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2017年/短編まとめ

気だるい水曜日

作者: 文崎 美生

職員室から保健室へ戻って来れば、何故か、授業中にも関わらず、生徒が一人、保健室の中にいた。

例えば、具合が悪かったり、怪我をしているならいても当たり前なのだが、そこにいる生徒は、回転椅子に座り、人のデスクの上で突っ伏し、棒付きキャンディーを舐めている。


「あのな、作間(サクマ)。保健室は、お前のサボり場じゃねぇの」


声を掛ければ、ゆるりと振り向いた生徒の作間。

カラコロと歯にぶつかって音を立てるキャンディーを口から抜き、瞬きをする作間は、不思議そうに首を傾ける。

肩には、置いておいた白衣が引っ掛けられていた。


「別にサボり場から他にありますから」


要らないです、と首を振る作間に、そうじゃない、と溜息を吐いてしまう。

現在高校二年生の作間は、保健室の常連だ。

本当に体調不良の時と、気まぐれで今日のように足を運んでいる時の半々だろう。


「お前、この学校のあちこちに隠れ家持ってそうだよな」


「野良猫か何かですか、ボク」


再度口の中に突っ込まれるキャンディー。

デスク脇のゴミ箱には、それを包んでいたであろう包装が破り捨てられていた。


実際、野良猫のようなものだろう。

授業のサボり癖を含み、放課後も休み時間も問わず、ふらりふらりと校内を歩いている姿を目撃している。

噂では、屋上のスペアキーを持っているとか。

更には、旧校舎の図書室の鍵を、ヘアピン一本で開けているとか。

あくまでも噂だが。


「とにかく、そこ、退けなさい。後、白衣も返しなさい」


ほら、と手を差し出せば、軽く肩を竦めた作間が、ひょいと回転椅子から降りる。

器用にも、白衣は肩に引っ掛かったまま。

近付いてきて、手渡された白衣は、特別シワにもなっておらず、そのまま腕を通した。


猫宮(ネコミヤ)先生は、先生としてどうかと思いますよ」


仕方なく黒い革張りのソファーに座り込む作間は、授業に戻る気は全くないらしい。

回転椅子に座った俺は、その微妙な温もりに眉を寄せながらも、何がだよ、と反応を返す。

デスクの上は、何故か綺麗だ。

埃一つないそれを見て、作間を見れば、また首を捻りながら「普通戻れって言いますよ」とマイペースに言う。


作間がサボりのために来る度に、デスクの上は綺麗になっている。

何なら、薬ビンなどが置いてある棚も綺麗になるのだから、驚きだ。

綺麗好きかとも思うが、単純な暇潰しだろう。


「戻れって言っても戻らないだろ、お前」


「戻りませんけども」


ケロリとした様子で答える作間は、やはり手持ち無沙汰なのか、目の前のテーブルに指の腹を這わせる。

つつつつ、這わせた後は指先を見て、ふぅ、息を吹き掛けた。

完全に小姑のそれだ。


「ワンちゃ……いや、犬塚(イヌヅカ)先生も猫宮先生のところなら、まぁ、って言うし」


「アイツも教師失格じゃねぇか!」


取り出していたファイルをデスクに叩き付けてしまった。

犬塚は犬塚千尋(イヌヅカ チヒロ)と言って、作間の担任教師でもあるが、俺とは同じ大学を出た同期なのだ。

あの生意気そうな鼻で笑う顔を思い出し、何となく青筋が浮かびそうになる。


それを知ってか知らずか、作間は何を考えているのか分からない声音で「仲良しですね」と言う。

作間の言う仲良しの基準はいまいち分からない。

そもそも、作間がふらふらと校舎内を歩き回っている時も大体一人だ。

時折、幼馴染みらしい人物と一緒にいるが、ソイツは保健室利用者ではないので良く知らない。


虐められているようにも、交友関係に悩んでいるようにも見えないのだが。

見えないが、結果、怪しむことも出来ない不透明さが余計に危うく見える。


どこから出したのか除菌シートでテーブルを拭く姿には、そんな危うさは感じないのだが。

やはりマイペース過ぎる。


「そうだ、猫宮先生にもあげましょう」


今度は何かを思い出したように両手を打ち、立ち上がる。

ペタペタと足音を響かせ距離を詰めてきたかと思えば、ファイルやプリントを広げたデスクの上に、一つの棒付きキャンディーが置かれた。

味はシンプルにベターにコーラだ。


「虫歯になるぞ……」


口の中で飴を転がす作間は、瞬きをして、ふはっ、とわざとらしい笑い声を聞かせた。


「歯磨きはちゃんとしてるんですよねぇ」


間延びした言葉通り、作間が歯科検診に引っ掛かることはない。

視力検査では毎度引っ掛かっているのだが。

ソファーの定位置に戻った作間は、カラコロとキャンディーを歯にぶつけながら軽やかな音を立てる。


デスクの上に転がされたキャンディーの包装を破いた俺は、そのゴミをゴミ箱に投げ入れた。

ゴミ箱には、キャンディーの包装が二つ。


除菌シートで綺麗になったテーブルに上半身を突っ伏した作間は、うつらうつらと目を閉じそうになっている。

犬歯むき出しの、キャンディーを落としそうなくらいの大欠伸をする作間を尻目に、俺もキャンディーを口に放り込み、目の前の仕事と向き合った。

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