全てを知りたいから
恵奈さんが愛良ちゃんの傍に代わりに付き、私は応接間に呼び出される。いよいよ、全てを聞く時だ。
エリスがソファに座り、待ち構えている。
「まず、ラウラはどこまで知っている?」
何も知らない。だから、考えていた質問を全てぶつけた。二人の誘拐先を秋人が知っていた理由、それなのに他の人には伝えられなかった理由、エリスが救出に同行しなかった理由、考えていた質問全てを。
「そうか、何も聞いていないのだな。」
秋人が話せない、大陸に着いてから、帰ってから、エリスの時間のある時に、と誤魔化し続けてくれたせいだ。
エリスも一人、ふむ、と何かに納得しているが、そうではなくて私に教えてほしい。
「エリス!」
「だが君は、恵奈に聞くなという秋人の言いつけを守れなかった。」
「私は聞かないなんて答えてない。」
私と秋人は対等な立場だ。従う理由はない。
「どこに誰の耳があるか分からない。これはまだ伏せていた事実だが、今回の件を説明するためには必要不可欠な情報だ。ラウラ、君はマリアにもこの話を伝えずにいられるか。」
マリアにも。私はマリアに隠し事をしたくない。されたくないから、したくない。だけど、おそらく秘密にできると言わなければ、エリスは話してくれない。
ごめんね、マリア。でもマリアも私に〔琥珀の君〕のことを言わなかったことがあったよね。
「言わない、約束する。」
「まず、この話を知っているのは、私、秋人、友幸、優弥、恵奈だけだ。一部に関しては皇族や皇国の公爵の一部も知っているが、全てを伝えているわけではない。」
ごくごく限られた人の中でだけ共有される話。その中に、愛良ちゃんのお兄さんの名はあるのに、当事者であるはずの愛良ちゃんの名はない。
さらにエリスはどこまで話すか考えているのか、なかなか次を話し出さない。
「全部教えて。私だって見たんだよ。」
「そうだな。隠し通すことは難しいだろう。他で聞かれるのも困る。」
確認するように私を見るエリスに、黙って頷く。少しでも早く、詳しく教えてほしいから、余計な口は挟まない。
「アリシアという人物に関してだが、それは私だ。サントス王国第一王女、第六次サントス―バルデス戦争では将軍を務めた。バルデスや帝国を刺激しないために、国を出されたのだろう。」
サントス王国の王女。だけど、私たちが向かったのはバルデス。昔支配下に置いていたとして、そんなに内情などを知っているものだろうか。
「そちらの伝手で、愛良と友幸が狙われていることを知り、保護を試みたのだが、見事に失敗してしまってな。」
さらりと言える内容ではない。一歩間違えれば二人とも死んでいたのだから。今だって熱に苦しんでいる。
「なんで二人が狙われたの?」
「これ以上は二人の素性に関する問題だ。特に友幸に関しては、私から話して良いことではない。そして、君の疑問にこれ以上答えるためには、その情報を欠くことはできないだろう。」
また先延ばしか。いつまで誤魔化す気だろう。
「本人を交えて話すべき問題だ。容体が改善し次第、連絡を入れる。」
「いつになるんだろうね。」
「長時間座って話せる程度で良い。数週間で十分だろう。」
食い下がっても、二人に無理をさせることになるだけ。ここは大人しく引き下がり、別の質問に変えよう。
「分かった。じゃあ、エリスが救出に行けないって言った理由は?」
「簡単だ。自国の兵士を殲滅しにかかった隣国の王女が王城に侵入して来てみろ。宣戦布告と取られても文句は言えん。」
秋人があの場でエリスの名前を伏せたのもそれが理由か。いや、アリシアではなくエリスなら問題ないのではないか。その上、秋人は城内の兵士を何人も再起不能にしている。秋人とエリスの関係と、エリスとアリシアの関係が知られれば、エリスが侵入したのと同じような状況にならないか。
秋人に命じなかったことも気にかかる。オルランド邸に来た際、秋人はエリスの命ではないとわざわざ明言した。あれには何の意味があったのか。
「来なければ良いの?じゃあ、行けって言えば良かったのに。」
「私の感知しない所で、勝手に友人の救助に向かった。私はその連れ帰ったその友人たちを一時的に保護しただけ。そう主張するためだ。」
エリスはアリシア。だけど、秋人はサントスにもバルデスにも関係のない人間だから、行っても国同士の対立には繋がらない。
「なんだかずるいね。」
「ああ。だが、安心しろ。わざわざ君たちを殺しに来る余裕はないはずだ。次に行うのは愛良と友幸の殺害計画か誘拐計画を立てることだけだ。」
全く安心できない。次こそ殺されてしまうかもしれないのに、エリスは何を言っているのだろう。
「どうやって守るの。」
「二人で出歩いた時を狙われた。つまり、屋敷から出る時は必ず護衛を付ければ良い。以前は不自然にならないよう配慮したが、これからはそれが不要だ。それに伴って愛良もこちらで預かることになっている。」
他にも色々、バルデスの旧王都の雰囲気など、聞けそうなことを尋ねたけど、全て回答は、答えられない、だった。
「質問はそんなものか。また連絡を必ず入れる。それまで、誰にも言わないでくれ。二人のためにも。」
納得したわけではない。だけど、私に何ができるわけでもなく、ただ頷くことしかできない。
「愛良ちゃんのこと心配だからさ、会いに来ても良いかな。マリアも様子が気になるみたいだから。少しずつでも良くなっていくとこ、教えてあげたいんだ。」
「ああ、それは構わないが。大したもてなしはできないぞ。」
「傍にいさせてくれたらそれで良いよ。」
約束だけして、今日は退散。エリスはやはり忙しいのか、秋人を呼びつけて、部屋を出て行った。
「じゃ、一応誠意ってことで。」
専属騎士に見送らせるのが誠意なのか。エリスからは言えないことを聞けということなのか。
「結局、だね。」
「嘘を吐かないように、ラウラには誠実でいるために、こういう対応になってるんだよ。」
随分慕っているものだ。エリスの対応が理不尽なのは明らかで、秋人自身そんな扱いを受けたことがあるはずなのに。
「秋人は知ってるからそんなこと言えるんでしょ。」
「そうかもしれない。だけど、これは本当に言わないでほしい。誰かが調べて、それが悪意のある相手に伝われば、愛良も友幸さんも、まともな生活を送れなくなる。」
まともな生活がどういうものを指しているのかは分からない。護衛なく過ごせるという意味なのか、衣食住が満ち足りているという意味か、今までと変わらずにいられるという意味か。
「自分がした約束は守るよ。愛良ちゃんはなんで知らないのか、とか、他にも色々あるけど、全部黙っておく。愛良ちゃんにも杉浦さんにも聞かない。」
「頼む、そうしてくれ。」
いつになく真摯な様子に、分からないなりにとても大切なことが待っていると、思い知らされた。エリスはこういうことを言わせるために、私と秋人を話させたのか。
「愛良ちゃんに会いには来るから。」
「ああ、分かってる。」
満足できない情報のまま、またお預けだ。
マリアの帰宅を待って、仕事に戻れる旨を告げる。愛良ちゃんの看病などは任せておけば良く、私にできることはないから。
「もう愛良のことは良いのかしら。」
「エリスの所で安静にさせてもらえるから。侍女の人が付きっ切りで看病してくれてたし、大丈夫。お休みの日に行くことにするよ。」
マリアにはさすがに客じゃないなんて言えないだろうから、一緒に行こうとは誘い難い。忙しくなさそうなら、マリアを連れて行っても良いか聞いてみよう。
「そう。それなら明後日からお願いしようかしら。説教の間、近くにラウラがいてくれると思うと、とても安心するの。」
「明日は〔聖女〕もお休みだね。」
「ええ、久しぶりに二人でゆっくり過ごせるわね。」
朝は〔琥珀色の時間〕に行ってしまうけど、その間に侍女に髪を切ってもらおう。
「そうだね。色々話したいこともあるんだけど、まだ全部聞かせてもらったわけじゃないし、絶対に話さないって約束しないと聞かせてくれなかったの。マリアにも駄目なんだよ。」
「私は全員が無事に帰って来てくれただけで十分だわ。」
そう思ってくれるなら、私もマリアに対して後ろめたく思わないで済む。全部を聞けたら、マリアに話して良いか聞いてみよう。駄目なら駄目な理由を納得するまで聞く。マリアだって愛良ちゃんのことも大切に思っているから。
「そっか。じゃあ、私も元気にマリアを守れるように、今日は早めに休もうっと。」
「ええ、自分の疲れに気付いていないだけかもしれないもの。ゆっくり休んで。」
マリアを部屋まで送って、自室に戻る。愛良ちゃんの体も心配だけど、落ち着いて考えれば、学園の授業にそれだけ遅れが出ているということ。秋人は謹慎で来られていなかったこともあるから、その辺りに気付く気もするけど、私もできるだけの用意はしておこう。
久しぶりに高等部二年生の時の教科書とノートを取り出す。ノートは授業中に使っていた物と、マリアに伝えるためにまとめ直した物があるため、それなりの量になる。何の授業を取っていると言っていたか記憶を手繰るも、正確には思い出せない。愛良ちゃんの具合が良くなったらまた聞こう。
冬休みが間に挟まっているため、そこまで進んでいないかもしれない。だけど、今どのあたりを勉強しているのか分からないため、見当をつけて出しておくことができない。愛良ちゃんは話してくれていた気もするけど、覚えていない。
そんな風に思い出しつつ、愛良ちゃんの体調が良くなることを願った。
夜も明けて、朝食を済ませれば、マリアを呼び止める。マリアが出かけるまでは、まだ時間があったはずだ。
「何か言い忘れたことがあったの?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど。私がさ、学園の授業内容をまとめたノートがあったでしょ?あれって分かりやすかった?」
「ええ、とっても。綺麗に整頓されていたわ。」
自分とマリアなら分かりやすくても、愛良ちゃんにもそう感じられるかは分からない。愛良ちゃんの同じ学年の友人も助けてくれるだろうから、少しでも補えるなら、という心づもりでいよう。
「そっか。それなら良かった。愛良ちゃんにも良くなったら教えてあげようと思って。」
「喜ぶと思うわ。お勉強、大好きだものね。」
授業外でも色々な本を読んだり、人と話したり、多くの知識を身に着けている。私たちが知らないようなことまでたくさん知っている。
「そうだね。ありがとう、マリア。それだけ聞きたかったの。」
「参考になったなら嬉しいわ。それじゃ、お散歩に行ってくるわね。」
「うん、気を付けてね。」
マリアを見送って、私は私の時間を過ごす。帰って来た時に同じ時間を過ごせるように。