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6 問題児

《~♪》


勇気は、部屋に鳴り響く着信音で目が覚めた。その軽快な音楽の出所を探し、壁に掛かっている制服の胸ポケットから、''この世界の勇気''の物であろう携帯電話を発見する。


(電話か、…あー、星野結愛…あいつか、ま、出ないわけにもいかないか…)


勇気は、溜め息混じりに通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てる。


「もしも…」


勇気が、言い終わらない内に、電話の奥からの怒鳴り声が、彼の耳を貫く。


《お義兄ちゃん!?今どこ?今まで、連絡なしに朝まで帰ってこなかった事なんて無かったよね、大丈夫?何かあったの?》


それを聞き、勇気は、軽く部屋を見渡す。自分の部屋ではない、クローゼットと、机と、ベッドだけの、シンプルで小綺麗な部屋だ。


(ああ、そうか、昨日、幽に泊めてもらったんだっけ…そういえば、結愛とは、初対面の時以外話してないな…丁度良い、確認しておこう)


「心配する相手、間違ってるぞ」


勇気の言葉を聞き、結愛は、言葉が詰まり、彼に更なる説明を求める。


《え、どういうこと?》


(ここまでは、まぁ、当たり前の反応だな…問題は次だ)


勇気は、一度、ゆっくりと深呼吸をしてから、口を開く。


「いいか、俺は''別世界の星野勇気''で、お前の知ってる義兄じゃないんだ、つまり、お前とは、赤の他人なんだ、分かるか?」


勇気は、真実を告げた。彼にとって、人違いで''義兄''と呼ばれるのは、やはり罪悪感がある。これは、結愛に限ったことではない。此処に居る自分が''別世界の勇気''である事を隠す理由も無いため、この方が懸命なのだろう。しかし、現実はそう上手くいくものではない。


《…?えっーと、んん?》


結愛は、疑問を宿した声をあげた。これで、勇気が得たものは、真実を話しても、現状、幽以外の誰にも理解をされないという確信だ。


(…やっぱり駄目、か…)


勇気は、この世界に来てから、一番大きな溜め息をついた。当然のことなのだろう、この世界には、幽以外に、自分を自分として見てくれる人間が存在しないのだから。勇気は肩を落とし、話を戻す。


「…あー、何でもない、忘れてくれ。今、幽の家に泊めてもらってる。ちょっと、訳あってな。今日は、こっちから学校行くよ」


結愛は、それを聞いて、安堵の声をあげた。その声から察するに、よほど心配だったのだろう。


《幽…ああ、あの幽霊の人!そっか、それなら、まぁ、心配することないね。…でも、今日はちゃんと帰ってきてね、一人でご飯食べるの、結構寂しいんだよ?あ、あと、帰ってこれない時は、ちゃんと連絡いれてね!》


「ああ、分かった。今度から、そうするよ」


通話が切れる。


(…胸が痛むな、仕方ないとはいえ…騙している気分になる)


「あやつは、いつまでも健気じゃのう…」


幽が、少し呆れ気味に扉をすり抜け、部屋に入ってきた。勇気は、驚き、危うく、携帯電話を床に落としそうになる。


「ぅおぁっ!?っ、急に出てくるなよ…それやられると本当に心臓止まりかける…聞こえてたのか」


幽は、勇気の問いに、得意気に答える。


「耳には生前から自信があるんじゃ、ヌシらの会話、一字一句逃さず聞こえていた。悪用はしないから、安心せい。…少しばかり、罪悪感があるようじゃのう?」


勇気は、気落ちした様子で、その言葉に頷く。


「…ああ、この世界の俺が、あそこまで愛されてるとは思わなかった。彼女には、一刻も早く気付かせてやりたいな。このままじゃあ、罪悪感で押し潰されてしまいそうだ」


「…無理もないのじゃろうな…、勇気、壊れそうになったら、私の所に来ると良い。直接的に力になれるかは分からんが、私が思うに、ヌシには、自分を自分と認識してくれる人物が必要じゃろう?」


「…気遣い感謝するよ、幽。…本当に、助かる」


ーーーーー


「それじゃあ、気を付けてな。ヌシが居ない間、どうすればヌシがこの世界の勇気ではないと他の者に伝えられるか、此方でも考えておこう」


「ああ、頼んだ。此方も自分を見失わないように、なんとかやっていくよ」


勇気は、幽に見送られ、彼女の家を後にした。


(…よし、今日こそ、中藤尊康と話そう。それが、この世界で出来る、自分らしいことだ。正門が開くまで、後一時間…よし、このまま行けば、門が開く三十分前には到着できるな)


ーーーーー


学校に到着し、勇気は、学校の前を行き交う車を眺めながら、門が開くのを待っていた。


(解放まであと二十分か…ん?あれは確か…)


その時、前から、新藤小百合が歩いてくるのが見えた。彼女も、勇気の姿を確認したようで、少し驚いている様子だ。


「…勇気先輩?どうかしたんですか、こんなに早くに…」


小百合が、訝しげに勇気に訊ねる。それを聞いて、勇気は首をかしげた。


「え、俺がこの時間に登校するのって、不思議なことなのか?」


小百合が、その言葉に頷く。


「はい、勇気先輩は、いつも、始業の五分前に登校していましたよ。…記憶喪失って、人の習慣も変えるものなんですね、少し驚きました」


勇気は、耳を疑った。勇気は、元の世界では、正門が開く前に登校し、他の生徒が、校則に触れる格好をしていないか、確認していた。それは、勇気にとって当たり前の事で、それをしていない自分など、有り得ないのだ。


(この世界の星野勇気と俺は、あまり遜色ないものだと思っていたが、そうとも限らないようだな。それにしたって、始業五分前は遅すぎるだろ、副生徒会長なら、生徒の服装を確認するくらいしろよ、この世界の俺)


「俺は、この世界の星野勇気とは別人なんだから、習慣が違うのも当たり前だろ?」


小百合は、首をかしげた。


ーーーーー


勇気は、3-F教室で頭を抱えていた。


(…ハァ、冗談とも、変人とも受け取られないって言うのは嫌な物だな…普通なら「そんなキャラだったっけ?」みたいなこと言われるのに、言葉の意味すら理解してもらえないからな…今は、まだ仕方ないって思えるけど、これが続くかもしれないと思うと…ああ、神経症になりそう)


勇気は、再び深い溜め息をつく。


(…まぁいい、今日の目的は、中藤尊康と言葉を交わすことだ。幽の話によれば、この世界の俺は、基本女性にしか関心を示さない奴だったらしいし、…この時点でちょっと信じられないけど)


勇気は、椅子から立ち上がり、そして、窓際の席で本を読んでいる尊康に、ゆっくりと近付いていき、口を開く。


「おは…」


しかし、その言葉を掻き消すように、木崎恵の声が教室に響いた。


「勇気!ちょっと手伝って!」


(っ、今日は言葉がよく遮られるな!?よりにもよってこのタイミングでかよ!畜生!)


勇気は、怪訝そうに恵の方へ振り返り、その声に応じた。


「どうした、大声出して、何かあったのか?」


恵は、息を整えながら、状況を説明しようと試みる。


「鶴城よ!あの問題児!…あー、記憶喪失してるから分からないか、えっと…あぁ、見つけた」


恵は、懐から、勇気に、一枚の写真を差し出した。


「これ、彼女が、宇宮鶴城うのみやつるぎ、クラスは1-C。身長は150~155cmで、髪は桃色、眼は水色ね、目立つから直ぐに分かると思う。彼女、入学当初から問題行動が多いの、これまでは、授業中の飲食とか、そういうのに留まってたんだけど、今回、試験の正答を、他の生徒に売り付けてるところが目撃されたわ。すばしっこくて、私一人じゃ捕まらないの…!」


勇気は、言葉の意味を理解することに一瞬を費やし、そして、怒りの感情を明確に表した。


(っ、試験の正答って…!どうやって盗み出したんだそんなもん!これは大事だ、男に話しかける前に、学校の風紀を守る為、なんとしてでも捕まえなきゃならん。捕まえて、腐った性根を叩き直してやる!)


「分かった、宇宮鶴城だな。それじゃあ、二手に別れて探すぞ!」


勇気と、恵は、宇宮鶴城を探すべく、3-F教室を後にした。


ーーーーー


勇気は、長い廊下の中で、熾烈な争いを繰り広げていた。ようやく発見した宇宮鶴城を、全身全霊をかけて追い掛け回している。


「宇宮鶴城!いい加減止まれ!逃げても無駄だ!罪が重くなるだけだぞ!」


宇宮鶴城は、走りながら、嘲笑うように勇気に向かって叫ぶ。


「誰が止まるか石頭!捕まったら絶対面倒なことになるよね!?」


勇気は、その言葉を肯定する。


「よく分かってるな!逃れる術は無い、甘んじて受け入れろ!」


「ふっざけるな!絶対捕まってやらないからね!」


鶴城は、更に走行速度を上げた。


(っ、速いな!?あの身体の何処にそんな力があるんだよ!…だが、誘導は成功した!あの角の先には、恵が待ち構えている!)


「はい、捕獲っ…!」


恵は、走り抜けようとした鶴城の腕をがっしりと掴み、そこから流れるように、鶴城を羽交い締めにした。


「でかしたぞ、恵!」


勇気は、その現場に駆け寄り、恵に称賛の言葉を投げた。恵は、喜びの表情を浮かべ、鶴城は、もがきながら濃く憎しみの表情を浮かべた。


「さぁ、宇宮鶴城!観念しなさい!生徒指導室に直行!」


ーーーーー


生徒指導室。勇気は、長机を挟んで、鶴城と対面するように着席している。書記である新藤小百合も、勇気に呼び出されてきたようだ。


(生徒指導か、久し振りだな。元の世界では、校則違反とか速攻で駆逐していたけど、ここまでの事案はなかった。上手くいくかは少し不安だが、生徒を更正させるあの快感、あれは何物にも変えがたい。嗚呼、素晴らしきかな生徒指導!)


「何だよニヤニヤして、気味が悪いなぁ…」


鶴城は、怪訝そうに、勇気に言葉を投げた。


「これが楽しまずにいられるか、これから、君という生徒を更正させられるのだから。"生徒会長と生徒会副会長は教員と同等の権限を持つ"この制度が変わってなくて安心したよ。これが無ければ、生徒である俺が生徒指導など出来るわけがないからな。いっそのこと学校自体を生徒運営にしてほしいものだが…まぁ、いい。無駄話はこれくらいにして、始めようか。小百合、記録は頼んだぞ」


「あ、はい。っ、承知しました」


小百合は、勇気の手際のよさに少し困惑しながらも、記録用の手帳を取り出す。


「よし、恵、カメラの準備は良いな?」


「問題なしよ。…感謝しなさいよね、わざわざ放送委員から借りてきたんだから。…でも、何でビデオカメラなんて必要なの?」


恵が、カメラの位置を微調整しながら、勇気に訊ねた。


「用心だよ。小百合の能力は信用してるけど、念には念を入れて、ってな。文字での記録、映像での記録、そして、俺が持ってる録音機で、音声での記録。ここまでやれば、記録漏れは無いも同然さ」


「…随分と周到ね?なんだか本当に人が変わったみたい」


「事実、変わってるんだよ。じゃあ、録画開始」


恵が録画スイッチを、勇気が録音スイッチを入力する。


「さて、1-C、出席番号2番、宇宮鶴城。君は、職員室に保管されていた試験の正答を盗み出し、他の生徒に売り付けた。これに間違いはあるか?」


勇気の問いに、鶴城は、不適に笑い、気だるげに答える。


「あるよ。私は、試験の正答なんて、盗み出していない。容疑を否認しまーす」


勇気は、軽い驚きと、疑いの表情を浮かべ、鶴城に説明を求める。


「何?いきなり出端をくじいてきたな。それなら、どうして君の持ち物から、まだ配布されていないはずの正答があるんだ?」


鶴城は、得意気に、しかし、呆れ気味に答える。


「その正答は、私が作った偽物なんだよ。昔配布された正答を基に、捏造したんだ。中々良い出来でしょ?」


生徒会の面子は、その言葉が直ぐには理解できなかった。数秒が流れる。逸早く言葉の意味が整理できたのは新藤小百合で、すぐに静寂を破った。


「姉妹揃って、どうしてこう多才なんですか…」


呆れ気味に言い放った彼女に、勇気は、体を向け疑問を口にする。


「姉妹?宇宮鶴城に姉妹がいるなんて聞いてないぞ?」


小百合は、手帳から目線を勇気に写し、その問いに応じる。


「あ、えと、そうですよね、記憶喪失でしたよね、すみません、失念してました。宇宮鶴城は、宇宮輝の妹です。あ、宇宮輝は、覚えてますか?」


勇気は、意外な表情を浮かべ、驚きの声をあげる。


「輝の!?…確かに、言われてみれば、名字が宇宮だし、髪と目の色も同じ…ハァ、これは…俺達より、姉の方に説得してもらった方が、良いかもな…天才には天才を、だ」


「ふーん…じゃあ、宇宮輝も呼んでこようか?」


身を翻し、輝を探しにいこうとした恵を、勇気が制止する。


「いいや、それには及ばない。輝!ちょっと出て来てくれ!」


勇気が、部屋全体に聞こえるように、宇宮輝の名前を叫んだ。当然の事ながら、部屋に居る勇気以外の人間は、全員首をかしげている。


「なんか私、忍者みたいな扱いになってないですか?」


輝が、少し呆れながら、奥の棚の裏から顔を出した。それを見て、小百合が驚きの声をあげる。


「っ、輝ちゃん!?どうして此処に…」


「ん?小百合は知り合いなのか?彼女は俺のストー…」


勇気が、小百合の言葉に意外そうな声をあげた。が、その途中で、輝が、即座に勇気の口を塞ぐ。


「ちょ、勇気先輩…!っ、私にも面子はあります…!学校の人間の前で、直接的な表現は慎んでください…!更に言うと小百合さんは2-D…!私と同じクラスです!」


輝が、少し怒り気味に囁く。勇気は、静かに頷き、口を塞いでいた手を優しく引き剥がす。


「…ああ、そりゃあ、そうだよな。…すまん、失念してた」


(ていうか、ストーカーの自覚あったのかよ)


輝は、その言葉に安心した表情を見せ、小百合の方へ向き直る。


「こんにちは、小百合さん!鶴城が、生徒会に連行されたと聞きましてね、先回りしていたんです。勇気先輩には、バレてしまっていたようですがね…」


小百合は、その言葉に少し疑問を覚えている様だが、一先ず、納得したらしい。


「そうなんだ…あ、そういえば、輝ちゃんは、校長先生からマスターキーの所持を認めてもらってたんだっけ、それなら、先回りも出来るもんね」


勇気が、小百合の言葉に心底驚いた。それを見た輝が、勇気に、囁く。


「…どんなに厳格な人間にも、人に知られては困る事というものはあるのですよ…ふふ…」


(…校長先生の弱み握ってるのかよこいつ…末恐ろしいな、いずれ盗撮をやめさせるつもりだったが…諦めた方が身の為かも知れないな)


「…あー、輝、じゃあ、さっきまでの話は、聞いていたよな、宇宮鶴城を説得してくれないか?俺達だけじゃ、手に負えそうにないんだ、頼む」


輝は、微笑みながら、敬礼のポーズをとった。


「勇気先輩の頼みならば、どんなことでも、全力を尽くしますよ!では、鶴城と二人で話をしたいので、少し席を外して貰えますか?終わったら呼びますから」


勇気は、その言葉に疑問を覚えるが、従うことにする。


「…?っ、ああ、了解した。恵、小百合、一旦出るぞ」


ーーーーー


生徒指導室の外、静まり返った廊下の中で、勇気、恵、小百合の三人が、輝の話が終わるのを待っている。


暫く後、木崎恵が、静寂を破った。


「しっかし、どうしてこうも、姉妹で差が生まれているのかしらね…姉は学校全体が認めている優等生、妹は学校全体を騒がせている問題児。全く、不思議でしょうがないわ」


小百合が、それに応える。


「例え姉妹でも、過ごして来た環境が違えば、性格にも差が生まれますよ。あの二人に、どの様な環境の違いがあったかは分かりませんけど…でも、宇宮鶴城も、宇宮輝と相違ないくらい頭は良いですよ。今回だって、正答を精巧に捏造するほどですし…」


勇気が、小百合の言葉に溜め息をつき、同意する。


「まぁ、確かに、一年生でありながら三年生の正答を捏造するなんて、頭が良くなきゃ出来ないよな…ハァ、その能力を、もっと別の所に生かしてくれないものか…」


小百合は、暫く考案し、そして、提案する。


「…あ、では、宇宮鶴城を、生徒会に引き入れるというのはどうですか?彼女のやったことは、誉められたことではありませんが、その行動力には、目を見張るものがあります」


「っ、ちょっと待ちなさいよ小百合、そんなこと言ったって…生徒会の仕事は、主に学校の風紀を守る事と、各種行事の運営よ?そんな事、あの鶴城がやってくれると思うの?」


その時、生徒指導室から、輝の、勇気達を呼ぶ声が聞こえる。


「皆さん。一先ず話は終わりました。もう、入ってきて大丈夫ですよ」


「…ま、物は試しって事もあるかもな」


「え、勇気っ、本気なの?」


「何時どんな時でも、生徒を信じる。それが俺の、生徒会副会長としての信念だ」


ーーーーー


宇宮鶴城の態度は、輝と話をする前と後で比べると、見違えるほどに大人しくなっていた。


(へぇ…どんな話をしたかは分からんが…存外、効果はあったみたいだな…ん?あれは…鶴城の目が、少し赤くなっている…?)


「輝、鶴城の目に、泣いた跡の様なものがあるんだが…」


勇気が、少し訝しげに、輝に訊ねた。それを聞いた輝は、鶴城を一瞥し、思い出した様に少し微笑んでから、それに応じる。


「ご心配なく、勇気先輩。勇気先輩が、手荒な解決を好んでいない事は知っています。鶴城とは、本当に話をしただけです。少し、懐かしい話を」


(懐かしい話、ねぇ…?…表情から察するに、訊きにくい話の様だし、掘り下げるのは止めておくか)


「…そうか。それで、鶴城は何て?」


「それは…本人の口から聞くのが、得策と思いますよ」


輝が、勇気から目線を外し、鶴城を見遣る。それに気付いた鶴城は、軽く驚いた後、柔らかな溜め息をつき、口を開いた。


「石頭に頭を下げるなんて、屈辱以外の何物でもないけど…まぁ、輝姉さんに言われたら…ハァ、仕方ない。…その…っ、悪かったよ…」


(…素直だな。彼女、本当にさっきの鶴城と同一人物か?)


勇気は、鶴城と対面する形で着席し、語りかける。


「…じゃあ、しっかり反省してるな?もう、こんなことやらないな?」


鶴城は、少したじろいで、絞り出すように、勇気の言葉に応じる。


「…う、っ、分かったよ…もう、しないよ…輝姉さんに言われたから…」


勇気は、鶴城の言葉に安堵し、そして、手元の録音機を見て、微笑んだ。


「よし、言質取れた。よく言ってくれたな。ならば、宇宮鶴城!君が偽の正答を売り付けた生徒達から、それを回収しに行くぞ!恵と小百合は、放送委員にビデオカメラを返しに行ってくれ!」


「はぁ!?いきなりなに言ってるの!?っ、ていうか、何人いると思って…!ちょ、石頭!手引っ張らないでよ!」


ーーーーー


(っ、疲れた…)


勇気は、中庭に配置されているベンチに、ぐったりと腰かけていた。


(おおよそ、130人…全員回りきるのに放課後までかかったぞ…宇宮鶴城…学校内で暗躍しすぎじゃないか?)


その時、冷たい感触が、勇気の頬を刺激する。


「だから言ったよね?何人いると思ってるんだって」


鶴城が、ペットボトルの飲料を勇気に手渡しながら、声をかけた。


「…っ、ありがとう、意外と気が利くな。………フゥ、あー、生き返る…」


「あれ?石頭って、その飲み物苦手じゃなかったっけ?嫌がらせのつもりだったのに」


「…お前な…まぁ、何だ。住んでる世界が違うと、好みも違うんだよ。それと、石頭って呼ぶな、俺は星野勇気だ」


鶴城が、悪戯っぽく微笑みながら、勇気の隣に腰かける。


「いいじゃん、名前なんてどうでも。なんか、前より頭固くなってない?」


「別人だからな」


「…?まぁ、いいや。それよりさ、石頭。ちょっと頼まれてくれないかな?」


勇気は、鶴城が意外な言葉を発したので、疑問を口にする。


「鶴城は、俺に頭を下げたくなかったんじゃないのか?」


「そんな奴に頭を下げなくちゃいけないくらい大事な頼みってことだよ」


「…へぇ、まぁ、丁度俺も頼みたいことあるし、一応聞いておくよ」


「ありがと、あのさ、私を、生徒会に入れてくれないかな?」


勇気は、予想もしていなかった鶴城の言葉に、驚きで軽く咳き込んでしまう。


「っ、はぁ!?」


「私は知りたいんだよ、私から輝姉さんを奪った、星野勇気って人間のことがね」


「…あー、鶴城。それは…その星野勇気は、人違いだぞ?」


勇気がその言葉を発した瞬間、辺りに、暫く沈黙が流れる。


(俺が、この言葉を発する途端に、故障した機械人形みたいに"きょとん"とするの止めてくれよ…さすがに不気味なんだよ畜生)


「…あー、まぁ、何だ。願ったり叶ったりだな。実は、俺の頼みも同じだ。鶴城を、生徒会に勧誘したかった」


鶴城は、それを聞き、目を輝かせながら、勇気の方へ身を乗り出す。


「本当!?それじゃあ、私を生徒会に入れてくれるって訳だよね!?」


「ああ、そうだ、歓迎するよ。とはいえ、この時期だと手続きが面倒だぞ?」


「そんなこと承知の上だよ。どうすれば良いの?」


「付いて来てくれ、顧問の先生にそれ用の書類を貰って来なきゃならないからな」


ーーーーー


「失礼しました」


人気のない廊下に、勇気の声が、職員室の扉を閉める音と共に響く。


「鶴城、じゃあ、その書類を、明日までに書いておいてくれ、無くすなよ」


「無くさないよ、馬鹿にしてるの?これでも、提出物を無くしたことも忘れたことも無いんだけど?…まぁ、とにかく、これから宜しく頼むよ!副会長さん!」


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