉浦さんは覚えていた。愛良ちゃんもその手を引っ込め、私に視線を遣る。同様に杉浦さんも秋人に視線で指示した。
それを受けて私たちは二人の前に出された茶を口に含み、茶の香りと味しかしないことを確かめる。余計な甘味も感じない。この公爵が毒を盛っているとは考えにくいが、こちらの味方なら、その辺りをしっかりしていると見せることで安心させられるらしい。
私が毒味を済ませてようやく愛良ちゃんはお茶を飲める。暖かいお茶で落ち着いたのか、眠気が戻ってきてしまう。目を擦ったり欠伸をしたりはしないが、少し頭が揺れている。
「お話なら、明日にも時間を取らせていただきますが。お休みになられますか。」
「い、いえ。私たちの考えを、先に伝えたほうが良いと、」
ふわ、と欠伸を零してしまう。頑張ってはいるけど、普段の可愛い雰囲気が隠しきれていない。一番の不安要素だ。
おねむの愛良ちゃんの言葉を杉浦さんが引き継ぐ。
「アルバレス公爵には申し訳ないのですが、私たちに王位を継ぐ気はありません。これから、共和国を宣言して回ろうと考えているのです。」
目を伏せられるが、否定の言葉は返ってこない。公爵自身にも思うところがあるのだろうか。
「そうですか。もう、バルデス王国の時代では、ないのですね。」