4 写真部の長
時は昼休み。星野勇気は、3-F教室の中で、何をするでもなく、過ごしていた。
(…昼休みに入って、中藤尊康と話をしようと少し探してみたけど、この教室にも、グラウンドにも、中庭にも、ラウンジにも、何処にも居ない。彼は、体育会系だろうから、きっと運動できるような場所に…待てよ、彼は確か、初めて見たときに、テニスの教本を持っていたな…彼はもしかしたら、頭脳派プレーヤーかもしれないな。よし、図書室に行ってみよう、あそこはまだ探していなかった)
勇気は、その思考のもと、ゆっくりと机から立ち上がり、教室の扉の方を見た。
(…あれ、今…誰か覗いてた?)
勇気は見た。扉に視線を移した一瞬の間だったが、扉の小窓に、カメラが覗いていた。
(まさか、盗撮か?…生徒会副会長として見過ごせん!)
勇気は、足早に扉の方へ向かい、扉を勢いよく、しかし音を立てずに開け放ち、廊下を見渡す。
(…何処へ行った?…見つけた!逃がすものか!)
勇気は、首にカメラを下げた女子生徒が、廊下の角を走って曲がっていったのを目撃し、後を追った。
(く…っ!逃げ足が早い!?)
「おいっ!止まれ!今はまだ疑ってるだけだ!疚しいことが無いのなら止まれ!あっても止まれ!」
叫びながら、勇気もまた角を曲がる。すると。
「いっ!?ちょ、危なっ!?」
曲がった先で、カメラを下げた女子生徒は立ち止まっていた。勇気は、全速力で走っていたせいで止まりきれず、躓いてしまう。そして、彼女を押し倒す形で、倒れてしまうのであった。
「っ、つあ…っ、そんな所で急に止まるなよ…危ないだろ」
勇気が、倒れた身体を起こしながら、愚痴を溢した。
「…っ、止まれって言ったの勇気先輩じゃないですか…」
彼女も、勇気から目線を逸らしながら立ち上がり、続けて愚痴を溢す。
「…それもそうだな、ごめん。それより、止まったってことは、疚しいことは無いんだな?いや、あるのか?」
「言葉がめちゃくちゃですよ、先輩。疚しいことなんて、一つもありません、盗撮だって、立派な撮影技法ですよ!逃げてしまったのはただ恥ずかしくなっただけです」
彼女の名前は『宇宮輝』身長は145~150cm程で、少し長めの、流れるような桃色の髪と、透き通った水色の瞳が特徴的だ。クラスは2-D。この学校の写真部の部長を勤めており、成績も優秀で、教師陣からも高い評価を受けている。写真部の活動でも、幾つもの賞を獲得していて、二年生であるにも関わらず"優等生"の名が全校生徒のなかで最も当てはまる人物である。今まさに披露されているある点を除けば、だが。
「いや、歴とした犯罪だと思うんだけど。…まぁ、いい、カメラを渡してくれないか、中身を確認させてもらう」
輝は、勇気のその言葉を聞いて、驚きと、焦りと、恥じらいの表情を見せた。
「う、そのぅ…っ、見せるのは…ちょっと…なんと言うか…恥ずかしいものが…見逃して頂けませんか?」
「駄目だ。ていうか、さっき、盗撮も立派な撮影技法とかほざいてただろ、余罪があるかも確かめる。さぁ、素直に渡すんだ」
少しの沈黙のあと、輝は、俯きがちに、目線を逸らしながら、震える手で、ゆっくりと、首にかけていたカメラを差し出した。
「ありがとう。…えーっと、写真のデータは………え?」
そこには、"星野勇気"の写った写真が、何枚も、何枚も残されていた。学校での日常生活に加え、自宅での生活の様子や、果ては入浴シーンまで、あらゆる時間帯の、あらゆる"星野勇気"が、そこに記録されていた。それも、全ての写真に才能が溢れ出ている。
「…あー、なぁ、この写真群、何枚か不法侵入しないと撮影できないようなやつ混じってるよな?この寝顔とか、日付昨日だし」
「っ、はい…隠術には、自信があるので…」
「さらっと、とんでもないことを吐いてくれたな。…あー、貴女さ、もしかして、ストーカーか?」
「っ、そんな野蛮なものじゃありません!私の行為は、もっと純粋な気持ちからなるものなのです!」
「行為自体が純粋なものじゃないんだよ。「きゃあ、言っちゃった」みたいな顔をしないでくれ! …あー、これは生徒指導とかじゃなくて、個人的なお願いなんだが、盗撮するのをやめてもらえないか?」
「それだけは嫌です」
「即答かよ。…じゃあ、一つ質問させてくれ。君が盗撮しているのは、星野勇気一人だけか?」
「ええ、勿論です! 私は、勇気先輩を一目見たときから、勇気先輩一筋です!」
「…なんか、開き直ってないか。分かった、じゃあ、こうしよう。俺も、学校の生徒を警察に突き出すなんて事はしたくない。だから、この写真を、悪用しないと誓ってくれるなら、見逃してやる」
その言葉を聞いて、輝はあからさまに目を輝かせた。
「誓います!ええ、誓いますとも!元々この写真は自己満足の為に撮っているものです、誰の目にも触れさせません!」
「…、そうか。但し、貴女が盗撮しているところを、俺が見つけたら、全力で止めさせる。いいな?」
「警戒されているところを盗撮…燃えます!」
「燃えないでくれ。本当なら生徒指導室に…って、あれ」
(彼女の姿が消えた…っ!?…っ、俺の手にあったカメラも消えている…いったい何がどうなって…)
勇気は辺りを慌てて見渡す。輝の姿が何処にも見えない。気配も、一瞬で消えていた。
(…何処だ? 流石にまだ遠くへは行っていないはず…! …っ!?)
その時、勇気のすぐ後ろから、突然声がした。
「…簡単に見つけられるとは思わないことです、さっきは、何故か勇気先輩の行動が予測できず、見つかってしまいましたが、もう失敗は犯しません…安心してください、…ふふふ…」
勇気が、後ろを振り返る。しかし、そこに、宇宮輝の姿はなかった。
(何だ…今の…はは、凄いな、気配も、物音も、完全に消えていた。隠術に自信があるってレベルじゃない…もう、暗殺者だってやれそうじゃないか。…彼女の存在、知らない方がよかったかも…あ!そうだ、図書室に行かないと…!)
ーキーンコーンカーンコーンー
(…あ、…ハァ…せっかく中藤尊康と話ができると思ってたのに…次の授業は…化学か、行かなきゃ…)
星野勇気は、肩を落とし、とぼとぼと、教室へ向かっていった。