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シキ  作者: 現野翔子
蒼の章
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無事に帰りたいのに

 呼吸の荒い愛良ちゃんを床に座らせ、杉浦さんも寝かせる。途中から薄々気付いていたけど、やはり意識がない。ただ眠っているだけなら心配ないけど、手当ては必要だ。

 かまどや水がめがあるため、台所のようだと判断できるけれど、調理器具や食器はなく、人の気配もない。窓の外は丁字路でどこかの路地裏であると推測できるが、やはり現在地は分からない。


「馬、取って来る。」

「分かった。できるだけの手当てはしとくね。」


 秋人を見送り、引き出しや戸棚を全て確認していく。しかし、何も物が置かれていない。棚や寝台の枠だけが置かれている部屋を探っても、シーツ一枚出てこなかった。当然、薬などあるはずもない。

 最悪、床板と自分の服を引き裂いて、手当てはできる。自力で歩くことはできた愛良ちゃんを後回しに、怪我の状態を確認していく。


「うわ、酷い。」


 骨折の有無は確認しているはずだが、念のため丁寧に確かめていく。新しい痣が無数に胴体を覆っており、みみず腫れもある。傷が塞がったような痕まであるが、これは新しいものとは思えない。斬られたり撃たれたりした痕はない。急を要する怪我がないのは、今の私たちにとってありがたいことだ。

 次は愛良ちゃん。大人しく横に寝転んで、確認させてくれる。こちらは一番大きな怪我が顔面の痣というくらいで、服の下の怪我は少ない。胸部に痣が少しあるものの、腹部への攻撃は少なかったようだ。こちらにも斬撃や射撃を受けた痕はない。むしろ心配は以前にも増して細くなっていることだ。


「少し休んでいようか。大丈夫、私と秋人が守るから。もう安心して。」

「うん。友兄も大丈夫?」

「大丈夫。怪我すると治すために体が休息を欲するんだよ。だから眠ってるだけ。愛良ちゃんも、お休み。」

「うん、お休み。」


 小さく縮こまって横になる。少しの時間でも休んで、容体が好転してくれると嬉しいけど、そう上手くはいかないだろう。




「お待たせ。すぐ出られそうか?」

「うん。でも、二人ともすごく弱ってる。」


 医者に診せたいけど、目立つことはできず、そこまでのお金も持って来ていないだろう。そうなれば、できる限り早く帰還するしかない。


「杉浦さんは俺が負ぶってくから、愛良は頼んだ。」

「剣はどうする?」

「捨てて行こう。ここからはもう、追いつかれたら一人二人じゃない。少しでも身軽なほうが良い。」


 馬の所まで着いて行くが、背中の愛良ちゃんはやはり軽すぎる。元々私よりも小さな体で筋肉もついていないけど、それにしても本当に人間を背負っているのかと疑いたくなる軽さだ。

 いざ馬に乗ろうとした時、問題が生じる。愛良ちゃんを抱えて、どうやって乗るというのか。自分一人でも気合を入れて飛び乗っているというのに、いくら小さく軽いと言っても小さな人形のようにはいかない。


「肩に担ぐしかないか。」


 体への負担が大きい。飛んだ衝撃は全て愛良ちゃんにも伝わってしまう。いくら怪我が少ないといっても、全くないわけではない。痛みは感じるだろう。


「怪我の状態はどっちのほうが酷かったんだ?」

「杉浦さん。」

「よし。じゃあ、愛良には少し耐えてもらうとして。ラウラ、下から友幸さんを渡してほしい。」


 愛良ちゃんを一度地面に座らせ、杉浦さんを受け取る。軽々と馬に乗った秋人に杉浦さんを渡せば、前で抱きかかえるように安定させた。

 怪我の少ない愛良ちゃんには衝撃と痛みに耐えてもらうことになるけど、私の肩に担ぎ、馬に飛び乗る。乗ってしまえば同じように愛良ちゃんを前で抱きかかえる。少し涙が滲んでいるけれど、意識ははっきりしている。


「頑張ったね。また寝てて良いから。」

「うん、お休み。」


 馬を走らせるがそんなに速度は出せない。速度を上げすぎればその分、乗り手の体も揺れ、負担が増える。乗り降りも同様だ。一番衝撃がかかる瞬間のため、回数は少ないほうが良い。そんな二つの観点から、速く移動することより、少々遅くとも休憩を少なく移動し続けることを選んだ。

 乾いた土の上を行く。せめてエスピノ帝国領まで辿り着ければ、二人を休ませてあげられる。




 地図に載らないような小さな村。行きは多少荒れた道でも最短距離を進んだが、今回は負担の少ない道を選んだ。それでも追っ手を心配して、街道沿いとはいかない。そのおかげで、この村が見つかった。宿があれば良いけど、なければ空き家か馬小屋でも良いから貸してもらえないだろうか。

 抱えた愛良ちゃんは眠っている。疲労が溜まっているのだろう。おそらく杉浦さんも似たような状態だ。幸い、熱は出ていないため、数日休めば港まで行けるはずだ。

 馬で飛び越えられない程度の高さの柵の隙間に、門番らしき人影。小さくとも、国境に近いからかしっかりと見張りが立てられている。少し離れた場所に馬を繋ぎ、それぞれ負ぶって彼らに近づく。


「すみません。」

「何者だ。」


 二人に槍を突き付けられる。バルデス側からの訪問者だから、警戒されているのだろう。それを解くためには何と説明すれば良いだろう。事実を答えるのは余計に警戒させてしまう。

 弁明の言葉を考えていると、秋人が話し出した。


「宿をお借りしたいのですが。」

「そんなものない。」


 困ったように秋人がこちらを見る。私が愛良ちゃんを背負い直せば、見張りの警戒が少しだけ和らいだ。


「その子たちは具合が悪いのか。」

「はい。何日も休む場所を見つけられなくて。」


 愛良ちゃんと杉浦さんを軽く確認し、彼らは武器を下ろしてくれた。


「宿はないが、村長の家を訪ねてみてくれ。一番大きな家だ。」

「ありがとうございます。」


 一番大きい、とは言っても小さな村の中での話。皇都で言うなら小さな部類で、屋敷と呼べる規模には程遠い。

 その村長は、見張り番の人から言われて、と伝えるだけで、二人を休ませてくれた。その村長の娘というおばさんも、食事の用意をすると言って、歓迎してくれるつもりのようだ。


「して、こんな小さな村に、旅人など珍しいのじゃが。如何なされた。」


 本当のことは言えない。自分の村の危険を少なくするためなら、部外者の私たちなど簡単に追い出されてしまう。しかし、私も細かな事情を知らず、どう誤魔化せば良いかなんて、皆目見当もつかない。

 何か言ってという気持ちを込めて秋人を見るが、同じような視線が返ってくるだけ。そんな私たちの様子から、村長は何かを察してくれた。


「訳あり、じゃな。お若いのに大変なことじゃ。良いじゃろう。わしは何も聞かん。その代わり、何か起きてもこの村の者は助太刀をせん。誰かが探しに来れば、それを君たちにも伝えるが、相手にも伝える。それで構わんか。」

「はい、ありがとうございます。」


 今すぐ追い出されないだけで十分だ。ほっと一息吐くと、秋人があり得ない要求をした。


「薬はありますか。」

「申し訳ない。旅の医師もしばらくは来んよ。」


 部外者に渡せる薬なんてあるはずがない。傷薬でも栄養剤でも消毒液でもあれば助かるのは確かだけど、余所者にはくれないだろう。これ以上を要求するわけにはいかない。


「いいえ、体を休ませてくださるだけで十分すぎるくらいです。」


 せめて港に辿り着ければ、後は船に乗るだけで良いから。



 自分たちの体も休ませて、翌朝。ようやく、今後の相談を落ち着いてできる。


「今、どの辺なの?」

「エスピノ帝国領には入ってる。少しは安心だけど。」


 皇国にいてなお攫われたのなら、安心材料にはならない。あまり長く留まるのも危険だろう。

 二人とも食事は取ることができる。弱った体に長時間の移動を強いられたことで、体力の限界を迎えてしまっただけだ。港まではあと半分を切っている。休めば問題なく辿り着けるはずだ。安全のためには少しでも早く皇国に戻ってしまいたいが、これ以上無理もさせられない。


「馬の負担を考えるなら、私と杉浦さん、秋人と愛良ちゃんで乗ったほうが良いけど。」


 体重の問題だ。馬の負担も分散させることで、休憩の回数をさらに減らそうという提案だが、私が杉浦さんを乗せる場合、愛良ちゃんのように抱えるわけにはいかなくなってしまう。


「難しいんじゃないか。友幸さんの体力のほうが足りなくなる。休憩の度に馬を交代させるくらいだな。」

「まあ、そうだよね。」


 焦る気持ちはある。だけど、二人の体を考えれば、速度に限界が出てしまう。騎士として鍛えている私たちならなんてことのない旅路でも、痛めつけられた痕のある二人には厳しいものとなってしまうから。

 二人の容態次第で出立。そんな結論に落ち着いた頃、村長の娘さんが声をかけに来てくれた。


「お茶にしましょうか。」

「すみません。私たちも何かお手伝いさせてください。」

「あら、良いのよ。お疲れでしょう?」

「いいえ、私たち二人は平気です。」


 お茶をしつつ、彼女はこの村について教えてくれる。

 私たちが来たほうがバルデス国側。見張りは基本、武器を構えるし、相手によっては追い返す。反対側はエスピノ帝国側。見張りが少々緩いという。


「まあ、この辺りに来る人なんて、いつも来てくださるお医者様か行商人の方くらいよ。たまに司祭様も来てくださるけれど。」


 この村には教会もない。食料も自分たちで作り、狩って来る。この辺りはまだ緑も豊かだから成り立つ生活だろう。小さくても村と呼べるだけの規模を保ち、全員が飢えることなく、奪い合いことなく食べられているのだから。

 そんな風にこの村は近辺について聞いていると、休ませていただいていた部屋から杉浦さんが出て来た。


「もう大丈夫なのか?」

「そんなわけないでしょ!」


 弱っていると怪我の治りも遅い。さらに、壁に手を添えているのに、足元もふらついている。どう見ても大丈夫な人の動きではない。その体を支え、寝台に戻せば、引き留められた。


「ここは?」

「帝国とバルデスの国境付近、帝国側の小さな村です。」


 だからしばらくは滞在できる。そんなつもりだったけど、杉浦さんにとっては安心材料になる情報ではなかったようだ。警戒心を露わにしたまま、黙り込んだ。


「何かあるんですか。」

「愛良は?」

「寝てますけど。」


 こちらの質問に答える気はないらしい。この人も、か。


「早く帰るために、さっさと寝ててください。」


 見つめ合っていても埒が明かないため、寝台に押し戻す。傷はほとんど治っていないはずだ。


「アリシアに、伝言を。二度の滅びと一度の再生、と。」

「へ?誰ですか、アリシアって。」


 部屋から出ようとしたところに言われたけれど、振り返った時にはもう寝息を立てていた。一緒に帰るのだから、伝言の意味はない気がするけど、何のつもりだろう。自分は戻れない可能性を見ているのか。

 アリシア。世界史の授業で聞いた名だ。殲滅の姫将軍にして、第六次サントス―バルデス戦争終結の立役者。しかし、その人物と同一人物か、ただ名前が同じだけの別人かは分からない。

 そんな人間に対する伝言を杉浦さんが預かる理由も分からない。だけど、同一人物の可能性もある。それらは私に隠されている情報に関係しているはずだ。


「ねえ、秋人。杉浦さんの知り合いのアリシアって人、知ってる?」

「え?え、いや、えっと。なんで?」


 視線を右往左往させ、手も落ち着かない。完全に挙動不審だ。知っているらしい。エリスも嘘の吐き方くらい教えれば良かったのに。


「伝言だってさ。」


 意味も分からないままその言葉を伝えれば、秋人も同じように首を傾げた。


「伝えておく。本人には分かるんだろ。」

「私には教えてくれないんだ。」

「帰ったらな。」


 また先延ばし。本当に容赦せず聞き出してやる。


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