2 生徒会
時は既に夕方となった。星野勇気は、異様に寝心地の良いベッドの上で目が覚めた。
「あ、おはようございます、勇気さん。体は大丈夫ですか?生徒会室に入るなり急に倒れて驚きましたよ」
声のした方をふと見ると、そこには女神と見まごう程美しい女性が、ベッドの横に置かれた椅子に腰掛け、勇気に優しく語りかけていた。普通の男性なら、この状況で彼女を見た瞬間、自分の居る場所は天国であると瞬時に納得するだろう。
彼女の名は『天上美咲』身長は165~170cm、この世のものとは思えないほど美しい金髪が特徴で、ほとんどの男性が心を奪われることはもちろんだが、彼女を一目見た男性は、恋をするのではなく、彼女を崇拝するだろう。彼女は星野勇気と同じ三年生のようだが、彼女が来年、進学するか就職するか、そのどちらをとってもその先で彼女中心の宗教が生まれるのはまず間違いはない。しかし、そんなことも、星野勇気にはどうでも良い事だった。
「あんた…誰だ?」
星野勇気が最初に出した言葉はまたしてもこれだった、勇気は彼女のことは知らないし、あれから何が起きたのかも覚えていない。勇気はとりあえず、彼女の素性は知っておきたかった。部屋を少し見渡したところ、豪邸の一室のような上品さがある。校内にはこんな場所はなかったはずだ。ということは、この部屋は彼女の自宅の一室、と考えるのが自然だろうか。しかし、勇気の記憶が正しければ、自宅に招かれるほど親しい仲の"女性"など存在しなかったはずである。まして、彼女のように一目で『お嬢様』と分かるような存在は、友人にはおろか、学校内にも在籍していなかった。ならばいったい彼女は何者なのか、そんな思考が、勇気にはあった。
「…私のことを忘れたんですか?共に苦難を乗り越えてきたじゃないですか、昨日だって…」
勇気はその話に全く身に覚えがない。なんでこうも、出会う人出会う人に、思い出話をされるんだ。その思考が顔に出ていたのだろう、美咲はほどなくして少し真剣な表情になり、こう続けた。
「まさか…冗談などではなく、本当に忘れてしまったのですか?」
その通りである。いや、そう言うと少し語弊があるかもしれない。星野勇気は、忘れているのではなく、彼女に会ったことすらない。しかし、勇気は彼女のその言葉に少し安心した。彼女なら、自分の体験した奇怪な出来事を信じてもらえる、と、思ったからだ。勇気は、朝、目が覚めてから、現在に至るまでの出来事と、その時の心情を、事細かに話した。美咲はその話に終始真剣な表情のまま、耳を傾けていた。そして、勇気の話を聞き終えた美咲が、口を開く。
「なるほど…事態はなかなか深刻のようですね…」
その言葉に、勇気は安堵した。しかし、その感情は一瞬の内に崩れ去ることになる。
「でも、心配しないでください、勇気さんが思い出すまで、ずっと、側に居ますから」
(違う、俺は貴女とは初対面だ)
勇気は安心しきっていたようだが、よく考えれば、彼女は過去にも勇気と会っていた、と言っている。彼女にとって、それは、揺るぎない事実なのだろう。それならば、勇気が記憶喪失になってしまった、と、考えるのは自然である。勇気はすぐに反論しようとする。
「え、いや、記憶喪失とかって訳じゃ…」
まで言いかけたが、その直後。
ーバンッ!ー
という、大きな音と共に、勢いよく部屋の入り口が開けられた。そこには、燃えるような赤髪を後ろで結んだ女性が立っていた。彼女は、嬉しさと、心配と、怒りが入り交じった、絶妙な表情を作りながら、怒鳴るように、声を張り上げた。
「会長!勇気の目が覚めたって本当!?」
彼女の名は『木崎恵』身長は155~160cmほどで、決して、背が低いわけではないのだが、180後半の勇気にとっては、少し小柄に見えるかもしれない。彼女の特徴はなんと言っても、その目である。一睨みで野生の熊を追い払ったという逸話を持つ彼女に、一瞬でも睨まれたが最後、男女問わず、もれなく彼女の虜になるだろう。そして、彼女のしもべとなるだろう。しかし、星野勇気はそんなことよりも、先程の彼女の言葉が気になった。
彼女、木崎恵は、天上美咲のことを、『会長』と呼んだ。会長とは生徒会長の事なのだろうが、星野勇気が知っている生徒会長は、『繁沢健』、"男性"だ。
星野勇気は困惑した、よく知っている生徒会長が別人になったのだから、仕方がないことなのだろうが。
「恵、扉はもう少し優しく開けてくれるかしら、勇気さんが心配なのは私も同じですけど」
美咲は、恵の方へ体を向け、乱暴に扉を開けた彼女を諭した。恵は、それを受けて、少し顔を赤らめて勇気から目線を外す。
「っ、別に心配って訳じゃ…その…勇気は副会長だし、会計としては、目を覚まして貰わないと困るって言うか…」
美咲は、恵の反応を見て、いたずらっぽく微笑みながら、冷やかすように語りかける。
「恵は、正直じゃないのね、それじゃあ、いつまで経っても勇気さんに振り向いてもらえませんよ?」
恵はその言葉を聞いて、いっそう顔を赤くした。
「っ、ちょっと会長!そういうこと、本人の前で言わないでよ…!」
美咲は、もういいだろう、と言いたげな満足そうな顔をして、話を続ける。
「恵のそういうところ、嫌いじゃないですよ。そう言えば、小百合達は、どうしたのですか?」
恵はその言葉を聞いて、少し慌てるように、先程自分が開いた扉の方へ振り返る。そこでは丁度、一人の少女が、息を切らしながら、立っていた。
「っ、恵先輩…!ひどいですよ…!私達を置いて…!一人で行っちゃうなんて…!私達だって…勇気先輩が心配なんですから…!」
彼女の名は『新藤小百合』身長は150~155cmほどで、肩まで伸びた黒髪が印象的な彼女は、星野勇気から見て、一つ年下の二年生で、生徒会では、書記を勤めている。年上の男性から人気があり、よく路上で口説かれているところが目撃されている。勇気に憧れて生徒会に加入した、という経緯があるはずなのだが、当然の事ながら勇気自身は彼女とは初対面だ。
そんな彼女の後ろに、小さな人影がもう一つ顔を覗かせる。
「もー、小百合せんぱいが走るのおそいから、合わせるのたいへんだったんですよー?」
彼女の名は『天上真白』身長は135~140cmで、小学生と見まごうほど小柄である。勇気とは二つ下の一年生で、生徒会では庶務を勤めている。その小さな体から発せられる、オーラの様なものは、とても純粋であり、どんなに凶暴な獣でも、彼女を一目見れば、たちまち大人しくなる。という、世界平和という言葉を体言しているような人物だ。そして、天上美咲の実の妹である。
「あ!ふくかいちょうー!」
真白は、勇気をその目に捉えた瞬間、キラキラとした笑顔を浮かべ、勇気に向かって飛び付いた。
「のわっ!?」
勇気は真白に押し倒される形で、ベッドに仰向けで倒れる。
「真白、勇気さんは目が覚めたばかりなんだから、あまり無茶をさせては駄目よ?」
美咲が、勇気に飛び付いた真白を諭した。しかし、真白はお構い無しに、勇気に抱きつく。
「大丈夫だよ、ねえさま!だってふくかいちょうはこんなに元気だもん!」
真白は眩しいほどの笑顔を浮かべ、甘えるように勇気に密着している。
「もう、真白ったら相変わらず…、勇気さん、大丈夫ですか?」
美咲は真白に呆れながら、不意に勇気に尋ねた。勇気は少し戸惑ったが。
「あー、うん、大丈夫。俺が倒れたのは、貴女達のせいじゃないしな」
と、答えた。実際、勇気が倒れた理由は学校内に知っている人間が急に居なくなったショックからである。美咲はその言葉に安心した表情を見せ、話を続ける。
「なら良いのですが…、万が一、という言葉もありますから、今日は泊まっていってください」
「えっ、そんな、悪いよ。家でやりたいこともあるし…」
勇気は再び戸惑い、申し訳なさそうに断ったが、美咲の言葉を聞き、目を輝かせている真白が目に入り、断りきることができなかった。