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シキ  作者: 現野翔子
蒼の章
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思わぬ障害が

 嵐の前の静けさ。そんな言葉が合う時間を過ごし、次の一歩を踏み出す。今回もエスピノ帝国側からの入国だ。正式な手続きができる状態ではないため、やはり不法入国となる。前回は気付かなかったけど、皇国から帝国の移動許可は得てくれていたらしい。攫われた場合に備えて準備していたとか。

 今回も皇国から帝国へは合法の移動だ。無用の攻撃を避けるため、愛良ちゃんと杉浦さんには深くフードを被ってもらっている。私と秋人も顔を知られているけど、全員が顔を隠しているほうが怪しまれてしまうため、私たちは顔を隠さない。


「じゃ、こっからは馬だな。」

「杉浦さんは一人で乗れる?」


 愛良ちゃんは乗れないと知っている。期待した顔で愛良ちゃんが杉浦さんを見るけど、無言ですっと目を逸らした。乗れないらしい。

 今回はそんなに急ぐ必要がない。資金も十分に持ってきたし、追われているわけではない。武器も十分に持って来ており、二人にも襲われた場合の行動を教えている。固まってじっとしていてもらえれば、私と秋人で排除できる。現場が少し刺激的なことになるだけだ。


「じゃ、愛良のほうよろしく。」


 前回と同じ組み合わせだ。その時は意識が薄かったり、急いでいるのにしがみついていられるだけの体力がなかったりしたため、抱えていた。しかし、今回は時間もあり、二人も体調も万全。自力で乗ってもらうこともできる。

 足継に適した高さの石の横に馬を止め、二人が乗りやすいようにする。


「私、あんまり覚えてないから楽しみ。お馬さんの上ってどんな感じなんだろう。」

「気持ち良いよ。無駄に動かないようにだけ、気を付けてね。」


 私はわくわくしている愛良ちゃんを支えつつ乗せ終えるが、秋人は俯いて呼吸を整える杉浦さんを待っている。前回のことは覚えていないほうが馬に対する抵抗は少ないのかもしれない。


「友兄、大丈夫?お馬さん怖い?」

「怖くない、大丈夫。」


 秋人が背を支えて乗せようとしているけど、鐙に足をかけていないため、それ以上何もできずにいる。


「急がないけど、ゆっくりするつもりもないからね?」

「分かってる。」


 前回は出来得る限りの速度を出した。それでも二人の体への負担を考慮した速度だったため、全速力には程遠かったが、初めて馬に乗る人には恐怖を植え付けるものだったのかもしれない。

 馬に一人では乗れないまでも、慣れる練習くらいはしても良かった。体力を戻すついでにできることであり、特別教師が必要なわけでも、場所が必要なわけでもない。簡単にできることだったのだから。


「愛良ちゃん、ちょっと待ってあげようか。」

「うん。」


 怖いようなら紐を買って来て、体を括り付けるという方法もある。もしくは意識が薄かった時のように抱きかかえるか。愛良ちゃんでもしていない補助具を使うのも拒みそうな気はするため、どちらが良いかは自分で選んでもらおう。

 先ほどの姿勢から変わっていないため、愛良ちゃんは周囲の景色を見て、乗っている状態に慣れてもらおう。その間、秋人は声をかけてなんとか乗せようとしている。


「後ろに転ぶ心配はないから大丈夫。そのまま体を乗せて、反対側に足を回して。はい、せーの。」


 杉浦さんが地面を蹴るのと息を合わせて、馬に乗らせることに成功していた。これを考えると、愛良ちゃんはよく躊躇なく勢いをつけて自分で乗れたものだ。

 硬直している杉浦さんの後ろに速やかに乗る秋人。その体を支えてやれば、もう歩かせられる。


「友幸さん?俺の手、掴まないで。」


 鐙に足がかかっていない状態であり、馬上で姿勢を安定させる方法など知らないため、不安なのだろう。愛良ちゃんより怖がっているように見えるが、純粋に性格の違いだろうか。愛良ちゃんには怖いものなしの部分がある。


「分かった。まず、この紐持ってみて。」


 無理、と言わんばかりの視線を秋人に向けている。


「うん、いや、俺の手、離して。」


 掴まれている状態で進むのは危険だ。何かあった場合には武器も構えたいし、素早い動きに対応できなければ、むしろそのほうが姿勢を保てず恐怖を煽るだろう。


「離して?」


 杉浦さん自身の手が白くなるほど手の力を強めている。呼吸できているのかな。余計かもしれないと思いつつ、口を挟む。


「深呼吸、深呼吸。吐いて、吸って、吐いて、力抜いて。」


 手は離せたようだ。秋人は杉浦さんに手綱を持たせて、その上から自分も握っている。愛良ちゃんのように両手を空けさせても良いけれど、あちらのほうが安心するのかもしれない。

 風景を見たほうが怖くないと思うけど、おそらく杉浦さんには周りを見る余裕がまだないようで、後ろを心配そうに見上げている。

 一方、愛良ちゃんは周りをきょろきょろと見て、楽しそうな声を上げる。


「いつもより視線が高−い。地面が遠いね!」

「うん、愛良ちゃん。地面が遠いのは小さい声で言ってあげようか。」


 怖がる人って余計に怖くなるのに下を見がちになるから。


「で、友幸さん、息できてる?……できてるなら良いんだけど。あっ、周り見たら綺麗だから怖くないかも。」

「行くんなら早く行けよ!」


 ようやく話したと思ったら、既に切れそうになっている。恐怖心を押し隠す時にああいう行動に出る人もいるとマリアから聞いたことがある。いきなり走らせるのは難しいだろう。


「うん、じゃあ、行くけど。ラウラ、ゆっくり歩かせるところからで頼む。」

「分かってるよ。」


 数日はあまり移動できないと思っておこう。まずは乗馬に慣れることだ。予想外の難関を越えて、ようやく出発できた時には既に一仕事終えた気分になっていた。




 乗る時間を含めれば自分たちの足で歩いたほうが速かったと思いつつ、馬に草地を歩かせる。バルデス領に入る前の木々の間を抜け、最初の泉で休憩だ。予定ではもう少し先のはずだったが、想定以上に移動に時間がかかっている。


「お昼ご飯にしよっか。」

「うん、言われてみればお腹空いてる。」


 私が降りるのは当然、何も心配は要らない。


「愛良ちゃん、降りれる?」

「ちょっと怖い。」


 それはさすがに高いか。私よりもさらに馬の背を高く感じているはずだから、一人では難しいのだろう。もう一度乗りなおし、私が上から渡すのが簡単だろう。


「秋人、ちょっと愛良ちゃん受け取って。」

「愛良は一人で乗っていられるよな?」


 あちらのほうが問題だった。乗る時のように手を掴んで、見上げている。


「愛良ちゃん、ちょっと待っててね。」

「うん、じっとしてる。」


 うっかり走らされると困るため、乗った時に注意事項は済ませている。

 愛良ちゃんを放置して、杉浦さんのほうに向かう。愛良ちゃんのように小柄な女の子なら、胴体を持って受け渡すという方法もあるけど、拒まれる気がする。重さという点では私も秋人も問題なくその方法を取れるけど、される側は不本意だろう。

 他にどんな方法があるかと思案していると、まず手を離させようとしていた。


「俺は先に降りないから、大丈夫。ほら、手離して。」


 しっかりと胴体に腕を回し、安心させてあげている。落ちる心配がないと思えたのか、自分ではどこにも掴まっていない状態になる。

 そこからどうするつもりだろう。そう見ていると、私が愛良ちゃんにしようとしていたことを、予告なく実行した。


「は!?ちょ、」

「じっとしてて、危ないから。」


 黙っていてと言われたわけではないのに黙って従っている。受け取るけど、先に説明くらいはしてあげないのか。

 地面に下ろすと、腰を抜かして座り込む。


「じゃ次、愛良だな。」

「うん、まあ、そうなんだけど。」


 お喋りは休憩しながらで良い。色々言いたいことをひとまず飲み込み、愛良ちゃんを馬から下ろす。杉浦さんの様子を見ていたため、愛良ちゃんは自分がどうされるか分かっており、協力的だった。

 同じように地面に下ろせば、軽くふらつく。


「最初はそうなるよ。ゆっくり座って休んで。私にもたれてても良いよ。食べたらちょっとお昼寝しよっか。」

「うん、そうする。」


 私が愛良ちゃんの相手をしている間、ようやく秋人は杉浦さんの様子を気にかける。


「友幸さん、大丈夫?」

「驚いただけだ。ラウラ、俺まで軽々……」


 背も高くて力のありそうな秋人やエリスと違い、私は女性として平均的な身長に、目立たない筋肉がついている。騎士をしているとは知っていても、見た目との差があって衝撃を受けているのだろう。杉浦さんが成人男性としては小柄で軽いせいもあるけど。

 言葉少なに昼食を終え、二人とも眠りに就く。ずっと緊張していただろう杉浦さんと、未知の視点に興奮しっぱなしだった愛良ちゃんは、同じように疲れたのだろう。


「どう慣れそう?愛良ちゃんは早く飽きたほうが疲れなさそうなくらい大丈夫だけど。」

「最後のほうは一応、少し景色も見れてたから、何回か乗れば慣れてくると思う。」


 この調子ならバルデス旧王都に辿り着くのに何か月かかるか分からない。大きな街などでも宣言して回るつもりをしているのに、困ったものだ。その上、今はまだエスピノ帝国領から出られてすらいない。


「愛良のほうは相手すんの大変だったんじゃねえの?ずっとはしゃいでて。」

「返事を求めてるわけじゃないから、適当に相槌打つだけで良いし、そうでもないよ。一人で喋っててくれるし。それより杉浦さん、怖がりだったんだね。」

「ああ、うん。ほとんどずっと目瞑ってたし。そっちのほうが怖いと思うんだけど。横抱きの提案も迷うレベルだったから。」


 信頼しているのだろう、きっと。体の安定性で言えば、馬を自分の足で挟むほうが安心感はある気もするけど、慣れていなければ信頼できる人に支えてもらってしがみつくほうが良いのかもしれない。結局断ったようだけど。

 一方の愛良ちゃんは、むしろ身を乗り出す勢いだった。それを言葉と手で留める必要まであったのだ。兄妹とは言っても一緒に育っていないせいか、反応が対照的だ。

 どちらに関しても何とかはなりそうなため、直近の予定を確認する。まずは今夜の問題だ。夜もどちらかは起きている必要があるため、この隙に私も休ませてもらおう。


「出立する頃に起こして。私も寝るから。」

「了解。」


 夜に眠れたほうが体は休まるだろう。昼の休憩は短くもある。交代制にするにしても、負担の重い人がより休めるよう配慮すべきだ。


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