序章・その1
Q.なんで男の娘?
A.作者の趣味だ。いいだろう?
(5/22 加筆修正)
――目が覚めると、そこは真っ暗な世界だった。
見渡す限りの暗闇に自分の姿だけがボンヤリと浮かび上がっていて、地に足を付けた感触はしないのに浮遊感のようなものも感じない。浮いている、という表現よりも存在しているだけ、という表現の方が正しそうだ。
ここがいったい何処なのか、僕の身に何が起こっているのかも分からない。なので、まずは基本的な事から思い出してみることにした。
自分のことは……思い出せる。名前は上弦 睦月、年齢17歳、性別は男。この春から二年に上がる高校生。始業式の前日、親友・朔也の誕生日パーティーからの帰り道……ここまで思い出したところで酷い頭痛に襲われて、強制的に思考を中断させられた。
「いっ、づ……!?」
痛みそのものは一瞬だったけど、それ以上記憶を手繰ろうとしても頭の中でノイズが走ったように思考をかき乱されてしまう。苦しくて、思わずその場にしゃがみ込んだ。
「無理に思い出そうとしても苦しいだけなのです」
不意に聞こえた声に顔を上げると、いつの間にか僕の目の前に、周囲の暗闇に映える鮮やかな赤色のワンピースと帽子、その両方に白いフワフワが付いた見覚えのある――そう、サンタクロース風の衣装を着た白髪の、小学生くらいの女の子がいた。
「はじめまして、なのです」
季節外れのサンタクロース姿な女の子は、困惑する僕の顔を覗き込むように見下ろしながらお辞儀をひとつ。外見の幼さを際立たせる小さな二つ結びの髪が、帽子の下でぴょこんと跳ねた。くりっとした琥珀色の瞳には、不思議な輝きを湛えている。
「だ、誰……? ここは何処? 僕は……」
「質問は一つずつするのです。とりあえず、最初の二つにお答えすると」
真っ暗な世界で初めて他人と出会った嬉しさから思わず捲くし立てる僕に呆れつつ、その質問を待っていたのです! とばかりに満面の笑みを浮かべた女の子は、長い手袋に覆われた両腕を広げて歓迎するようなポーズと共に言い放った。
「ワタシはこの世界の”神様”なのです。そして――ようこそ死後の世界へ!」
茫然自失、という言葉の意味を身を以て体感する日が来るなんて思いもしなかった。そのくらい、目の前の女の子が言っていることが理解できない。神様? 死後の世界? そんなの物語か宗教の中の話であって、きっとこの子は僕をからかっているんだ。
乾いた笑い声を上げる僕を可哀想なものを見る目で見下ろすと、女の子は立ち上がる気力も湧かない僕の頭をその小さな両手で挟み込む。
「実際に見た方が早いというのなら、お望み通りにしてあげるのです」
「え……」
何をするのかと訊ねるより早く、女の子が何かを呟いた。抵抗を試みても、僕の頭はまるで万力にかけられたようにピクリとも動かない。本能が危険を察し、心臓が早鐘を――まで考えて、自分の心臓が鼓動していないことに気が付いた。
次の瞬間、僕の脳裏に一つの光景がフラッシュバックする。通い慣れた道、遠くから響くサイレンの音。騒然とする人々が息を呑んで見つめる先には、アスファルトの上に真っ赤なペンキを筆で引いたような跡と、上弦 睦月、だった、もの――――
「う、ッぁ、わぁぁぁぁああ!?」
その悲鳴は自分が上げたものなのか、無残な姿で地面に転がる僕を見た誰かが上げたものなのかも分からなくなり、ひっくり返った僕を見て”神様”は満足げに笑う。
「思い出せましたか?」
「そうだ、僕……帰り道で、車に轢かれ……ッ」
「その通りなのです。ですから、ここは死後の世界なのです。分かりましたか?」
愕然とする僕に淡々と事実を告げた”神様”は、しかし次に希望を差し出してきた。
「ですが、生まれ変われるとしたら……どうするのです?」
「えぁ、う、生まれ変わる……?」
「お前は生前に”よいこと”をしたのです。その事実に免じて、特別にお前の望むものに生まれ変わる権利をあげるのです」
先程までの冷酷とさえ感じた態度から一転、家族にサプライズプレゼントを披露する子供のように無邪気な顔で”神様”が言った。とても信じがたい話だけど、今は一秒でも早くこの苦しみから解放されたい。せっかく望むものに生まれ変われるというのなら、それに賭けてみることにしよう。
「さぁ、何になりたいのです? 何でもいいのです。死ぬ前と同じものはだめなのです」
「………………たい」
「えっ? ……よく聞こえなかったのです。もう一度言うのです」
「女の子に、なりたい」
それが睦月の、生涯最後の願いだった。