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シキ  作者: 現野翔子
蒼の章
104/192

不安を取り除いて

 恵奈さんの体の影から覗く愛良ちゃんは、不安そうな様子でこちらを伺っていた。


「ラウラ、友兄怒ってる?大丈夫?苦しそう?」


 隣に腰かけて愛良ちゃんを抱き締めてあげると、恵奈さんは退室していった。

 先ほどの話を整理すると、杉浦さんと愛良ちゃんは血の繋がった兄妹でも、愛良ちゃんが生まれた年に杉浦さんはバルデスを離れている。そうすると愛良ちゃんは実の兄を覚えていないはずで、杉浦さんにも再会した愛良ちゃんが妹だとは分からなかったはずだ。それとも、エリスか誰かがそれを伝えたのだろうか。

 愛良ちゃんは別の人をお兄ちゃんと呼び、杉浦さんのことは友兄と呼んでいる。知っていても知らなくても、愛良ちゃんはどんな気持ちでそう呼んで、杉浦さんはどんな気持ちでそれを聞いていたのだろう。


「ねえ、ラウラ。私、友兄とお話ししたい。」

「もう少し後にしてあげよう。疲れてるみたいだから。」


 妹にあんなところは見せたくないだろう。愛良ちゃんの前で取り繕っていたのなら、隠していたい部分のはずだ。


「でもね、友兄はね、ずっと励ましてくれてたんだよ。ラウラと秋人が来るまでずっと、大丈夫だからって。それとね、守れなくてごめん、って。いっぱい庇ってくれたのに、謝るの。何にも聞かなくて良い、こんな場所でのこと全部忘れちゃえば良いって言うの。」


 私と同じように、何も知らない。向こうで何か聞いているかもしれないけど、理解できるように説明はされていない。私もまだ聞けていないことがある。


「愛良ちゃんは体調、大丈夫?」

「うん、さっきまで寝てたから。けど、会いたいなって思って起きたの。」


 あんな声を聞けば不安にもなるか。隣程度には聞こえそうなくらい、無理に声を上げていた。愛良ちゃんに聞こえるかも、と考える余裕もなかったのだろう。

 刺激しないように私は部屋を出された。声を抑えていても、あれだけ話せば疲れているだろう。今、愛良ちゃんが行けば余計に無理をする。愛良ちゃんにとっては頼れるお兄さんの一人で、いつも心配させているようだから。


「大丈夫だよ、愛良ちゃん。今は秋人が付いてるから、きっと何とかしてくれる。杉浦さんも愛良ちゃんが心配で、守りたいから、危険から遠ざけようとしてるだけなんだよ。」

「そうかな。ねえ、ラウラは教えてくれる?」


 どうしよう。知りたい気持ちは私と同じ。だから、私がエリスたちに問いかけ、彼らが私に教えるべきだと主張するなら、私は愛良ちゃんに教えるべきだ。だけど、攫われてなお、杉浦さんはその身を挺して守ったのに、まだ事実を教えることを拒んでいる。エリスがその事実を明らかにする時は本人である杉浦さんを交えるべきとしたなら、私も勝手に話すべきはないのではないか。

 それでもやっぱり、愛良ちゃんもその本人の一人で、命を狙われる当事者だ。馬鹿ではないから、話せば理解もできる。


「愛良ちゃんは知りたいんだよね。」

「うん。だって友兄もエリスも隠し事ばっかりなんだよ。友兄は辛そうなのに、私には何にも教えてくれないから、私は何もしてあげられなかったの。大丈夫、すぐ全てが終わるから、って。」


 全てが。何かをするつもりだったのか、あのまま死ぬ気だったのか。エリスに巻き込まれたと言っている部分からは、自分が犠牲になるつもりはなさそうに感じられる。愛良ちゃんのためなら別なのかもしれない。


「愛良ちゃんと杉浦さんの体調が戻ったら、エリスから全部教えてもらう約束をしてるんだ。私もそれまで待ってるの。だから、愛良ちゃんも早く良くなって、早く一緒に話を聞こう。」

「うん、そうする。食べられそうな時に食べて、薬飲んでって言われてるから、まずご飯食べるね。」


 一度にたくさん食べられないから、食べられる時に、なのだろう。紐を引いてあげて、侍女を呼ぶ。食事の用意を願えば、愛良ちゃんを横にさせた。


「来たら食べさせてあげる。今は体を休めないとね。」

「大きい声って疲れるよ。友兄はちゃんと休めてる?」


 今は静かなため、落ち着いているのだろう。私がいた時点で体力の限界が近そうだったため、もう眠っているかもしれない。


「大丈夫だよ。たぶん寝てるんじゃない?後で秋人に聞いてみよっか。」

「うん。ねえ、ラウラと慶司は、今は仲良しだよね。」

「そうだね。まあ、喧嘩はするけど。」


 主に私が売っている。マリアの前では控えているし、いなくても手も足も出していない。〔琥珀の君〕はマリアの前では良い格好をしたいのか、碌に相手をしてくれないから。鬱憤を晴らすどころか、マリアに謝らせるだけになってしまう。


「友兄とエリスもね、ちゃんとお話ししたからもう大丈夫って言うの。だけど、何だろう、あんまり仲良しに見えないの。二人ともそんなことないって言うのに、詳しく聞くと何にも教えてくれないんだよ。聞かないで、って言われるの。」


 隠しきれていない。気を遣って、愛良ちゃんが二人の発言を信じているふりをしているだけ。おそらく杉浦さんはエリスを憎んでいるに近い状態だから、エリスも上手く対応できていないのだろう。助けようとしているのに、拒まれている。

 エリスがアリシアなら、殺したアルセリアの弟妹を助けようとしていることになるけど、マリアの父を殺してマリアを守ろうとする私と同じと言えるだろうか。私はマリアに助けてもらって妹になったからという理由があるけど、エリスは愛良ちゃんや杉浦さんに何か感じているのだろうか。


「二人は喧嘩するほうの仲良しなのかな?しないほうの仲良しなのかな?」


 答え辛い。一度でも喧嘩したほうがあっさり解決しそうな気もするけど、どちらも健康な時でなければならない。

 私が答えに窮していると、扉越しに沈黙が破られる。


「愛良に食事持ってきた。入っても良いか?」

「どうぞー。」


 侍女ではなく秋人が持ってきた。杉浦さんが落ち着いたか眠っていると分かるけど、愛良ちゃんを安心させるために問いかける。


「杉浦さんの様子はどう?」

「寝てる。愛良のこともすっごく心配してた。」


 寝台の傍の机に盆を置くと、良かったなと愛良の頭を撫でる。


「秋人にそうされるほど子どもじゃないですー。」

「ごめんごめん。友幸さんの代わりだから。」

「代わりになるわけないよ。そうだ、秋人は教えてくれる?」

「先にご飯な。」


 教える気があるのか、そんな気はなく先延ばしにしたのか。どちらか分からないけど、私もこれ以上の質問にどう答えて良いか分からないため、黙って食べさせてあげる。

 秋人は他に何か話すことでもあるのか、寝台の反対側に腰かけた。


「ラウラ、友幸さんの結論次第では、また手伝ってもらうことになるかもしれない。」

「今度は先に内容を教えてよ?」

「分かってるって。同じ手が二回も通用するとは思わない。」


 愛良ちゃんが眠ったら、内容を聞かせてもらおう。何を話して、どんな結論が出そうなのか。

 少しだけ食べた愛良ちゃんは薬を飲むとすぐに眠ってしまった。本当にまだ熱が下がっただけなのだろう。消化に良くないため、寝かせてあげることはできないけど、起こさないように会話はできる。


「で、頼みたいことって?」

「もう一度、友幸さんをバルデスに連れて行くこと。愛良も一緒かどうかはまだ分かんねえけど。」


 危険な目に遭ったのに自ら行こうとする理由が分からない。巻き込まれたと主張するなら、近づきたくないのではないか。わざわざ何をしようというのか。


「なんで?」

「知らない。何も言ってくれねえから。ちゃんと聞いてから行くつもりではあるけど。何考えてんのかさっぱりなんだ。」


 前の女王は非道だった。自国の民を使い潰し、国を破滅に追い込んだ。その血縁で、その時自国にいなかった人物なんて、受け入れられないだろう。何をしに来た、まだ荒らすつもりか、と思われても仕方ない。


「私は無為に危険に晒すために連れて行きたくなんてない。そんなことのために、命がけで助けたわけじゃない。それは愛良ちゃんだけのことじゃないよ。」

「分かってるよ。ちゃんと聞こう。エリスさんからも、友幸さんからも。」

「愛良ちゃんも一緒に。」


 返事がない。秋人も愛良ちゃんには教えないつもりか。念を押す意味で、繰り返す。


「愛良ちゃんも一緒に、だから。」

「友幸さんもエリスさんも優弥さんも、愛良には教えたいと思ってない。強く口止めされてるんだ。少なくとも、俺からは話せない。」


 他二人はともかく、エリスからは命令なのだろう。厳命されているなら、専属騎士として仕え、他に行き場のない秋人には従うほかないのだろう。ただし私に教える許可はさきほどもらってきたようだから、私から愛良ちゃんには教えられる。


「私には教えてくれるんでしょ?」

「一応、俺としては友幸さんの意思も尊重したい。だからせめて、どういうつもりで隠そうとしているのかくらいは、先に確認させてくれよ。」


 未だに聞き出せていないということは、秋人には難しいのではないだろうか。ここは愛良ちゃん自身の協力が必要だ。必死にお願いすれば、理由くらいは答えるだろう。

 知らないことは不安だ。自分の分からない所で何かをしているかもしれないから。

 愛良ちゃんを横たわらせ、立ち上がる。


「エリスと話そう。もう良いでしょ。杉浦さんから聞いたんだから。」

「言い出すと思って伝えてある。来いよ。」



 エリスからもバルデスとサントスに関するもう少し詳しい説明がされる。モニカを女王に推す女王制派、ラファエルを男王に推す男王制派、貴族の合議を主張する共和制派。


「対立する派閥の推す者を脅して宣言させるか、殺害してしまうか。いずれにせよ両者の身は危険に晒されている。だから気にかけていたのだが。」


 やはりエリスは守る気だ。それが伝わっていないだけ。私もたまにはマリアの真似事でもしてみようか。


「ねえ、エリス。杉浦さんには伝わってなかったよ。エリスは守ろうとしてるって言ったら、怒って、エリスに巻き込まれた、って。」

「ああ、聞いたよ。今はおいておこう。」


 あれを放置して良いのか。誤解はなるべく早く解くべきだと思うけど、エリスがその気になったら手伝うくらいの気持ちでいよう。今は私が愛良ちゃんに説明できるよう話を聞きたい。


「それで、今回攫われたことで、奴らがもう、友幸と愛良が旧バルデス王家の血縁者だと知っていると分かった。だが、私たちは彼らを王位に就ける気はない。」


 あれだけ痛めつけられたら、愛良ちゃんも杉浦さんも王位への憧れなんて抱けないだろう。だけどエリスの言い方では、二人の意思は関係なく、二人が王位に就くことがエリスにとって不都合であるように聞こえる。

 もう一つ気になるのは、説明を始めた時からずっと、エリスが一つ一つしっかり考えてから発言していることだ。


「ねえ、エリス。まだ何か隠してるでしょ。全部教えてよ。私たち、ってエリスと誰なの?」

「友幸と愛良の身の安全を考え、彼らを想うのなら、王位に就いてほしいなどとは言えないだろう。」


 本人の意思を尊重するのは当然。だけど、エリスの言い分は違った。その上、それ以上を語ろうとしない。


「いつまで隠すの?愛良ちゃんも不安がってる。守りたいなら、不安にもさせちゃ駄目でしょ。」


 お茶に手を伸ばし、答えを拒む。何と言って説得しようか。そう考えていると、秋人もエリスに意見した。


「エリス様、俺も愛良に隠せるとは思いません。向こうで多少は何かを聞かされているでしょう。その範囲を隠して交渉されれば、結局話さざるを得なくなります。順序立てて説明できなければ、余計に追い詰めることになりかねません。」


 命令に反する意見だからだろう。気を遣った話し方になっている。それを受けてか、エリスは私が言った時よりも真剣に検討しているように見える。私もきちんと考えた上で訴えているのだから、私の言葉でも真剣に検討してほしい。


「分かった。次こそ体調が戻り次第、説明しよう。愛良も交えて、な。それまで話すことは控えてくれ。体に差し障る。」


 また先延ばしだけど、今回は信じられる。前回までと違って、秋人も教えるほうに賛成しているから。


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