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第二十話 大金持ちになった男

 都までの距離はおよそ十五里ほどだ。夜明け前に出発したので、急ぎ足なら日没前には到着できる計算である。ツバクロの足なら走れば余裕で往復できるのだから、俺たちの歩行速度にあくびが出るのも仕方がなかった。


 馬上に座るなりアテルが尋ねた。

「ツバクロちゃん、一つ気になったんだけど、あなたはどうして金貨を余るほど持っているの? 魚をご馳走になってから言うのも失礼だけど、とてもお金を持ってそうには見えなかったから」


 ツバクロが尖った鼻の下をさする。

「へへっ、オレっちの足を見込んで金を払う領主さまがいるんだよ。遠く離れた都の様子や町中の会話を記憶して喋るだけなんだ。嘘みたいな話だが、本当のことさ。でもオレっちが考えたことじゃないよ。これはお師さんのおかげなんだ。なんでも海の向こうの大陸の戦では、敵を知るための情報が大事だって考えがあるみたいでさ、言葉に長けた人間と、疲れ知らずの名馬が重宝されるって聞いたんだ。それで商いをしようと思いついたわけよ。見た目がみすぼらしいのはわざとでさ、オレっちみたいなひ弱な男は、金の匂いを消さないと毟られちまうんだ」


「ツバクロちゃんも色々と苦労してるのね」


 大陸の王国から学ぶことが大切だ、とお師さんは言っていた。というよりも、大陸で起こったことはすべて俺たちの小さな島の中でも起こると言っていた。それどころか、真似をしているのではないかと思うほど、そっくりそのままのことが起こってしまうという。


 師曰く、俺たちが生まれる前の大昔に政争からの戦乱で東北やら西南は統一されてはいるが、再び中央のゴタゴタで、政争に敗れて都落ちした一族がそろそろ地方で力を蓄えている頃だという。


 すでに独立国として整備されている向きもあるので、再び中央による進軍が起こるのではないかと予想していた。そこで再び統一されたとしても、豊かな時代が続くと各地の豪族も力を蓄えることができるので、今度は全国規模の戦国時代になると言っていた。


 元々数十の国、または民族が存在していたのだから、戦国時代と呼ばれる戦乱の世になっても不思議ではないのだ。自己同一性を守りたい地方民と覇権を手中に収めたい都落ちした貴族とは、ある意味で利害関係が合致してしまうというのが根拠に挙げられるわけだ。


 更に師曰く、武人が国を治める時代がすぐそこまで来ているという話だ。大陸の歴史がそうなのだから、絶対に避けられないことだとも言っていた。歴史はイタチごっこのように繰り返しながら進んで行くのが常なのだそうだ。


 もしも中央の進軍が俺たちの村にまで及んだとしたら、俺は一体どうすればよいのだろう? 俺はどうなっても構わないが、この清らかなる姉弟はなんとしてでも守ってやりたいものだ。そうだ、俺はすでにこの姉弟を好きになっていた。


 中央の進軍に立ち向かうとしたら、それ以外の理由は考えられなかった。自分が生きている間では起こってほしくないものだが、もしこの姉弟を殺そうとするならば、守るために戦うだろう。戦は大嫌いだが、戦う理由があるとしたら、それだけであるべきだ。


「あれが都ね!」


 考え事をしているうちに、どうやら都の手前まで来ていたようだ。


「うわ、すごい、お家がいっぱいね」


 アテルが驚くのも無理はなかった。都の中心地だけでも数万人は暮らしているという話だ。俺たちの村ではいっぺんに見る人の数はせいぜい千人程度なので、郊外を含めて数十万人いる都とは比べ物にならないのである。


 アテルが疑問を口にする。

「あそこには当然だけど人が暮らしているのよね? どうしたらあれだけの人が食べていけるというの? 畑はあるにはあるだろうけど、あれだけの人を食べさせられるだけの収穫があるとは思えないわ」


 ツバクロが答える。

「オレっちの説明が正しいとは限らないけど簡単に言わせてもらうと、ここら辺一帯は良質な砂鉄がいっぱい採れるということが肝なんだな。お前さんたちの村で使われている鉄製品だって、おそらくはここで作られたものなんだよ。都の人間は土地を持たないが、技術は持っているんだ。貨幣の流通だって他の地域と比べれば安定しているし、武器の製造が基幹産業になっているから、強力な兵隊を編成できるのも安心だ。オレっちみたいな非力な者にとってはありがたい話だな」


 ツバクロの喋りは止まらない。

「都が都たる所以は、土地や舟がなくても仕事を持てるっていうことなんだよ。真面目に働けば命だって守ってくれるわけだろう? そりゃ、いざとなったら戦わないといけないが、平時なら暴漢相手に気をつけるだけだ。しかし言っとくが、村の仕事に楽なものが一つもないように、都の仕事にも楽なものは一つもないんだ。しかし、もしも足が悪くなったとしても、何か出来る仕事があるんじゃないかと思えるのが都のいいところだな」


 人が集まるのには、それなりの理由があるということだろう。


 アテルが頷く。

「私の村とは単純に比べられないわけね。だったら、都の悪いところはないの?」


 ツバクロが即答する。

「そりゃたくさんあるさ。挙げればきりがないくらいにね。でも一番はやっぱり役人が腐れば町まで腐っちまうということだな。仕事をさせ過ぎると、誰だって参っちまうんだよ。それはでも地方の豪族や領主にも同じことがいえるかもしれないね。治水工事や開墾が上手くいけば当たりの役人だ。でもその当たりの役人が世継ぎを持つと、二代目か三代目でハズレを引いちまうことがあるんだな。そうなっちまったら大変だ。特に最近は武人が威張り腐ってやがる。徒党を組めることをいいことに、気に入らない町人を謀反者に仕立て上げ、なぶり殺しにしたなんて話も聞くからね。事情なんか知らない他の町人は見て見ぬ振りだ。何も世襲が悪いって話じゃないんだ。オレっちも順調に代替わりしてくれた方が仕事を請け負いやすいからね。でも一番の問題は世襲しかないことなんだな」


 アテルが苦悶の表情を浮かべる。

「そんなところに行って、お母さんたち大丈夫かな? ねぇ、ツバクロちゃん、お母さんたちがどうしてるか知らない?」


「無茶言うなよ。こっちは顔も名前も知らないんだ。それにどれだけの人がいると思ってるんだ? 地方の行商人だってわんさか押しかけてくるんだよ? その上、今は黄金騒ぎで顔見知りを捜すのだって苦労するんだ。見つけるのに三日は覚悟した方がいいかもな」


 俺は三日で見つかればいい方だと思っている。


 アテルも一応は納得してみせる。

「そうね、無理言ってごめんなさい。でも、ツバクロちゃんがいてくれて良かったわ」

「へへっ、都に入ったら馬よりも役に立ってみせるんだ」


 海岸線に人が群がっているのが見えた。おそらくはあの辺りに黄金を抱えた怪物とやらが出没するのだろう。クジラほどの大きさというが、それらしき姿はまだ見えなかった。姿を見ないことには、どれほどの脅威があるのか推察するのも難しい。


 早く好奇心を満たしたいという気持ちはあるが、まずは病気の母親を捜すのが先決だ。幸いにして都の海は青かった。見ているだけで心を落ち着かせるに充分な効果があった。海水浴ができるのは、ここら辺の海からだろう。


 都は三年振りだが、景観はそれほど変わっていなかった。成長を感じないことよりも、大規模な火事がなかったことに安心する気持ちの方が強い。建物同士が密接しているので、風向き次第では大事に至ってしまうのだ。


 街道にびっしりと建物が連なっているのは当たり前だが、都には他にも主要道路が迷路のように入り組んでおり、その道路の両端にもびっしりと建物が連なっていた。道が迷路になってしまうのは水源を元に家を建てているからだと教えられたことがある。


 町の雰囲気は騒々しいものと想像していたが、騒がしいのは海岸線の方だけのようだ。というのも、都の兵士と思われる騎馬隊が戦支度の格好で市中を見回っているので、平時よりも人通りが少なくなっているのだ。


「参ったな。これでは噂話を聞くのにも手間がかかる」

 俺の言葉にアテルが反応する。

「でも病人を連れた旅の人間なら人目につきやすいんじゃない?」

「その都が病人だらけだからな」


 その時、騎馬隊の一団が俺たちに向かってくるのが目に入った。


「ツバクロよ、お前なにかしでかしたんじゃないだろうな?」

「なんにもしてねぇが、役人の屋敷の土塀に立ちションベンぶっかけたことはある」

「お前な」


 やはり騎馬隊の一団は俺たちに用があるようだ。

「その方ら、もしや、オオワシ村の者ではないか?」


 俺が代表して答えるが、ここは正直に答えなければいけなかった。

「はい。確かにオオワシ村から来ました」


「そうか、こんなに早く見つかるとはな。しかし三人と聞いておったぞ?」

「これは私の友です」

「まあ、よい。ついて参れ。案内する」


 騎馬隊に連れられて行った先は、土塀に囲まれた屋敷の中だった。そこは役人が住むような家で、都に長く暮らすお師さんでも入ったことのない場所である。俺たち四人は怖くて口を開くこともできなかった。


「叔父さん!」

 屋敷の玄関で出迎えた男を見て、アテルが小躍りして叫んだ。


「おお、アテルよ、無事だったか」

 二人は手を取り合って再会を喜んだ。


「お母さんは? お母さんは無事なの?」

「ああ、無事だとも。奥の間で安静にしているよ」


 アテルが目に涙を浮かべる。


「それよりな、お前の父さんはすごいんだぞ。怪物退治の名人なんだ」


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