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ぎいと「彼女」がロッカーの戸を開くと、中で「彼女」の級友、西川紗紀が耳を塞ぐように頭を抱え、うずくまっていた。それは小刻みに震えているようでもあった。

「優等生の貴女がこんなところで道草食ってちゃダメじゃない」と、くすりと笑いながら「彼女」は言う。

この教室に入って来てから「彼女」が初めて見せる表情だった。

返り血を浴びてはいるものの、「彼女」の着ている学校指定の冬制服は濃紺色であまり血が目立たない。

しかしそれでも凝視すれば分かってしまう、濃厚な死の匂いを漂わせる斑点と、魂の抜け殻となった、椅子に固定された男との間で視線を往復させながら、震える口元から西川がかろうじて紡ぎ出した言葉は、「小村さん」という、「彼女」の名前だけだった。


名前を呼ばれた「彼女」ーーー小村絵里は表情を変えずに、しかし思案する。

どう考えても西川紗紀は男の協力者ではない。

小村は協力者の有無の確認のため、男が教室に運び込まれた際にわざと、教室内が男だけになる時間を作った。

結果、男を運び込んだ作業員が教室から退去した直後、周囲を見回しながら204教室に向かう西川を発見し、後を追ったという寸法である。

後で作業員には再教育が必要だなと小村は考えるが、その時点では彼女が協力者であるか判断が付かなかったので、彼女が教室に入ったきっかり10秒後、小村はかつかつとわざとローファーの足音を立てながら教室に向かい、敢えて通路から見た奥側、男が固定されている位置から離れた方のドアから教室へ進入した。

自分の動きをアピールするような動きだが、この程度で不覚を取る小村ではない。

教室に入ると同時にさっと視線を走らせ、たなびき具合からカーテンの裏に潜んでいないことと、窓から逃亡した形跡がないこと、こちらの命を狙おうとしていないことを認めると、そのまま掃除用具ロッカーに注意を払いつつ、「作業」を始めた。

西川の存在に小村は最初から気が付いていたし、西川が協力者ではないことも教室に入った瞬間に気付いていたが「目撃者」を外へ逃すことは、協力者を迎え入れるよりも避けたいことだった。

今までにも協力者が途中で尋問相手を奪還しに来たことはあったが、全て返り討ちにしてきた。

たまたま目撃者が現れた時に、記憶を消し去り返したこともある。人間は、こめかみの下3センチの位置を正確に一定の力で一撃するときっかり直前5分間の記憶を失う。

今回、小村が西川に対しそうしなかったのは、5分で足りるか確信がなかったからだ。

もちろん、作業員には搬入から設置まで3分以内に終わらせるように指示してある。しかし、たまたま忘れ物を取りにでも来たであろう西川に一体いつから目撃されていたのか確信が持てなかったし、何より形はどうあれ目撃者を作るというミスを犯している時点で3分間の精度も怪しいと、小村は判断した。

現在小村の通う高校は改築工事中で建築作業員が多く出入りしている。そういった現場作業員に扮して紛れ込むよう指示したにもかかわらず、一女子高生の西川に怪しまれたのだ。対策は後で練るとして、一先ず男への尋問を先に終わらせることとしたのだった。


「何・・・・・・で・・・・・・?」

震える西川の口が再度言葉を紡ぐ。

何で。必要だったから。そう答えたかった欲求を打ち消し、小村は口元に微笑を浮かべたまま表情を変えない。

この「何で」が理由の説明を求めるものでないことを理解しているからだ。

「嘘よ・・・・・・ね・・・・・・?」

さらに西川がゆっくりと続ける。

ああ、嘘だよ。全部君を驚かせようと思ってやったんだ、と言い切ってしまおうかと小村は一瞬考える。

確かにPSSの亜音速弾による銃声は小さな拍手にも似た、生命を奪った音としてはこの上なく間の抜けた音であるが、しかし硝煙の匂いに混じった死の匂いは強力で、その薄っぺらい言葉では到底、この現実に充満した匂いを覆い隠すには不十分であることは誰あろう小村が一番よく理解している。


西川の視線は、右レンズに鮮血の飛んだ小村の眼鏡と小村の鞄、返り血を浴びた小村の冬制服と固定された男の間を彷徨っている。

小村はここでいっそ西川を解放してみようかと考え、すぐにその危険な案を捨てる。

「「好奇心は猫をも殺す」って聞いたことは?」

言ってからしまったと小村は思う。

西川が、ひっと短い悲鳴をあげた。全身を震わせながら、しかし今度は小村の顔を正面から、涙の溜まった両目で直視していた。

狭いロッカーの中で、既に西川の背中は壁にくっついているが、更に後ずさろうとする。

その西川の視線が横に一瞬だが逸れた。

まずい、と小村が思ったのと、ロッカーから室内箒が倒れてくるのは同時だった。

箒に注意が行っている間に逃げ出そうというのが西川の算段だったのだろう。腰が抜けて這いつくばるような体勢で逃げざるを得なかったという状況ともう一つ、小村がこういった事態に慣れているという2つの誤算を除けば、あるいは上手くいったかもしれない。

顔面めがけ倒れてきた2本の箒の内、1本を外へ払い2本目を掴むと、小村は箒の柄尻を逆に握り換え、西川の太ももに箒を引っ掛けてうつ伏せに転倒させた。

そして西川に飛びつくと銃把で殴りつけた。


西川の記憶は、直後に教室のドアが開けられ、中に入ってきた人物と小村が

「また特別料金?」

「いや、今度は正規分だけ」

とやり取りをしているのを最後に闇に落ちていった。

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