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シキ  作者: 現野翔子
蒼の章
106/192

中休みの時間を

 二人の体調が万全になり、体力も戻るのを待つ間、私は毎週スコット邸に通った。そのため、愛良ちゃんが眠っている間に杉浦さんと二人で話すことも多くなった。


「ラウラさん、毎回、俺にまでわざわざ会いに来る必要はないんだよ。」

「良いじゃないですか。愛良ちゃんのついでですよ、ついで。気軽に会える知り合いって意外と少ないんですよ。学園には貴族も多かったし、平民でも大商人の家の子とか、貴族と繋がりのある家の子とかばっかだったんですから。」


 学園はお金がかかる。一般の平民では子ども通わせることが困難だ。通っていたみんなもそれぞれの仕事で忙しく、卒業後はあまり会えていない。その上、相手が貴族なら特に、学園生時代のように気安く声をかけられない。

 こうして私の学園生時代の話を始めると、穏やかな表情で聞きに徹する。今、愛良ちゃんは三人でのお散歩で疲れてしまい、お昼寝の時間だ。


「そういえば杉浦さんは大丈夫です?愛良ちゃんは大丈夫じゃないから寝てますけど。」

「俺も一応鍛えてたから。流石に愛良よりは元の体力があるんだよ。ラウラさんに比べるともちろん劣るけど。」


 今度は拗ねたような表情になる。騎士でも何でもない人に負けたら、それこそ私の自尊心が保てない。


「当たり前でしょう。私は騎士として鍛えてるんですから。〔聖女〕を守る騎士ですよ。マリアを守るために、誰よりも強くありたいんです。」

「守れたら良いな。」


 なぜか遠い目をする。自分だって愛良ちゃんを守ったのに。そうだ、愛良ちゃんから聞いたことを確かめてみよう。愛良ちゃんによると、しつこく追及すればおおよそ答えてくれるという話だけど、私でも効果はあるだろうか。


「守りたいんですか?」

「守れなかったんだよ、俺は。」

「愛良ちゃんは守ってくれた、って言ってましたけど。」


 溜め息を吐かれる。じとりと睨めば、諦めたように教えてくれる。


「もっと昔の話だよ。俺が皇国に来る時に、愛良も連れて来られたら、って。」


 バルデスから流されて来た時の話だろう。愛良ちゃんは生まれたばかりで、杉浦さんは当時八歳。連れ出せたとして、育てることは難しいように思える。私なんてマリアと出会うまでは、誰かを守るなんて考えていなくて、自分さえ生きていられるなら、その日の食料さえ得られるなら、それで良かった。


「そんな昔の話、引きずってるんですか。私は八歳の時のことなんてあんまり覚えてませんよ。毎日殺して奪って食べて寝て、ってだけでした。自分が生きるためだから、悪いことをしたとも思ってませんよ。」

「ラウラさんは単純で羨ましいな。」

「どういう意味です?」


 怒って良いだろうか。遠回しに馬鹿と言われている気がする。涼しい顔で茶に口を付けているところに一発入れてやろうかという気分になった時、編み籠を手に持った秋人が入って来た。


「お前はノックをしろ。」

「良いだろ、別に。これ、エリスさんからの贈り物。なんか、友達から聞いたんだってさ。」


 編み籠から出て来たのは、色とりどりの糸と色んな太さの針。


「友幸さん、器用だろ。時間あるんだったらやってみたら?ってことらしい。」


 私や愛良ちゃんの友人に編み物が趣味の子はいる。だけど、学園にいるのは金銭的にも時間的にも余裕のある人ばかりだ。今は危険で、体力的にもまだ厳しいから役者としての仕事には戻れないとは言っていたため、時間はあるだろうけど。

 案の定、杉浦さんは嫌そうな表情を浮かべている。


「なあ、本当にエリス様はどういう」


 ノックの音に発言は遮られる。


「お茶をお持ちしました。」

「ああ、ありがとう。入ってくれ。」


 恵奈さんの声に、秋人が返事をする。それに対し、杉浦さんは小さな声で、俺の部屋なんだけど、と抗議を入れた。

 失礼します、と入って来た恵奈さんは、私たちのお茶を淹れ直し、秋人の分も用意する。その様子を杉浦さんは一瞬も目を離さずに見ていた。


「俺はお前のことも許したわけじゃないけど。」

「その節は大変失礼いたしました。」

「もう良いだろ。最初会った時、友幸さんは気付かなかったんだから。」


 恵奈さんとも何かあったらしい。退室を待って、そのことを追及する。


「何かあったんですか?」

「別に。」


 答える気はないらしい。秋人に視線を移しても、籠の底から本を取り出していて、こちらの様子に気付いていない。


「秋人、恵奈さんと杉浦さんって何かあったの?」

「昔、恵奈が友幸さんに意地悪したんだって。」


 小さい頃の意地悪くらい珍しくない気もするけど、根に持つ性格なのかもしれない。


「間違ってはいないけど、そんな簡単な話じゃないんだよ。それにこっちは体も商売道具なんだ。無駄に傷つけられたくない。」


 無駄でなければ良いという問題でもないような。解決しているなら私が口を挟むことでもない。


「ラウラも何でも聞きたがるよな。普通ああいうのは聞くの躊躇しねえ?」

「人は聞かなきゃ知ることができないんだよ。」


 ふっ、と杉浦さんが笑う。何も可笑しいことは言っていないはずだけど。


「何ですか?」

「いや、マリアさんと同じことを言うんだな、って。」

「本当ですか!?嬉しいなぁ。」


 ずっと一緒にいると、共通点が増えるのかもしれない。周りからも姉妹のように見えるのだろうか。


「確かに。そういうこと言ってると、ラウラも聖騎士だった思い出せるな。」

「普段は聖騎士らしくないって?余計なお世話だよ。」

「すぐ物理的に解決しようとする聖騎士なんて、他にいないだろ。」


 静かに諭して、言葉で解決するのはマリアがやってくれる。だから私はそれでどうにもならない場合に、物理的な方法で解決する。役割分担だ。

 私たちの言い合いの間、杉浦さんは秋人が取り出した本をちらちらと気にしている。見たいなら見れば良いのに。


「で、杉浦さんは編み物しないんです?」

「いや、これは受け取れない。俺としては今の状態も不本意なものだから、受け取るわけには」

「ごちゃごちゃ言ってねえで受け取れよ。不本意なのに留めてる詫びの品、ってことで。」


 愛良ちゃんはエリスや秋人からの贈り物とか、慣れない場所で寂しくないようにと家から持って来てもらったぬいぐるみを素直に受け取っている。一方、杉浦さんは色々理由を付けて数回断ってから、押し付けられるようにして受け取っている。そろそろ学習すれば良いのに。


「だから、愛良と俺は違うから、俺はあんまり受け取れないんだよ。結構良い糸とか針だろ、これ。お金のかかるような物は受け取ると、愛人か、良くて後ろ盾扱いになる。前と同じ立場で役者に戻るなら、こういうのは受け取れないんだよ。」

「もう手遅れだと思うけど。何週間泊まってると思ってんだよ。」


 既に一か月以上経過している。その間の生活のことも考えれば、養われていると見る人がいてもおかしくない。治療費だって高くついているはずだ。


「エリス様もそんな遺書、律義に守る必要ないのにな。むしろ放っておいてくれたほうが有難かった。あとマリアさんも、仲良くさせようとか余計なことしないでいてくれたほうが良い。」

「マリアの気遣いです。ありがたく受け取ってください。愛良ちゃんにばれるから駄目だったんですよ。あ、ちなみに、愛良ちゃんに協力をお願いしたのは私です。上手く言いくるめると協力的になってくれますね。」


 愛良ちゃんに矛先は向けられない。だから悔しそうにしながらもそれ以上は何も言えずにいる。今後もこれは有効活用していこう。


「じゃ、俺は仕事に戻るから。」

「はーい。私も愛良ちゃんとお話ししてこよっかな。杉浦さん、お休みなさい。」


 まだ起きていられるという反論を無視して、そろそろ起きただろう愛良ちゃんの部屋に向かった。




「うう、おはよう、ラウラ。」


 目を擦って起きて来る愛良ちゃん。少し可哀そうだけど、あまり寝過ぎると夜に寝られなくなってしまうから、ここは心を鬼にしよう。


「良く寝れた?」

「もうちょっと寝たい。」

「もうそろそろ起きてようか。」


 眠気覚ましのハーブティを用意してもらい、愛良ちゃんの友達が持って来てくれたノートを一緒に見る。授業に遅れないよう、勉強をしているのだ。一応、教科書とノートを見ながら私が教えることになっている。そこから広がる話は持っていないけど、人と話せば多少は覚えられるはずだ。


「ねえ、ラウラ。数列ってさ、」

「パス。面倒で省略しちゃった。大丈夫、一つも覚えていなくても、仕事はあるよ。」


 がっかりさせてしまうけど、許してほしい。四則演算さえできれば、生活には困らない。つまり、私が学園で習った数学の授業は、現在ほとんど役に立っていない。


「それはラウラが騎士だからでしょ。もう、秋人もちょっとは覚えてたのになぁ。」

「本当に?」

「エリスが厳しかったんだって。及第点もらえなかったら、彩光を一周走らされたって。」


 皇都ではなく彩光という島全体。人が住んでいる地域ばかりではないのだから、いったい何日かかることやら。


「で、その後、休む間もなく木剣で滅多打ちだって。今はもうされるようなことしてないけど、お仕置きって言ったらそれになるから逆らえないんだってさ。」


 自分の訓練がいかに優しいものであったから思い知らされる。というか、エリスが鬼だ。


「ラウラもそういうことしてるの?」

「そんなわけないでしょ!聖騎士団でそんなことしてたら、人がいなくなっちゃうよ。まあでもそこが、強さの違いかぁ。」


 私ももう少し、自分の体を苛めるような訓練を課そう。次バルデスに行くまでの間に、少しでも強くなるために。

 ノートには数字が一定の法則に基づいて記されており、間に一つ空欄がある。基本となる公式があって、それに当てはめるだけ、とは覚えているけど。


「こんなのいちいち計算しなくても分かるよ。二つずつ飛ばしてるだけなんだから。」

「もう!ラウラ、計算して答えを出すから意味があるんだよ。」


 言葉は覚えなければ意思の疎通ができない。けど、数式は覚えなくても困らない。勉強している時は何の意味があるんだと思っていたけど、今では必要なかったと思っている。


「勉強で頼りになる人はエリスくらいだね。」

「杉浦さんは?」

「学校行ってないもん。だから、私が勉強してから教えてあげるの。」


 それはそうか。学費があったとは思えない。もう一人のお兄さんも会いに来ているという話だけど、頼らないのか。


「優弥さんはどうしたの?」

「教えるの上手じゃないの。教科書読んでるほうが分かりやすいよ。」


 素直だからこそ、評価が厳しい。私もこうやって愛良ちゃんに辛辣な評価を受けているのか。お兄さん、愛良ちゃんに優しいのに可哀そうに。


「だってお兄ちゃん、間違っててもね、君がそう思うならそうなんだろう、って言うんだよ。計算は私が間違ってたら間違ってるの!」


 甘やかしすぎているのかもしれない。そこは訂正してあげるべきだ。

 今日は数学の勉強だから力になれなかったけど、語学の日は多少なら手助けできる。宗教関係は得意だから、次に期待していて。


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