第二十二話 黄金のありか
その夜、父親イサクは屋敷へ帰ってくることはなかった。姉弟は奥の間で母親ナミルと一緒に床を並べて眠り、俺とツバクロは別間で眠った。前日に夜通し話をしていたということもあり、その日は考え事をすることもなく、あっという間に意識を失うことができた。
ツバクロと一緒に朝飯を食った後、ナミルさんに呼ばれたので奥の間へとお邪魔した。昨日よりも表情に生気があり、傍らに座る姉弟にも笑顔が戻っていた。母親といるせいか、二人とも旅の間よりも子どもっぽい顔つきに見えたが、これは気のせいだろう。
「こんな格好でごめんなさいね――」
ナミルは襦袢姿で床に坐している。
「イズルギや、あなたには感謝しています。よく二人をここまで連れてきてくれました。二人とも幼い頃から迷子になる癖があったもので、都へ向け出立したと聞いたときは心配になりましたが、あなたが一緒だと聞いて安心できたのですよ」
穏やかで優しくて綺麗な顔立ちのお母さんだ。どうやらハヤタは母親似のようだ。
「安心だなんて、俺の母親が聞いても信じないだろうな」
思えば、誰かに褒められたのは久しぶりだ。
「旅の道中の話は夢物語のように聞かせてもらいました。二人の身に何事も起こらなかったのはあなたのおかげです。二人ともまだまだ子どもで、幾度となく困らせることもあったでしょう。よく最後までついてきてくれました。改めてお礼を言います」
「礼を言いたいのはこっちですよ。都から帰ってきてから村で過ごした半年よりも、道中の半月の方が楽しかったんですからね。おかげで世話になったお師さんや友達にも会えましたし、こちらこそ感謝しています」
そこでナミルさんが俺の友達に顔を向ける。
「ツバクロちゃんね。これからもうちの子とも仲良くしてあげてちょうだいね」
隣でツバクロが照れ笑いを浮かべる。
「へへっ、オレっちのことも話してくれたのか。そりゃうれしいな」
ナミルさんに質問する。
「これから俺たちイサクさんに会いに行こうと思ってるんですが、どこにいるかご存じありませんか?」
「ごめんなさいね。知らない方がいいと言うので、尋ねないようにしているの」
ということで、見当をつけることなく屋敷を出ることとなった。姉弟は母親が心配ということで残ることになり、俺とツバクロの二人だけで会いに行くこととなった。屋敷を出ようとしたところでアテルが見送りにきた。
「これをつけて行った方がいいって叔父さんが」
渡されたのはオオワシの羽根である。
「これが通行許可証代わりになるみたい」
「おお、そいつはありがたい」
アテルに羽根を胸に挿してもらった。
「でも誰にも言ったらいけないのよ。特にツバクロちゃん、いい?」
ツバクロも羽根を胸に挿してもらう。
「へへっ、分かってないな。オレっちは情報で商いをしているんだ。こう見えて誰よりも口が堅いんだぜ?」
「そうなんだ。でも私に秘密は駄目よ?」
「へへっ、母親が困らせてばっかりって言ってたが、どうやら本当のようだな」
「嘘をつかなければいいだけなんだから、困ることなんてないじゃない」
「イズルギ、助けてくれよ」
ここまでが冗談である。
「そろそろ行くよ。父親に伝えることはないか?」
アテルが急に怖い顔になる。
「とにかく早く帰ってくるようにお願いして」
「分かった」
そこで思い出す。
「そうだ。盗まれるといけないから流星号は置いて行く。エサやりを頼まれてくれないか?」
「分かった」
これにはアテルも笑顔で応じてくれた。本当に顔に出やすい子だ。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
こうして俺たちは屋敷を出発した。屋敷を出て分かったのが、土塀の周りの四隅に見張りが立てられていたということである。おそらく交代で夜中もずっと警護していたに違いない。昨日の夕方に立っていた人たちとは顔ぶれが違っていた。
「しかしどこを捜せばよいのやら」
「それならオレっちに任せてくれ。だいたいの見当はついているんだ」
と言うので、海辺の方に足を運んだ。それでも浜辺だけでも十里近くはありそうで、さらには人でごった返していた。場所によっては騎馬隊と小競り合いしている姿も見られ、その中からイサクさんを見つけるのは困難を極めた。
黄金目当てで詰めかけた人がほとんどだが、確かな情報を持つ者なんているはずもなく、浜辺を手当たり次第に掘り返している姿が散見された。他にも岩を削ったり、海に潜ったり、欲望のまま動かされている感じだ。
その中には騎馬兵自ら浜辺を掘る姿も見られた。立ち入り禁止区域も設けているようで、隊列を組んでいる騎馬兵の壁の前では怒号が飛び交っていた。しかしツバクロはそんなことには目もくれず、人波をかき分けて進んで行った。
「おい、どこへ行く? そっちは都の外れだぞ」
「いいからついてきなって」
ツバクロが向かった先は、どんどんと都から遠ざかっていく場所だった。それでは都から出てしまうことになる。どこからが都でどこまでが都かは判然としないが、民家が一つもないところまで歩いてくると、さすがに都であるとは言えなくなった。
「少し休もう」
ツバクロに合わせて歩いてきたので疲れてしまった。浜辺を南西に向けて歩き続けること半日、日もそろそろ沈みかけている。イサクさんどころか人っ子一人いないところまで歩いてきてしまったのだ。それでもツバクロは余裕の構えだった。
岬の突端が小高くなっており、そこの上で海を見ながら身体を休めた。歩いてきた道を振り返ると、遥か遠くにまだ人だかりが見えていた。彼らはそこで眠り、翌日も黄金探しに精を出すことだろう。
この場所から日ノ島が海に浮かんでいるのも確認できた。位置としては都の中心地と、今いる岬の中間くらいのところにあった。泳いで渡れる島なので、夏場の海水浴に最適だが、俺は遠くから眺めている方が好きだった。
日ノ島は海に顔を出した太陽にそっくりということでその名がついた、というのをお花ちゃんから聞いたのが三年前のことだ。季節も同じで、一緒に見ていたのも同じ夕暮れ。あの時と同じ海の色をしていた。違うのは、会えなくなるとは思っていなかったことだ。
「イズルギ、そろそろいいか?」
「おいおい、いま休み始めたばかりじゃないか」
「オレっちは休んでる方がくたびれちまうんだ」
「どうせ急いだところで見つからないだろう? それなら日が沈む前に引き返した方がよくないか? これでは屋敷に戻るのが明け方になる」
「ダメだよ。端から帰るつもりはないんだから」
驚く俺を見て、ツバクロがニヤッとした。
「どういうことなんだ?」
「ここまで来たら話してもいいか」
黙っていた理由すら見当もつかなかった。
「お師さんが言ってたろう? 大陸の戦には陽動作戦というものがあるんだ。つまりだよ、都に黄金なんてないのさ」
驚く俺を見て、今度は大笑いした。
「これまでイズルギが聞いた会話を総合すると、そういう結論にしか至らないんだ。黄金が出たとなれば隠していても話は漏れる。ならば集まって来た人を欺くには、こちらから噂を流してしまえばいいってわけだ。都に黄金が出たとなれば、都の外には目が向かないものさ。浜辺で騎馬隊が立ち入り禁止区域を設けてしまえば、そこにあると思うのが人間だ。欲にかられているわけだから、役人が独占しようとしていると、勝手に思い込んじまうっていうのも計算済みだろう。父親のイサクさんについてだが、カバジさんが丸一日帰らない日もあると言っていたけど、あれは帰りたくても帰れない場所にいるってことじゃないのか? だとしたら少なくとも半日以上は歩かなければいけないところにいるんだよ。だから都の外れまで歩いてきたというわけさ」
しかし、それでも場所を特定するのは難しいはずだ。
「だとしても、それなら海岸線にいるとも限らないな」
ツバクロが首を振る。
「いや、漁民の舟が接収されたと聞いたんだったね。ということは、舟で探し回られたら都合が悪いということなんだ。おそらく海の方から陸地を見たら、作業をしている姿が丸見えになっちまうんだろうよ」
「そこまで分かっていたなら、どうしてもっと早くに教えてくれなかったんだ?」
ツバクロが鼻先をかく。
「もし教えてしまったら、イズルギが確かな目的を持った顔をして歩いてしまうだろう? それでは勘のいい人間は気づいてしまうんだ。『あっ、こいつは何か知ってるんじゃないか』ってね。これも陽動作戦の一つでさ、敵を欺くにはまず味方からという言葉があるんだそうだ。おそらく都の浜辺で穴を掘ってる騎馬兵にも本当のことは教えていないはずだ。顔を見ただろう? みんな本気で作業していたじゃないか」
さすがはツバクロだ。情報を商いにしていると豪語するだけあって、そういうことには敏感に反応できるようだ。彼の推察が正しいのはすぐに証明された。夜更けに歩いているところでイサクさんと遭遇できたからである。




