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第十三話 罠

 旅も八日目の朝を迎えた。昨夜は竹林で竹の子を焼いて食べてから、ぐっすりと眠ることができた。すでにオタケ村に入っているということは、都まで残り半分といったところだ。距離は折り返していないが、都まで街道を一本で行けるという利便さがあった。


 西の方角には山が連なり、平地は広大で田畑がどこまでも続いている。等間隔で川も流れていることから、生活に困ることがなさそうだ。広範囲に民家が分布されているので、狭い土地を巡る争いも少ないのではないだろうか。


 その証拠に点在する家屋が概ね古かった。古いからといって、ぼろぼろという感じでもなく、大きくて歴史ある建物を何代も受け継いで暮らしてきたかのような印象だ。大地主がいるということは、それはそれで問題も起こるだろうが、問題は人生につきものだ。


 今回は立ち寄らないが、オタケ村は港の方も活気があった。半農半漁が成功している地域で、北の都になり得る風土といえるだろう。それでも北方地域は冷夏による被害が甚大で、仮に都になるにしても先の話であり、都になったとしても継続させるのは難しそうだ。


「そう、都までお母様をねぇ。それは大変ねぇ」

 大地主の娘さんに声を掛けてもらい、大きな庭で長椅子に腰掛けながら、収穫したばかりの茹でた枝豆をいただいて、四人で世間話をしているところだ。どうやらハヤタは気に入られたようで、ずっと手を握られていた。


 当人は平然としているつもりだろうが、色気のある女に触られ赤面しているのが、傍から見れば丸わかりだった。緊張して息継ぎの仕方も不自然になっている。アテルが娘に腹を立てているのも内心おもしろかった。


「そういう訳で、先を急がなければいけないんです」

 気に入られたのはハヤタだが、この姉弟は人見知りなので、話すのは俺の役目だった。


 大地主の娘さんが残念がる。

「あら、そうなの? 泊まっていけばいいのに」

「気持ちはありがたいのですが、思った以上に母親の加減がよくないんです」

「泊まるあてでもあるの?」

「それはありませんが、なんとかなると思います」

「それは心配ね。ここらの人だって、わたしほど親切な人なんていないんだから。特に最近は気が立ってるし」

「最近って、何かあったんですか?」

「山に化け物が出るって、父が言ってたわね」

「化け物ですか?」


 娘さんが記憶を辿る。

「そう、熊みたいだけど熊よりすばしっこくて、狼みたいだけど狼より牙が鋭くて、トキよりも真っ白な身体をしてるって言ってた」

「そいつは化け物ですね」

「それが畑を片っ端から荒らすのよ」


 これは大問題だ。まだまだ野宿が可能な気候だが、山にそんな化け物が出ては安心して眠ることができないからである。日没まで歩いたとしても、出没する場所が分からなければ鉢合わせすることだってあるはずだ。


「だから、ねぇ、泊まっていったら?」

 娘さんがハヤタを誘った。


「いいえ、これで失礼します。いくよ、ハヤタ」

 アテルが堪え切れなくなったのか、立ち上がって別れを促した。


「あら、残念ね」

 そう言って、娘さんが微笑んだ。


「ありがとうございました」

 ハヤタがお礼を言った。


「そこらじゅうに罠を仕掛けてあるから、あなたたちも落ちないように気をつけるのよ」


 別れる際に娘さんはヨモギの餅を持たせてくれた。これまたあまり口にすることができない代物だ。旅というのは人との出会いだけではなく、珍しい食べ物にありつくことができるからやめられなかった。


「あの女の人ったら何よ。地主の娘か知らないけど頭にくるな」

 アテルが馬上でいらいらしていた。


「いい娘さんだったじゃないか。あのひと自分で言ってたけど、本当に珍しいくらい親切な人だぞ」

「ハヤタの手をずっと握ってるのよ。恥ずかしくないのかしら?」

「村の女にも見習ってほしいくらいだ」

「やめてよ、ハヤタはまだ子どもなのよ」

「そう思ってるのは身内だけじゃないのか?」

「身体は大きいけど、子どもは子どもでしょう?」

「こういうのは本人に聞くのが一番だ。なぁ、ハヤタよ、もう自分では大人だと思ってるんだろう?」

 振り返って尋ねるも、答えてくれなかった。


「まだまだ子どもでしょ?」

 姉に有無を言わさぬ調子で訊かれたが、やはり答えなかった。


「もう、はっきりしないんだから」

「まだ分からねぇか」


「僕は――」

 ハヤタが珍しく自分の考えを口にしようとしている。

「大人には大人として、子どもには子どもとして、動物には動物として接していたいんです。それだけではなく、植物を思う時には植物になったつもりで、虫を思う時には虫になったつもりで生きたいんだ。雲になることもあれば、流れる川になることもあります。そうすることで、悲しいとか、つらいとか、考えなくなりますからね」


 よく分からない話だ。


「ハヤタよ、それでは人生がちっとも楽しくないだろうよ」

「そんなことはありません」

「それじゃあ、何が楽しいよ?」

「それも同じで、人が心から楽しめば、僕も楽しくなります」

「それだと、人がいないと楽しめなくなるじゃねぇか」

「そういうことになりますね」


 否定するような話ではない。


「お前がそれでいいならそれでいいや。『酒さえあれば何もいらない』って言ってる村の爺さん連中に聞かせてやりたいね。いや、ちょっと待て。ということは、お前もそのうち爺さん連中のようになるかもしれねぇな」


 ハヤタが空を見上げる。

「かもしれませんね」


「ハヤタ、お酒はまだ駄目よ!」

 そこで話の前後関係なく姉が注意して、ハヤタとの会話は打ち切られた。


 それから夕暮れ時まで歩いていると、田んぼの隅に人だかりができていた。


「何かな?」

 アテルが流星号を速歩にさせた。


 俺とハヤタも駆け足で追い掛ける。


 ざっと見たところ十人以上。


 口々に驚嘆の声が上がっている。

「こいつぁ、すげぇ」

「こんなの見たことねぇな」

「化け物だよ、化け物」

「熊か?」

「白い熊なんていないだろう」

「こりゃ間違いねぇ、鼠だ」

「こんな図体してか?」

「おらたちの畑を荒らして肥えたんだろ」

「ハハッ、違いねぇ」

「まったく、どんだけ食ったんだか」

「こりゃ、焼くだけじゃ気が収まらねぇな」

「生きたまま釜茹でにしてやれ」

「こんなのぶち込める釜がねぇって」

「まったく困ったもんだ」


 おそらく地主の娘さんが言っていた化け物が落とし穴に掛かったのだろう。

 俺もやっと穴の中を覗くことができた。

 そこには、まさに熊のような白い鼠が蹲っていた。


「逃げるといけねぇ、さっさと槍でぶっ刺しちまおうぜ」

「そうだそうだ。早いとこやっちまえ」

「この、畑泥棒が!」

「みんなで順番に刺せばいい」

「よし、まずはオラから」


 村人の一人が槍を構えた瞬間だった。


「やめろ! 動くな。動けば、射る!」


 見るとハヤタが村人に向かって弓を構えていた。


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