ようやく知って
数週間を経て、ようやくエリスが愛良ちゃんも含めた四人を前に事実を語り出す。
「では、私から話させてもらおう。友幸やラウラには以前にも話したことになってしまうが。」
長く続く説明を、愛良ちゃんは静かに耳を傾けている。表情をころころと変えつつ、それでも口を挟まなかった。杉浦さんも不愉快そうな態度は変えないけど、止めることもしなかった。
「――と、いうことだ。他に不足している点はあるか。」
「お兄ちゃんも知ってるの?」
「ああ。私から全て教えている。」
エリスがアリシアという王女であることを説明されても、愛良ちゃんはエリスに対する態度を変えない。愛良ちゃんにとっては頼りになるお姉さんというだけなのだろう。そこには身分も何もない。
「授業では、バルデスの女王はアルセリアが最後だったよ。」
「それは表向きの話だ。アルセリアや友幸が生まれた頃のバルデスでは独立の機運が高まっていた。当時の女王は独立反対の姿勢を示していたため、サントスの爵位を継ぐことが可能な女児のみを生まれたことにした。男児なら独立の駒にされ、独立反対派に命を狙われることになってしまうためだ。結局独立はしたがな。」
閉じ込めた、というのも命を守るためだった。説明されなければ分からないことだろうから、本当に早く教えてしまえば良かったのに。
「そして、愛良が生まれた当時は独立して間もない。サントスの毒牙にかかっていない者を女王としたい者の出現を危惧して、お前を隠したのだ。王位継承争いでどちらも傷つくことのないように。」
毒牙という言い方が引っかかる。エリスはサントスの王女なのに、なぜそんな悪い言い方を選ぶのだろう。
「私のことも心配してくれて、そうしたんだよね?」
「そうだ。友幸のこともな。」
ほっとした表情を浮かべる愛良ちゃんとは対照的に、杉浦さんは舌打ちをしている。まだ何かあるようだが、それに関する説明はない。一人納得する愛良ちゃんだけが、この場の空気を和らげてくれる。
「そっか、そうだよね。アルセリアは優しかったもん。授業で聞いた悪い人とは違うよ。」
「どちらもアルセリアの一面だ。多くを殺したのも、愛良に優しかったのも。」
「ねえ、授業で習ったアルセリアと私のアルセリアは、本当に同じ人?」
愛良ちゃんは説明されてもまだ信じられないらしい。誰かに対しては優しくても、他の人に対してもそうだとは限らないのに。私もマリアのために、他の人に厳しくできる。
「ああ。優しいアルセリアにも多くを殺す一面があったということだ。」
「分かんないよ。優しい人が、そんなことするなんて。」
ここまで黙っていた、おそらく我慢して聞いていた杉浦さんが口を挟んだ。
「愛良は分からなくて良い。バルデスの話はもう、俺たちには関係ないんだ。」
「そう言いたくなる気持ちも理解できるが、奴らにとって重要なのは血筋だけだ。」
杉浦さんは視線で射殺せそうなほど強くエリスを睨み、エリスはそれを気にした様子も見せずに受け止めている。
戸惑いつつ、愛良ちゃんは考えを巡らせる。この話が、今の自分にどう影響するのか。
「私、もう秘密にしなくていいの?アルセリアにモニカって呼ばれてたの。ベアトリスが絵本を読んでくれたの。」
「基本的には秘密だ。命と友が惜しいならな。」
「愛良を脅すようなことは言わないでください。」
真面目に頷く愛良ちゃんだけど、その表情には不安が見える。杉浦さんの言い方も言葉遣いこそ丁寧なものの、棘が感じられる。
「そこで、なのだが。現状では、二人ともバルデスの者に狙われる。その解決策は二つ。私がこのまま部下の友人だからという理由で保護するか、そもそも狙われる理由であるバルデス共和国として安定させるかだ。」
生まれていないことにしても、二人は見つかった。今死んだことにしても同じだろう。さりげなく守ろうとしても、隙をついて攫われた。そうなれば、一瞬の隙も無く守るか、女王制派や男王制派が二人に関わるだけの余裕を無くさせるか。共和制派も共和国として安定したなら二人を脅威には感じなくなるだろう。
「女王制派と男王制派の中心人物を殺せば良いかな。」
それが一番確実そうだ。まとめる人物がいなければ皇国にまでは来られないだろう。それだけの力がこちらにあると示すこともできる。上手くやれば、互いのせいにさせて、共倒れにさせられる。二人が皇国にいるなら、バルデスでの争いは関係ない。
私は名案だと思って言ったのだけど、愛良ちゃんは悲しそうな表情を浮かべた。
「殺す、の?ダメだよ、そんなの。悪い人になっちゃう。」
相手も殺そうとして来ているのに、そんなことを言っている余裕なんてない。しかし、エリスは愛良ちゃんの主張を聞いて、別の案を出した。
「別の方法もある。友幸と愛良がバルデスに赴き、バルデスの王族、ラファエルとモニカとして共和制を宣言してしまうことだ。」
「今更、巻き込まないでほしいですね。勝手にやってろ。」
吐き捨てるような杉浦さんの言葉に、愛良ちゃんは発言を控えた。だけど、重ねてエリスが愛良ちゃんにどうしたいか尋ねると、愛良ちゃんはおずおずと自分の意見を述べる。
「人を殺すか、自分たちが宣言するか、だけなんだよね。」
「私から提示できるのはそれだけだ。」
「宣言するだけで、悪いことしなくて良くなるんだよね。」
「ああ、そうだ。」
簡単に言うけど、そこに向かうこと自体が危険だ。誘拐して、無理に王位に就けることも考えられる。私たちの意向が掴めないまま、脅威と感じて殺しに来ることだってあり得る。二人を守るなら、隠れて私が殺害に向かうことも難しい。警備を緩めるわけにはいかないのだから。
まだ疑問のあるらしい愛良ちゃんは問いを重ねていく。
「でも、貴族は生まれながらに責務を負っているんだよね。それは、王族も同じ?」
「そうだな。王族は、他の貴族とは一線を画すほどの責務を負っている。」
「その責務は何?」
「やめてもらえますか、愛良に余計なことを吹き込むのは。」
愛良ちゃんに何も教えたくない。その意向を変えたわけではないらしい杉浦さんは、これ以上話させないとばかりに口を挟む。しかし、エリスはそれを聞き入れない。
「民を守り、導くことだ。」
「共和制の宣言は、それを放棄することにならない?」
誰が上に立とうと同じ。地を這いつくばって生きるしかない人間に、統治者なんて関係ない。誰が統治しても、日々の生活は苦しいまま。彼らは底辺の人間を見て統治なんてしていない。見ていたとして、そんなところまで行き届きはしない。
だからこそ、愛良ちゃんが何を選ぼうが、それを気に病む必要なんてない。何より、愛着も何もない国のため、愛良ちゃんがその身を危険に晒す必要なんてないのだから。
だけど、エリスはそんなこと言ってあげない。ただ、愛良ちゃんの質問に答えるだけだ。
「宣言することで、公的にバルデスの在り方を示すことができる。バルデス共和国と対外的に示すことで、正常な国と国との関係を築くことができる。」
「何もしないより、宣言したほうが、国のためになる。」
何の恩義もない国のためを考えるなんて、愛良ちゃんは本当に優しい子だ。自分を閉じ込めただけの国なのに。
「愛良が気になるなら、こう考えると良い。混乱を収めるために、共和制の宣言をすることで、王族の責務を果たす、と。」
「共和制の宣言で、果たせる。放棄することに、ならない。」
エリスも流石お貴族様、詭弁が上手だ。私としては愛良ちゃんの心が軽くなるなら何でも良い。どこに付こうか迷っているバルデス貴族も、共和制に向けて動くきっかけになるだろう。何せ、王となり得る存在が直々に共和制を宣言するのだから。
「そうだ。友幸も、構わないか。」
「愛良に何の関係があるんだよ。俺以上に何も知らなかった。今、全て聞かされただけだろ。」
「でも私はちゃんとしたい。今は知ってるんだから、できることはしたいって思うよ。」
意見は真っ向から対立しているけど、愛良ちゃんの考えを否定はしない。宣言するなら危険なバルデスにもう一度足を踏み入れることになる。どうするつもりだろう。
「愛良まで来る必要はないだろ。今まで通り、何も知らずにいれば良い。」
「嫌だ。私はそんなことしたくない。私は行く。自分のことは自分で決めれる。もうそんなに小さい子じゃないんだよ。」
もう高等部二年生。バルデスに行っている間に、学年が変わるだろう。幼く見えるけど、変わっていないようにも見えるけど、あと一年と少しで学園も卒業する年齢だ。
真摯な訴えに、杉浦さんも折れた。
「分かった、俺も行く。愛良にだけそんなことさせられない。だけど、これは責務じゃない。俺たちは国に対して何の責任も負っていない。」
「ああ、それで構わない。感謝するよ。秋人、休暇の延長だ。」
「了解。」
これも命令ではないらしい。私の協力がマリアから休暇をもらう形になるのは良いとして、秋人も私用扱いになるのか。
「エリスが命令すればすっきりするのに。」
「隣国の王女がバルデス国の国家としての在り方に干渉するのは望ましくない。あくまで私はその辺りの事情を知らずに、部下の友人を保護した、という建前を維持したい。」
王女アリシアとしての立場上、という話か。マリアの言う〔聖女〕のマリアとただのマリアのように、アリシアとエリスの顔を使い分けているのかもしれない。エリスとしては保護できるけど、アリシアとして干渉はできない、みたいな。
「私はあんまり納得してないよ、エリスが自分で守らないこと。だけど、愛良ちゃんたちを守るために協力はする。」
「ああ、助かる。くれぐれも私の指示とは言わないように頼む。」
そのことには杉浦さんも含めて全員が了承の意を返す。今度は忘れ物をしないようにしないと。
その後は実際にどこでどうやって宣言するかの相談に移る。人々に広く知らせることも、バルデス貴族がそれを知ることも必要だ。バルデス国内を巡る必要がある。
バルデス国内には最後の女王アルセリアを強く憎んでいる者もいるそうだから、一般の人々からも攻撃を加えられるかもしれない。殺してはいけないし、大きな怪我もさせないように排除しなければならない。
「わ、私、そんなに大変だと思わなかった。」
「じゃあやめる?」
「ううん。秋人とラウラが迷惑じゃなかったら、やりたい。」
はっきりとした愛良ちゃんの意思。私はもちろん、秋人も迷惑ではないと返し、相談は順調に進められた。