第十六話 宿場町
熊から毛皮をきれいに刈り取り、頭から被って、熊の口から顔を出すのがオオワシ村の様式だ。アテルとハヤタの姉弟にとっては、村の様式に則って防寒しているにすぎなかった。
しかし都の人間は熊すら見たことがない人も大勢いるので、二人を見て腰を抜かしてもおかしくないわけである。そういった理由から指摘しただけなので、アテルの推察は間違っているわけだ。
「お前たちの格好を指摘したのに、どうして俺の話になるんだ?」
「だってそんなの気にすることではないじゃない。だとしたら、あなたの心の中に恥ずかしさがあるということでしょう?」
「それがどうして引け目になるんだ?」
「知らないわよ、私は平気なんだから。尋ねるなら自分の心に問うことね」
アテルの語気が強かった。
だから、こちらもつい声が荒げてしまう。
「お前は大勢に見られるという経験がないから、そんな強気なことが言ってられるんだ。知りもしないクセに『都に引け目を感じてる』とか言っちゃうんだもんな。そういうのは実際に都を見てから言えよ」
アテルがため息交じりにまくし立てる。
「あなたみたいな人は都を知ったら知ったで、今度は『海の向こうも知らないクセに』なんて言うんでしょう? 格好ばかり気にする人の特徴じゃない。本当に賢い人というのは、知らないことで人を責めたり貶したりしないものよ。だって世の中をすべて知るには時間が足りないですものね。正しいと思っていたことが間違っていたり、間違っていたと思うことが正しかったり、そういう経験を一度でもしたら、人は謙虚に生きられるものよ。村で学べない人は、どこに行ったって学べやしないわ。答えは心の中にあるというのに、問わずに逃げているんですもの」
アテルが言った答えが何かは分からないが、それとはべつに反省すべきことはあった。俺は心のどこかで都を知っていると、無意識に偉そうにしていたのかもしれないからだ。それで同郷であるはずの村人を見る目つきに、その嫌らしさが出ていたわけだ。
水面を覗けば自分の顔を確認できるが、他人を見る目つきだけはどうにも確認しようがない。どれだけ無表情を装っても、目つきだけは正直だ。自分のことを賢いと自惚れている人ほど醜い目つきをしている。それがアテルにとって、いまの俺の目つきなのだろう。
「姉さん、都が見えるよ!」
先行するハヤタが振り返った。
「あら、ほんとね」
アテルも都だと思ってやがる。
「おい、ハヤタ! あれは都じゃないぞ!」
見えてきたのは八又村と呼ばれる宿場町だ。北の玄関口とも呼ばれ、都の手前にあるこの村から文字通り四方八方へと人々が往来するのである。港町でもあり、湾内の漁場から魚が安定供給されるので、生活するにも適した環境だった。
ここより西に行けば東の関と呼ばれる検問所があると聞くが、俺たちが目指している都の遥か先なので、特に関銭を要求されるようなことはなかった。そのうち仕組みを真似るようなことになるかもしれないが、当分は先の話だろう。
「あそこは八又村といってな、俺たちのような遠方の村人が羽を休めるには最適な場所なんだ。みんながみんな渡り鳥みたいなもんだから、案外と都より住みよい場所かもしれん。そのうち中央が西から東へ遷ったりしてな」
それは冗談だが、物品の交易だけではなく、情報を得るにも都合のよい場所でもある。
「いろんな人がいるから、母親の病を治す方法だって知ることができるかもしれないぞ」
「本当に?」
アテルが期待した。
「いや、保証はないがな」
過度に期待させるのは良くなかった。
「うん、いいの。希望だけでも充分よ」
ということで八又村に入ったのだが、奇妙な目で見られることはあっても、笑顔で話し掛けてくる者は皆無だった。それどころか、こちらから話し掛けようとすると逃げられる始末である。そこで一旦、村から出ることにした。
「だから言っただろう? そんな格好で歩くから怖がらせてしまうんだ」
アテルが熊の毛皮を脱ぐ。
「違うわよ。きっとハヤタが連れている大ウサギが恐ろしいのね」
「そんなこと言いながら毛皮を脱いでるじゃねぇか」
「違うの。これは暑くなったから」
「ったく、素直じゃないな」
「そんなことより、どうするの? 泊まる場所も決めてないけど」
アテルが勝手に話を変えた。
「まぁ、どのみちウサギと一緒に寝かせてくれる人はいないだろうしな。寒くなってきたけど、森の中で休まないといけないだろう」
「村の人から話を聞くっていうのは?」
「ウサギを置いて行くわけにもいかないだろう?」
そこでハヤタが口を開く。
「二人で行ってきなよ。僕はこの子たちにエサを与えるから、ここで待ってる。少し休ませてあげたかったんだ」
「いいの?」
アテルの問いかけにコクリと頷いた。
「分かった。じゃあ行ってくるね」
姉弟で勝手に話を決めたが、俺には異論があった。
「いや、ちょっと待て。ハヤタを一人にするのは心配だな」
「あら、どうして? ハヤタは一人が慣れてるのよ」
「そうじゃないよ。こいつに俺の馬を預けるのが不安なんだ」
「どうしてよ。ハヤタが山賊に負けるっていうの?」
「だから違うんだって」
こうなると実際に芝居を入れて説明した方が分かりやすそうだ。
「いいか、ハヤタよ、今から俺が見知らぬ旅人に扮するから、お前もそのつもりで接してくれ」
「はい。分かりました」
これから小芝居をするが、これは祭事の出し物みたいなものだ。
「おお、これは素晴らしい名馬だ。旅の者、この馬を少しだけ触らせてくれぬか?」
「いいですよ」
「なんという毛並のよさ。乗れば雲に跨った心地になれそうだ」
「はい。その通りです」
「旅の者、お願いだ。いっぺんだけでいい、乗ってもよいか?」
「乗るだけなら構いません」
やはり不安は的中した。
「おい、ハヤタ、どうしてそこで許してしまうんだ。それでは馬に乗って逃げられてしまうじゃないか。いいか、山賊というのは力づくで奪う者たちだけではないんだぞ。時には親の名を騙り、子の名を騙ってまで、ありとあらゆるものを盗むんだ。お前のような図体をしている者が相手なら、わざわざ力づくで挑んでくる盗賊はいないよ。そういう場合は困った振りとか、俺がやったみたいにおだてて油断させるに決まっているんだ。近寄ってくる者の中には上等な着物を着ている奴だっているからな。それで見た目から人となりを判断するのも禁物だぞ。上等な着物を着ている奴の中には、盗んだ物や盗んだ金で着物を買った賊がたくさんいるんだ。とにかく、この流星号は俺の馬なんだから、俺以外には絶対に触らせるな。それを約束してくれない限りは、お前に馬を任せるわけにはいかない。頼むのに、こんな言い方しかできないのはすまないが、生きる上では大事なことなんだよ」
「すいません。今度はちゃんと守ります」
やけに素直だった。
おそらくウサギの世話をするようになって意識が変わったのだろう。命が奪われることというのは、取り返しがつかないということだ。それを想像できるようになったのだから、俺も金貨を出してウサギを買った甲斐があったというものだ。
弟への苦言にアテルは口を挟まなかった。アテルのことだから、他人を疑うことに嫌悪感を持ってもおかしくないはずだ。それが口を開かないのだから、彼女も彼女で未知への恐怖というものがあるのだろう。
俺だって他人を疑うのは、決して気持ちのいいことではなかった。それでも疑うように注意して生きるのは、他人からの信頼を得るのが難しいと実感しているからである。つまり、人を信じるのは信頼関係を結んでからでも遅くはないということだ。
この人ならば騙されてもいい、と思うのが信頼だ。そこまでの関係を築いてこそ、初めて人に対する疑いは霧消するのである。ということは、人を疑うということは信頼関係を築く上での重要な作業ともいえるわけで、むしろ大事なこととも思えるのだ。
親子だろうと、夫婦だろうと、姉弟だろうと、疑うことに罪悪感を持つ必要はない。それは信頼を築こうとしている能動的な感情なのだから、否定する必要はないのだ。疑いを持たれることに関しても、そういう認識があれば腹を立てることもなくなるだろう。
残念ながら今の俺には、騙されてもいいと思えるほど信頼できる人間は身近にいなかった。過去には一人だけいたような気もするが、それは信頼関係とはまた違うものだ。言うなれば、先生のような人だからだ。




