ただいまを言う相手もいないのに。
世界が暗転して開けると、そこはもう見慣れた教室ではなく、久しく見なかった石造りの冷たい地下室だった。
相変わらず騒がしく声を上げる生徒達を他所に、辺りを見回すと見た事のある鎧に身を包んだ兵士たちが私達を囲っていた。
ここは恐らくアリエステル王国の王城地下の、召喚儀式が行われる部屋。
その証拠に、私達の足元には教室に描かれた魔法陣と同じ文様が描かれている。
「ノア、ここって…。」
「うん、王城。」
元いた世界に戻ってきてしまったらしい。
シオンはあからさまに嫌そうな顔をした。
それはそうだろう、シオンは王国によって、魔女狩りと言う大義名分の元、殺されたのだ。
「何よ、折角平和な生活を手に入れたのに。」
「それは同感。」
地球は、争いこそあったものの、直ぐに食いっぱぐれる事も、戦場に駆り出されることも、命のやり取りも無かった。
国という大きな陰謀に巻き込まれること無く過ごせるあの世界は、私たちにとって魅力的でしか無かったのだ。
しかしそれを、約三十年が経った今、またこうして呼び戻されたとあったら堪らない。
恐らく私達を呼び出した張本人である女を、密かに睨んだ。
「お静かに願います。勇者候補の皆々様。」
凛とした声が響き、ようやく静かになった部屋で私の目の前にいる彼女は、昔私に《魔王退治》を依頼した王に良く似ていた。
「私はアリエステル王国の第一王女、ミランダと申します。皆様をここへお呼び出ししたのは、他でもないこの私です。」
ミランダは神妙な表情で、ゆっくりとひとつひとつ丁寧に状況を説明した。
ここが地球とは違う世界だと言う事。
私達は勇者召喚による選定で、最も魔力を持つ集団として召喚されたという事。
そして今、世界に危機が迫っているという事。
えらく身勝手な話だけれど、ここにいるのは刺激に飢えた思春期の男女。
断るなどという選択肢を持ち合わせるはずもなく、反論しないクラスを代表する様に誰かが承諾の声を上げた。
「馬鹿馬鹿しい、隙を見て出て行くか。」
「乗った。」
やってやる、と騒ぎ立てる生徒達に隠れて、密かに逃避行を約束する。
もう二度と、王国に踊らされるのは御免だ。
もう二度と、命を奪うのは御免だ──。