第五話【模擬戦、そして始まり】
「――試合、開始」
「いくら模擬戦と言っても、全力でやっても構わないわよね?」
「あぁ、全力で来い」
「そう。ならいかせてもらうわ!」
――刹那、彼女の周りに氷の粒が浮き上がる。それはまるで弾丸のように俺に襲いかかってくる。
「これでも喰らいなさいっ!」
大体の能力者なら、避けるか相殺させるかで対処するだろう。しかし、避けたところで無駄なことなどわかっていた。
俺は右手を前に突き出すと、こっちへ来る氷弾は勢いをなくし、俺の目の前で完全に静止し、溶け消えた。
「それがあなたの能力なのね。たしかに『七星』に入るだけの能力ではあるわね」
「別に大したことじゃない。空気を使って止めただけだ」
別に謙遜してるつもりはない。だがこの発言が、さらに相手を挑発させる火種になったことを九条 十夜は知らなかった。
「よく言うわね。だけど、これからよ」
彼女は両手を羽のように高く上げると、俺の周りには無数の氷弾があった。流石、『七星』候補。今の動きで、俺の能力のカラクリがわかったようだ。
「あなた、空気を操るって言ったけど、実際は『対象が触れている空気を操る』でしょ?」
「……ほんと、『七星』候補は怖いな」
九条は涼風の発言に対し納得して肩をすくめた。そう、涼風 氷華の言っていることは正しい。俺の能力は空気を操るのではなく対象が触れている空気を操る。
俺は空気、厳密には酸素、窒素などと言ったもの当然のように操ることはできない。あくまで、対象の空気摩擦を操る。空気を操るのと何が違うのかと言えば説明するのは難しい。俺もメンドくなってきた……。
「怖いなんて失礼だわ。私はあなたより下の候補生だけどね!、『氷弾の雨』!」
涼風は高く上げた両手を一気に振り下ろす。無数の氷弾が俺に襲いかかる。四方からくる氷弾をくらったら重症だろこれ。
避けることができない以上、こっちも止めるしかない。九条は右足を地面に叩きつけると、四方の氷弾がバラバラに砕けちった。
これには涼風も驚きを隠せなかったのか、目を見開いていた。そのまま九条は、今度は左足で地を蹴り込み、地面と左足の間に新たに空気を生み出す。
ーーその勢いは凄まじく速く、一瞬にして涼風の背後に回り込んだ。
「もういいか? 勝負はついた」
誰もが勝機を確信した瞬間だった。――ただ1人、彼女を除いて。
「……ッ!」
俺は嫌な予感がして、咄嗟に涼風から距離をとった。
「あら、気付いたのね。殺気が強すぎたかしら」
その手には氷で造れられた氷剣が携えていた。見ただけで、強度とその切れ味に寒気がした。あれで切られたらただじゃ済まないぞ。あれ危ないって。
「女の子がそんな危ないもの持っちゃダメでしょーが」
「これは私の能力の一部に過ぎないわ。こんなもので怖がってはつまらないわよ」
仕切り直し。互いに空いた距離をどう詰めるか。こっちは丸裸の状態。しかし、相手は武器持ち。圧倒的不利なのはこちらだ。
それに、涼風の剣技も計り知れない。一度も見たことのない技には、さすがに注意を払う。
「さっさと終わらせようぜ。次の授業までそう時間はないし」
「構わないわ。なら、そっちから来なさい。」
「だったら、ちょっと本気でいかせてもらいますわ」
九条は低めの姿勢を取る。左手を地につけ、呼吸を整え、一気に加速する。一瞬で涼風の前まで距離を近づけ、右手で顔を狙う。狙い済ました一撃。
しかし、涼風は読んでいたのか。高速で動く九条に劣らず、反射神経を駆使しギリギリで横にかわす。
「ふっ、遅いわね」
ステップでかわした勢いで氷剣を使い、横に薙ぎ払いう。九条もすぐに体勢を戻し、後ろへ回避する。その剣先は空を斬り、冷たい風がなびく。あと少し遅かったらおそらく腹を斬られていただろう。
「危ねぇよ。マジで死ぬってこれ」
「だから最初からそのつもりだって言ってるでしょ!」
涼風はそのまま突進。氷剣を構え首筋を狙う。九条はなんとか避け、カウンターを放つ。直線的な攻撃に俺はまたしても違和感を覚えた。
――すると、右手で持っていた氷剣を捨て、左手で生成した氷弾を放っていた。今の一撃はブラフ。本当の攻撃はこっち。これははめられたな。
……なら、こっちもやるだけだ。
既にカウンターとして放った左手を戻し、涼風の放った左手を肘と膝でロックする。
「――ッ!」
放たれた氷弾ごと止め、砕け散った。
さすがに驚いたのか、唖然とした表情をしていた。九条は隙を見逃さず、右手に拳を作り、空いている右方面に向かって放つ。涼風も対応しようとロックされた左手をほどき、無理やり後ろへ下がろうとする。
だが、これもブラフだぜ。
九条は右手を放たず体ごと回転させ勢いをつけた回転蹴り。これには対処出来なかった。俺はあたる直前で止める。
「今度こそ、勝負はついた。もういいだろ」
「……えぇ。私の負けよ。降参するわ」
その勝負は思っていたよりも一瞬だが、互いの思考を巡らせ、読み合いを勝ち取った者が勝者となった。
「勝者、九条 十夜」
伊藤先生の声とともに、模擬戦は幕を閉じた。
それから時は流れて放課後。半強制的に生徒会室に連れて行かれると、昼休みの模擬戦の話になった。
向かい合っているソファの間には長いテーブルがあった。涼風は若干怒っているように見れた。怖っ。
「で、あなたの能力は私の考えで合っているのかしら?」
「あぁ、あながち間違ってはない。流石だな」
「だとしたら、私の周りの空気を操作したりしてたら、もっと簡単に負かすことができたんじゃないのかしらね」
どうやら、俺が手加減しているのではないかと思っているのだろう。だが、実際はそうでもない。
「いいか。俺の能力は案外頭をフルに使うものなんだよ」
「どういうことかしら?」
「つまりだな、対象の大きさがデカかったり、大量にあると、それだけ頭の中での演算が追いつかないんだ。いくら中身が強いって言っても、能力を使いこなせないなら意味がないってことだ。それに対象が有機物でないと使用できない」
「つまり、有機物でないとダメってことね……。ま、そういうことにしておくわ」
涼風は不機嫌ながらも理解してくれたようだ。
「やっとあなたの強さが分かったわ。それを見せられたら、ますます生徒会の仕事も効率よくできるわね」
「おい、お前……はめたな?」
「何の事かしら? さぁ、早く行きなさい。仕事の時間よ」
どのみちこのレールからは抜け出せそうにないな。九条 十夜は諦めながらも、その足は生徒会のために向かっていった。はぁ、仕事やだなぁ〜。
「私は書類の整理があるから、先に行ってちょうだい」
私は九条くんにそう伝えると、一人考えていた。今日の昼休みにやった模擬戦。相手はあの『七星』なのに全くわからなかった。今までいろんな能力を見てきたけど、あんな能力は私は知らなかった。
それに……、『七星』にしては弱すぎた。私が知っているのは、もっと強く、賢く、そして、何より他の能力者とは決定的に違う何かを持っている。戦いの基本をしっかりと学び、熟練しているはず。
だけど、彼にはそれが分からなかった。これが未知の領域と言えば簡単なことだけど……。
「ーーません」
雲泥の差、と言ってしまえば納得はできる。しかし、何かがおかしいのだ。まだ何かを隠している可能性が高い……。
「すみません」
「あら、ごめんなさい。気づかなかったわ」
私は考えることに必死で誰かが入っているのに気が付かなかった。生徒会室に入ってきたのは、肩ほどまでに伸びた茶毛の女子生徒だった。
「あ、あの、九条くんいますかね……」
――こうして、新たな人物とともに戦いの火蓋は切られる。
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