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9 発案


軽音部の起こした騒動から翌日。勇気は、この世界の自宅にて、朝を迎えていた。


「あ、おはようお義兄ちゃん。最近寝坊しないね!」


リビングに入ると、結愛の明るい声が耳に入った。勇気は、それに目を擦りながら応える。


「まぁ、いうなれば別人だしな、習慣も違うさ」


「そういえば、目はもう大丈夫?痛くない?」


(…"別人"って言葉には頑なに反応なしか、毎日言ってるんだから少しくらい進歩があっても良いとは思うんだが…現実はそう甘くないな)


勇気は、小さな溜め息を一つ溢す。


「…ハァ、まだ本調子じゃないけど問題ないよ。もう元気そのものだ」


「そっか、良かった!じゃあ、ご飯作っちゃうね!今日は洋風にしよっかなー…」


結愛は、そう言ってキッチンへ向かう。


「あー、結愛。俺も手伝って良いかな?」


勇気が、結愛を呼び止め、訊ねた。それに対し、結愛は首をかしげる。


「…?お義兄ちゃん、料理したことあったっけ?」


・・・・・


二人の共同作業により調理はスムーズに進み、食卓は、すぐに朝食で彩られた。中でも、勇気の手がかかったオムレツの美しい形と艶が、食欲を掻き立てる。


「…お義兄ちゃん、いつの間に料理覚えたの?寧ろ私より上手だし…私、お義兄ちゃんがご飯作ってるところ見覚えないんだけど…」


と、結愛が、身に付けたエプロンを外しながら疑問を口にした。


(…あー、この世界の俺は、家事全般結愛に任せきりなのか…、少しは申し訳ないって思わないのか?)


「あぁ、元の世界じゃ、一人暮らしに等しかったからな…、家事全般は、いつの間にか身に付いていたよ。貴女に全部任せるなんて申し訳ないし、そもそも居候同然の身だしな。出来ることがあれば何でも手伝わせてくれ」


瞬間、沈黙が駆け巡った。


(…あぁ、もう。"元の世界じゃ~"って言葉出した途端またこの空気か。まともに話すらできないな…)


「お義兄ちゃんさ、記憶喪失になってから自立したっていうか、頼もしくなったっていうか…なんだか、別人みたいになったよね…」


と、結愛が不意に呟いた。勇気は、予想もしていなかった反応に驚きと嬉しさが入り交じった表情を、結愛に向ける。


「え、あ…っ、そう!そうなんだよ!俺は、平行世界から来た星野勇気で、本当に別人なんだ!今学校では生徒会副会長の代理としているけど、学校から見れば実際は部外者みたいなもので…あー、でも副会長であることは確かで…!あー、整理がつかない!ちょっと待ってくれ、…えーとまずは…」


勇気はそれから、「このチャンスを逃してたまるか」というような勢いで全ての物事を事細かに言い聞かせた。が、その努力も虚しく、結愛は、あれ以上の反応を示すことはなかった。これで勇気が得たものは、話し過ぎた故に学校へ向かうのがいつもより少し遅れてしまった、という結果である。


ーーーーー


時は少し経ち、場所は学校の正門。門が解放されてからしばらく経過し、何人かの生徒が行き交い始めている。


「それじゃ、私は教室行くね。お義兄ちゃん、生徒会の仕事頑張ってね!」


結愛は、そう勇気に手を振りながら、1-C教室へと向かった。勇気も、軽く手を振り返す。


(…さてと、生徒の服装チェックを…する時間はないか、じゃあ小百合に昨日の騒動の後日談を聞きに行かなければな…あれから何も聞けないまま家に帰されたし…)


ーーーーー


「あの後どうしたか…ですか。念のため軽音部の部室を調査しましたが、特に異常は認められなかったので、「次はない」という旨の忠告をして、そのまま解散しました。まぁ、いつもやってることですね」


場所は2-D教室前の廊下。勇気は小百合の答えを聞き、少し考えた後もう一つの質問を述べる。


「そうか、そうするとどうしようか…。…あ、小百合、今美咲さんは何処に居るか分かるか?」


「えっと…生徒会室で恵先輩達と一緒に居ると思います」


「そうか、ありがとうな。…あー、そうだ。小百合も一緒に来てくれるか?」


ーーーーー


時は同じく、場所は生徒会室。勇気が入り口を開けると、そこでは、美咲、恵、真白の3人が団欒していた。すると、勇気の顔を見るやいなや、真白が勇気の胸に飛び込んでくる。


「おはようございますふくかいちょうっ!」


勇気は、それを驚きながらも受け止める。


「ぉわっ…と。あぁ、おはよう真白、今日も元気だな。それやられる度に罪悪感が半端じゃないから正直やめて欲しいけどな。あ、二人もおはよう」


勇気は美咲と恵にも挨拶を投げた。それに対し、恵が真っ先に反応する。


「勇気!目はもう大丈夫?先生からもう少しで失明するところだったって聞いたけど…!」


余程心配だったのだろう、恵は落ち着かない様子で勇気の眼を見据えた。勇気は、問題ないといった仕草をしてそれに応える。


「あぁ、もう大丈夫だ、視界も良好だし、色もはっきり見える、ありがとうな。恵は、俺が保健室にいる間色々と仕事を代行してくれたんだろ?小百合から聞いたよ」


「っ、まぁ、仕事を放っておくことはできないから引き受けるのは当然よ、お礼を言われるほどじゃないわ。でも良かった、勇気が元気になって」


恵は、そう言って至極安心したような表情を見せた。すると、恵の様子を眺めていた美咲がくすりと笑い、口を挟む。


「勇気さん、恵をあれだけ心配させたんですから、"責任"取ってあげてくださいね」


それに、真白も便乗する。


「そうですよーふくかいちょう、"心配かけてごめんなさいのキス"とか、してあげてください!」


(…唐突に何を言い出すんだこの姉妹は、俺を精神的に追い詰めようとしてるのか?だとしたら効果覿面だな…)


真白の言葉を聞き、恵は、驚きと共に顔を赤く染め、訝しげに訊ねる。


「っ、ちょっと真白!冗談でもそういうこと…!…え、冗談よね?」


「もちろん冗談ですけど、恵せんぱいってけっこう正直ですよね!」


「っ、あんたねぇ…鶴城じゃないんだから…」


「…あー、三人共、そろそろ本題に入らせてくれないか、話があったんだ。美咲さん、ちょっと軽音部について話があるんだけど、いいかな?」


勇気は、咳払いをひとつして、話の軸を戻そうと試みた。美咲はそれを聞き、表情を少し真剣なものにする。


「軽音部について…ですか。そういえば、勇気さんは途中で離脱してしまいましたからね、まず事の顛末を話しておかなければ…」


「あー、それは小百合から聞いたよ。話っていうのは、軽音部の今後の扱いについてだ。美咲さん、軽音部に、定期的にライブを行う許可を与えてはどうかな?」


その言葉を聞いた瞬間、勇気以外の全員が目を丸くした。そのなかで最初に口を開いたのは新藤小百合だ。


「…え…?ちょっと待ってください勇気先輩。勇気先輩も、あの人たちのライブは聴きましたよね?あれだけ過激な人たちに許可なんて出したら、何をするか分かったものではありませんよ…!?」


「ああ、確かにそうかもしれないな。でも俺は、今回の騒動を"ライブの機会を増やしてほしいという訴え"だと感じたんだ。自分的には、部活動が活発になるに越したことはないからな、是非とも機会を与えてみたい。それに俺も、なにも考えていない訳じゃないさ」


勇気は、そう言いながら懐から学校の見取り図を取り出し、長机の上に拡げた。


「まず、火柱を上げるような危険な舞台装置の使用は止めさせる。これは絶対だ、当たり前だな。それと、演奏の音量も、あれの半分くらいにしてもらう。そうすれば多分…ここが使える筈だ」


勇気は、そう言って、見取り図の一角を指差した。美咲達五人もそこに注目する。それを見た恵が、思い出したように口を開く。


「ここは確か…あぁ、銅像の跡地…。確かに、ここなら十分な広さはあるし、校舎にもあまり響かないかもしれないわね…。…でも勇気、"舞台装置の使用厳禁"とか"音量を半分にする"とか、奴等が承諾すると思うの?」


「ああ、俺もそれは心配している。だけどこればかりは、彼女達の判断に任せるしかない。俺達は機会を与えるだけで、それを掴むのは彼女達だ。…美咲さん、我が儘に近いのは理解しているつもりだけど、軽音部にこれを提案してきてもいいかな?」


ーーーーー


時は経ち、放課後。場所はとある廊下。辺りは、他愛ない会話をしながら下校する生徒と、目を輝かせながら部活動へと向かう生徒が行き交っている。勇気は、恵と共に軽音部へ向かっていた。


「で、どうしてお前が居るのかしら?」


恵が、当然のように付いてきている鶴城に凶器とも言える眼差しを向けた。鶴城は、そんな恵をちらと見た後、挑発的な表情を浮かべ、応える。


「何言ってんの恵センパイ、最初から居たよ。恋は盲目って言うけど、まさか本当の目まで悪くなっちゃったんですかぁ?"心配かけてごめんなさいのキス"してもらえば良かったのに」


「話しかけた私が馬鹿だったわね。…お前本当に途中離脱したの?それにしてはいやに平常運転だけど」


「そう見えますぅ?まぁ、神は時に二物も三物も与えますからねぇー?回復力も凡人とは違うんだろうね!」


鶴城が、得意気に胸を張った。すると、勇気が、鶴城に向けて訝しげに口を挟む。


「鶴城、それにしては顔色が悪く見えるな。…まさか、無理をしていたりは…」


勇気がここまで言ったところで、鶴城が慌てて遮る。


「…っ!何を言っているのかな?石頭の目も昨日の騒動でおかしくなったんじゃない?気の毒だねぇー、ただでさえ頭硬いっていうのに」


(…前と同じ鶴城だな…?俺の気のせいだったのか…いや、それにしては…)


そんな会話をしている内に、一行は軽音部部室の前に到着した。練習中なのだろうか、扉の奥から軽快な音楽が漏れている。勇気が扉を軽く鳴らそうと手を伸ばす。すると、すぐ側から至極不機嫌そうな声が飛んでくる。


「おい生徒会…!私達の"家"に今度は何の用だ…!」


勇気がその声の方に顔を向けると、そこには栗色の髪をした女子生徒が、一行を睨み付けていた。


彼女の名は「中藤美麗なかとうみれい」身長は145~150cm程で、クラスは2-F。軽音部部員であり先の騒動ではギターボーカルを担当していた。淡い栗色の髪を横に結んでいて、勇気達を見据えている山吹色の瞳はその奥に確かな夢を宿している。


「貴女は確か…昨日ステージで歌っていた生徒か。っ、ちょっと待ってくれ、俺達は、貴方達に危害を加える為にここに来た訳じゃ…」


勇気はそう否定したが、彼女の眼は揺るがない。


「信じられるかそんなこと!今度は私達の家まで壊すつもりだろ?もしそうじゃなくても、あんなことをした後で"話をしよう"何て虫が良すぎるな!帰ってくれ!!今すぐ!!」


美麗が感情を怒りに変えて叫んだ。すると、この騒ぎを聞き付けたのか軽音部の入り口から緑青髪の女子生徒が顔を覗かせる。


「美麗ー?部屋の前で何を…っと、勇気さんじゃーん、いらっしゃーい」


彼女の名は「橘桜たちばなさくら」身長は150~155cmで、クラスは3-A。軽音部副部長であり、先の騒動ではドラムを担当していた。脱力した桃色の瞳は常に眠気を感じさせ、体と共にゆらゆらと揺れている緑青色の長い髪もそれを際立たせている。


彼女は勇気の顔を見ると、柔らかく笑みを浮かべた。その後、少し呆れた表情に変えてから優しく言葉を続ける。


「…訪ねてくれるのは構わないんだけどさー、もうちょっと後の方がよかったかもねー、ほらー"妹達"がうるさくってさー?…まぁ立ち話っていうのもあれだし、中入っていーよー。茜ちゃんに用があるんでしょー?」


「っ、"桜姉さん"!?何で…っ!?」


美麗が、桜に向けて信じられないといった声をあげた。桜は、美麗の方へ振り返ると、言い聞かせるように語る。


「美咲はともかく、勇気さんはそんな真似をしないって知ってるから大丈夫だよー美麗。ねー、勇気さん?」


「いや、"ねー"って俺に言われてもな…」


勇気は、そう首をかしげながら桜が開いた扉をくぐる。


「…石頭は相変わらず皆から好かれてるね」


「言うな鶴城、胃が痛い」


ーーーーー


「うーん、美咲がOK出したにしては比較的まともな提案だけど…」


時は同じく、軽音部部室の中。練習中だった軽音部員達は一旦手を止め、勇気と茜の会話に耳を傾けている。茜は、勇気達の提案を聞き、軽く考え込む様な素振りを見せた後、答えを出す。


「…却下ね。理由は言わなくても分かると思うけど、この条件じゃ私達の音を最大限表すことは出来ない。私達は、絶対に妥協なんてしたくないの」


茜は、鋭い声でそう言った。軽音部の部員達は、殆どその答えに満足げな様子だが。その中で桜だけは、少しだけ残念そうに呟く。


「あー…やっぱそうかー、私は結構どっちでも良いんだけどなー」


それを聞いた美麗が、呆れながら軽く桜を睨み付ける。


「桜姉さん?まさか桜姉さんまで…」


「ちょ、ちょっと美麗ー?考えが飛躍しすぎだよー。私が皆を裏切るなんて有り得ないから大丈夫。音楽には本気じゃないけどー、茜ちゃんへの思いは本気だからねー、にっひひー」


「桜姉さんほんとそれだけでもってるよな…。梨乃はどう?」


美麗が、背後で楽器の整備をしていた女子生徒に、不意に話を振った。


「ぇ!?っ、私…ですか?」


その女子生徒は、表情を手元を困惑で慌てさせた。


彼女の名は「相山梨乃あいやまりの」軽音部部員であり、先の騒動ではベースを担当していた。身長は155~160cmで、クラスは1-D、滑らかな銀色の髪は演奏の邪魔にならないようピンで留めている。何時どんな状況でも緊張してしまうらしく、いつもその青色の瞳を泳がせている。


彼女は、俯いて美麗から目線を逸らしながら応える。


「…えっと、あの…っ、私は…!っ、先輩達と音楽が出来れば…それで良い…です。あっ、えっと、でも…!…っ、可能であれば…っ、本気で…やりたいです…!」


美麗は、梨乃の言葉ににかりと笑ってから、勇気に向き直る。


「聞いたか生徒会、これが私たちの答えだ。昨日私が歌ったように、あんたらの"飼い犬"にはならないんだよ」


美麗が、誇らしげにそう言い放った。すると、鶴城がにやりと笑ってからそれに応える。


「…相変わらず美麗センパイって、音楽に飼い慣らされた子犬みたいだよねぇ」


美麗は、鶴城の言葉を聞くと舌打ちと共に顔を思い切りしかめる。


「鶴城…、やっぱりあんた上級生への口の聞き方がなっていないようだな?」


「ははっ、可愛い顔してキャンキャン噛みつく"子犬ちゃん"らしいねぇ?どうして私が凡人に媚びる必要があるのかな?」


瞬間、美麗が鶴城に向かって飛びかかった。美麗の体は茜達軽音部員がなんとか押さえるが、その美麗の勢いだけは、鶴城のもとへ届く。


「鶴城てめぇ!!この裏切り者が!生徒会に対する有効打を渡してくれたと思ったら突然寝返りやがって!!」


そうやって軽音部員に取り押さえられながら喚く美麗を眺めながら、恵が、鶴城へぼやく。


「…鶴城、必要以上に敵を増やすのは止めておいた方が良いと思うわよ。ていうかこれ以上生徒会の印象を下げないでくれない?」


「的確な忠告どうも恵センパイ。それじゃあ帰ろうか、もう話は済んだでしょ?」


「鶴城…貴女このまま放置して帰るつもりか?」


「勿論、煽れたからノルマは達成。いやー、美麗センパイは沸点低いから楽しいねー。それに、今行っても火に油注ぐだけでしょ?こういうときはさっさと退散っ…とぅあ!?」


鶴城が部室の出口に手を伸ばした直後。


ーバンッ!!ー


と、勢いよく扉が開け放たれ、天上真白が部屋の中に飛び込んできた。鶴城は、その拍子に、頭を思い切り打ち付けてしまった。


「ふくかいちょう居ますか!?…ってあれ、あ!鶴城ちゃんごめん!!…だいじょうぶ?」


真白が、扉のそばで蹲っている鶴城に駆け寄った。鶴城は、頭を抱えながら声を絞り出す。


「っ、つあぁ…!これが大丈夫に見えるなら眼科行った方が良いよ…?…ハァ…はしゃぎすぎだよお姫サマ…」


それから少し遅れて、天上美咲と新藤小百合も到着する。二人も、先程の一部始終を遠目から見ていた様で、少々真白に呆れ気味だ。


「もう…真白、慌てすぎよ。朗報を早く伝えたいからといって鶴城に怪我をさせて…。真白、鶴城を保健室へ連れていってあげて」


「わかりましたねえさま!!鶴城ちゃん、いこう!」


真白が、美咲の指示を聞いて鶴城の腕をぐいと引っ張り、部屋から連れ出す。


「えぇっ!?っ、いいって!一人で行け…っ、ちょ!?お姫サマ力強っ…!!引っ張らないでって!…いたたっ…!ちょっと…!ストップ!ストップウゥッ!!」


鶴城の声が廊下に響く。それが聞こえなくなると、勇気は茜の方に体を向け、軽く頭を下げる。


「申し訳ない、練習中に騒がせてしまって…」


「え?っ、いやいや、勇気くんが謝ることじゃないよ。謝るとしたら鶴城か、真白ちゃんをしっかり見ていなかった美咲の方!」


「ふふ、私も嫌われたものね?もう許してくれなどと言うつもりはないけれど…せめて償いくらいはさせてくれるかしら?」


美咲の言葉を聞き、茜は眉をひそめながら首をかしげる。


「…償い?なにを言い出すかと思えば…頭でも打った?…まぁ、話くらいは聞いてあげる」


「ありがとう、茜。実はね、この学校の敷地内に劇場を造る事にしたの。其所なら、好き勝手に公演が可能よ」


美咲の言葉が、部屋全体に静寂をもたらした。美咲と小百合以外の全員が暫く黙り、美咲の言葉を理解しようと試みた。そして、理解し終わった頃に生まれた感情は"困惑"であった。茜が、美咲に向かい誰よりも早く質問を飛ばす。


「っ、ちょっと待った!どういうこと、劇場を造るって?この学校に新しく?」


美咲はそれに、迷いなくあっさり頷く。


「ええ、もう父様にも話してあるわ。私、普段から豪遊はしないし、父様がきらびやかな装飾を好まなかったりするものだから、自分が"天上"の娘だということを最近忘れ気味だったの。でも、勇気さんの提案を聞いて、私も何か力になれないかと考えていたら思い出したのよ、"天上"がどれ程のの力を持っているのかをね」


茜達は、呆気にとられる。


「…美咲、ちなみに収容人数は?」


「2000人くらいね。全校生徒とその保護者の数を考えてもまぁ余裕を持てるかしら。あ、規模が大きすぎると感じたなら収容人数200人くらいの小劇場も一緒に建てるつもりだから柔軟な対応が可能よ。演出については、天上社が誇る映像技術で実物と遜色ない程度の火柱と熱気は再現できるわ。もちろん只の立体映像だから安全性も抜群。どうかしら?」


「どうかしらって言われても…あー、うん分かった。女子高生一人の一言で始まる規模の計画じゃないってことは分かった。…どうせもう始まった計画なんだろうし。…でもどうやって建てるつもりなの?そんな規模の劇場、一日二日で出来るものじゃないでしょ?」


「…それなのだけど…」


と、その時、美咲の携帯が電話がかかってきたことを告げる。


「あっ、ごめんなさい。…もしもし、父様?…えっ、もう!?…窓の外って…」


美咲が、近くの窓に駆け寄り、外を見渡す。


「おーい!!美咲いぃーっ!!」


居た。窓の外に、美咲の方へ手を振って叫んでいる男性が。数えるのも億劫な程の車両を引き連れて。


ーーーーー


「いやぁ、本当に久しぶり。僕が居ない間、二人共元気だった?ごめん、あまり帰れなくてさ」


時は少し経ち、場所は生徒会室。先程の男性は、美咲と真白に世間話と近況報告を繰り広げている。


彼の名は「天上治あまがみおさむ」美咲と真白の実の父親であり、この世界のこの国を牛耳っているらしい"天上社"の社長である。風貌は"社長らしくない"に尽き、言われなければ分からないし言われたとしても恐らく信じられない。


「…さて、劇場の件だったね。電話でも話したけれど、本当に良い時に連絡してくれたよ。おかげでこんなにもスムーズに動けた」


その男は、そう言いながら窓の外で計画の打ち合わせをしている集団を見やる。


「全く驚いたわ父様、電話をした途端「今から向かう」だもの…。何時も忙しそうにしている父様がどういう風の吹き回し?」


「ん?あぁ最近さ、新しい建材が完成したんだ、防音に特化したものがね。開発部によれば、なんでも「150dBくらいは完全に遮断できる」とか…。まぁ、流石に多少は誇張されているだろうけど彼等の腕は本物だ、信頼できる。彼等にはいつも休め休めと言っているんだけれど、どうにも効果がないようでね…「社長の為だ」とか言って平気で三徹位はするんだよ…まぁ有り難いことだけど個人的にはもっと休憩を…おっとごめん、話が逸れてしまった。全く僕の悪い癖だ、話をしているといつも余計な話題がぽんぽん出てきてしまう。はは、これじゃあまた水野に起こられてしまうな…。あいつ、僕の何がそんなに心配なのか知らないけど、事ある毎に口うるさくてね…、ここ最近モーニングコールまでし始めたんだよ?今朝も3コールくらいされてね…もうここまで来ると気味が悪いというかなんと言うか…ん?なんだい美咲。…あ、あぁ!そうだったそうだった!ごめん、関係のない話を長々と聞かせてしまって。僕がこんななのにどうして皆は付いて来てくれるんだろうね?ここ最近で最大の不思議だよ。ええとなんだっけ、"どうしてこんなに早く計画を実行できたか"だっけ、合ってる?…そうか良かった。実は、新しい建材の効果を試すために、此方でも劇場を造ろうとしていたんだよ。で、ある程度の設計図と人材を集め終わって、場所をどうしようと迷っていたところに丁度美咲からの電話が来たって訳だ。あの時は神様からの贈り物かと思ったよ、むしろ美咲こそが僕の神様だったのかな?はは、ちょっと気障だった?…実の娘に何を言っているんだろうね僕は。いやぁ、あまりにも夕音そっくりになったものだから…。…まぁ、偶然に偶然が重なったって訳だ、ありがたいことにね。えっと、完成までの日時だけど…」


と、そこまで言った後。


「社長!いったい何時まで話し込んでいるつもりですか?娘さんとの話が長引いてしまう気持ちは理解できますが、人を待たせているということも意識してください!」


そう言いながらスーツの男性が部屋に走り込んできた。社長と呼ばれた男は「ああ、そういえばそうか」といった顔をして、ゆっくりと腰を上げる。


「…あー、ごめん美咲、話はまた今度建設が終わった頃にね。多分一週間以内に劇場部分は完成すると思う、その頃には十分に運用できるようにしておくから軽音部の皆さんにもそう伝えておいてくれ。それじゃ!」


美咲の父親は、そう言って駆け足気味に廊下を抜けていった。


「…美咲さんのお父さん、何者なんだ?社長とはいえ2000人規模の劇場を一週間で利用できるようにするなんて…」


「…あー勇気、天上社の事も忘れたのね。あんな企業、一度目にしたら忘れられない程だと思うのだけど。そうね…説明するよりも見せた方が早いわね。勇気、ちょっとその机の脚を見てみなさい」


「机の脚?」


勇気は、恵の言う通り腰を下ろし机の脚を覗き込む。目に写ったのは、シンプルな字体でどっしりと書かれている社名だ。


「えーと…あぁ"天上社"って書いてあるな。…ってことは、天上社は家具屋なのか?」


「んーほんのちょっとだけ正解ね。あとはそこのお茶とかも天上製だし、軽音部の楽器だって天上製よ」


「っ、んん?ちょっと待て、それ三つともまるで種類が違うけど…どういうことだ?」


「"そのままの意味で受けとれば良い"のよ。今、この国の"製品という製品"は、天上社が製造しているってことよ」


勇気は、驚きと困惑で、少々頭の回転を止める。深呼吸を一回してから気持ちを落ち着かせ、物事をある程度理解してから声を出す。


「…そんな会社の社長が、さっきまでこの場所に居たうえ、あの工事の指揮を自らで取るんだろ?なんだか、色々と規模の大きいというか…別世界というか…まぁ本当に別世界な訳なんだけど…」


それを見て、恵はくすりと笑う。


「…ふふっ、勇気って本当に同じ反応をするのね、記憶喪失になっても何も変わらないようで安心するわ。早く記憶が戻れば良いけど…」


「…そうだな、…きっと戻るよ。…いや、"帰ってくる"っていった方が正しいか」


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