罪の証
アルセリアは女王になると同時に、徴兵制を実施し始めた。成人の民間人を兵士にし、強制的に訓練に参加させていた。そこから徐々に徴兵範囲を拡大し、数か月前からは10歳以上の子どももその対象としていた。
そして、あの子もその一人であることが判明した。10歳以上の子どもが徴兵の対象となった第一弾、その時に徴兵された子。
「アリシアお姉さん、まだ訓練してるの?」
「もう終わる。」
麦の収穫期のため、戦線が一時的に落ち着いている。そのおかげで、今は小休止の時間となっている。
束の間の平穏だが、いつでも対応できるように訓練は怠れない。
「シーロはアリシアにべったりだな。」
「うん!優しいからね。エミリオお兄さんは、これから訓練?」
「いや、この後、時間があるかと思って。」
私の今の任務は、この子の信頼を勝ち取り、さらなる情報を引き出すこと。どうやらこの子は、特殊な任務を与えられていたようだから。
信頼を得るまでは、ほとんど休みのようなもの。
「ああ、予定はないが。」
「僕はお姉さんがちゃんと休んでくれるなら、それでいいよ。先に帰ってるね。」
私たちを気遣ったのか、バイバイと手を振って去ろうとするのを引き留める。
訓練場から私の屋敷はそう遠くないが、普段なら馬で行き来する距離。子どもの足では厳しいだろう。
「待て。エミリオ、この子を送ってからでも良いか。」
「エミリオお兄さんも一緒に来たらいいよ!」
私がまだ持て余している子の相手を、彼は何でもないことのようにしてくれている。遊びも会話も、既にこの子の信頼を得られているかのように。
「何か用事があったんじゃないのか。」
私たちに大切な話があると察してか、あの子は自室で勉強をすると離れて行った。
「まだシーロを手元に置いてるのか。いくら任務でも、常に傍に置く必要はないだろ。」
「何か問題でもあるのか。私が、私の意思で、置いているだけだ。あの子も嫌がっていない。」
生殺与奪の権がこちらにあると理解して、抵抗できないだけかもしれないが。「パパ」を目の前で殺されて、表情一つ変えなかったあの子なら、そのくらいの演技はできそうだ。
「子どもだといっても、もう10歳にはなってる。ある程度物事を理解できる年齢だ。戦場で保護したバルデスの子だろ。いつ命を狙って来るか分からない。せめて他の人間に預けてくれないか。」
王女として相応しくない行動というのは分かっている。戦場に出て戦うのならともかく、共に生活するというのは、全く必要のない危険だ。それでも、私にはあの子が必要なのだ。
「あの子は戦場でさえ、私や他のサントス兵に敵意を見せなかった。私に庇護されている状況で、こちらを害することはないだろう。」
「アリシア、そういうことじゃないんだ。念には念を入れて、周りが不安にならないように」
「あの子は架け橋だ。戦中でさえ、サントスの王女と共に過ごしたバルデスの子。その価値が分からないお前ではないだろう。」
エミリオにも、アルセリアにも、誰にも主張できる言い訳だ。サントスとバルデスの繋がりは、まだ断たれていない、私たちはまだ引き返せるのだと。
「それはシーロが危害を加えて来た場合に、やっぱりバルデスの人間は、という意識を強める危険と、次期女王であるお前を狙われる危険を冒すに、見合うものか。」
「危険を冒さずに得られるものなど何もない。」
既に踏み外したアルセリアがいる。国内でも彼女は多くの民に恨まれていることだろう。ここからでは私の手は届かず、私にも目を逸らしてはいけないものがある。
「だけど、」
「エミリオ、お前だってそうだろう。自分の身を危険に晒して、国と民を守ってくれた。そして、今も軍人でい続けるのは、そう在りたいと願ったからだろう。」
「俺とお前では身分も地位も違う。次期女王で指揮する側のお前と、ただの将軍の孫で一兵士の俺では、あまりにも期待されているものも背負っているものも違うんだ。」
ただ生まれだけでそうやって大切にされるから、それに見合うだけのことをしなければならなくなる。何かあった場合の問題の大きさも変えられてしまう。
私の傍ならまだ、あの子が私を害しても隠し通せる。あの子には、私を憎んで、恨む権利があるのだから。
「エミリオ。私は説得されるつもりはない。あの子は私が面倒を見る。」
「アリシアお姉さん、お話終わった?」
会話を拒み、しばし沈黙に満ちた部屋にあの子はやって来た。それに対応したのは私ではなくて、
「シーロ、一つ確認させてくれ。」
「……何?」
エミリオが普段とは違う顔であの子に問う。あの子も大事な話をされると分かったのか、背筋を伸ばした。
「アリシアのことを、どう思ってるんだ。」
「優しい人だよ。美味しいご飯も、綺麗なお洋服も、必要な知識も、全部くれる。あんまりお喋りはしてくれないけど、困ってることはないかって聞いてくれる。今はまだ、僕にできることは少ないけど、大きくなったらちゃんとお返ししたいって思ってるよ。」
私がとても良い人のようだ。そんなこと、微塵もないのに。
「他のサントス人のことは?」
「アリシアお姉さんの周りの人は優しい人が多かったよ。他は会ったこともないし、分かんない。」
この子なら大丈夫。架け橋として、十分に納得してもらえる。
「エミリオ、問題はないだろう。」
「そうだな。何かあればすぐに言ってくれ。お前に何かあれば、対立は深まるから。」
分かっている。何も言う気はないけれど。
白い髪に、紅い目のシーロ。あの子は、私の罪の証だ。赦されたいと願った私の――