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シキ  作者: 現野翔子
紅の章
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プロローグ

 私は幾つもの島からなる虹彩皇国に来ている。詳細は長くなるのだが、簡単に言うと、女王である母の命令だ。ただ、大陸にある我がサントス王国とは大きく異なる文化を持っていると知っていたこともあって、私自身とても興味があった。

 虹彩皇国は穏やかな国であるという。48年前に大陸の大国エスピノ帝国の宣戦布告に対して応戦して以来、争いとは無縁の国だという。我が国がつい6年ほど前まで隣国と争っていたのとは大違いだ。


 そんな虹彩皇国では素敵な出会いがあった。これまでの出来事で荒んだ私の心を癒してくれるような、そんな素敵な。




「~♪~~♪」

 滞在先で出会った女性たちと共に、音楽を奏でる。それを聞いてくれる人がいて、普通の人間として立っていられる場所がある。

「ありがとうございました!」

 4人の言葉に、大きな拍手が返される。これほど心地よい場所を、私は他に知らない。



「お疲れ~。今日もいっぱい来てくれたね!」

 何の邪気も知らなさそうな満面の笑みを浮かべるのは神野愛良かんの あいら。この虹彩皇国でよく見かけるこげ茶色の髪と、この国では珍しい翠の瞳。17歳という実年齢より幼い外見と行動。背も低く小柄な彼女は、感情表現が素直だ。それが愛らしく、よく可愛いという歓声を浴びている。

「私たちの歌声で喜んでもらえるのは嬉しいよね。」

 愛良よりは落ち着いているものの、今は興奮気味のラウラ。金髪碧眼で、細身。愛良ほどではないけれど、彼女もどちらかと言えば可愛い系か。21歳と自称しているけれど、本当の年齢は自分でも知らないとか。

「立場を気にせずにいられるってのは、本当に良いものよね。」

 女性としては低めの声でしみじみと言うのはマリア。4人の中で最年長、私より1歳上の25歳で、世界中で信仰されているリージョン教の聖女様だ。金髪金目で、聖女と聞いて想像する容姿とかけ離れていない、美しい女性。性格も落ち着いたもので、彼女が動揺するところを、私は見たことがない。

「本当に。気が楽よね。目の前で反応が見られるのも素敵だわ。」

 そして私。ここではエリス・スコットと名乗っている。




 簡単なお疲れ様会という名の食事を済ませると、愛良が待っていたかのように話し始めた。

「ねぇねぇ、この後って空いてる?」

「空いてるよ。どこか行きたいの?」

 今日は一日予定を空けている。急な問題が起こらない限り、愛良と過ごせるようにだ。マリアとラウラもそのつもりで今日は来ているはず。

「綺麗なとこ見つけたから、一緒に行こうと思って。猫もいっぱいいたんだよ!」

「へぇ、じゃあ行こうか。」

 断る理由もなく、純粋無垢な愛良の期待を裏切るのも心苦しい。


 すっかり陽が落ちた林の中を、愛良の案内で進んでいく。本当に目指している場所に辿り着けるのか不安だが、帰り道は私たちが先導してあげれば良いだろう。

「どこに向かってるの?」

「えへへ、内緒!」


 木々の間を抜け、ぽっかりと空いた場所。

「到着!ここ。昼間だと猫さんがいっぱいいて、池もキラキラしててきれいなんだ。今は…」

 夜だから煌めきはない。猫もそれぞれの寝床に帰っているのだろう、一匹も見当たらず、音もしない。暗くて見えないだけの可能性もあるが、おそらくいないのだろう。

「まぁ、また今度、時間がある時に来れば、ね?」

 気落ちする愛良を慰めるマリアだが、一番時間のない人だ。聖女としての活動が忙しく、今日だって久しぶりに会うことができた。

「それにしても、よくこんな所見つけられたね。」

 ラウラの疑問ももっともで、いくら虹彩の治安が良いとはいえ、深い木々に囲まれたここは危険だ。人攫いがいないわけではないし、愛良に限って言えば迷子になる可能性も大きい。彼女のお兄さんたちも言っているようだが、私も一人で出歩いてほしいとは思えない。

「お散歩してる時にね、猫さんが案内してくれたの。」

「そっか。今日は残念だけど、あんまり遅くなると心配されるでしょう?」

 愛良の手を引いてゆっくりと歩き出す。こういう時、彼女はされるがままだ。

「うん。だから伝えてあるの。迎えに来てくれるって。」

「「え?」」

 マリアと声が被る。ラウラも声こそ出さなかったものの、目を見開いている。

「迎えに来てくれるなら、ちゃんと待ってなきゃダメでしょ!」

 私と反対の手をマリアが掴み、早足に戻って行く。ラウラも少し前を行き、愛良から話を聞き出している。

「誰が迎えに来てくれるの?どこで待ち合わせてるの?」

友兄ともにい。広場の噴水の前だよ。人がいっぱいだし、分かりやすい所だから、そこなら一人で来れるだろ、って。」




「すみません、こんなに遅くまで連れ回してしまって。」

「いや、むしろ送っていただいてありがとうございます。」

 この国の男性としても背の低い杉浦友幸すぎうら ともゆきさん、愛良の言う「友兄」だ。愛良の保護者のような存在で、少々心配性だ。愛良も学園の高等部に通っていて、来年には成人を迎えるというのに。

「そんなに心配しなくてもいいのに~。」

 能天気な声を出している愛良だが、この様子では心配になるのも理解できる。本当に一人で行動させないのは過保護だと思うが。

「あんまり心配かけないようにね。」

「次会えるのを楽しみにしてるよ。」

 仲良く手を繋いで帰る二人を見送り、私たちも解散だ。

「じゃあ、私たちもこれで。お疲れ様。」

「お疲れ様。あんまり無理しないでね。」

 マリアとラウラも見送り、私も足早に自宅へと戻る。先に休むように伝えていても、待っていてくれる人がいるから。




 満たされた感覚で夜道を歩いていると、ふと思うことがある。こんなにも幸せで良いのかと。幾つもの罪を犯した私に、こんなことが赦されて良いのかと。

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