第十四話 金貨
場が膠着したのは一瞬だった。
「おめぇ、なにもんだ?」
村人の一人がハヤタを睨みつけた。
「槍を離せ、離さねば射るぞ」
ハヤタの目は本気だった。
それを感じてか、村人たちも下手な動きを見せない。
「誰だ、おめぇ」
この集団の代表格なのだろう、その男が積極的に口を開く。
「どこの倅か言ってみろ」
ここでハヤタが弓を引けば俺たち三人はお尋ね者になる。
それだけは避けねばならない。
「こいつは弟で、俺たちは旅の者です」
「だったら関係ねぇだろう。余所者は引っ込んでろ!」
村人の言う通りだ。
「おい、ハヤタ、弓を下ろせ」
そう命令しても、ハヤタは構えた弓を下ろさなかった。
どうやら村人が槍を離すまで下ろすつもりはないようだ。
「おいこら、いつまで狙ってやがるんだ」
まずい状況だ。
「ハヤタ」
姉に名を呼ばれた弟が顔を歪めた。
「なんでだよ。見てごらんよ。怯えているじゃないか。こんなに大勢いるのに、どうしてそんなことも分からないんだ? ただの一人も気づく人はいないというのか? そんなのあんまりじゃないか」
直後に代表格の男が口を開いた。
「余所者のガキが、生意気になに言ってんだ。こっちはおめぇみたいに、めでたしめでたしで終われねぇんだよ。どんだけ畑を食い荒らされたと思ってんだ。化け物が出たって田祖はなくならねぇんだからな。おめぇにオラたちの家族が養えるのか? 養えるもんなら弓を引けよ。この、野良仕事もしたことねぇガキが、余計な口を挟むんじゃねぇ」
ハヤタには返す言葉がないようだ。
アテルもそんな弟を見て苦しそうな顔をしている。
代表格の男は姉弟を見て、それ以上は話す必要はないと判断したようだ。
「おい、やれ」
代表格の男が槍を持った男に命令を下した。
「ちょっと待ってください」
「今度はてめぇか」
俺だって自分でも自分の行動が理解できないが、こうするしかなかった。
「ここに金貨があります」
と言いつつ、懐から巾着袋を取り出し、中身を地面にぶちまけた。
その瞬間、村人たちの目の色が変わった。
「この金で、俺にその化け物を売ってください。これなら文句ないでしょう? 化け物を殺したって荒らされた作物が戻ってくるわけじゃないんだ。だったら金貨を受け取るべきです。嫌なら嫌でいいですよ。俺だってすぐに気が変わりそうなんだ」
「分かった、分かったよ――」
代表格の男が迷わず話に乗る。
「ただ、一つだけ条件がある。化け物を二度とこの村に近づけないことだ。もし次に現れたら今度は容赦しねぇぞ。あとで返してくれったって手遅れだからな。こちとら肉が食えねぇわけでもないんだからよ」
「約束します」
「よし、取引成立だ」
と言って、金貨を拾い集めた。
「おい、引き上げるぞ。酒だ、酒。今日は米酒をたらふく飲めるぞ」
「そいつはいい」
「よし、今夜は飲むぞ」
「昨日も飲んだじゃねぇか」
などと大笑いしつつ、帰っていった。
「よかったの?」
アテルには、俺が後悔していることが分かったようだ。
「よくねぇよ」
「イズルギさん、ありがとうございます」
ハヤタが畏まって礼を言った。
「……違うんだよな。そういうんじゃないんだよな」
俺の言葉に姉弟が二人して笑いやがった。
「もう、好きに笑えよ」
しかし困ったものだ。改めて穴の中を覗くと、その大きさに驚かされた。体長は馬の半分くらいだが、体重は倍くらいありそうだ。見るからに真ん丸としており、これでは穴から引き上げることも容易ではないはずだ。
「買っちまったもんは仕方ないけど、どうすんだ、これ? ハヤタ、お前が責任とれよ」
「はい。僕に任せてください」
「任せるのはいいけど、考えはあるんだろうな?」
「はい。とりあえず僕が穴の中に下りて台になります。あとは背中を土台に上手く跳んでくれるといいんですが」
「そんな上手くいくかね? 台になったお前の方が潰れちまうんじゃないのか? いや、その前に咬みつきやしないだろうな?」
「そんな狂暴じゃありませんよ」
「でも穴から跳び出したら、どうするんだ? 逃げ出したら厄介だぞ。先に縄をもらってきた方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫です」
俺の大丈夫には反対するアテルも、弟の大丈夫には口を挟まなかった。
「気をつけるのよ」
姉の言葉に頷いて、ハヤタが落とし穴に下りた。
それから何やら化け物に話し掛けるのだった。
しかし小声で聞き取ることはできなかった。
それがいつまでも続くものだから、あくびまで出る始末だ。
「おい、ハヤタよ、いつまで中にいるつもりだ? 夜が明けちまうぞ」
それは言い過ぎだが、すでに日が沈んで辺りは真っ暗だった。
月明かりだけが光の便りである。
「はい。いま行きます」
そう言うと、今度は化け物に話し掛ける。
「いいね、ここから出ても、僕のそばを離れるんじゃないよ」
それを聞いた化け物も話が分かったような顔をしていた。
「僕がいつまでも守ってあげるからね」
言い終えると、穴の中で四つん這いの姿勢で台になった。その瞬間、化け物は飛び跳ねた。見事なまでの跳躍力で、巨体でありながら俺の頭上を軽々と越えていった。着地すると、おとなしくこちらを見ているのだった。
「なんてヤツだ」
思わず出た言葉がそれだった。
アテルも感嘆する。
「この子、ウサギなんだわ」
「そう、ウサギなんだ」
と、いつの間にかハヤタが穴から抜け出していた。
それからハヤタに懐くように大ウサギが足元に寄り添った。
アテルが微笑む。
「あら? 可愛いのね。この子、ちゃんと話が分かるじゃない」
そんなことはあり得ないが、わざわざ否定することでもなかった。
それよりも、のんびりしている場合じゃなかった。
「早めにずらかろう。あいつらに弓を向けたんだ。酔って気が変わって、仕返しにくるかもしれないからな」
という訳で、夜更けに休みもせず、大ウサギを連れて街道を歩くことになった。
夜の街道を歩くアテルが微笑む。
「どうしたの? さっきからため息ばっかり」
「言わなくても分かるだろう? 俺は金貨を失ったんだぞ」
「また手に入れればいいじゃない」
「簡単に言ってくれるよな。あんな蜜蝋、もう手に入らないよ」
「またキツネの親子を助けてあげればいいじゃないの」
「あんなどんくさいキツネなんて、もう出会えねぇだろう」
「干しイカをぶら下げてればいいんじゃない?」
「あの若い母親、いま頃どうしてるかな? 元気にしてるといいが」
「着物をあげたから寒さは凌げると思う」
「病気の母親の着物が大ウサギになったんだな」
何が何へと変わるのか、分からないのが世の中だ。
なぜかアテルが嬉しそうにしている。
「着物だって神さまから大地へ送られてきたものなんだから、何も変わっていないのよ。必要としているところに必要なものが渡ったんじゃないの? ほら、ハヤタだって珍しく笑うことができたし」
そう言われても、ため息しか出ない。
「金貨を失った俺は?」
「あなたにだって、そのうち良いことがあるわよ」
俺はこの先、何を手に入れられるというのだろうか?




