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第十五話 柿ノ森村

 渋柿をそのまま食べても美味くはないが、干し柿にすれば甘みが増して、甘柿よりも芳醇な味わいを感じることができる。寒冷地に住む者にとって最も人気のあるお土産として喜ばれるのが干し柿だ。


 柿の森村はその名の通り、渋柿の名産地である。古くは干し柿好きの領主が地主たちに甘さを競わせたことに始まり、今や都の役人への献上物として欠かせない特産品にまでなっていた。


 この地では献上品という認識があるため、柿泥棒は重罪とされており、本当かどうか分からないが、もし柿泥棒を見つけたら、その場で殺しても構わないとする決まりまで存在すると聞いたことがある。


「それは大袈裟ですよ。重罪は重罪ですけどね、おそらく旅の人の間で話が大きくなったんでしょう。でもおかげで助かってますよ、滅多に盗まれませんからね。猿にも言葉が通じるともっといいんですけど」


 こう話すのは柿畑のおばさんだ。年は俺の母親と変わらなかった。


「お代わりはいいの?」

「あっ、いただきます」


 俺たち三人は柿畑を一望する庭先で干し柿と柿の葉茶を頂いているところだ。親切はそれだけではなく、都まで行くことを話して、泊まるあてがないと言ったら、寝床まで提供してくれたのである。


「本当にいいんですか、泊めていただいて?」

 大事なことなので念を押した。


「いいんですよ。息子が都へ行ったっきり帰ってきませんからね。離れの家が空いているので使ってやってください」

「でもここから都までならそう遠くありませんし、いきなり帰って居場所がないと迷惑になりませんか?」

「帰ってやきませんよ。言伝すらよこさないんですから。ほんと、この忙しい収穫の時期にね、何してるんだろうね」


 柿畑のおばさんは、客人には親切だが息子には口が悪かった。苦労を誰よりも知る俺の母親とそっくりである。その親不孝者も自分と重なる部分があり、母親の気持ちを思わずにはいられなかった。


「いえね、長男の方は穀物と野菜の方で手いっぱいなんですよ。それで次男の方に柿畑を手伝ってもらってるんですけど、見て分かるでしょう? 収穫が遅れると実の重さで枝が折れちゃうんですよ。今もおとうさん一人で収穫してるけど、ほんと、何もこの時期に行かなくてもねぇ」


 愚痴を聞くのも一宿一飯のお返しになる。


「息子さんは何をしに都へ行かれたんですか?」

「旅の方のほうが詳しいんじゃないですか? なんでも都では黄金が湧いているっていうじゃないですか」

「黄金ですか?」


 それは初耳だ。


「ああ、北からじゃ方角が違いますね。それじゃ知らないかもしれない。いえ、わたしもふた月か、み月も前に噂を聞いただけなんですけど、とんでもない量の黄金が見つかったっていいますよ。それで息子も行っちゃったんですけどね」

「都に金山があるなんて話、聞いたことがありませんね。ああいうのは川で砂金が出るかどうかで分かるっていうじゃないですか?」

「さぁね、わたしも聞いただけですからね。その川で砂金が見つかったんですかね?」


 もしもその話が本当ならば、俺は都へ行くのが早すぎたわけだ。もしくは都を離れるのが早すぎた訳である。今から都へ行ったのでは遅いだろうし、どちらにせよ、完全に乗り遅れてしまったということだ。


 それでも興味はある。今からでも馬を買うくらいの金なら拾うことができるかもしれないからだ。旅立つ前は都の手前で引き返そうと思ったが、ここまできたら金を拾いに都まで姉弟を送るのも悪くない。


「あの――」

 ここは一刻も早く都へ、と思った矢先にハヤタが口を開いた。

「邪魔にならないように気をつけるので、柿の収穫を手伝わせてくれませんか?」


 柿畑のおばさんの顔がほころんだ。

「邪魔だなんてとんでもない。おとうさんが聞いたら喜ぶわね。でも長旅で疲れてるでしょう?」


「大丈夫です。私にも手伝わせてください」

 アテルまで弟に同調した。


「あら、うれしい。こんなうれしいことないわね」

「どうしたらいいですか?」

「おとうさんのところに行ってあげて」

「はい」


 こうして結局は翌日も含めて二日手伝い、二晩お世話になった。べつに手伝うのは構わないが、籠いっぱいの渋柿を背負っている時、こうしている間にも都では金が掘り尽くされているのかと思うと、やけに空しい気持ちになった。


 アテルとハヤタに不満がない訳ではないが、文句を言うのも筋違いなので、黙々と作業を続けるしかなかった。不貞腐れたかのように見えたかもしれないが、むしろ察してほしいくらいだったので、覇気のない返事くらいしかしてやれなかった。


 自分が浅ましい人間だということはよく分かっている。黄金の噂を聞いてから、頭の中が金のことでいっぱいだからだ。この姉弟がいなければ、柿畑のおばさんには適当な理由を考えて、泊まらずに都へ直行していたことだろう。


「なんだか、元気がないのね」

 都へ向かう道の途中、馬上のアテルが俺を気遣った。


「そんなことないさ」

「嘘ばっかり。一昨日から口数が減ったじゃない」


 どうやら気がついてくれていたようだ。


「分かるか?」

「分かるよ。もう、顔を見ただけでも分かるようになっちゃった」

「確かに、旅の二十日はそれまでの人生よりも長く感じることがあるもんな」

「うん。本当に何年分も生きた気がする」

「あとから考えても何十年分のことのように感じるんだぞ」


 アテルが笑う。

「すぐそうやって大袈裟に言うんだから」

「大袈裟かどうかは後で分かるさ」


「あとでか……」

 そう言うと、今度は悲しげな顔になった。


「どうした? 何かまずいことでも言ったか?」


 アテルが首を振る。

「違うよ。もうすぐお別れかと思うと寂しくて」


「ん?」


「出発するとき言ってたでしょう? 送るのは都の手前までだって」

「それで、なんで暗い顔をするんだよ。べつに今生の別れでもあるまいし」


 アテルが俺の言葉に目をパチクリさせる。

「え? だって、あなたが暗い顔をしてるから」


「俺が別れを惜しんでいると?」

「そうじゃないの?」


 どうやらアテルは勘違いしているようだ。

「違うよ。俺は都の黄金を逃したことを後悔しているんだ。いや、自分の選択を責めてるといってもいいな。とにかく機会を失った巡り合わせの悪さに腹を立てているんだ」


「はぁ?」

 アテルの顔がピキピキし出した。

「別れが惜しいんじゃないの?」


「惜しいも何も、都へは行こうと思っているからな」

「何よ、それ。深刻な顔をしているから悩んでいると思ったら、黄金ですって? くだらない。あぁ、心配して損しちゃった」

「べつに損はさせてないだろう」

 アテルが勝手に勘違いしただけだ。


 アテルがムキになる。

「損しました。無駄なことを考えさせたのよ? 時間を返してほしい」


 女が時間を返せと言ったら、そこで会話を終わらせるべきだ。不可能な要求をしているので、何を言っても期待に副うことはできないからである。そんな時は黙るか、話をガラッと変えるしかなかった。


「機嫌が悪いついでに言うけど、その格好で都へ行くつもりか?」

「何よ、そのついでって?」


 言いにくいことは怒っている時にまとめて言った方がいいのである。

「ああ、ごめん、気になったから」

「何がいけないの?」


 アテルは熊の毛皮を頭から被って馬に乗っていた。前方にいるハヤタも同じ格好で大ウサギの背中に乗っている。遠目から見ると、熊の姉弟が馬と大ウサギに跨っているようにしか見えないのである。これでは都が大騒ぎになるだろう。


「あなたは都に引け目を感じているのね」

 そういう問題ではなかった。


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