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第二十六話 アテルとの世間話

 アテルと話がしたいと思い屋敷へ戻ったが、屋敷の中で話すのは気が散るので外へと連れ出すことにした。かといって行きたい場所があるわけではなかった。それだけではなく、話す内容もまとまっているわけではないのだ。


 父親について語るにも、それが聞き手であるアテルにとって説教のように受け取られるのは本望ではなかった。俺は家族思いの彼女に説教できるほど自分の家族を大切にしているわけではないからだ。そんな男の説教など、俺自身も聞きたくなかった。


 では、父親イサクを同じ男の立場で語ればいいのかというと、それも違うような気がしてしまうのだ。妻や子を持たない俺が分かったつもりで語るのは、やはり俺自身から見ても滑稽に見えてしまうからだ。


 こうして考えると、俺という人間はアテルに対して何も語ることができない人間なのだと痛感してしまう。教えてやることなど何もなく、話をしたり、言葉をぶつけたり、それすら驕りのように感じてしまうのだ。


 いや、話をしようと思うからいけないのだ。だから言葉が出てこなくなってしまうのである。ではどうしたらいいかというと、話を聞いてもらえばいいわけだ。俺の話を聞いてくれるようにお願いするのだ。


「どうしたの? もう、都の外まで歩いて来ちゃったじゃないの」


 気がつくと、都に入る前に立ち止まった小高い丘のところに立っていた。


「話があるっていうから黙っていたけど、これではただの馬の散歩じゃない。いくら盗まれたからといって、私を馬の代わりにするのは止してちょうだい」

 アテルの可愛らしい冗談に、思わず笑ってしまった。


「いや、そうじゃないんだ。話をしようと思っていたんだけどさ、途中で気が変わってしまったんだ。つまり、話をしたいんじゃなくて、話を聞いてほしいんだ」


「どう違うの?」

 アテルにとっては些細なことのようだ。

 それはそうだろう、これは俺自身の問題だ。


「まったく違うんだけど、聞いてくれるのか?」

「そのために来たんでしょう?」


 そう言うと、腰掛けるのに丁度いい切り株を見つけて腰を下ろした。俺は原っぱの方が座り心地がいいので地べたに腰を下ろした。そこで並んで都を眺めた。視界のずっと奥の海岸線の岩礁地帯にはイサクさんがいるはずだ。


「親父さんとは詳しく話したわけではないから、多分に俺の想像が含まれてしまう。正確だとも思っていないし、俺自身ですら間違っているかもしれないと思っている。だから俺の話を聞いたからといって無理に考えを改める必要はないさ。そもそも、そうさせようと思って話すわけじゃないからな。お前はお前で、自由に受け止めてしまえばいいんだ」


「やっぱりお父さんの話なのね」


「ああ。今まで言ってなかったが、俺も黄金の正体を実際にこの目で見てきた。それが何か語ることはできるが、イサクさんが話せないというのなら尊重したいと思うんだ。というのも身の危険を感じてしまったからだな。それは黄金の正体ではなく、それを取り巻く人間の方に本当の怖さがあるからだ。旅の途中でも似たような危険を感じたが、黄金騒ぎはその比ではないな。イサクさんはたった一人で獲物を捕獲していた。都には屈強な兵士がいるというのにだ。それはおそらく一撃で仕留められる技能を必要とされるからなんだと思う。それと同時に秘密裏に遂行しなければならないわけだから、イサクさんが適任だと判断されたんだ。それで分かったのが、獲物の捕獲には、やらされているという側面があったということなんだ。完全に強制されているわけではないが、拒否すれば己の身だけではなく、家族や村にも災いが起こるかもしれないと考えても不思議じゃないんだよ。充分すぎるほどの分け前と、人並み以上の暮らしをさせてもらっているから、傍から見れば大出世したかのように映るかもしれないが、俺たちには常に身の危険があるということを忘れてはいけないんだ。もしも拒否すれば、いつ葬られてもおかしくないさ。俺たちは都でまともなお裁きなど受けられるはずがないのだから、捕獲中の事故死と言われれば、それで納得して帰るしかないんだ。いや、無事に帰してもらえるかどうかも保証なんてない。それに加えて賊がウジャウジャいるような世の中だ。箝口令が敷かれているはずなのに、怪物退治の名人なんて噂が流れてしまっているからな。屋敷を賊から守るために、イサクさんは距離を置こうと考えたんじゃないのか? ツバクロでも黄金のありかに辿り着けたんだ。そろそろ隠しておくのにも限界が近づいているように思う。だから屋敷に寄りつかないようにしたんだ。そうすることでしかイサクさんにできる防衛手段はなかったんだよ」


 俺の話は憶測にすぎないが、それでも続けることにした。


「それでも都の役人は、そう悪い人とも思えないんだ。いや、これは実際に会った兵士たちの印象だけどな。だってそうだろう? 分け前などやらずに口を塞ごうと思えばできたんだ。それでオオワシ村の男が黄金をすべて村に持ち帰ったという噂を流してしまえば、それで幾らかは浜辺から人を追い出すことができるからな。知らない者は噂だろうがなんだろうが、簡単に信じてしまうだろうからさ。それに都の兵士なんだから大槍の名人なんて探せばいくらでもいるだろうしな。それをしなかったというのは、都は都でイサクさんや俺たちのように苦心している人たちがいるっていうことなんだと思う。なんたって莫大な量の黄金だからな、それが政争の火種になることは目に見えているわけだろう? イサクさんの代わりの者が裏切らないとも限らないし、政敵と密通しているかも分からないんだ。きっと、役人も役人で身の危険を感じ、それぞれ守りたいものがあるのさ」


 浜辺には今日も黄金を求める人たちで溢れ返っていた。


「親父さんを見ると、命令されているようにも見えるし、脅されているようにも見える。その一方で、自分から望んでやっているようにも見えるんだ。そう見えてしまうと、金に目がくらんだようにも見えれば、家族をないがしろにしているようにも見えてしまうんだ。でも親父さんの本当の気持ちというのは、本人にしか分からないものさ。だからこそ、一時の感情で流されてはいけないんだ。少なくとも、イサクさんが汚れ仕事を一人で引き受けてくれたことで、俺たちだけでではなく、役人たちも争わずに済んでいるわけだからね。ひょっとしたら俺たちは、イサクさんに救われているのかもしれないよ」


 アテルは途中で口を挟まずに話を聞いてくれた。本当か嘘かも分からない話だというのに、ちゃんと最後まで聞いてくれた。これは決して当たり前のことではなかった。都の連中や村の連中と話をしても、いつも笑われていた俺にはとても新鮮な経験だった。


「……お父さんに会いたい」


 何を感じたのか俺には分からないが、それがアテルのすべてをひっくるめた思いのようだ。話をしたからといって、どのように考えるべきか、とか、こう考えるべきだ、という希望は特に持っていなかった。それは彼女が決めることだからである。


「イズルギ!」


 突然、呼ばれた気がした。


「大変だ!」


 声のする方を振り返ると、流星号が丘の斜面を駆けてくるのが見えた。


「ツバクロちゃん!」


 アテルが立ち上がり、手を振った。


「止め方がわかんねぇよう」


 馬上のツバクロが泣きっ面だ。


 しかし、何もせずとも流星号は俺の前で急停止した。


「ツバクロ、今までどこに行ってたんだ?」


「オレっちだって、帰りたくても帰れなかったんだよ。こいつが勝手に走っちまうんだもんな」


 アテルが流星号の首をさする。

「そんなわけないでしょう?」


「馬に聞いてみろってんだ」

 ツバクロが不貞腐れた。


 言い争っている場合ではない。

「それより大変とはなんだ?」


「ああ、こいつが暴走して半島の先まで行ったんだけどよ、そこで海賊船が集まってるのを見たんだ。あれは間違いないぞ。二十艇以上はあったな。大陸の軍用船も混じってら。とうとう嗅ぎつけて来ちまったんだよ」


 軍用船とは大勢の兵士を運ぶことを目的とした高速船のことだ。ということは、地上戦も想定していると考えられる。つまり、都で戦が起こるかもしれないわけだ。今は浜辺が人でごった返している最中で、都の兵士がどう対処するのか見当もつかなかった。


「イズルギ、聞いてんのか? どうしたらいいんだよ?」

「船は半島の先まで来ているのか?」


 ツバクロが首を振る。

「いや、まだ半島の裏の海岸で停泊している感じだな。こちらに帆先を向けた船はなかったから、仲間の到着を待ってるんじゃないのか? だとしたら全国からならず者を呼び寄せてるかもしれないよ」


 まだ時間はある。

「分かった。俺たちは流星号で一足先に屋敷へ戻る。お前は海岸の先にいるイサクさんに、このことを伝えに行ってくれないか? 都の兵士が守ってくれるとは限らないからな」


「おう、オレっちに任せろ」

「ツバクロちゃん、行ってくれるの?」

「当たりめぇだろう? 馬より役に立つとこ見せてやるよ」


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