プロローグ 異世界に繋がった理由。
まずは、多分だけどほとんどの皆様がはじめまして。どうも、suryu-と申します。この度はオリジナルを書くことになって、久々に重い筆を走らせてみました。
ちまちま、ゆっくりと更新していけるといいなぁと思いつつ、これからよろしくお願いします。
__もしも、現代日本と異なる世界があったとしたならば。貴方は、その存在を信じるだろうか? 突拍子もないことを問いかけているのは、誰しもが分かっていることだろう。それでも言うとすれば、だ。
「いらっしゃい!」
「いらっしゃいませー!」
「ふふ、また食べに来ましたよ」
「今日も来たよ!」
この飯屋は、その異世界と繋がっているのだ__
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「うし、仕込み良し……」
ある日のこと。人気はないが、飯は美味いを売りにしている飯屋平田屋。頭に白いタオルを巻いた、黒のTシャツとジーンズを着こなす、若大将の平田亮一二十一歳は、料理の仕込みを終えていた。この店には亮一しか住んでいなくて、一人で切り盛りしている。元々は祖父の店なのだが、祖父は病気で入院して、それ以来一人で店を続けている。だが、客足は少ない事を気にしていた。
「今日こそは、お客様。来るといいな」
神棚に祈りを捧げた後に、お供え物を置いて、客席のテーブルを布巾で拭く。毎日この作業を、欠かしたことはない。そんな時だ。
「ん? 外が騒がしいな。こんな事、今までにあったっけか?」
なんとなく音に対して耳をすませば、いつもより人の声が多く、大きく感じられた。気になって店の入口側の扉を少し開いてみると、そこには。
「ほらほら、馬車が通るから退きな!」
「うわっと、荒っぽい御者だなぁ!」
「もうっ、びっくりしたわ!」
「……は?」
溢れかえる、絢爛豪華な洋服を着ている人々。帯剣している人もいる。走っているのは、車ではなく馬車。まるで洋画の時代劇を見ているような、錯覚を覚えた。これは一体なんなんだ。亮一の頭の中は、得体の知れない状況に混乱を起こしている。店の外観を見ると、いつもの通り、白地の壁と瓦屋根。そして平田屋の看板だけだ。
「……夢でも見てるんじゃないのか、俺は」
思わず漏らした言葉は、彼自身の感覚を疑うもの。だが、現実として目の前に広がっている光景は、平田屋の目の前は時代が違う。或いは、異世界と言っても過言ではない光景だ。というよりか、異世界なのかもしれない。というのも。
「……なんで手から炎とか出てるんだよ、あれ」
まず見た事のない光景に、頭を悩ませてしまう。これはなんだ、なんなんだ。と現代日本の常識が通じないことに、どう解釈すればいいのか分からなかった。
とりあえずは、店の表の扉を閉める。まぁ、現実逃避はするべきだろう。という判断なのだ。今度はそのまま裏口に向かうと、扉を開けてみる。いつもの店の裏だ。もう一度表の店の扉を開けてみる。すると、さっきの摩訶不思議な光景。扉を閉める。
「……なんだこれ」
自分の頭がおかしくなったのか、どうなのか。なんて困惑しない方がおかしい。とりあえずどうしようか、異世界相手に店でも開くのか。なんて思彼が考えていると、コンコン。と裏口の扉が叩かれる。
「誰だろう? はーい」
こんな時間に裏口に来る人は知らないし、この頭が狂ってるかもしれない状況での来客。上手く対応出来るかなぁ。なんて考えながらも、戸を開くと。
「すいません、宜しいですか? って、あっちょ」
そこには鴉の面を付けた、天狗装束の女性が立っていた。まず一回扉を閉める。まぁ、それも当然だろう。どう見ても、不審者が来たとしか考えられないのだから。もう一度扉を開く。女性はおろおろとした様子で、亮一を見ている。
「とりあえず……お面外してくれます?」
「あっはい、分かりました」
そのお面の下にあったのは、可愛らしい顔。具体的に言うと、所謂紅眼系のタレ目でほんわかとした雰囲気と、長い漆のような光沢を持つ黒髪の美しい女性。そんな美人とわかると、亮一は少しばかり驚き「……マジか」と一言呟き後退りする。人気がない場所に、こんな可愛い人が来るものなのか。とか、そんなことを考えていると、女性は苦笑いした。
「とりあえず、中に入って良いですか?」
「え、あ、はい」
とりあえず店内に案内することにすれば、すぐさまお茶を用意する。客に大してのもてなしを忘れないのは、商売人としては大事なことだ。おしぼりと共に机に置けば、亮一も向かいの椅子に座る。なんとなく、そうした方がいい気がしたからだ。
「えっと、確認しますが平田亮一さんで良いんですよね?」
「はい、そうです。えっと、俺になにか御用ですか?」
なんにしても、この美人がどんな要件で、どんな名目の元に店を尋ねたかは、亮一にとっては大きな問題なのだから、そこを問いかけることに疑念はない。
「まず、この摩訶不思議な状況を説明しに来ました。お店が異世界に繋がった事は、私の主が……神様が原因なんです」
「はぁ?」
だが、返ってきた言葉はさらに現状把握が難しくなりかけていた。何言ってんの、いや本当に。なんてツッコミしたい衝動を抑えつつも、言葉の続きを聞くことにした。
「えっと、まぁ簡単に言いますと、私は訳ありで神様に仕えている女天狗なんです。私の主は天照大御神様で、最近退屈なされていたところ、失礼になりますが、人の来ることが少ないこの店を異世界で繁盛させようと考えまして」
「それで、店の扉が繋がった。という訳なんですね」
「はい。言語などに関しては通じるように、こちらで調整しておきました。得た収益の、通貨の交換も私がします。その為に派遣されました」
普通なら信じ難い。そんな内容であるのは確かなのだが、だがしかし。実際店の表の扉が異世界に繋がっているのだから、信じるしかない。亮一はそう納得すると、ふと気になったことを問いかけることにした。
「異世界には俺が作る料理や、こっちと同じ食材はあるんですか?」
「似たような食材や、こちらの世界と同じ食材はあります。けど、日本食は見かけないし、洋食も平民では簡素なものしか。ただ、階級が上になると、ある程度手の込んだ物になります。例えばカツレツなどはあります。デミグラスソースのような何日も煮込むものは、上流階級であるかないか分かれるところですね」
「……なるほど。珍しさを売りにしてく訳か。……美味い飯を知らないのなら、教えてみたくもなるな」
話を聞いていくうちに、なんとなくやる気になってきたのか亮一は呟く。美味い飯を人に食わせたい。それは彼の信念のようなものだから、少しばかり燃え上がってくる。そんな訳で、彼は店を開くことに決めた。ともすれば。
「えっと、天狗のお姉さん。これから長い付き合いになると思うけど、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。……私のことはアヤナとお呼びください。あ、敬語もいりませんよ」
「分かり……分かった、アヤナさん。それじゃあ、宜しく!」
■■■
「それで、承諾は得られたのね?」
「はい、天照大御神様」
此処はどこかにある、大きな社。その中で、アヤナともう一人。天照大御神と呼ばれた、長い黒髪を持ち和服に身を包んだ、これまた美しい女性が、向かい合って座っていた。その様子は、なんとなく軽い雰囲気にも見えるだろう。神を前にして、アヤナもそんなに緊張していない。
「ふぅ、向こう側の神が”自分の世界に、美味いものを作る店を繋げてくれ”なんて言った時は、どう対処するかとても悩んだわ」
「しかも酒の席での話なのに、きっちりと覚えてましたからね」
「ええ、そうねぇ。まぁ悪い方ではないから、私も断る気にはなれないんだけども」
「とはいえ、困り物ではありますよね。突発的な提案を、実現させようとする人ではありますから」
「まぁ、神なんて基本自分本位だから、仕方ないのかもしれないけれど」
お互い愚痴を言うかのように、しかし軽い雰囲気のままその手にある酒をあおる。神が飲むから御神酒……という訳でもなく、缶に入っている梅酒だ。
「それにしてもアヤナ。二人きりなんだから、役職じゃなくて名前で呼びなさいよ」
「もう、昔とは違うんですよ、天照様」
「それじゃあ、命令。いつもの様にしなさい」
「……はぁ、仕方ないなぁ。ホノカ。分かりましたよ」
天照ことホノカは、うむうむと満足そうに頷けば、二本目の缶に手をかける。こんどはチューハイだ。アヤナも同じ種類のチューハイに手を掛けると、こちらも軽く一口。と、そこでホノカは少し思い出したことがある。
「そういえば、アヤナ。例の料理人。確か亮一さんだったかしら? に、おつまみを作ってもらったんだって?」
「はい、自家製の煮卵とメンマだそうです。ホノカも食べましょうよ」
「煮卵にメンマ……? いいじゃない! 早速食べましょうよ!」
お前ら神様と天狗だろう、そんなんでいいのか。なんてツッコミをする人はここには居ない。アヤナは亮一から貰ったタッパーを取り出すと、割り箸をホノカの前に置く。そして、二人とも割り箸を口に咥え、二つに割ると手に取った。
「それじゃあ、いただきます」
「ふっふっふ、凄く楽しみよこれ!」
アヤナとホノカは、早速綺麗にカットされた煮卵を箸でつかむ。醤油ベースであろう汁がしっかりと染みた事が、断面も染まっていることから見て取れた。早速口に入れて舌で味を感じると、とても濃く、それでいてあっさりしている。具体的には醤油だけでなく豚骨の出汁も効いていて、黄身は半熟気味でとろっと濃厚な味わいだ。だが、それでいてくどくない。おまけに酒もすすむのだ。
「うぅーんっ! 美味しいわ! あの店に選択して正解ね!」
「ホノカ。メンマも食べましょうよ! これは期待出来ます!」
次はメンマ。大きさはちょうどいい一口サイズで、これまた切口から、しっかりと味を染み込ませているのが分かる。二人が期待を含んだままメンマを噛むと、シャキリとした歯応えと、染みていた出汁が溢れ出る。先程の豚骨ベースの醤油とは違い、これは鰹出汁の風味溢れる醤油の香りと、丁度いい塩気に甘み。筍の風味が口の中いっぱいに広がる。まさに。
「くぅ〜っ、至福! これよ、これ! 酒を飲む時にはやっぱり、こんな美味しいおつまみがなきゃ!」
「うぁー……疲れた体に染みる美味さですよぉ……」
つまみとして作られたメンマと煮卵を、酒で流し込む。神であろうとなんであろうと、この喜びは変わらないものだ。質のいいつまみがあれば、安い酒でもとても美味くなる。故に二人は。
「今日はこれで呑み明かすわよ! あー、私も亮一さんに会ってみたいわ!」
「私も亮一さんにお礼を言いたいですね……店が繁盛してきたら、手伝うのもありです!」
「さぁ、見せてもらうわよ! これだけ美味しいおつまみを作る、飯屋平田屋の物語を!」
二人は酒を飲みながらも、楽しそうに鏡を見る。そこには、平田屋の中で、仕込みをする亮一が映っていた。