17 ちょっとした秘密
「……美麗ってさ、ほんと凄いよね。なんかこう…全部が」
「は…? 嬉しいけど、ふんわりしすぎてね?」
「しょうがないでしょ、他に思い付かなかったんだ。……まぁえっと…いつも一緒に居てくれてありがとうってこと!」
「おう。これからも一緒だ、鶴城」
これは誰かが交わした、いつかの約束である。
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「美麗ー? 美麗ぃー?」
「ん…、あぁごめん桜姉さん。じゃあ再開しよう! 演奏はもう形になってるから、次はパフォーマンス含めてやるか。急ぎなもんできついぜ、覚悟しとけよ副会長?」
「ああ、やってやるさ」
「よーし、まずは動きの確認から行くぞ。覚えたらとっとと実戦な。行くぜ!」
勇気達は練習を再開した。
・・・・・・・・・・・・・・・
「♪空に風穴開けてやれ!」
─ズギャアァン!!!!─
「よしッ!! 良かったぜ副会長!! 結構運動神経良いんだな?」
「副会長なんだ、これくらいはな。というか、凄いのは美麗達だよ! 演奏技術や運動神経だけじゃなく、ずっと観客を意識していて芯が通ってる! 中々出来ることじゃねえと思う、本当に凄いよ美麗、梨乃、桜!」
「…ふーん、それ素?」
「えっ? なんか今おかしかったか?」
「別に何も? それよりどうも。ま、私たちも伊達に軽音部やってねえからな」
美麗は得意気に胸を張った。梨乃も顔を伏せて気恥ずかしそうだ。
「ひゅー! ありがとー勇気さんー!! 勇気さんに誉められると元気出ちゃうねー!!」
桜は満面の笑みで手を振った。
「…ほんとに桜姉さんと友達なんだね副会長。……なんか距離近くねえ?」
「俺もそう思う」
「なんだよそれ。しかし…まぁ、だからって訳じゃねえけどさ…。副会長、あんたのことは信じるよ」
「…良いのか?」
「うん。我ながら手のひら返しみたいで感じ悪いと思うけどさ。でもあんたはそもそも圧政の関係者じゃねえし、こんな機会を与えてくれたのもあんただ。どう考えたって他の奴らとは違うだろ」
「まさか、会長が居てくれなきゃこうはならなかった。全部会長のおかげだよ」
「……その言葉を本心から言ってるやつを初めて見た。でも悪いけど、信じるのは副会長だけだよ。生徒会の話に乗ると決めたのも、副会長が居たからだ。もしこれが生徒会の罠なら、あんたは怒ってくれるだろうからね。でしょ?」
「ああ、そうだな。怒ると思う。まぁ、俺はこの学校の生徒会がそんなことをするなんて思えないけど」
「するんだよ、あいつらは。……あんたが記憶喪失ってのは聞いてる。私がどうして生徒会を憎んでるのか分からないと思うけど…、それほどのことをしてたんだ」
美麗の眼からは、やはり憎しみが感じられる。それも、かなり強く。
「……ああごめん、自分の組織を悪く言われんのは気分悪いよな」
「いやいい、聞けて良かった」
「…優しいんだな。じゃ、次始めるぞ皆!」
軽音部の爆音は、ほとんど一日中響き渡っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・
空は赤くなり、休日練習に来ていた他の部活も解散し始めている時刻。
「よしっ、皆! もう一回──…だッ!?」
演奏後、美麗が定位置に戻ろうとした時、足がマイクスタンドに引っ掛かり躓いてしまう。
─ぽすっ─
それを勇気が間一髪で受け止める。
「──あれ、転けてない…」
「…間に合った。足とか捻ってないか? 美麗」
「っ、あ、ああ平気。でも余計なことすんなよな」
美麗は勇気から慌てて離れた。
「平気なら良かった。…美麗、今日はもう終わった方が良いと思う、自覚してないだけで美麗も疲れてるみたいだし」
「…そうだね。なんか今ので疲れを自覚した気がする」
美麗はすぐに顔を背けて楽器を片付け始める。顔がほんのり紅潮している気がしなくもない。
「……は? それはちょっと美麗センパイちょろすぎ──」
「鶴城ィ!! ……今はまじで黙れ、頼む」
瞬間、鶴城の表情が笑顔に変わる。なんとも下衆な表情である。
「そんな頼みこの私が聞き入れるとお思いですの? 逆効果だよ美麗せぇんぱぁい… ケヘヘッ」
「よーし副会長、ペナルティなら幾らでも受けてやるから今すぐあいつを殴らせろッ!!」
「駄目だ、乗るな美麗」
勇気は突撃していった美麗を掴んで止めた。
「ぐえっ、…お、おい石頭!! この持ち方は無いでしょ地面に足付かねえんだけど!」
「これが一番無力化できるからな。手を出すのは駄目だ、美麗」
「くっそ…屈辱だ!」
「ふっはひゃはははは!! 子猫みたいになってる美麗センパイ可愛いーぃ。良いぞ副会長サマー! カッコいいぞー!」
「てめえ鶴城コラァ!! 副会長、今すぐ離せ! あいつを殴れねえ!!」
「っ、駄目だって美麗! 暴れるな危ないぞ!? ったく…鶴城! 次の平日覚悟しとけよ。めちゃめちゃ仕事振るからな!」
「はっ、何でも来るんだね。生徒会の仕事全部任せられたって天才には楽勝だっての」
「口が減らないな貴女は…。……美麗も、そろそろ落ち着いてくれ」
「……分かったよ、殴らなきゃ良いんだろ。早く下ろせ」
「ああ、ごめんな急に掴んで」
勇気は手を離す、美麗は着地すると同時に──
「ゥオラアアァァァーッ!!」
「なっ、美麗待て!!」
──鶴城に鋭いドロップキックを見舞った。
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「いったた…、美麗め本気で蹴りやがったな……」
「自業自得でしょ」
「そうかもね。…私が悪いのは事実だし」
「……今なんて?」
「じゃあもっと耳元で言ってあげましょうか恵センパイ。わーたーしーがー!!」
「だーっ! 離れろッ!! そういう意味で言ったんじゃないわよ!」
軽音部が解散した後、一行は生徒会室に集まっていた。
「…悪かった、鶴城。美麗を止められなくて」
「ほんとだよ、後でお菓子とか奢ってよね──って言いたい所だけど、今回は無しかな。…美麗のこと、許してやって」
「……分かった。…なぁ鶴城、貴女まさか──」
「黙って、石頭。……で? 問題の女王サマはどうだったのさ。軽音部の演奏、初めてちゃんと聴いたんでしょ」
鶴城は話を逸らした。訊かれたくないことがあるのだろう、それが未練や後悔かは分からないが。
「そうね……。相変わらず頭に響いて痛かったけれど、…熱意が伝わりました。……悪くなかったわ」
「ふぅん、成長してんじゃん女王サマも」
「鶴城お前、先輩に対する口の利き方ってものを少しは考えなさいよね…」
「はいはい親衛隊長さんは黙ってましょうねー」
「こいつ…」
「いいわ、恵。今回は鶴城も真っ当です。…あの時も、雑音だと一蹴せずただ聴いてさえいれば良かったのでしょうね……」
美咲の悲しい声色は、美麗が言っていた"圧政"とやらを思い出させる。どうやら彼女はその行いを悔いていて、であればかける言葉など決まっている。
「ならその汚名、返上しよう。これから」
「ではその汚名、返上しましょう。これから」
勇気と小百合の言葉が重なった。むしろ、後半は意図的に声を合わせた。
「俺は、その……圧政ってのをよく知らないから無責任かもだけど、少なくとも今の貴女は頼れるひとだ、会長」
「はい、この学校の生徒会長は天上美咲だけです。どうか会長の再起を見届けさせてください」
勇気と小百合の眼差しは、どこか似ていた。
「……本当に、私には過ぎた方達ね…。すみません勇気さん、小百合。後悔ばかりして弱気になるのは良くないですね」
美咲は小さく深呼吸をした後、言葉を続ける。
「生徒会一同、来週は劇場建設の告知と、劇場利用の窓口設置を進めましょう。あの劇場は、生徒たちの成果を発表する場所として在るべきです」
「「了解」」
生徒会は声を揃えて応答した。
「では、これにて解散とします。お疲れさまでした」
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解散した後、帰り道。勇気と結愛は肩を並べて歩いている。
「……生徒会長、変わったね」
道中、結愛が言った。
「そうか、結愛は昔の生徒会を知ってるんだよな」
「うん、少しだけ。…酷かったよ本当に、始まりは──」
「ごめん待った! 詳細は言わないでくれ。知らないままでいたいんだ」
「あ…うん、分かった」
勇気は、生徒会が行っていた"圧政"について詮索しないことにした。話を聞く限り本当に酷いものだった筈で、その事実を確かめたいと確かに思った。だがそれを知って何になる? 他人の歴史を掘り返して、それが罪だったとして、どうする。それを糾弾するのか? 罪人だからと警戒を始めるのか? 生徒会長に、副生徒会長である自分が?
ありえない。副会長であるならば、会長を疑ってはいけないのだ。
(他がどうかは知らないけどな)
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「「ただいま」」
声が重なる。それに気付いて、二人は顔を見合わせる。そして思わず笑いながら
「「おかえり」」
お互いを労った。
「お義兄ちゃんも誰も居ない家に挨拶する人だったんだ。なんか親近感」
「ああ、俺の他にも居たんだな…」
帰宅後、二人は他愛ない話をしながら、玄関を抜ける。
「おかえり」
「「えっ!?」」
誰かが、居た。
「ゆ、幽さんっ!? どうして勝手に入ってるんですか!」
「何を今更、これで何度目じゃと思うとる? 結愛」
三途川幽はおどけて見せる。対して結愛は非常に呆れた様子だ。
「そういう問題じゃないんだけど…」
「結愛も幽と知り合いだったのか?」
「…私たちを何度も悪巧みに巻き込んでる悪い人だよ」
「なっ…そこまで言わなくたって良いではないかぁ……ぐすっ」
「可愛い女の子の見た目してるから質が悪いよね、ほんと。…それで、今日は何の用なの? 幽さん」
「なんじゃ、少女の涙に全く狼狽えないとは薄情じゃのう。今日の用は単純、贈り物じゃ」
幽は言いながら、リビングの一角を親指で指差した。そこには、いつか勇気が弾いた深い菫色のキーボードが鎮座していた。
「これが?」
「ああ、星野に趣味のご提供じゃ。ヌシ、勇気と違ってビデオゲームはあまりやらんのじゃろう?」
「そうだけど、…ただの気遣いって訳じゃないだろ?」
「いいや? ただの気遣いが殆どじゃよ。人間、趣味がないと荒んでいく一方じゃぞ。未知の世界に飛ばされたヌシなら尚更のう。黙って受けとらんか」
「…分かった。ありがとう、幽」
「うむ、楽しむと良いぞ。それじゃあの、二人とも。何かあれば私のところに来るんじゃぞー」
幽は別れを告げながら、天井をすり抜けて帰っていった。
「……何でもありだよね、幽霊って」
「…本当にな」
暫し唖然とした後、二人は贈り物であるキーボードに目を向ける。
「じゃあ…弾いてみる?」
「えっ?」
「なんかお義兄ちゃん、弾きたそうにそわそわしてるし」
「そうなのか…、自分で分からないもんだな。じゃあ遠慮なく」
勇気はキーボードの前に座る。そこから見る景色は、妙に懐かしくて。家の構造が同じであるからか、元の世界に帰ってきたような錯覚に陥る。
(思えば今週の休日は、キーボードばかりに触れていたな。…いつもの俺みたいだ)
思いながら、鍵盤に触れる。譜面は指が覚えていて、考え事をしながらでも曲を奏でられた。いつもそうしていた。
(でも、何か……違う気がする。悪い意味じゃない、どこか懐かしい様な──)
ふと、前に気配を感じた。顔を上げると、そこには少女が立っている。その少女は無論、星野結愛である。しかし勇気の目に映ったそれは、全く違う人物だったのかもしれない。
(──夢……? …いや、幻覚だ。酷いな、こんなものが見えるなんて。やっぱりどこか不安だったのか、俺は)
勇気は最後の音を弾くと、目を閉じてその気配を振り払った。
ーぱちぱちぱちー
演奏を終えた勇気に、結愛が拍手を送った。可愛い笑顔で、可愛い音だ。そこには感動も在るようで、結愛は涙さえ流している。
「…私、やっぱり好きだな。その演奏」
「……どうもありがとう、結愛」
「そういえばお義兄ちゃん、聞きたかったんだけどキーボードってどこで覚えたの?」
「え、…あー……えっと……、ごめん、それは言えない」
「言えない?」
「言いたくないんだ。人に伝えるような話じゃない」
「…そっか。それなら聞かないよ、ごめんね」
「いいよ、こっちの都合だ。…でもありがとう、結愛。……あ、そろそろ飯にするか。リラックスしたら腹が減った」
「確かに、私も。行こっか」
勇気と結愛は、二人肩を並べてキッチンに入る。二人で料理をすることに、すっかり慣れてしまった様子だ。
(結局、ただの休日を過ごしてしまったな……。もう少し焦るべきだったかもしれないけど、休日は休日なのかもな)
生徒会、軽音部、星野勇気、扉、中藤尊康。考えることは多くある。だが今は、ただ休ませてもらおう。