7 緊急事態
時は朝、場所は生徒会室。宇宮鶴城と木崎恵の両名が、長机を挟んで対面する形で睨み合っている。それとは裏腹に、勇気、美咲、真白、小百合の四人は、それを呆れ気味に眺めているし、美咲と真白に至っては、微笑んでいるようにも見える。その所為か、生徒会室には、緊迫しているとも、和やかとも言い難い、なんとも形容することが面倒な空気が流れている。
「…まさかお前が、本当に生徒会役員になるなんてね」
まず口を開いたのは木崎恵だ。彼女は至極不機嫌そうな顔で、鶴城を睨み付けた。鶴城は、それをわざとらしく、大袈裟に不思議がって見せる
「おやぁ?恵センパイ、なんだか納得していないって顔だね?」
「当然でしょ?…ハァ。どうしてお前みたいな生意気な餓鬼が、生徒会の一員になることを許されたのか…」
恵は、「自分が生徒会に居て当然」と言わんばかりの鶴城に溜め息をついた。すると、鶴城が、小馬鹿にしたような表情を恵に向けて両手を広げる。
「あは、私はセンパイと違って天才だからさー、授業態度は別にした単純な成績なら、文句無しで首席。正直それで補正できちゃうんだよねー。それに、此所に居るとっても心優しい副会長サマのありがたーい推薦もあったことだしね。一々説明してあげるのは癪だけど、これで納得して頂けるかな?」
恵がさらに気分を害したのは記すまでもない。恵は、その整った顔に似付かわしくない、地獄に住まう悪鬼のような形相で鶴城を睨み付け、ゆっくりと立ち上がる。それにただならぬ危険、いや殺気を感じたのか、勇気が慌てて止めに入る。
「っ、恵?気持ちは分かるが、続きは鶴城がまた問題を起こしてからにしてくれ、な?」
「…そう、勇気が言うならまぁ、…仕方ないわね」
恵が、あまり納得していない様子で、渋々、腰を下ろす。しかし、鶴城はそれを見逃さず、再び挑発の言葉を恵に投げる。
「あれぇ?そういえば、恵センパイって、石頭に対しては妙に素直ですよねぇ?ま・さ・か、なにか特別な感情でもあるんじゃあ…」
「鶴城、頼むからもうやめにしてくれ。恵のあの顔は心臓に悪い」
ーーーーー
時は昼、場所は3-F教室。勇気は、頬杖と溜め息をつきながら少し曇り気味の空を眺めている。
(…恵と鶴城の不仲は相当なものだな、あそこまで一触即発だと生徒会の業務にも支障が出るかもしれないし、早急に対策を講じないと…ん?そういえば、なんで俺は知らない世界の人間について考え込んでいるんだ?俺は元居た世界に帰りたいわけだし、別にこの世界の住民に親切にする必要は…なんて、そう簡単に割り切れるもんじゃないか、…ハァ、俺は自分が思っているよりもお人好しなのかも、それとも副会長としての性なのか…まぁ、どちらでも良いか。この世界の星野勇気の代理とはいえ、生徒会副会長であるからには、その任を全うするか…)
「勇気。何ボーッとしてるのよ、らしくないわね。悩み事なら手伝えることがあったら手伝うわよ?」
恵が、勇気の肩を軽く叩き、心配そうに語りかけた。
「ん?あぁ、恵か。悩みと言えば悩みだけど…うーん、手伝ってもらえることは少ないな」
勇気は、数秒ほど腕を組み、申し訳なさそうに語った。
「ふーん…もしかして鶴城のこと?」
「そう、正解。半分だけな。もう半分は貴女のことだよ」
「…え、私?」
恵は、「半分でも私のことを考えていてくれた」というささやかな喜びと、「半分は鶴城のことを考えている」ということに対する嫉妬が入り交じった表情を浮かべた。
「ああ、貴女達がもう少し仲良くなれば、この生徒会もより良いものになると思ってな?」
恵はそれを聞いた瞬間、あからさまに眉をひそめる。
「…それ本気で言ってるの?」
「勿論。まぁ、そんなに簡単じゃあなさそうだけどな、今朝の貴女達の様子を見る限り」
勇気が、皮肉めいた表情で恵に笑いかけた。恵は、不満そうに頬を膨らませる。
「当然よ。ねぇ、勇気って、未だに鶴城の事信じてるの?だってあいつは、今まで生徒会をずっと目の敵にしてきたのよ?そんなやつが、突然「生徒会に入る」なんて言い出して、普通信じられるわけないでしょ?」
恵が呈した苦言を聞き、勇気は少し考えてから、組んでいた腕を下ろし口を開く。
「俺は、この世界とは別の星野勇気だ、恵の言う"今まで"は知らない。だけど、彼女が生徒会を目の敵にしていた理由が、星野勇気に向けた…あ、ちょっと待った。すまん恵。これ言わないようにしてるんだった」
と、勇気は口をつぐみ、恵から目線を逸らしてしまった。恵は困惑し、即座に追求する。
「え、ちょっと気になるじゃない!勇気、今まであいつが生徒会に敵対していた理由を知ってるの?それに、星野勇気に向けた…って何、勇気、鶴城に何かしたの?」
勇気は、このままではまずい、という表情を浮かべ、焦りながら喋り始める。
「…あー、えーと、何かしたと言えばしたし、していないと言えばしていない…あー、とにかく!喋れないものは喋れない!…えーと、あ、そうだ!用事を思い出した!恵、本当にごめん!それじゃ!」
そこまで言うと、勇気は逃げるように、3-F教室を出ていってしまった。一人残された恵は、その後ろ姿を眺めることしかできなかった。
ーーーーー
時は同じく、場所は屋上。勇気は、落下防止用の柵に寄りかかりながら、そこから見える景色を眺めている。
「石頭ー!」
すると、背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。その瞬間、勇気の背中に強い衝撃が襲う。
「のぅあっ!?」
勇気は、突然の衝撃に負け、前方に大きくつんのめってしまう。その結果、上半身が柵の外に飛び出してしまったが、勇気は、執念を以てなんとか柵の内側に着地することに成功する。
「…っ!…流石にこれは…殺人未遂だろ…!」
勇気が、息を切らしながら鶴城に向かい声を荒らげた。鶴城は、両手を広げ、勇気から目を逸らす。
「いやー、ははは、只の事故だよ。さっきのは挨拶みたいなものだしね。…確かに、ほんのちょっぴり"落ちたら良いのに"とは思ったけど…あーいやいや、なんでもない」
「聞き逃さねぇぞ。挨拶で全力を込めて突進してくるやつがあるか!?本当に落ちたらどうするつもりだったんだ!」
「んー、その時は、遺影に線香を投げつけるくらいはしてあげるよ」
「信長か貴女は!?大体貴女は…!」
ーズギャアァンッ!!ー
その時、校庭の方角から聞こえた爆音が、二人の耳を貫いた。勇気は、驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げる。
「はぁ!?っ、今度は何だ一体!」
勇気が、柵から少しばかり身を乗りだし、校庭のほうへ目を向けた。其所には、本来あるはずのない野外ステージが設営されており、その上には、派手な衣装に身を包んだ三人の女子生徒が見える。すると、その中の一人が、マイクのエコーの入った大きな声で高らかに叫んだ。
『学校の敷地内に居る皆ぁ!!今から軽音部の緊急ライブを始めるぜ!!次の授業なんて忘れて、私たちの歌を聞いていきなぁ!!』
その声に呼応するように、鋭い音圧と共に演奏が始まった。
「なんだ、あれ…!」
勇気は、目の前に広がる光景に絶句した。ステージの脇から勢い良く吹き出す炎。耳の奥に響く、喧しくも心地よい轟音。そして、舞台の上で思い切り歌う三人の女子生徒達。勇気には、まるで理解ができなかった。すると、同じくこの光景を見た鶴城が、感心したように呟く。
「へぇ、上手く使ったものだねぇ…?」
「ん?鶴城、何か知ってるのか?」
「問い詰めるのは後でしょ。携帯鳴ってるよ」
「携帯?…あ、本当だ」
勇気は、制服の胸ポケットの中で軽快な音楽を奏でていた携帯を取り出し、応答する。
「もしもし?」
電話の奥から聞こえてきたのは、恵の声だ。
《勇気!今何処!?》
「屋上に居る。合流した方がいいか?」
《話が早いわね、それじゃあ至急生徒会室に!他には其処に誰か居る?》
「鶴城が居るぞ」
《鶴っ……分かったわ、じゃあそいつも連れてきて!》
「了解、急ぐよ」
通話が切れた。勇気は、携帯を胸ポケットにしまいながら、鶴城に向き直る。
「鶴城、召集があった。生徒会室に行くぞ」
「ふぅん?鎮圧するんだね。承知したよ」
ーーーーー
時は同じく、場所は生徒会室。勇気が扉を開けると、美咲、真白、小百合、恵の四人が、既に到着していた。美咲が、勇気の到着を確認すると同時に、真剣な面持ちで話始める。
「全員、揃いましたね。皆、良く聞いてください。もう現在の状況は知っていると思いますが、これは、この学校創立以来の大騒動です。教師陣の皆様も、突然の出来事に混乱している様子。ならば、生徒が起こした騒動は、我々生徒会が鎮圧すべきです。心してかかるように」
美咲は、そう言って、その場に居る全員の顔をざっと見渡す。その後、言葉を続ける。
「では、作戦を伝えましょう。私と真白と恵は、ステージに行き、騒ぎ立てている生徒達の制止を試みます。勇気さんと小百合と鶴城は、ステージの裏にあるであろう音響装置の停止を試みてください」
「待ってくれ、美咲さん。俺がステージの方に行くよ」
「ふふ、勇気さんならそういうと思っていました。ですが、今の勇気さんに無理をさせるわけにはいきません。記憶喪失になってから、まだ日が浅いですし…」
「っ、そうか…分かったよ」
「それでは、皆、最善を尽くしてください。行きましょう」
生徒会役員は、美咲の呼び掛けに呼応し、生徒会室を後にする。
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『♪私は飼い犬にはならない♪首輪なんて噛み千切ってやる!♪』
時は同じく、場所は校庭。現場に到着した六人は、改めて近くで聞く爆音に、少々たじろいでしまう。
「っ、随分と攻撃的な曲調だな…!束縛からの解放を歌うのは良いが、せめて校則は守ってもらいたいもんだ。校内に火器等の危険物をを持ち込むのは厳禁…!」
『おい!そこのカチッカチ頭の副会長!聞こえてるぜ!不満があるみたいだけど、私たちの歌は、これじゃなきゃ表現出来ないのさ!分かったらとっとと帰りなよ!』
「なっ、地獄耳か彼女!?…畜生、行くぞ二人共!」
勇気は、小百合と鶴城に呼び掛け、ステージ裏へ急いだ。
「真白、恵。私たちも行きましょう!」
美咲も、真白と恵と共に、中々に集まっている生徒達の鎮圧に向かった。
・・・・・・・・・・
《茜ちゃーん、そっち行ったよー》
「…はいよ、まぁ、任せてよ」