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第三十四話 かのえさる

 縄に縛られた状態で都へ連行された。それもこれもすべてツバクロのせいだ。それは証拠があるので、すぐに釈放されるだろうからいいとして、問題はイサクさんの行方が結局分からずじまいのまま都へ引き上げなければならなくなったことだ。


 屋敷が狙われたことから見て、賊軍はイサクさんのことを知っており、だから分け前を横取りしようと画策できたわけだ。野営地も襲われているので狙われていたのは確かだが、賊軍が敗走しては安否確認すら難しい状況だ。


 賊軍にさらわれただけなら分け前を手放せば解放してくれる可能性はあるが、まだイサクさんが分け前を受け取っていないとなると、用済みとして殺されてしまうこともある。いや、実際に分け前はまだ受け取っていないのだから、可能性を考えるのも虚しかった。


「兵隊長さん」

 移動する前に話しておきたいことがあった。


「なに用だ?」


「ここへ来る途中、森で兵士の一人とすれ違いました。伝令に走っていたようですが、負傷が激しく、あれでは都へ無事に辿り着けたかどうか分かりませんが、大丈夫でしょうか?」


「別の者にも行かせておる」

 やはり伝令の代わりなどと余計なことをしなくてよかった。


「もう一つ聞いてもよろしいですか?」

「最後にするのだぞ」

「はい。都の方は大丈夫なんでしょうか? 残してきた者が心配でなりません。黄金を守れたとしても、三十艇以上の船があるんです。ここの敗残兵を合わせると、まだまだ油断できませんよね?」


「ふんっ。心配するでない。途中でおもしろいものが見られるぞ」


 そこで会話は打ち切られた。おもしろいものとはなんだろう? 縄に縛られているが、流星号に乗って帰ることは許された。俺は逃げないが、馬が暴れれば後ろに乗る兵士と一緒に落馬しそうだった。


「見よ! もう始まっておるぞ」


 森を抜けたところで海上に煙が上がっているのが確認できた。


 さらに馬を飛ばして岬まで辿り着いた。


 そこまで来ると、煙だけではなく、炎も確認できた。


「ははっ、燃えておるわ!」


 海上に停泊している海賊船から火が上がっていた。


「なぜ海賊船は逃げないのです? 来た時のまま焼かれてるではありませんか」


 兵隊長が鼻で笑う。


「ふんっ。あれは張りぼてよ。浜辺の軍と睨み合いを続けていたわけではなく、初めから船に人など存在せぬのだ――」


 そこでなぜか悔しがる。


「それを、あの男めっ! 早くに見抜いてもこの様よ。どれだけ無駄に兵士が死んだか。兵力を二分させなければ兵士を死なせることなどなかったのだ。死んだ者は賊に殺されたのではない。味方に殺されたようなものよ! あの無能な男にな!」


 騎馬隊の隊長も一人ではなく、別働隊を指揮する者がいて、そこで出世争いのようなものがあるのだろう。その出世競争の犠牲になるのは末端の兵士という、なんともやり切れない話だった。


 しかし海賊団の陽動作戦には俺も気がついていたが、まさか船を空っぽにして全軍を黄金の元に向かわせるとまでは予想できなかった。言われてみると、確かに船に黄金を積んで逃げ延びるのは困難である。


 それなら山中に隠し場所を用意しておく方が現実的だ。河原での戦で殲滅していたら、結構な量の金塊が運び去られていたことだろう。馬を持たない民兵では役に立たないだろうし、終わってみれば完勝に見えるが、案外と僅差の勝利だったかもしれないわけだ。


 海賊団が戦力を二分させていると思い込んだのは、あの三十艇以上の船を野放しにするとは思えなかったからだ。桶一杯の金塊でも相当な価値があるので、運搬用の船だと思ってもおかしくはない。


 しかし考えてみると、海賊からしたら船など強奪すればいつでも手に入るものなので、執着心など初めから持ち合わせていないのである。そこの価値観の違いに気がつくことができたら、初めから騎馬隊を分散させることもなかった、と兵隊長は悔やんでいるわけだ。


「縄を解いてやれ。その方の言う通りであった」


 浮島の手前の海岸まで戻ってきたところで兵隊長の元に家来からの報告があったのだ。これで俺の疑いは晴れたが、兵隊長にしてみれば、ツバクロ以外に内通者が存在する可能性が残ってしまったので複雑な顔をしていた。


「すまなかったな、戦で取り乱してしまったようだ。イサクの家の者には、その方から話をしてくれ。もう会うことはないだろう。旅に必要な入用はこちらで用意するとしよう。好きなだけ申すがよい。黄金の分け前についてだが、然る後、拙者が責任を持って、その方らの村に届けさせるとしよう。安心なされ」


「大亀の捕獲は終わりですか?」


「調べつくしたが、今朝のが最後の一頭であった。イサクは捕獲した後、床に就いたところを賊に狙われたのだ。拙者が捕獲する機会を見誤ったのだ。面目次第もござらん」


 もう会えないというので、最後に確かめておきたいことがあった。

「あの、イサクさんが賊に連れ去られた可能性はありませんか?」

「森で死体を見たとの報告があった。記憶違いであってほしいがな」


 戦が終わった直後の兵隊長はすこぶる興奮していたが、今は以前の冷静さを取り戻していた。表情に陰りがあるのは死者のことで頭がいっぱいになっているからなのだろう。そう思うのは、俺も死者のことしか考えられなくなっているからだ。


「お願いがありますが、もし森の中でイサクさんの死体を見つけたら、その時は分け前よりも早く村に返してあげてくれませんか? あそこの戦場ではよく眠れません」


「承知した」


 その言葉で兵隊長率いる騎馬隊とお別れした。彼らにはまだまだ仕事があるようで、すぐに馬の尻を叩いて都へ駆けて行ってしまった。浜辺には、早朝に見た民兵の隊列はすでになく、見物人も海賊船が燃え尽きて沈んだ時点で散り散りになってしまったようである。


 まだ夕方になるまで時間があるので急ぐ必要はないのだが、気が重くて仕方がなかった。これから俺がしなければならないのは、イサクさんが亡くなったことを家族に伝えることである。どんな顔で、どんな言葉で伝えろというのだ。


 こういうことがあるから戦が憎いのだ。俺が一体なにをしたというのだろう? 俺だけではなく、イサクさんがしたくてやった戦でもないのである。黄金を見つけただけであって、戦に巻き込まれても仕方ない、などという道理はないのだ。


 海賊が迫っているのに捕獲を続けさせたわけだ。戦が起こると知っていながらイサクさんを避難させなかった。謝ってはいたが、俺は段々と兵隊長に対して怒りが湧いてきた。戦をするなら兵士だけでやればいいのだ。イサクさんは都の民兵ですらないからだ。


 被害者面した兵隊長は、別働隊を指揮する者に怒りを露わにしていたが、少しは自分自身にもその怒りをぶつけてほしかった。別働隊の指揮者は味方の兵士を殺したが、兵隊長はイサクさんを殺したからである。


 それを面と向かって言えたら、俺も立派な人間といえるのだが、残念ながら心で思うのが精いっぱいだった。そこに今の自分の力量のすべてが表されていた。刀を下げた兵士を前にすると、俺が俺のようには思えなくなってしまうのだ。


「おう、そこにいるのはイズルギではないかっ!」


 しかし俺がもしも都の兵士ならば、今回の戦では味方の血を一滴も流さずに撃退できたのではないかと考えてしまう自分がいた。もちろんイサクさんを救うことも可能だ。いや、そもそも黄金が眠る洞窟の警護が手薄だったから狙い目と判断されたのだ。


「ここじゃ」


 それにしてもどうしてだろう? 戦は嫌いなのに、なぜか戦のことを考えてしまうのだ。都の人間ではないのに、黄金の守り方を考えてしまう。このどうしようもない頭をどうにかしたいものである。


 べつに英雄と思われたいわけではない。いや、むしろ英雄と呼ばれるようでは二流である。本当の英雄とは戦で武勲を立てる者ではなく、戦を回避するように根回しできる者のことだ。存在すら語られることのない、そういう知恵者に俺はなりたいと思った。


「イズルギよ、だったら早よう助けてくれい」


 兵士の群れに囲まれているので見えないが、どうやら輪の中に猿爺がいるようだ。


「やめんか。触るでない」


 波打ち際で必死に抵抗している猿爺を子ども扱いする兵士が説得を続ける。

「爺さんよ、あの日ノ島はあんたのものじゃないんだ。ガキの頃から住んでるって言うけど、あんたのものだっていう証文はどこにも残っちゃいないじゃないか」


 海の上には浮島があって、その日ノ島を背景にして、猿爺と兵士が浜辺で小競り合いをしているところだ。屈強な兵士に囲まれて老人が必死に抵抗を続けているのだが、誰も猿爺を助けようとはしなかった。


「証文とな? そんなもんお主らの爺様の爺様の、そのまた爺様が燃やしたんじゃろう」


「わけの分からねぇこと言ってねぇで、だったら燃やしたっていう証拠を見せなよ」

 そんなことは不可能だ。それを兵士はわざと言っているのだ。


「今に見ておれ」

 さすがの猿爺も恨み言しか吐き出せなかった。


「爺さんよ、勘違いしてもらっちゃ困るが、おれたちは怪我させねぇように避難させてるんだぜ? せっかく日ノ島っていう新しい呼び名をつけても、あんたが居ついてるから、いつまでも猿島なんて呼ばれちまうんだ。まぁそれも今日でお終いよ。その前は亀島って呼ばれてたんだってな。あそこに金が埋まってるのは間違いねぇんだ。ちゃんと分け前をくれてやるからよ、頼むから浜辺から出てってくれ」


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