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第十二話 領主と蜜蝋

 アテルが納得いかない顔をしているが、こればっかりは俺たちとは決まり事が違うからとしか言いようがなかった。都まで地均しされた道を快適に歩いて行けるだけでもありがたいと思わなくてはいけないのである。


 これもイタチごっこの論理だが、山賊を取り締まるためには、強力な決まりを作るしかなかったのだろう。その上で地域間抗争などもあり、所有権を生活の基盤に据えることこそ、生命を守るためには最善と選択されてきたわけだ。


 村を訪れる行商人は、俺たちの村を先進的ではないと笑うが、俺たちにしてみたら、村が先進的であることと心が豊かであることとは別だと知っているので、容易に聞き流すことができた。比べれば後進的かもしれないが、そもそも比べたりしないのである。


 それでも過去がそうであるように、俺たちが生きている間、または子孫が生きる遠い未来に、部族間抗争に巻き込まれることがあるかもしれないわけで、もしそうなったら、先進的な法律を受け入れなければいけないということにもなるだろう。


 その時は、どれだけ先進的であろうとも心を豊かにしてくれる保証はない、と子どもたちに伝えておく必要がある。もし伝えなければ、自分の子どもが先進的な村に生まれたというだけの、愚かな息子となってしまうからだ。それだけは気をつけたいところである。


「向こうから誰かくる」

 アテルが見つめる先に目をやると、馬に乗った三人の男がこちらに向かってくるのが見えた。槍を持った従者を脇に従えているということは、真ん中の位の高そうな男が、この地域の領主なのだろう。


「馬を端に寄せろ。道を開けるんだ」

 念のため姉弟に命じることにした。


 アテルは、意味が分からないという顔をする。

「あらどうして? わざわざ避けなくても、こんなに道は広いのに」

「ハヤタが弓矢を担いだ上に帯刀までしているからな、念のためにだよ」

「それくらいなんだって言うのよ」

「それくらいで因縁をつけてくるのがいるんだよ。いいか、余計なことを話すんじゃないぞ。俺の言うことに合わせておけばいいんだ」


 俺だってそこまで気にすることはないと思っているが、用心するに越したことはないので忠告したまでだ。子ども連れの若い俺が馬を持っていれば、どこかで盗んだと誤解されてもおかしくない。旅をするということは、人からどう見えるかが大事なのである。


「その方ら、見ない顔だな」

 やはり黙って通り過ぎてはくれなかった。

「はい。これより北にあるオオクマ村から来たイズルギと申します。他の者は私の弟らでございます」

「どこへ向かう?」

「はい。都へ向かっております」

「ほう。目的は?」

「はい。都へ行って、商いをしようと思っております」

「その歳で行商か」

 そこで領主が眉をひそめる。

「子連れとは珍しいな」

「はい。腹を空かせた子どもがいると、不思議と交易が上手くいくからでございます」

 そこで領主が大笑いした。

「おもしろい男よのう。気に入ったぞ。通ってよろしい」

「ありがとうございます。領主さま」


 こちらが去る前に、領主ら三人がこの場から離れていった。


「ふう」

 深呼吸した。滅多に経験することではないが、そのたびに息が詰まってしまう。


「なにが『通ってよろしい』よ。言われなくたって通るわよ」

 アテルが愚痴る。

「偉そうにしちゃってさ」


「いやいや、あの人は領主の中でも話が分かる方の部類だぞ?」

「それはあなたが気に入られたから、そう思うだけでしょう?」

「まぁ、そうだけど」

「男の好き嫌いって、本当にあてにならないわね」

「ハハッ」

 笑って誤魔化すしかなかった。


 ハヤタが声をひそめる。

「戻ってくるよ」

 まさかアテルとの会話が聞こえたのだろうか?


「旅の者、待たれ」

「はい。なんでございましょう?」

「その方が担いでいる包みの中の丸い玉、それはなんだ?」

 問われたところで、俺も分かっていなかった。

「これでございますか?」

 包みを解いて、相手の出方を待つ。


 太陽の玉を見た瞬間、領主の顔が変わった。

「ほう、これは珍しい」

 どうやら値打ちがありそうだ。


 領主が尋ねる。

「どこでこれを?」

「はい。これは言葉が半分しか分からぬ渡来人から入手しました。都へ行けば馬二頭と交換できると言うので、村長が舟と交換したのです」

「うむ」

 と唸り、領主は従者とひそひそ話を始めた。


「馬二頭とは吹っかけたもんだ。しかしこれほど見事な蜜蝋も珍しい。どうじゃ、イズルギよ、このわしにその玉を譲ってはくれんか? 都へ行っても馬二頭にはならんが、いま譲るなら一頭分の金貨を出すぞ」


 信じられない話だ。森で拾っただけの玉が金貨へ変わろうとしている。思わずニヤけそうになったが、ここは堪えて顔に出さないようにしなければならなかった。でまかせであることがバレたら、取り上げられてもおかしくない状況だからである。


「領主さま。最近、村で飼う鶏が卵を産まなくて困っているのです。どうしたらもう一度、卵を産んでくれるでしょうか? 領主さまほどのお方なら、その方法をご存じじゃありませんか?」


 領主が大笑いした。

「よかろう、よかろう。お主は本当におもしろい男だ。金貨の他に小銭をつけようじゃないか。それで不満はないな?」


「はい。ありがとうございます」

 してやったりだ。


 従者から金貨と小銭が詰まった巾着袋を受け取った時、重くて落としそうになった。


「うむ、気をつけて帰るがよい」

 そう言うと、領主は晴れやかな顔をして去っていった。


 領主の姿が見えなくなった。

「おい、見ろよ、この金貨」

 笑いが止まらなかった。

「俺も初めて見たよ」

 飛んで跳ねたい気分だった。

 いや、実際に身体が軽い。

「どうだ? お前たちも持ってみろ」


 差し出すも、アテルとハヤタは興味を示さなかった。


「交易で金貨を得るなんて、村の大人にだって出来ないぞ」

「出来ないんじゃなくて、しないだけでしょ」

 アテルが冷たく言い放った。


 腹の立つ言い方だ。

「いやいや、金貨だぞ、金貨」


「そんなの、村に持ち帰ったって役に立たないじゃない」

 そう言うと、アテルは馬上で俯いてしまった。

「七日前にはお母さんのことを心配してくれていたのに、それがお金を見た途端に浮かれてさ、楽しそうに笑うんだもんね」

 それから道の真ん中に進路を取り、俺に背を見せるように前を歩いた。


「お前の母親のことは忘れていないさ」

「もういいよ」

 これ以上、話したくないということだろう。


「悪かったよ」

 と言っても、もうアテルの耳には届いていない感じがした。


 顔を見なくても、背中で泣いているのが分かった。大昔から女を泣かせる男は非道とされているが、大昔から女を泣かせる男が後を絶たないというのも、また変わっていないのも事実だ。


 口では否定したものの、俺だって病気の母親のことを失念してしまった瞬間があったのは申し訳ないと思っている。でもそれほど責められることなのだろうか? お金を手にして喜ぶことがいけないのか?


 俺だって旅に出る前まではこの姉弟と同じことを思っていた。金貨そのものには価値がなく、村では食糧や生活道具の方がありがたいもの、という意識だ。むしろ金貨のまま持っておけば、災いをもたらすこともあるので怖く感じていたくらいである。


 しかし旅に出て帰ってきた、今は違う。お金には人を助ける力や、自分を救い出す力が秘められていると分かったのだ。何と交換するかが知恵の見せどころでもあり、扱うのが楽しくて仕方がないのである。まさに鉱物だけあって、自分を量る試金石と言えるわけだ。


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