第一章・その1
(5/23 加筆修正)
朝から衝撃的なもの――自分のモノに対して失礼だけど――を見てしまった精神的ショックからどうにか立ち直った僕はパジャマを着直し、頭を落ち着ける意味も兼ねて基本的な情報から整理することにした。
まずは自分の身体を見直してみる。服や下着こそ女物だけど、男のアレが生えていて女のアレは無い……つまり、こんな可愛い顔をして性別は転生前と同じ男ということ。胸が平坦なのも納得というか、豊かだったら別の意味で問題だろう。
そして通学鞄などを物色した結果、今の僕は如月 満という名前で睦月が通っていた高校の二年生だということも判明した。鏡を探していた時カレンダーで確認した今日の日付は4月5日、年代も含めて事故死した日の翌日、始業式だ。
一年生の時に如月 満なんて名前は聞いたことがない。転生というのは死んだ後新しく生まれてくるものだと思っていたけど、いくら長期休暇明けでも今まで存在しなかった人間が急に現れたらおかしくないのだろうか? なんて疑問に思っていると、鞄の中から『転入』に関する案内のプリントが出てきた。どうやら僕は転校生という設定らしい。どういう手を使ったかは知らないけど、これなら自然に学校生活をスタートできる。
そうしていて次に気付いたのは、今この家には自分以外に誰もいないということだ。あれだけ騒いだのに何の声もかからないし、まだ家を出るまでに時間があるとはいえ、起こしに来たりするだろう。この姿を思えば一人暮らしというのも頷けた。
「女の子になります! ……なんて言えないよねぇ」
やけに手触りのいいカーペットの上に胡坐を掻いて、股間のあたりを見下ろしながら独りごちる。言えたら苦労はしないのだ。家を出るほどの覚悟も睦月には無かった。
そういう意味では今の、誰にも憚らず女の子のように過ごせるというのは僕が望んでやまなかったものなのかもしれない。欲を言えば本物の女の子になりたかったけど。
こうして生きていることだけでも感謝すべきなんだ。過ぎた事は受け入れて、女の子もとい男の娘として新たな一歩を踏み出すべく僕は制服に袖を通すのだった。
やはりというか、クローゼットから取り出した制服は学校指定のセーラー服だった。男子はネクタイ、女子はリボンの色で学年が判別できるようになっていて、僕らの代は黄色が一年、赤が二年、緑が三年で、学年が上がるごとに上へスライドしていく。
それとは別にブレザータイプの女子制服もかかっていた。しかし男物は一着もない。これを用意したのが”神様”かは知らないけど、着せ替え趣味でもあったのだろうか。
15分の悪戦苦闘の末に赤いリボンを結び終えた。ここまで時間を無駄にしても余裕で間に合いそうなのは、朝食を作って食べる時間も計算に入れていたということだろう。事前にスマートフォン(可愛らしいデザインで、控えめにデコってあるのが高得点)の地図アプリで現在位置から学校までのルートを計算したところ、ここは睦月の家よりも学校に近いことが分かっている。
流石に今から朝食を作っている時間は無いだろう。一階(自室は二階)のキッチンに置いてあった食パンを軽く焼いて、口に咥えたまま戸締りだけして家を出た。美少女に生まれ変わったらやってみたかったこと①、食パンダッシュ登校である。
運命的な出会いなんてものは期待してないし、そもそも女に生まれ変わったところで男と付き合うつもりはない……それ以前に今の僕は男の娘だけど、一度は憧れるよね。食パン咥えて曲がり角をダッシュ。
朝の清々しい空気の中を、見た目だけなら美少女な僕が走る。ここを曲がれば学校が見えてくるというT字路に差し掛かったところで、学校がある方とは反対側の曲がり角から誰かが飛び出してきた。
「ひゃっ!?」
「うぉ……っ!?」
僕は思わず女の子のような情けない声を、男子生徒らしき相手は驚いた声を上げる。まさか本当に曲がり角で人、それも男とぶつかるとは。恐るべしラブコメの王道。
って、あれ? この声どこかで聞いたことがあるような……
「わ、悪りぃ! 大丈夫か!?」
体格差では当然負ける僕が弾かれるような形で地面に尻餅を搗き、お尻を擦りながら顔を上げてぶつかった相手を見て、ぶつかった時とは違う驚きに目を見開いた。
短髪をオールバックにした、いかにもスポーツをやっていそうな体つきの男子生徒。心配そうにこちらを見つめる顔は、間違えるはずもない。
「……朔也?」
「へ? なんでオレの名前……」
そう、睦月の無二の親友で同じバスケ部の仲間だった卯月 朔也だ。始業式の前日……つまり昨日が誕生日で、僕達は朔也の家で朔也の妹・三日ちゃんや幼馴染の弥生すらも巻き込んで日が暮れるまで騒いだ。そして、その帰り道で僕は――
「あ、いや、えっと……昨夜は大変でしたね、って言おうと思って」
「……ああ、お前もあの騒ぎを見たのか」
そこまでは”神様”にも見(せられ)ていないけど、事故の後は大騒ぎだっただろう。つい数分前まで一緒にいた朔也達が何を見たのかは、辛そうな表情で分かる。
「…………」
沈黙が流れ、話題を変えようと言葉を探す僕を見る朔也の視線が、ふと下にずれた。
「見え……」
「みえ? ……あっ」
視線を辿ると、尻餅を搗いて足を開いたままの僕がいる。相手が親友で油断していたこともあって、姿勢を正すことも忘れていた。幸い大事な部分はスカートで隠れているものの、大胆に晒された太腿とニーソックスの間に生まれる絶対領域は健全な男子なら注目せざるを得ないだろう。
しかし、これ以上は開いてはいけない扉を開くことになる。朔也の。僕だって流石に凝視され続けたら恥ずかしい。逆の立場ならガン見しただろうけど!
「きゃっ!」
慌ててスカートの裾を引っ張りながら足を閉じると、朔也は名残惜しそうにしつつも目を逸らした。
「ご、ごめん。ぶつかったのもそうだけど……」
「いっいや、僕も不注意だったから」
「立てるか?」
差し出された手を取って立ち上がる。片手でスカートを叩いて砂埃を落とし、荷物が無事なことを確認してから朔也に向き直ると、朔也は照れ臭そうに笑った。
「改めて、卯月 朔也だ。よろしくなっ」
「え? あ、うん。かみ……如月 満、です」
親友から初対面の対応をされるのが、こんなにも複雑だとは思わなかった。そうだ、今の僕は上弦 睦月ではなく如月 満なんだ。今まで通りというわけにはいかない。
そう考えると、転生も良いことばかりじゃないなと思った。胸の奥がモヤモヤする。どうせなら、遠く離れた場所でゼロから人生をやり直したかったとさえ考える。
「そのリボン、二年だよな。転入生か? ガッコまで一緒に行こうぜ」
「この春からね。いいの?」
「いいっていいって。職員室まで案内してやるよ」
そう言って朔也は人懐っこく笑う。もしかするとナンパのつもりかもしれないけど、いつもと変わらない笑顔を向けられて嬉しさがこみ上げてきて……
「……うんっ。よろしくな、朔也」
僕も自然と、睦月と同じ調子で返したのだった。
「い、いきなり呼び捨てか……」
「あっ違、忘れただけ! 忘れただけだから!」
(ホモじゃ)ないです。