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第十九話 いざ、都へ

 日も暮れてきたということで、ツバクロにアテルは俺の嫁ではないと誤解を解きつつ、八又村を出て、ハヤタにも引き合わせることにした。この日は四人で一緒に晩飯を食って眠ることにしたのだ。


「はぁ、子どもにしては大きな身体をしているな。顔つきだって悪くないし、これだと都に行ったら女に惚れられて困っちまうだろうな」


 それがツバクロのハヤタに対する印象だった。それを聞いたハヤタは、いつものように黙ったまま顔を赤らめて俯くのだった。しかしアテルの方は、やはりいい気がしないようである。


「ツバクロさんね、あまり弟をからかわないでちょうだい」

「その、さん付けは止してくれないかな? オレっちはそんな上等なもんじゃないんだ」

「だったら言うけどツバクロちゃん、あなたさっきから喋りすぎよ。ぴーちくぱーちく、うるさいったらありゃしない」

「そっちこそ、おっかあみたいにうるさいじゃないか。だから嫁さんと間違われるんだよ」


 アテルが頬をふくらませる。

「あら、いつ私がうるさくした? 会ってすぐに、あなたが一方的に勘違いしたんじゃない。ほんと男って、おもしろけりゃなんだっていいんだから」


「へへっ」

 ツバクロが笑って誤魔化した。


 注意されても喋り続けるのがツバクロだ。

「それにしても、この大ウサギはどこで見つけてきたんだい? 色んな村を見てきたけど、こんなの話にも聞いたことがないや。それに人間にもよく懐いている。世の中にはまだまだ知らないことがいっぱいあるんだな」

「俺も初めて見たが、懐いているのはハヤタにだけだ。それまでは畑を荒らしていたらしいんだが、今となってはそれが本当だったかどうかも怪しいな」

「へへっ、困ったら獣のせいにしちまう連中も中にはいるからね」


 そこで晩飯の支度ができた。この日はツバクロが買ってくれたスズキを焼いて、草粥と一緒に食すところだ。森の中で星に見られながらの食事である。少し冷え込んできたが、風がなければ身体に堪えるほどではなかった。


 食事中もツバクロの喋りは止まらない。

「しかし立派な馬だな。オレっちが触ってもビクビクしないなんて、気立てがいいんだ。それに大男だろうと誰だろうと、おんぶまでしてくれるんだろう? 参ったな。そこまでされると敵わないや」

「それにお前と違っておとなしいぞ」

「よしてくれ、それは欠点だろう? なんだ、やっぱりオレっちの方が優秀じゃないか」


 燕のように口を尖らせた男が、なぜだか馬と張り合っていた。それがやけにおもしろくて仕方がなかった。飯を食っている間、馬について語ってやったが、比較した結論は五分五分ということで落ち着いた。


 ツバクロも一緒に都へ行くと言うので一緒に眠ることにしたが、馬を盗まれないように見張りを立てた方がいいということで、交代で眠ることとなった。普段は心配するほどではないが、今は相当治安が悪くなっているという話だ。


 初めに姉弟が眠り、ツバクロと俺が寝ずの番を引き受けた。俺にも眠るようにと気遣ってくれたが、旧友との再会に気持ちが高揚してか、眠りに就けそうにもないので焚き火を見ながら語り合うことにした。


「イズルギよ、お花ちゃんのことは尋ねないのかい?」


 お花とは、俺が都に行った時に一目惚れした女のことだ。


「聞きたくないなら話さないけど、気にならないわけでもないだろう? 文字だって一生懸命に覚えたじゃないか。お師さんに内緒で文を書いてただろう? オレっちには、あそこまで入れあげる気持ちはないからなぁ。簡単に忘れられる相手じゃないだろうに」


「それが自分でも信じられないくらい、きれいに冷めちまったんだ」


「それは他人の女房になったからかい? いや、でもそれは初めから知ってたことじゃないか。初めから知ってて好いたんだろう? だったら急に冷めるなんておかしいんだ。わけを聞かせてほしいもんだ」


 そこで暫し考える。


「俺も答えらしい答えが見つかったわけじゃないが、本当にきれいだったんだよな。この世で一番きれいな姿をしていると思ったんだ。見掛けた時には許婚がいるとは思わないさ。だから惚れることができたんだ。いや、許婚がいると知っていても、やはり惚れていたかもしれないな」


「そりゃそうさ、現に熱が上がる一方だったじゃないか」


 そこで暫し思い返す。


「それも許婚の相手が分かるまでさ。相手を知った途端、自分でも戸惑うくらい、どうでもよくなっちまったんだよ。嫉妬もなければ羨望もない。本当にどうでもよくなったんだ」


「相手は油屋の若旦那だろう? それがどうして恋を終わらせるんだ? ああ、そうか、敵わないとでも思ったか? 自分では豊かにさせてやれないと」


 そこで暫し己に問う。


「そうじゃないな。いま分かったぞ。俺は羨望しなかったが、失望しちまったんだ。お花ちゃんに対しても、都そのものに対してもな」


「どういうことだよ? 油屋の何がいけないんだ? 農家に嫁いで苦労するわけでもなく、武人に嫁いで政争に巻き込まれるわけでもない。都の油屋なんてちょうどいい嫁ぎ先じゃないか」


 そこで暫しお花ちゃんのことを思い出す。


「そうじゃないんだ。嫁ぎ先の問題じゃないんだよ。お花ちゃんは幼い頃から読み書きを習わされていたんだぞ? 勘定だって得意だったんだ。それに万人の目を惹き付けるだけの魅力がある。それなのに油屋の女房に納まっちまったんだ」


「分からないな。勘定が得意なら尚のこと油屋に向いてるじゃないか。読み書きができるなら帳簿だって扱える。ぴったりじゃないのか?」


 そこで暫し夢想する。


「それは悪くないさ。そういうのも立派な生き方だ。でもそれは数ある選択肢の中の一つであるべきではないのか? どうして決まってなくちゃいけないんだ。それならべつにお花ちゃんじゃなくてもいいじゃないか。お花ちゃんなら、望みさえあれば何にだってなれることができたんだ」


「無茶言うなよ。いつの時代だと思ってるんだ? 女王がいた大昔とは違うんだ。女帝がきれいさっぱりいなくなってから酷くなったというが、それでも戦があった頃よりましになったんだ。これ以上、何を望むよ?」


 そこで更に夢想する。


「だから失望したと言ってるだろう? それに望むなら俺じゃなく、お花ちゃん自身じゃなくちゃいけないんだ。俺がお花ちゃんを連れ去ってなんになる? そんなことをしても、何も変わらないんだ。あの時、最初に手を引っ張るのはお花ちゃんじゃなくちゃいけなかった。そうすれば変わっていたさ。それが今の世ではたいしたことのないように見えても、千年後には世の中を様変わりさせる一歩になっていたかもしれないんだ」


「それは求め過ぎというものだろう。いや、自惚れに近いものがあるな。お花ちゃんだって好意はあったかもしれないけど、それは単なる嫁ぐ前の気の迷いにすぎなかったかもしれないじゃないか。その証拠に、イズルギは見なかったから知らないだろうけど、婚礼の日のお花ちゃんは幸せそうだったよ」


 そこで再び己に問う。


「失望といってもな、一番に失望したのは自分自身に対してなんだよ。俺は偉そうなことばかり言って、結局は女に勇気を出させることができぬ存在なんだからな。これほど情けない話もないだろう? 自分に揺るぎない力があったら、お花ちゃんだって躊躇なく自分で決断できたかもしれないんだ」


「それは、そんなにも拘ることなのか? オレっちにはさっぱり理解できないんだけどな」


 そこで更に己に問う。


「ああ、拘らなければいけないことだな。女が自分で考えて、自分一人で決断して、数ある選択肢の中から俺を選ばないと、満たされないんだよ。それが俺にとっての相思相愛なんだ。手を引かれたままついて来てもらって、何が嬉しいんだ?」


「オレっちは女に縁がないけど、イズルギも死ぬまで嫁をもらえないかもな。しかしだな、それはいいとして、自分に失望するのは勝手だが、都にまで失望するのはどういうことだ? 逆恨みみたいなもんじゃないか」


 そこで暫し己を疑う。


「ああ、確かに都は悪くないよ。それは勝手に期待した俺が悪いんだ。でもな、お花ちゃんのような人が油屋の女房にしかなれないような都なら、それは俺にとっての都じゃないんだ。だったらそこに留まる必要もないだろう? だから早々に見切りをつけてやったのさ。ただ、都の連中には逃げたと思われるかもしれないな。それは構わないが、逃げ帰った里が楽な場所だなんて思われるのは心外なんだ。まったくそんなことはないんだからさ。村の人に迷惑を掛けたとすれば、それだけが心苦しいところだな」


 次第に夜も更けていったが、俺たちの会話は途切れることはなかった。都にいた時もそうだった。わずかな眠りすら惜しんで、あくびを噛み殺しながら毎日喋り続けたものだ。色んな経験をしてきたはずなのに、俺たちの関係は一切変わっていないことが分かった。


 翌朝、東の空があったまる前に都へと出発した。流星号に乗るのはツバクロだ。初めてのはずなのに手綱捌きが慣れていた。昨日は張り合っていたが、今日は褒めちぎっている。それに対して流星号もうれしそうな顔で見返すのだった。


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