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第三十話 地上戦

「おい、そこのお前、止まらんか」

 屋敷へ戻る途中で刀を差した男に声を掛けられた。


「すいませんが、急いでいるんです」

 刀に手を掛けていないが、逃げる用意を怠ってはいけなかった。


「まぁ、待て。急いでいるのは分かるが、どこへ向かう? 浜辺とは反対だぞ」

「家に帰るんですよ」

「都の者ではなかろう?」


 俺の姿を見れば地方から来たことは誰でも分かる。一方で、刀の男は武人だが、みすぼらしい格好をしているので、おそらくどこの国にも属さない浪人だということが見て取れた。そういう輩が今の都には溢れ返っているのだ。


「いや、確かに手ぶらで同志もないか。となると、ただの盗人か?――」

 横柄で失礼な奴だ。

「まぁ、よい。北方の海賊団が集結しているとの噂だぞ? これで戦にでもなればいいんだがな。それで共に稼げる同志を探していたんだ。お前も好きに戦利品を掠め取ればよい。ただし、吾輩の邪魔だけはするな。邪魔をすれば容赦なく斬らせてもらうからな」


 こんな連中がいては都の兵士も外敵の区別はつかないだろう。俺だって武器を持てば敵対していない都の兵士に真っ先に狙われる可能性がある。これは予想以上に苦戦が強いられるのではないだろうか。


 街道には槍を携えた町人の姿も見える。普段は手に職を持つ者ばかりだが、今日になって駆り出された模様だ。百人一組で隊列を組んで浜辺へと行進しているところだ。それぞれ騎馬兵が先導しており、相当訓練を重ねているようだった。


 あの隊列にも序列があるのだろう。普段の働きが悪い者ほど盾となるように歩かされているように見える。数百人以上の集団ともなると、はみ出すこともできず、参加しなければ処罰だってあるに違いない。それはある意味、外敵よりも恐怖を感じるものだった。


 別の道からも隊列が歩いてきて合流した。そちらも数百人以上はいるようだ。浜辺に着く頃には二千から三千、いや、それ以上の総数になりそうだ。しかし海賊や手練れの浪人と五分に戦えそうな者は多くないように見えるのも事実だった。


 屋敷へ戻っても土塀を乗り越えるのは困難なので、仕方なく表門から堂々と中へ入ることにした。今朝の時点で見張りは二人になっていた。交代の兵士が来ないのか、二人ともかなり眠そうな顔をしていた。


「おはようございます」


 何事もなかったかのように入ろうとしたが、やはり止められてしまった。


「止まれ! 貴様、どこへ行っていた」

 眠そうな顔が一瞬で引き締まった。


「馬の散歩ですよ」

「その馬とやらはどうした!」

「連れて行くのを忘れちゃいました」

「この野郎、ふざけたことを言いおって」


 戦が起こりそうだと冗談も言えなくなるようだ。


「冗談ですよ。都に気になる女がいましてね、それでちょっと」


「こんな時に、不届きな野郎だ――」

 同性である男に嘘をつく時、女の話をすれば大抵は疑われないものだ。

「ちゃんと報告させてもらうからな。そのつもりでいろよ――」

 どこかへ連れて行かれるよりはましだった。

「次はないと思え」


 すべてがハッタリだ。もし報告すれば、自分の失敗も含めて伝えることになる。それだけで処罰を受けるかもしれないのだ。そんなことをわざわざするとは思えないので、ここは一つ安心させてやることにした。


「大丈夫ですよ。ちゃんと見張っているか試した、なんて言いませんからね」


 そう言うと、見張りの男は何も言わず、ただ奥歯を噛みしめるだけだった。


「それでは失礼します」


 玄関に入るとアテルとハヤタが出迎えてくれた。

「おかえりなさい」

「ただいま」


 俺が帰る場所は家ではなく、この姉弟の元なのだ。

 そのことを生まれて初めて思った。


「様子はどう?」

「戦になるな」

「お父さんとツバクロちゃんは大丈夫かな?」

「親父さんがいるとこから屋敷まで迂回する道があるんだ。そちらへ回れば賊と鉢合わせすることもないだろう」

「それなら安心ね」

「いや、そうでもないぞ。ここも安全とは言い切れないんだ」


 ということで、続きは客間に移動してから話し合うことにした。叔父のカバジさんにはすぐに屋敷から出られるようにと荷をまとめてもらっているところだ。姉弟も旅装に着替えてもらった。わらじも履いたままなので、これでいつでも避難できるはずだ。


 俺も水筒に水を入れ直して火打石を携帯したが、猿爺のために酒を持っていくかは悩みどころだった。いま考えると、俺がした質問はどれもツバクロが知っていることで、あいつが猿爺にペラペラ喋ったと考えれば、すべての辻褄が合うと考えられるわけだ。


 しかし酒を恵んでもらうためのペテンだと思っても、どうにも気になってしまうのだ。なんというか墓に供え物をやるような、いや違う。村の祭事で供物を捧げる儀式に似ている感覚で、そう思うと無下にできず、仕方がないので持っていってやることにした。


「すでに町の中は戦の準備が整いつつある」


 そこで姉弟に俺が見てきた町の様子や、これから何が起こりそうか、ということを事細かに伝えてやった。猿爺に関しては、ここで話す必要はないだろうから省略した。平穏を取り戻してから話せば笑い話にできるはずだ。


「ハヤタよ、弓を持っていくのか?」

「はい。これだけは手放せません」

「ならば充分に気をつけるんだぞ。俺たちは、都の兵士の中でも限られた者にしか知られていない存在なんだ。この状況ではオオワシの羽根すら役には立ってくれないぞ」

「はい、分かりました」

「よし、後は準備ができ次第、屋敷を抜け出すことにしよう」


 アテルが不安そうに尋ねる。

「それはいいけど、どこへ行こうというの? お母さんはそれほど歩けないと思う」


 こういう時は自信を持って答えなければならない。

「それについても考えた。まずは都の外れの丘に避難するんだ。昨日俺たちが話したところだから憶えているだろう? そこで親父さんと合流できるまで待機しよう。戦術的には無用の場所だからな、追手が来ることもないだろう。お袋さんには流星号の背に乗ってもらう。そうすれば上り坂も苦にならないはずだ」


「乗ったこともないのに、大丈夫かな?」

「それならウサギの背がいいよ」

 ハヤタの提案に異論はなかった。


 そこで俺は考える。

「問題は、どうやって屋敷を抜け出すかだな」

「お願いするんじゃ駄目なの?」


 アテルの気持ちは分かるが、それができれば苦労はなかった。

「無理だろうな。見張りにも仕事がある。強行突破すれば平気で馬を殺す奴らだよ。それから俺たちに槍を突きつけるんだ」


 これにはアテルも言葉がなかった。


 その時だった。


「うがっ!」


「なにやつ!」


 表門からだ。


 凶行がこちらまで伝わった。


「やめろっ!」


 今度は奥の間だった。


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