第一章・その2
予想以上に長くなりそう……
朔也と並んで通学路を行けば、睦月にとっては見慣れた校門が見えてくる。入学式はまだなので、門の向こうにいるのは僕達と同じ新二年生か、三年の先輩だけだ。
校舎へ続くアプローチを歩きながら周囲を見回す僕が初々しいと思ったのか、あれは卒業生が植えたセコイヤの木だの向こうにあるのは誰それの像だの、知っていることを得意気に教えてくれるのが可笑しくてつい笑ってしまった。
「こっちだ」
昇降口を……まだ自分の下駄箱がないので、脱いだ新品のローファーを持参した袋に入れて上履きに履き替えてから抜けると、先を歩く朔也は廊下を右に進んでいく。
三階建ての校舎は昇降口を境界として東棟と西棟に分かれていて、一階には保健室や校長室、生徒会室がある。二階の東棟に一・二年、三階に三年の教室があり、西棟には音楽などの特別教室や文化部の部室が並んでいる。
では職員室はというと、昇降口の真上……二階の東西を結ぶ通路の中心にあるため、左右どちらに進んでも階段から上がることができる。右に進んだのは、一年生の教室が東棟にあったからだろう。
日直になれば次の授業を受け持つ教師から教材やテスト用紙を受け取りに行ったり、部活に入る時は入部届を顧問に直接提出したりと、職員室に足を運ぶ機会は多い。
「失礼しまーす!」
「失礼します」
一礼して向かった先は英語教師の不知夜先生のデスク。不知夜 皐先生は前年度の睦月と朔也のクラス担任だ。満のような転校生の対応もしているらしく、自宅で読んだプリントにも担当者として名前が書かれていた。
「おはよーっす、さっちゃん先生」
「さっちゃんは止めなさいって、先生あれほど言わなかったっけ?」
彼女は朔也だけでなく、クラスの大半から”さっちゃん先生”の愛称で呼ばれている。止めなさいと言うまでが定番のやりとりで、最初に言い出したのは他でもない本人だ。初顔合わせの時キャラを作りすぎて、今ではすっかり定着してしまっている。
まぁ、不知夜なんていう中二病患者が考えたような苗字で呼ばれるのが気恥ずかしい気持ちも分かる。分かるので、あえて苗字を呼んで弄る生徒もいる。僕がその一人だ。
「そっちの貴女は……ああ、件の転校生ね!」
「如月です。よろしくお願いします、不知夜先生」
「さっちゃん先生でいいぜ如月。持ちネタだから」
「さっちゃんは止めなさいってば! あと、できれば皐先生って呼んでほしいな」
……良かった。朔也のおかげで、また名乗る前から呼んだのはバレなかったらしい。プリントを見たと言えば説明はつくけど、ボロを出すのは少ない方がいい。
「なんにせよ、これから二年間よろしくね」
はいと頷くと、この後は軽く説明があるので始業式には出なくてもいいと言われた。朔也も便乗しようとしてつまみ出される。
それから、この学校の教育方針やカリキュラムといった基本的な話。実は転入という形で舞い戻るにあたって、懸念していることが一つあった。
「既に聞いてるとは思うけど、うちは三年間を通して”クラス替え”をしないわ」
「はい。知ってます」
そう、この学校では一年生の時に決まったクラスのメンバーは基本的に不変なのだ。今回のような特例がなければ、三年間まったく同じ面々と学業を共にすることになる。
「卯月くんと一緒に来たけど、仲いいの?」
「いえ、登校中にたまたま知り合って……」
まさか親友だとは言えない。しかし先生は何か勘違いをしたらしく、ははぁんと顔をにやけさせて続けた。
「なら、吉報ね。あなたのクラスはC組、私の受け持ちで卯月くんと同じクラスよ」
「……! 本当ですか!」
「ふふっ、嬉しそうね」
これに関しては本当に嬉しかった。朔也と同じクラスということは睦月がいたクラスということだ。一年を共にした、気心の知れた仲間が待っていることになる。
以前の通りとはいかないのは承知の上でも、三年間ずっと一緒だと思っていた朔也やクラスメイト達と離れてしまうのは心細かった。そんな心配は杞憂に終わったらしい。
「その調子なら、あっという間に馴染めそうね」
「はいっ!」
元気よく頷く僕を見て、先生は人の良い笑みを浮かべたのだった。