22
朝日を浴びた小村の意識が覚醒する。
いつぶりになるか分からない、快眠だった。
西川の言った通りになったのか、それとも単に悪夢は二度寝には効かないだけなのかは分からない。
永らく二度寝とは無縁だった。
目の前では西川が相変わらず眠っていた。
そこには確かに現実のものとして、西川紗紀という少女がいた。
寝る前には袖を掴んでいた西川だが、今は小村に抱きつく形になっている。
というより、お互いに抱きつく格好になっている。
冷静に分析してみると、小村の腕が内側にあり、その上から西川が覆いかぶさる形になっている。
どうやら先に抱きついたのは小村の方らしい。
妙な気恥ずかしさを覚え、視線を外に向ける。
ふと窓を見ると朝日が強いことに気付いた。
日頃起きる、日出の頃より明らかに遅い時間だと分かった。
嫌な予感を覚え、時計を見る。
既に普段は家を出ている時間だ。
遅刻の二文字が脳裏を駆け巡る。
急いで起き出そうとした体が何かに引っかかる。
というより、抜けない。
どうにも西川のホールディングが異様に強い。
「に、西川さん・・・・・・?」
当の西川は。
幸福そうな表情を浮かべたまま、意識は遥か彼方にある。
ある意味悪夢よりもタチの悪い現実が今目の前で展開されている。
よもや連絡もなしに予定以上学校を欠席する訳には行かない。
怪しまれずにやってなんぼの稼業なのだ。
焦りが心を支配する。
「西川さん・・・・・・?」
自分ごと体を揺するが反応はない。
意識はない筈なのに、なぜか顔は幸福そうなままだ。
「西川さん・・・・・・おい、西川・・・・・・!」
語気を荒くするが、起きる気配はない。
「起きろ、おい、この・・・・・・っ!?」
しかし、小村の意図とは裏腹に、どういったメカニズムなのか、西川は幸福そうな寝顔を貼り付けている。
むしろ、ホールディングが更に強くなった気がした。
いくらなんでも仲良く2人共倒れだけは勘弁してもらいたい。
意を決して呼ぶ。
「起きてっ・・・・・・さ、紗紀っ・・・・・・!」
いつの間にか荒くなっていた息を整えながら、待ってみる。
一呼吸、二呼吸・・・・・・。
そしてもういっそ、それこそ、関節を外して抜け出してやろうかと息を吸い込みかけたその時、願いが届いたのか西川がゆっくりとまぶたを開く。
「・・・・・・んあ・・・・・・おはよう小村さん・・・・・・あ、絵里・・・・・・」
にこりとした、寝顔に比べて幸福度三割増しの起き抜け顔で名前を呼ばれる。
力が緩んだ隙にするりと腕を抜いた。
何をこんなに嬉しそうにしてるのかは分からないが、今は正直それどころではない。
気付かれないように一呼吸。
「頭は痛くないかしら?」
普段の小村絵里として、焦りはおくびにも出さずに会話を始める。
「ウイスキーって結構美味しいのね」
けろりとしている。
「ところで。私、朝は早い方なのだけれど、今朝は珍しいことが起きたのよ」
本題を切り出すが、西川は今一つ要領を得ていない。
「・・・・・・時計を見てくれるとありがたいのだけれど」
ん、と目を細めて西川が枕元の時計を見る。
「・・・・・・もしかして故障してる?」
「残念だけどそれ電波時計なの」
現実から目を逸らそうとする西川に小村は現実を突きつける。
それから。
いっそもう1日、時差ボケを理由に休んだらいいのではないかと進言する西川と、変に目立つ行動をこれ以上重ねられないから意地でも登校すると言う小村とで朝から狭いベッドで2人揃って、一悶着をし。
そして、いざ登校する段になり、朝食と弁当の用意をするだのしないだので更にてんやわんやすることになるのだが、何故か小村はこのどたばたした朝に妙な幸福感を感じていた。
起きた時に自分から西川に抱き付く格好になっていたことは黙っておこう、と考えながら。




