1の2
メッセージアプリっていいですよね、メールとかSNSとか。対面じゃないから緊張しないし。でも文字しか使えないからこその難しさもありますよね。やっぱり対面の方がいいかもしれない。
1の2
「三橋何やってるんだ。」
下田だ。会えてこんなにうれしい下田はない。
「先生、田中、いませんでしたか。」
「田中?田中って二組の田中か?」
こんな時に何を言ってるんだ下田は。生徒の名前くらい把握しておけよ。
「俺のクラスの田中です、田中遼太郎。」
「誰だそれは?」
え。
「え?」
「おいお前制服の袖少し破けてるぞ。転んだのか?腕見せてみろ。」
下田は生徒に興味ないタイプではない。むしろウザがられている。現に今も勝手に俺の袖をまくって見つけた擦り傷に騒いでいる。そんな下田が『三橋』を覚えていて『田中』を覚えていないなんてことがあるのか?
「さあ保健室に戻るぞ。家にも連絡しとけ。こういう時の携帯だろう。」
「そっか、携帯!」
「ん?」
前に田中に無理やり入れさせられたメッセージアプリがある。あまりに携帯をチェックしないせいで田中もそのうちメッセージを送ってこなくなったが、アプリはまだ残っているはずだ。
「そんなあせらなくてもいいぞ三橋、傷は大したことないって。」
メッセージが一件入っている。田中からだ。
「よし!」
「お、おう良かったな。」
送信は二分前。田中は生きてる!
《ここどこかわかんねえ。お前どこ?》
「俺が聞きてえよ!」
「どうした三橋!」
「先生、田中が迷子になったみたいです!」
「田中?さっきから誰のこと言ってるんだ?」
「こいつですこいつ!」
トーク画面を見せる。さあ思い出せ下田。
「Tanarchy、三橋の知り合いか?」
しまったアカウント名じゃ伝わらないぞ。大体何だよタナーキーって。田中とAnarrchy(無秩序)を混ぜてるのか。正気か、すごく痛いぞ。
「田中とアナーキーの複合語ね、面白いな。」
「ええ変わり者なんですあいつ。」
下田が英語教師でよかったな、田中。
「確かに迷子っぽいな、他校の友達か?その辺の交番にでも聞いてみれば、おおメッセージ来た。」
「あ、ちょっといいですか。」
《やべえ》
《何が》
《ここ異世界だわ》
田中……せめて『痛い』の方向性は統一してくれ。
《何言ってんの》
《今エルフっぽい人に捕まって、運ばれてる。俺、勇者なんだって。》
《日本語を話せ》
《いやマジ。トラックにはねられて転生してたっぽい。》
理解が追い付かない。はねられて頭がおかしくなって今病院で治療あるいは民家で介抱されてるのか。違う、事故からまだ十分も経っていない。手の込んだ詐欺やバラエティー番組の悪乗りドッキリか?いや、ファンタジー説並みに現実味が薄い。
「なあ三橋、田中も大事だけどお前は一応怪我してるし、予定はキャンセルしとけ。携帯あるならなんとかなるだろ。」
いや待てよ。
「先生、田中遼太郎って本当にご存じないですか?」
「いや知らないなあ。もしかして卒業生とか?」
下田がグルなら詐欺やドッキリもありえるかもしれないが、俺と田中をターゲットにする理由があるだろうか。それよりは、ファンタジー作品のように田中が異世界転移して、こちらの世界では田中の存在がなかったことになった、と考える方がつじつまは合う。しかしファンタジー作品の設定なんて割と何でもありだぞ?
「三橋お前ほんとに大丈夫か?険しい顔してるぞ?」
「俺、手当てしてもらいに学校に戻ります。」
「そうだな、そうしろ。」
下田を引き離すために走り出した。まずは異世界転移説を頭から振り払いたい。田中の存在がなかったことにされているのか、調べなくては。同級生がまだ教室に残っていれば聞いてみればいい。ダメなら今度は田中の家に行く。何度か行ったことがあるから場所はわかる。
「あ、田中は?」
肝心の本人を忘れてた。返事すらしてないぞ。とりあえず今の状況を逐一報告するように言っておかなきゃ。
《ごめん、これから宮殿でエルフの王様と会うからしばらく返せないわ、あとでな》
そうだな、謁見中にケータイはいじれないもんな……じゃない!もし仮に異世界転移が事実なら、俺はのんきに下田を怪しんでいる場合ではないのでは。詳しくはないがこれってRPGとかで序盤にあるイベントみたいじゃないか。勇者って言われてたよな。ゲームや小説にありがちな展開をたどるならこの後田中は戦場やらダンジョンやらに送り込まれるんじゃないか。田中だぞ?勉強もスポーツも中の中、習い事もしてない、愛嬌ぐらいしか取り柄はない。
「どうすりゃいいんだ!」
帰りがけの生徒たちの視線が痛かった。
1の3へ続く
下田先生みたいな大人は嫌いじゃないです。ただ好きでもない。有難いとは思います。凄いなとも思います。でも、好きにはなれない。