第三十二話 上陸作戦
改めて丘の上から海岸線の方を見ると、昨日までとは浜辺にいる人の密度が違うことが分かった。都の手前の海岸から浮島のある海岸まで五里近くはあるが、都の兵士の隊列が直線状にきれいに伸びているのだ。これでは海賊の上陸は難しそうだ。
また、黄金目的の探検家も昨日と変わらないくらい残っているようである。それでも海賊船から弓矢の攻撃があるかもしれないので、隊列の前に出る者はいないようだ。しかし戦が始まればどのような動きを見せるのかは、俺にも予想できなかった。
それにしても、海上に浮かぶ三十艇以上の海賊船は圧巻だった。そんな風に思えるのは、俺が都の人間ではないからというのもあるだろう。家族を持つ民兵にとっては恐ろしくてたまらないはずである。
流星号は快調だった。あっという間に都入りした。市街戦もあるかと思われたが、意外なほど静かだった。おそらく女や子どもは仕事場の防衛に回っているのだろう。たたら場などの仕事場は家屋よりも大事なので、戦だからといって閉じこもる者はいないのだ。
街道に並ぶ店は、当然ながら閉まっていた。俺がいた時にも火災訓練のようなものを見たことがあるが、あれは有事の際の避難訓練でもあったわけだ。おそらく店の中を覗いても品物はどこにもないだろう。
道が空いているということもあり、力いっぱい駆け抜けることができた。役人町と呼ばれる山手側に行かなければ賊と鉢合わせすることもないだろう。どうでもいいが、役人町とは雨が降ってもすぐに水がはける、取り分けて住みよい場所のことだ。
都に住むと胸を痛めるのが両親を失った子どもの姿だ。言葉を話すことができればいい方で、倒れてしまえばそのまま都の外れに捨てられてしまうこともある。すでに息がなければ放置されて腐るだけだ。
皮肉なことに、そういった子どもの受け皿の一つになっているのが海賊でもあるのだ。悪を正す気持ちがあるならば、まずは己が子どもを引き取って育てなければ、現実は変わっていかないわけで、口を動かすのはそれからということだ。
人間の売り買いが問題になっていると聞くが、まともな勤め先を紹介する斡旋者まで白い目で見るのは間違いだろう。時に悪質な者もいるが、そんなのは今までも、そしてこれからも無くなることはないのだ。俺たちの時代だけが特別悪いということではないはずだ。
人通りの少ない一番街道も終わりが見えてきた。突当りにはそこから海岸線に沿って二番道がどこまでも延びている。浜辺には民兵の隊列が伸びているが、その後ろの沿道に探検家たちが見物人のようにずらっと並んでいた。
観客がいる戦なんて話は聞いたことがないが、傍から見れば俺自身もその中の一人にすぎないわけだ。今は嵐の前の静けさそのものだが、始まってしまえば武器を持った探検家が戦に加わることになるだろう。
現在は戦況をしばらく見守っているところのようだ。ここまでくると丘の上から見ていた時と違い、殺気のようなものを肌で感じるようになる。豪族同士の戦と違い、決まりらしい決まりなど存在していないので、俺もいつ襲われるか分からなかった。
誰にともなく尋ねてみる。
「動きはありましたか?」
「さっきから睨み合いが続いてるな」
「睨み合いですか」
「始めるなら、早く始めろってんだ」
近場の人に話し掛けてみたが、見物人に尋ねても意味がなさそうだ。この膠着状態のうちに浮島の向こうにある岩礁地帯まで一気に行った方がいいかもしれない。戦が始まれば馬がやられそうで怖かったからだ。
馬上から様子を見ることができるので、浜辺の波打ち際もしっかり目視できた。二人乗りの小舟が波打ち際にずらっと用意してあるところを見ると、それで海賊船に近づいて弓矢で攻撃する作戦なのだろう。それでハヤタを連れて行こうとしたのである。
小舟ならば相手側からの標的になりにくいという利点がある。しかし同時に中型船が相手ならばすぐに距離を詰められてしまうという欠点もあった。遠ければ矢は当たらないし、近ければ捉えられる。ハヤタと違って、弓など正確に射抜けるものではないからだ。
都側にとって先制攻撃をする理由はなかった。それが睨み合いの続く要因だろう。当然ではあるが、浜辺に民兵が二里以上も隊列を組んで陣取っているのだ。わざわざ自分たちからこの完璧な陣形を崩すことはないのである。
これには海賊団も予想以上だったのではないだろうか? 手も足も出ない状態とはこのことだ。一斉に上陸を開始しても、これでは針の筵になってしまうわけだ。貨物運搬に適した大型船もあるが、あれでは桟橋のない海岸線付近には近づけないだろう。
それにしても静かすぎる。ツバクロと違って目がいい方ではないのではっきりとは見えないが、船上にいる海賊団の姿を一人も確認できないのだ。というのも弓矢の攻撃に備えて船上で板を並べて盾にしているからだ。一体いつまで隠れているつもりだろうか?
それとも夜を待っているのだろうか? 夜なら弓矢の精度は半減するどころではなくなるからだ。民兵だってまともに戦えないだろうし、上陸を防ぐのは難しくなる。ただ、黄金の運搬にはかなりの労力を要するだろう。戦に勝てばいいという話ではないのだ。
そこは都側も頭を悩ませている部分だろう。これだけ見物人が多いと、どさくさに紛れて横取りしていく者が出るはずだ。大っぴらに行動できず、黄金の隠し場所だけを守りたくても守れないという両刀論法となっているのだ。
よくよく観察してみると、民兵の数に対して先導していたはずの騎馬兵が少なく見えた。ひょっとしたら訓練された都の兵士は黄金の隠し場所に集結しているのではないだろうか? だとしたら今頃イサクさんのいる岩礁地帯が戦場になっているかもしれないわけだ。
急いで流星号を飛ばした。浮島を横目に見ながら、目指すはもっと先である。浮島を超えると民兵の姿はいなくなった。探検家が戦を避けるために浜辺で野営しているくらいだ。残念ながら黄金のありかはもっと先にある。
岬を超えると、まだまだ浜辺が続き、都から六里を過ぎた辺りで海岸が岩礁地帯へと変わる。道はないようなものだが、とにかく森の中を急ぐしかなかった。イサクさんだけではなく、ツバクロも帰ってきていないのだ。
かなりの時間走り続けているが、大亀が眠る岩場はまだまだ先だ。しかし久しく感じなかった気配、いや、森の奥に動くものが見えたので流星号を休ませることにした。目を凝らすと、それは負傷した騎馬兵の一人であることが確認できた。
今にも落馬しそうな態勢で騎乗していた。掴まっているのがやっとといった感じで、馬の方が振り落とさないように気を遣っているように見えた。近づいてみると、腕から血を流しているのが分かった。おそらくは戦による防御損傷だろう。
「大丈夫ですか?」
騎馬兵の男は俺が近づくのも見えなかったのか、瞬時に身構えた。
「俺は海賊じゃありません」
それでも騎馬兵は戦意を解かなかった。
「知ってるか分かりませんが、イサクさんを迎えに来た者です」
と言いつつ、オオワシの羽根も見せた。
「ああ、イサク、その方は、いつかの、ションベンたれか」
息も絶え絶えである。他にも負傷箇所があるようで、見ると背中を斬られていた。それだけではなく、わき腹も槍で突かれている。しかし目だけが異常にギラついており、不思議な生の輝きを見せていた。
「イサクさんは無事ですか?」
「知らぬわ」
「大亀を捕獲した時に俺と一緒にいた男を見ませんでしたか?」
「すまぬが、先を急がせてくれ」
「そんな身体では――」
騎馬兵の男が言葉を遮った。
「――行かねばならんのだ!」
それ以上、留まらせることは無理だった。どう見ても都へ戻ることは困難であるように思えたが、それでも伝令に走らなければいけない使命を感じているのだ。俺が代わりに言伝を預かった方がいいように思ったが、それは俺のやるべきことではなかった。
民兵ではないのだから都の戦に加担してはいけないのだ。俺の行動で戦局を左右させてはいけないのである。どちらに転んでも、コクマ村のイズルギという名前が残ってしまうからだ。それは都では栄誉となるが、相手側には遺恨として刻まれるのである。
内通者の匂いを感じることから、もはや海賊団の背景にどこかの地方の豪族が絡んでいることは間違いないだろう。黄金騒動に巻き込まれてしまったのは不可抗力だが、仕掛けられた戦に参戦するのは、また別の話である。
騎馬兵の男の背中が見えなくなっても、俺は立ち尽くしていた。理性的に頭を働かせようとしているのは、冷静だからというわけではなかった。足が、いや、全身が動かなくなってしまったからだ。
身体が、これ以上先には行くなと言っている。いや、そうではない。怖いのだ。怖くて、身体が動かなかった。勝手に震えが来る始末である。素手で戦場に向かおうとしていた己の行動すら、今ではおそろしく感じてしまうほどだ。
騎馬兵の男を追って海賊が来るかもしれない。そう思うと、逃げなければいけないと分かっているのに、逃げることができなかった。それはあの姉弟と約束してしまったからだ。俺はハヤタに残らせ、自分が親父さんを迎えに行くと言ってしまったのだ。
戦で多くの死者が出ると分かっていながら、血まみれの兵士を目の前にして震えてしまった。頭で想像して分かっていたはずなのに、身動きできない状態に陥るということは、心の根っこの部分で戦というものを理解していなかったという証拠だ。
御託を並べるのが得意で、知識を蓄えて知った気になっていたが、いざという時には、ご覧の有様である。負傷した騎馬兵の後を追って、伝令を代わりに伝えるか? そうすれば、この場を離れる理由にはなりそうだ。そう考えて、やっと身体の力が抜けた。




