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シキ  作者: 現野翔子
蒼の章
101/192

一安心、なんだけど

 あの村からは特に何も起きることなく、港まで辿り着けた。船の上では暖かい布団もそれなりの食事も確保でき、二人とも支えられつつ歩くことはできるまでに回復していた。

 馬車を借りて、スコット邸に戻る。愛良ちゃんを支えて部屋に案内されれば、侍女がやって来た。


「湯の用意も整っておりますが、如何なさいますか。」

「私、頭と体と洗いたい。」

「では、お着替えはこちらに。」

「ありがとうございます。」


 旅の間は悠長に入浴などできず、船の上でも当然風呂には入れなかった。皇国に来てから慣れた寛ぎの時間を奪われていたことに、戻って来てからようやく気付く。


「じゃ、愛良ちゃん、お風呂借りよっか。」

「うん。」


 全て脱いで改めて見れば、骨が浮いて見えるほどになっている愛良ちゃんの体。たくさん食べさせて、たくさん休ませてあげないと。お兄さんも心配しているだろうから、連絡も入れないといけない。


「ラウラ、ありがとう。」

「生きててくれて良かったよ。ほら、洗ってあげるから、じっとしてて。」


 いつもは綺麗に整えられている愛良ちゃんの髪も、縺れて汚れている。


「少し伸びちゃったね。」

「うん、元気になったら、友兄に切ってもらうの。」

「お兄ちゃんじゃないんだ。」

「綺麗に切ってくれないもん。」


 危険か安全かに関係しない会話を交わしつつ、体も洗っていく。まだ完治しているわけではないため、一応そっと触れるように気を付ける。


「大丈夫?痛くない?」

「うん、気持ちいい。」


 満足げな愛良ちゃんを湯船に入れる。ついでに自分も借りてしまおうと、今度は自分の髪と体を洗う。私も帰ってゆっくりできるようになったら、オルランド邸の侍女に髪を切ってもらおう。短いほうが洗うのも乾かすのも楽だから。


「ラウラもムキムキなんだね。」

「うん?まあ、鍛えてるからね。」


 騎士のお兄さんとの比較だろうか。それ以降は何を言うこともなく、愛良ちゃんは静かに私を待つ。緊張を解いた様子で寛いでいるけれど、のぼせていないかは気にしてあげないと。

 愛良ちゃんの頭や体を洗う時より適当でも良い。少しくらい力を入れても折れたり傷ついたりしないことは自分が一番知っているから。そんな心配をしてしまうくらい、愛良ちゃんの体は弱弱しかった。


「お待たせ。のぼせてない?大丈夫?」

「うん。ほかほか。」


 欠伸までして、もう完全に気を緩めている。


「眠い?」

「うん。」


 目を擦り始めた愛良ちゃんを連れて、外の侍女に一声かけてから浴室を出る。半分眠っているような状態になってきた愛良ちゃんに服をきちんと着せたところで、彼女は座り込んでしまう。


「寝てて良いよ。ベッドまで連れて行ってあげるから。」

「うん、お休み。」


 安心して眠気が堪えきれなくなったのだろう。見知った場所で温まり、気が抜けたのかもしれない。スコット邸の客間自体は初めてのはずだけど。

 寝台に寝かせた愛良ちゃんの顔にはまだうっすらと痣が残っている。栄養も休息も足りていなかったため、治癒に時間がかかっているのだ。だけど、その表情に怯えはなく、うなされる様子もない。ここに預けて行っても問題ないだろう。少しの間、秋人とエリスに任せてしまおう。

 私は一度マリアに帰ったと伝えに行きたい。愛良ちゃんのことも心配だし、聞き出したいこともたくさんあるけれど、それはマリアの心配を後回しにするほどのことではないから。


「侍女さん、一度帰って、また戻って来ても良いですか。」

「はい、ラウラ様。話はまた明日に、と秋人様より伝言を預かっております。馬車か馬はお使いになりますか。」


 先ほどからお世話になっている侍女を呼び留めると、そのように伝えられる。今日は忙しいらしい。エリスもいないようだし、私としてもエリスもいる時のほうが良い。


「分かりました。馬をお願いします。」


 私一人ならそのほうが速い。




「ただいま、マリア。」

「ラウラ!お帰りなさい。」


 久しぶりに強く抱きしめてくれる。初めて名前を呼んだ時以来かもしれない。それ以降は優しいものばかりだった。


「無事で良かったわ。どこも怪我をしていないかしら。疲れているわよね。ゆっくり休んで。」


 いつになく早口のマリア。それだけ私のことを心配してくれていたのだと感じられて、マリアには悪いけれど嬉しくもなってしまう。だけど、愛良ちゃんのことも心配してあげてほしい。


「うん。愛良ちゃんはエリスの所にいるから、任せても安心かなって。それに、エリスもさっきはいなかったみたいだし。」

「愛良も杉浦さんも無事なのね。」

「うん。愛良ちゃんは疲れちゃって寝てるけどね。杉浦さんも同じ状況じゃないかな。スコット邸に着いてからは分からないけど。」


 色々あったことをマリアにも話したい。だけど、私にもどう話して良いか分からないくらい、何も教えてもらえていない。

 今、愛良ちゃんを一人にはしたくない。だけど、愛良のお兄さんは騎士として忙しくしているそうだから、四六時中一緒にいるのは難しいだろう。私も聖騎士の仕事があるから、いつから戻るかは今決めないと。


「ねえ、マリア。私の休暇っていつまで?」

「愛良ちゃんの容態次第ね。今は眠っているだけでも、安心すると熱を出すことなんて、子どもにはよくあることだもの。」

「へえ、そうなんだ。」


 私は病気と無縁の生活を送っているから、馴染みがない。ヴィネスに医師などいるわけがないため、病気にかかることが死に直結する事件だったというのもある。マリアと出会ってからなら、少しくらい聖職者が看病してくれたかもしれない。


「事が落ち着いたら、私も愛良に会いたいわ。今はエリスさんのほうもお忙しいでしょうから、私は遠慮しておくわ。」

「私は明日も行ってくるね。」




 私も溜まった疲れを自宅で癒し、翌朝スコット邸を訪ねれば、応接間で待たされる。飲み物で温まる余裕はあるけど、私は早く愛良ちゃんの様子が知りたい。


「悪い、待たせた。」

「遅かったね。愛良ちゃんはどう?」


 来たのはエリスではなく秋人。まだ眠そうで、休めなかったのかもしれない。そう気づいたため、苦情は中断した。


「お前と違って忙しかったんだよ。愛良と友幸さんは休んでる。ちょっと熱出したりしてるけど、医者に診てもらったから。ちゃんと食べて、薬飲んで、ゆっくり寝れば大丈夫だって。」


 マリアの予言が当たっている。杉浦さんは子どもではない気もするけど、些細な違いだろう。


「んで、優弥さんにも愛良のこと伝えたし、学園と〔虹蜺〕にも連絡を入れただろ?それから帰って来たエリスさんにも報告して、」

「ご、ごめん。何か手伝えることある?」

「もうないけど。愛良の傍にいてやれば安心するかもな。」


 今エリスはいるようだけど、私が話せる状態ではないのか。早く話が聞きたいのだけど。


「秋人には今、時間ある?」


 あからさまに嫌そうな顔をされる。ないわけではないけど休みたい、といったところか。見せつけるように欠伸までされるけど、約束は守ってもらおう。


「なんで杉浦さんはバルデスの隠し通路を知ってたんだろう。」


 全ての疑問に答えてもらう。一つずつ、感じた疑問を全て投げかけよう。そんな気持ちに切り替えるが、早速挫かれてしまう。


「後にしろよ。俺、寝たいんだけど。」

「愛良ちゃんと杉浦さんが同じ部屋に住んでたのはどういうことだろう。」

「知らねえよ。」

「どうして二人ともあんな所にいたことがあるんだろう。なんでそこにいるって秋人は知ってたの?それから」

「午後にエリスさんも予定空けてくれてるから、全部その時に。」


 強引に引っ張って行かれる。行く先は昨日、愛良ちゃんを寝かせた部屋。そこに押し込まれる。


「恵奈、客じゃないから好きに手伝わせて良い。」


 昨日の侍女が愛良ちゃんを看病してくれていた。黙って立ち上がりお辞儀をしてくれるけど、私は客ではないらしいから、この後は色々教えてもらうことになるかもしれない。


「ラウラは午後まで待っててくれ。愛良と話してても良いけど、無理はさせんなよ。あと色々はそこの侍女に聞いてくれ。バルデス関連は聞くなよ。じゃ、お休み。」


 自分はさっさと出ていく。本当に疲れていたのかもしれない。少し可哀そうなことをしたかな。


「ラウラ様、こちらにお座りになりますか。」


 彼女が先ほどまで座っていた、愛良ちゃんの枕元に置かれた椅子を勧められる。だけど、私は人の看病などしたことがない。マリアと出会う前は倒れた子は見殺しで、出会ってからはマリアたちに任せっぱなしだった。


「いえ、何をすれば良いか分かりませんので。」


 寝台のほうに腰かけさせてもらう。愛良ちゃんを起こさないようにそっと動けば、侍女は目で追うだけで咎めはしない。

 眠る愛良ちゃんの顔は赤くなっている。触れてみても、普段からマリアより高い体温がさらに上がっている。片手が侍女と繋がれているのはなぜだろう。


「体調を崩している時は心細くなるものです。人がいると安心できる子のようですね。」

「そういうものなんですね。」


 心を見透かしたような侍女の回答。他にも気になることを聞いても良いだろうか。バルデス関連は釘を刺されてしまったけど、私は頷いていないから無効だ。


「恵奈さん、ですか。」

「はい。なんでしょう、ラウラ様。」

「恵奈さんは愛良ちゃんや杉浦さんのこと、知っているんですか。」


 柔らかな笑みで、本当のところを読ませない。そして、愛良ちゃんの手を私に握らせ、自分から私の視線を逸らせた。


「数回エリス様が連れて来られております。」

「それだけですか。」

「ラウラ様、私は何も聞いておりません。」


 鉄壁だ。本当に何も知らないか、秋人がエリスから口止めされているように彼女も口止めされているか。後者なら彼女のほうがよほど隠し事は上手い。

 恵奈さんは立ち上がり、てきぱきと愛良ちゃんの熱を確認する。


「ここをお任せしてもよろしいでしょうか。」

「え、でも、何をすれば良いか分かりません。」

「神野様が起きられたら、まずお水を一口ずつゆっくりと飲ませてあげてください。すぐ眠られるようならそれで構いません。起きていられるようなら、こちらの紐を引いてください。それから、杉浦様の所に行きたいとおっしゃった場合は、連れて行ってあげてください。杉浦様のお部屋は右隣です。」


 方向を指しながら教えてくれるため、部屋を間違える心配はなさそうだ。だけど、本当に手伝うことになるなんて。


「他にも何かあった場合は紐を引いてくだされば、すぐ参ります。よろしいですか。」

「は、はい。」

「では、失礼します。」


 躊躇なく退室する恵奈さん。部屋には私と愛良ちゃんだけ。その愛良ちゃんも眠っているため、一人で残された気分だ。

 隠された事実は全て暴く。私にだけ何も教えず、協力だけさせるなんて許さない。エリスが自分では助けに行かなかった理由も、愛良ちゃんと杉浦さんがバルデスで捕らわれていた理由も、全部聞き出す。

 他にも聞きたいことをまとめつつ、愛良ちゃんの寝顔を眺めて、数時間を過ごした。


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