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第二十一話 イサクとナミル

 母親のナミルさんから名前を呼んでもらうだけで、姉弟は涙を流した。会話らしい会話をすることもなく、ただ抱き合うだけだった。俺がしてやれることは襖を閉めてやることくらいしかなかった。こういうのは見世物ではないからだ。


 それから母親を休ませるため、別間でカバジさんと話をした。カバジというのは姉弟の父親であるイサクの弟で二人の叔父に当たる男だ。大男なので力持ちだろうが、持久力はなさそうである。涼しい季節になったというのに全身から大汗を流していた。


 カバジの話をまとめるとこうである。やはり予想していた通り、黄金騒動で言伝を頼める行商人が他の地域に飛散してしまったのが連絡不通を招いたようだ。時間にして、ふた月前のことだ。


 そもそも黄金を発見したのは父親イサクであり、これにはイサクも心苦しい思いをしていたようだ。そこで騎馬兵に言伝を頼んでオオワシ村へと走らせたのが二十日前というから、ちょうど俺たちが村を出た後のことだ。どうやら途中ですれ違ったようである。


 騎馬兵が俺たちよりも早く往復して都へ帰還した後、今度は騎馬隊に俺たちの捜索を行わせたわけだ。黄金の発見者ということで、かなり丁重に扱われていることは、この屋敷暮らしを見れば説明を受けなくても分かった。


 すぐに発見できたのは姉弟がオオワシの羽根を身につけていたからである。俺の村にはそういう風習は残っていないので、古臭い伝統も悪くないと改めて思うことができた。といっても、どこかの村のように身体に直接朱を入れるのには抵抗があった。


「そもそも、なぜイサクさんが黄金を発見するに至ったんですか?」


 先ほどから会話は俺とカバジさんの二人だけだった。姉弟は父親のことで思い悩み、話は聞いているが積極的に話せる状態ではなかったからである。ツバクロは余所様の家では出しゃばらないように弁えることができる男だった。


「旅をしながら、おれたちは病気に効く薬も探していたんだ。果実がいいとか、草がいいとか、獣の肉がいいとか、色々教えてもらってな。それで兄貴が薬を求めて方々を探し回ったんだよ。そしたら薬じゃなくて黄金を発見しちまったってわけさ。それには発見者の兄貴が一番驚いているくらいだ」


「その、怪物とは一体なんなんでしょうか?」

 単純な疑問だ。


「弟のおれにも教えてくれねぇんだよ。土地のものだからといって、初めに役人の所へ持って行ったら、黙っている代わりに屋敷をもらえたってわけさ。いや、屋敷だけではなく、砂鉄がなくなるまで鉄製品をもらえる算段まで取り付けたんだ。そういう意味では兄貴の判断は正しかったんだろうけどな」


「いま、イサクさんはどちらへ?」

「役人と残りの黄金を探し回ってるよ。おれだって場所が分からねぇんだ」


 そこでアテルが激昂する。

「何をしているというの! お母さんは病気でつらいのよ? それなのに放ったらかして黄金探し? どうしてよ?」


 カバジが頭をかく。

「おれに言われてもな」

「叔父さんは何も言わなかったんでしょう?」

「おれが兄貴に意見できるわけがないだろう?」

「お母さんはどうでもいいって言うの?」

「いや」

 カバジさんはアテルが苦手のようだ。


 そこで俺が二人の間に割って入ることにした。

「カバジさんは母親の看病をしてくれているんだ。それに都まで運んでくれた人じゃないか。ナミルさんのことを考えていないわけないだろうに。責めては酷というものだ。話があるなら父親とすべきだろう。せっかく家族が揃ったんだから、みんなで話し合えばいいんだ。それが村のやり方っていうものじゃないか」


 その言葉でアテルは落ち着いたのだが、当の父親イサクは夕飯時になっても帰ってこなかった。カバジさんもいつ帰ってくるか分からないと言い、更にはここ数日帰ってきていないということで、先に夕飯を頂くこととなった。


 姉弟は母親と一緒に食べるということで、別間で箱膳を並べているのは俺とツバクロとカバジさんの三人だ。見たことがないくらい豪勢なお膳で、ツバクロの箸を持つ手が止まらなかった。


「うはっ、こいつはうめぇな。オレっちイズルギと友達でよかったよ」

「しかし、この黒い汁はなんだろうな?」


 これにカバジさんが答える。

「そいつは穀物を発酵させたものだそうだ。作り方までは教えてくれなかったよ。交易で手に入れようと思ったら値が張りそうだ。いや、おれたちはもうそんな心配いらないんだったな」


 シラス漁の最盛期ということで、そいつに発酵液を垂らして食べるのが絶品だった。他にも香りの強い茸や、身の締まった海老などもうまく、白米だけで三杯もお代わりを頂くほどだった。


 食事が終わるとカバジさんは酒を飲むために席を立った。酒を子どもの目に触れさせないのがオオワシ村の習わしのようである。村によって飲酒の決まりが異なるため、俺たちに勧めることはなかった。


「しかしオレっちは都に何年もいたけどよ、まさか土塀の向こうにこんな豪勢なお膳があるとは思ってもみなかったよ。今までは賊の侵入を防ぐために壁があると思っていたが、本当は贅沢な暮らしを見せないようにしていただけだったんだな。まったく、腹が立っちまうぜ」


「しかし今はその土塀の内側にいるのだぞ」

「へへっ、そう言われちゃ立つ瀬がないけどよ」


 否が応でも考えてしまう。

「いや、立つ瀬がないのは俺だって同じだ。こんな暮らしをしていたら、驕らないと言い切れるだけの自信は持てないな。慣れてしまったら村の暮らしが苦痛に感じることになるかもしれないよ。土塀の内側で子を持ち、その子がまた子を持ち、さらにその子が子を持ってしまうと、俺たちの孫である爺様は土塀の内側で生まれた人間ってことになっちまうんだ。そんな爺様は子どもや孫に何を教えることができるというのだ? 汲んでも汲んでもなくならぬ水瓶に、土を掃う必要のない茸を食べ、火を点けたければ従者に声を掛けるだけでいいんだ。空腹の痛みも知らず、肌が引き裂かれるほどの寒さも知らずに生涯を終えるのは、なんとも不幸せだと思わないか?」


「へへっ、おかしなことを言うな。暮らしが豊かなら幸せに決まってるじゃないか。みんなそれを願っているわけだろう? 孫は子よりも可愛いって言うし、不自由がないなら、教えることなんて何もないさ」


「教えられずに学べる人間なんているわけないだろう? 爺様ほど年の離れた他人のお師さんが、なんで俺たちのことを『愚かな息子たち』と呼ぶと思ってんだ? 俺たちが驕ると俺たちの子や孫まで駄目になると分かってるんだよ」


 そこでツバクロは腕を組む。

「うむっ。しかしな、誰もが豊かな暮らしを求めているわけだよ。それで現実として大昔より暮らしぶりはよくなったわけだろう? それを不幸せって言うのは、それこそ贅沢ってもんじゃないのか?」


 高貴なる木蝋の火が俺たちを照らしている。


「贅沢は悪くないんだ。悪いんじゃなくて怖いんだな。贅を贅と思えなくなる自分を想像しちまうんだ。贅のありがたみを知っていれば、いくらでも贅沢をしても構わんさ。でも俺には自信がないんだ。みんながみんな豊かな暮らしを覚えると、今度は貧しい者を笑いものにしてしまうんじゃないかと怖くなるんだよ。それくらい俺の心っていうのは頼りなく、驕りやすく、弱いものなんだ。だから俺はいつまでも貧しいままでいたいと願ってしまうんだ。怠け者で逃げているだけだと思われるかもしれないが、豊かな世の中というならば、貧しい生き方を選択できるくらいの懐の広さがあってもいいと思わないか? これからの千年が豊かさを求める時代なら、その次の千年は貧しさを内包できるほどの豊かさを求める時代であってほしいと思うんだよ。俺が求める真の豊かさとはそういうものなんだ。物質や技術を悪者にするより、ずっといいじゃないか」


 ツバクロが青々しく香りのよい畳の上に寝転がった。


「なんだよ、せっかく友達の友達が大金持ちになったっていうのに、何が貧しいままでいたいだ。格好つけやがって。イズルギはいっつも口ばっかりなんだ。オレっちのことなんかどうでもよくってよ。そんなんだからお花ちゃんに相手にされねぇんだ。お師さんのところにいても一人ぼっちだったじゃないか。誰が声を掛けたと思ってんだ。オレっちがいなけりゃ、ずっと一人だったんだぞ?」


「お前には感謝しているよ。俺の生涯唯一の友達だ」

「そんなこと、分かってら。オレっちだって金が目当てでついてきたわけじゃないんだ。おもしろいから一緒にいるんじゃないか」

「だったら明日、俺たちも黄金とやらを探しに行ってみるか?」


 ツバクロがガバッと起き上がる。


「興味がないんじゃなかったか?」

「金稼ぎが悪いなんて一言も言ってないぞ。稼ぎで私腹を肥やすのはごめんってことさ」

「やったぜ! そうこなくっちゃな。となると、怪物退治の親父さんに話をつけたいところだが、随分と帰りが遅くねぇか?」

「それも豊かさの代償ということさ」


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