15 軽音部からの招待
空は快晴、澄みきった空気である。勇気と結愛は、いつもとは違う、少し新鮮な気持ちで、学校の正門をくぐった。学校の様子は、平日の朝よりも静かではある。が、部活動等に意欲的な生徒が、休日にも関わらず集まり、鍛練に励んでいるため、全くの静寂というわけではないらしい。勇気が軽く辺りを見渡すと、近くで、天上美咲と、天上真白、そしてその父、天上治が談笑している姿が見えた。
勇気は、手を振って三人に挨拶を投げる。
「美咲さん、真白、おはよう。治さんも、おはようございます」
勇気の声に、美咲は微笑み、治は会釈し、そして、真白は、眩い笑顔で、勇気に勢い良く飛び付いてきた。
「おはようございますっ! ふくかいちょう! 結愛ちゃん!」
「おはよう、真白ちゃん。お義兄ちゃんから離れて」
「あっ、じゃあ結愛ちゃんにも!」
結愛の言葉を聞いた瞬間、真白は、流れるように結愛に抱き付いた。
「わっ!? ちょっと、そういう意味じゃあ…、って、勢いが強い!? っ、危なっ…!」
「ちょっと、真白! そろそろ怪我をしますよ!」
「だいじょうぶですよ、ねえさま! もしこけそうになっても…」
結愛の体勢が大きく崩れる。あわや倒れるという所で、真白は片手で結愛の体を支え、ぴたりと止めた。
「私がこうやって、支えてあげれば良いんですよ。ね、結愛ちゃん?」
真白は、結愛に向けて爽やかな笑顔を送った。彼女の顔は、結愛のすぐ近くにある。結愛は、困り顔で真白から目を逸らした。
「…うん、まぁ、ありがとう。真白ちゃん、力強いよね。お義兄ちゃんには、こういうこと、あんまりしないでね?」
「ふふっ、どうしましょう? ふくかいちょう、抱き心地が良いしなぁ…」
真白と結愛の様子が落ち着くと、美咲と、二人を止めようと片足を出していた勇気は、安心したように息を漏らす。
「…楽しそうね、真白。父様も、見ていたなら止めてくれれば良かったのですけど」
美咲は、真白達の様子を、微笑ましそうに黙って眺めていた父親の態度に、不満げな様子だ。
「大丈夫だよ。真白は、本当に危ないことはやらないからさ。それに、美咲も、止めてくれるだろう?」
「…、私たちを信用しすぎよ、父様。私たちは、今まで道を踏み外していたんですよ?」
「でも、今は改めようとしているんだろう? 僕は、いつまでも二人を信じるよ。愛する娘達だからね」
治は、美咲に笑顔を見せた。
「ふふ、相変わらず、気障な人ね。父様?」
美咲は、父親の言葉に、よく似た笑顔で応えた後、勇気の方へ向き直った。
「それはそうと、勇気さん。今日もお早いですね? 最近は遅刻知らずの様で、何よりです」
「遅れることが不安なだけだよ。そういえば、それ、この世界に来てから何度か言われてるんだけど、この世界の星野勇気は、そんなに時間を見ない人間だったのか?」
「ええ、それはもう。大体が、時間丁度、もしくは五分後の到着でしたね」
「はい、いつも、息をきらしながらかけこんできてましたよ!」
「そうか…、自分の事じゃない筈なのに、なんだか情けないな」
「その代わり、と言えるかは分かりませんが、勇気さんは、仕事を人並み以上にこなせる方ですから。私達は、あまり悪く思ってはいませんよ。ああ、そうだわ、失念していました。父様、紹介します。彼等は…」
と、美咲が、思い出したように、勇気達の事を治に説明しようとする。しかし、治はそれを止めた。
「副生徒会長の星野勇気さんと、その義妹さんの、星野結愛さん、だろう?」
「…驚いた。父様、知っていたの?」
「ああ。三途川に教えてもらったんだ。…それはさておき」
治は、勇気と、結愛の瞳を、真っ直ぐに見据えた。
「そちらの状況は把握しているつもりですよ、勇気さん、結愛さん。詳細は言えませんが、僕が必ず力になります」
「えっ? それって!」
勇気が、驚いて問い詰めようとしたが、それよりも早く、治は何かを押し付ける様に差し出す。まるで言葉を封じるように。
「ああ、でも、きちんと自己紹介はしていませんよね。それはきちんとやっておかないと! 改めて、初めまして。天上社の、天上治です。これどうぞ、名刺です」
「ど、どうも」
勇気と結愛は、差し出された名刺を、恐縮しながら受け取ることしか出来なかった。
「ただの高校生に名刺を渡してどうするおつもりですか、父様?」
「あぁ、最近は名刺を渡す人も居なくてね。折角作ったものだし、誰かに渡したかったんだ」
美咲は、それを聞いて呆れたようにため息を溢す。
「…本当に読めない人ですね。親子だというのに…」
「ははは、ますます夕音に似てきたじゃないか、美咲」
「お母様、やっぱり苦労したのかしら…」
治は、そんな和やかな空気を流した後、勇気と結愛に向き直る。その表情は、穏やかなままだが、しかし、勇気の目には、何かが違って見えた。
「二人とも。その名刺、実は特別製でしてね。僕個人に繋がる電話番号が書かれています。まあ、その所為でこれを渡す人が居なかったんですが…。それはそれとして、何かあれば、いつでも電話してきてくださいね」
そう、治は言った。
「なっ、そんなものを渡したの!? お父様は、天上のトップなんですよ!?」
治は、美咲に問い詰められると、違っていた何かを、奥底に隠した。
「良いじゃないか、美咲。ちょっと友人が欲しくてね。大人は皆、天上社員になってしまうだろう? つまり皆、部下だ。殆どが、かしこまった態度を取るものだから、少し、寂しくてね」
「そんな…、礼儀は必要よ。それに、お父様には、秘書の水野さんが居るじゃない」
「水野? 確かに水野とは腹を割って話すことが多いけど、どちらかと言うと、水野は僕にとって…、あー、第二の母親みたいな所があるし」
「…今の台詞、水野さん本人が聞いたら、何と言うか…。ああ、どうしましょう。私、お父様が社長でないと成り立たない天上社を継ぐ自信がないわ」
「はは、別に無理をしてまで継ぐ必要はないよ、美咲。僕は、美咲の将来を狭めるなんて真似は、絶対にしたくないからね。それに、僕が死ぬ頃には、天上は各事業にバラバラになると思うし…。おっと、そろそろ水野を待たせておくにも限界かな…。それじゃあ、僕は失礼するよ。勇気さんと、結愛さんも、是非楽しんでください」
治は、柔和な笑顔を浮かべた後、手を振って去っていった。
「何と言うか…、自由な方なんですね、美咲先輩のお父さん」
結愛が、治の背中を流し見ながら言った。
「…、全くです。お父様の考えは、いつも分かりません。お二人とも、分かっているとは思いますが、その番号には無闇にかけないように、お願いしますね?」
「ああ、もちろ__」
と、勇気が肯定の意を示そうとしたとき。
「えっ、何、さっきまで王サマ居たの? うわー、一目見ときたかったなー」
突如、宇宮鶴城がぬっと顔を出した。
「わー、鶴城ちゃん! いつからいたの!?」
「おはよう、お姫サマ。今来たとこ。っていうかお姫サマだけは気付いてたでしょ、何で開口一番に驚いてるフリしてるの。他の人が驚くタイミング逃してるじゃん」
「えへへ、ごめん、ちょっと言ってみたくて」
「何それ。お姫サマって、結構突拍子もないところあるよね。って、あれ、恵センパイ達はまだ来てないの?」
「ああ、恵と小百合は、まだ来ていないな」
「嘘、本気で? これじゃまるで、私が真面目みたいじゃん。もうちょっと遅く来るべきだったかな…。五分過ぎ…、いや、十分過ぎか?」
「…鶴城。貴女は、実際に真面目だと思うぞ」
「そうですね。勇気さんの言う通り、「どうすれば不真面目でいられるか」を考えるなんて。それはむしろ、自分が真面目であると肯定することになりかねないですよ、鶴城」
「…なんか、痛い所を突かれている気がする」
「鶴城ちゃんって、テストもずっと満点だしね!」
「ああもう、お姫サマはすぐ援護射撃をする! 分かった、良いよ真面目で! 真面目に悪巧みするから!」
鶴城がそう言った直後。
「おはよう。私達が最後みたいね。で、鶴城、今度は何を企んでいるって?」
木崎恵が、鶴城の後ろから声をかけた。その後ろには、新藤小百合も到着している。
「うげ、今来たのか…。まぁ、安心してよ、恵センパイ。もう暫くは、何もしないからさ。極力ね」
「極力、ねえ…。お前が言うと信用ならないわ…。全く、くれぐれも、副会長の手は煩わせないようにしなさいよね」
「恵センパイって二言目にはそれじゃない? どんだけ石頭のこと好きなんだか」
「なっ、別に贔屓しているつもりはないわよ! ただ、今は記憶喪失なわけだし…、必要な心配をしているだけよ」
「ふーん。ま、そういうことにしとくよ」
「これ以外に無いわよ!」
「二人とも、そろそろ行きますよ」
と、美咲が二人を諌めた。恵は、不服そうにしながら、勇気の方を見て、そして目を逸らす。結局は、図星だったのだろうか。
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「うっわー、すごい! もう、外観はぜんぶ完成しているんですね!」
劇場の目の前に来ると、真白が感嘆の声をあげた。とても大きな劇場だが、不思議と圧迫感は覚えない。これもまた、天上社が誇る様々な技術の賜物なのだろう。
「ふふっ、流石は父様。完璧ね」
「会長。そういえばこれ、最新の劇場なんですよね?」
「ええ、小百合。その筈よ」
「なんだか、信じられないですね…。天上最新の、しかもこんな大きな劇場が、私達の学校の真隣に建つなんて…」
「ふーん、天上社、もとい王国の手腕。初めて間近で見たけど、こんな早業なんだね? …なんか、空間ねじ曲げてない? これだけの空き地見覚えないんだけど」
「それはきぎょうひみつだよ、鶴城ちゃん! 知ってはならないりょういきです!」
「…なにそれ、怖いんだけど。邪術でも使ってるの?」
「真白、怪しい言い方をしないでくれるかしら。もう少し潔白よ」
「会長、その言い方もそれなりに怖いと思います…」
と、その時、軽音部長、宮田茜が、劇場の出口から顔を出した。
「あ、美咲、来てたんだ。へぇ、生徒会も全員集合か」
「おはよう、茜。もう設備については把握したかしら?」
「まだまだかなー。色々と、ヘルプを読んだりで時間取られちゃってね…。天上は、シンプルな製品が多いけど、最新の劇場となると、やれることが凄く多いんだね。用途別に形態が分かれているとはいえ、右往左往しちゃっているよ」
「劇場は、使う団体も様々ですからね。対応する為に、どうしても機能が多くなってしまうのよ。もし困ったら、ビギナーモードも試してみると良いですよ」
「なるほど、ビギナーモードね。…美麗が嫌がりそうな名前だなぁ…。っと、そういえば、部室に物を取りに行くんだったよ。また後でね! ああ、そうだ、立体映像、だっけ? 美麗が感心してたよ、よかったね。それじゃあねー!」
茜は、生徒会一行の横を通り過ぎ、校舎へと走っていった。
「ねえ、お義兄ちゃん。茜先輩って、確か…」
「ん? ああ、そういえば緊急ライブの時に目を撃たれたな」
「そんなに軽く言えることじゃないよ、本当に心配したんだから…。あの人の事、信じて大丈夫なの? 騙し討ちとか…」
「大丈夫だよ、結愛。彼女は、この学校の生徒だぞ? なら、信じて協力することが大事だよ」
勇気は、そう笑って応えた。それを見て、恵が冗談混じりに、訝しげな視線を向ける。
「聞いてると、副会長が記憶喪失になってるって忘れそうだわ…。まさか、今更"実は全部嘘でした"何て事はないわよね?」
勇気は、首に手を当てて、応える。
「…あー、どうなんだろうな? 嘘をついていると言われれば、…違うとも言えないし」
「ちょっと、そこははっきりしなさいよ…」
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生徒会一行は、茜を見送った後、劇場へと入っていった。
「…そういえば。茜って結構友好的よね。前に、軽音部室に行ったときも、私達を突っぱねたりはしなかったし」
恵が、茜の態度を不思議に思っていると、横から、結愛が応える。
「茜先輩は、部員の皆をとても大切にしている人ってだけで、生徒会に個人的な恨みは無いみたいですよ。生徒会には、ですけど」
美咲が、それを聞いて伏し目がちに呟く。
「それは…、私にはある。ということかしら」
「もしそうでも、私達が何とかするから大丈夫よ、美咲。ていうか、結愛、よく知ってるわね」
「梨乃ちゃんに聞きました。…あー、軽音部の」
「へえ、部員と仲が良いのね。…となると、桜は相変わらずだから、やっぱり問題は、生徒会全体に敵対心を持っている美麗、ということね」
「難題ですね…。美麗ちゃんは、私が生徒会に入った時も、"二年なのに何故"とすごい形相で睨み付けられましたし。劇場を建てたとはいえ、大きく状況が変わっているわけでもない今、耳を貸してくれるとは…」
「鶴城ちゃんがいれば、だいじょうぶだとおもいますよ? なかよしだもんね!」
「えっ、何でそんなことまで知ってんの!?」
「そうなの? 鶴城」
「…、一応、幼馴染み。でも、今じゃ私は裏切り者だし。もう、美麗も聞く耳持たないでしょ。前、部室に行ったとき煽っちゃったし」
「そうかなぁ…?」
言いながら、真白が小劇場への扉を開ける。直後、勇気の目に飛び込んできたのは、炎だった。燃え盛る炎と、それに伴う熱気。そして、何かが焼ける、陰惨な臭いすら…、いや、臭いはなかった。勇気は、突然の事に、一瞬、頭が真っ白になった。
「うおぉっ! 凄っ、何これ!? 最高じゃん!」
炎の中心で、軽音部員、中藤美麗が叫んでいる。
「…っ、驚いた。一瞬、何が起こったのか分からなかったぞ…。美咲さん、これが、さっき茜が言っていた立体映像なのか?」
「ええ、そうです。豪快なものでしょう? 流石は天上。エンターテインメントに関する技術は、群を抜いていますね。美麗! 喜んでいただけたかしら?」
美咲が、美麗に向かって呼びかけた。美麗は、驚いたようにそちらへ振り向き、舞台から飛び降りる。
「なっ、生徒会!? 来てたのかよ…。まぁ、良いんじゃないの?」
「ふぅん、意外だねぇ美麗センパイ。もう少し噛みついてくるのかと思っていたけど?」
「そこまで狂暴じゃねえよ私は! これを作ったのはあんた等じゃないし、凄いものは凄いんだから、それは評価するっての。…でも、もしこうやって私に付け入ろうとしてるんなら、やめときなよ。他の皆は、もう気にしてないかもしれないけど、私だけは忘れないし、許さないからな。絶対だ」
美麗は、険しい顔で生徒会を、特に美咲を睨み付けた。
「みーれい! もう良いじゃんー。美咲だって、今までの事、反省しているみたいだしー。少なくとも、この劇場を造っちゃうくらいにはねー」
と、舞台の上に居た筈の橘桜が、いつ降りてきたのか、美麗の背中に抱き付いた。
「うっ!? っ、桜姉さん達は楽観的すぎるんだよ! あんなことをしてた連中を簡単に信用するなんて、不用心すぎる! 今回だって、償いだなんて嘘かもしれないでしょ!?」
「なっ、あんたねえ! 美咲は、本心でやってんのよ。ちゃんと、本心で!」
「ああもう、そういう親衛隊じみた態度がイライラすんだよ恵センパイは! 信じられないものは、なに言われても変わんねえよ! 桜姉さん、私はもう戻るから。生徒会と話終わったら来てね」
美麗は、そう吐き捨てると、舞台の上へと戻っていった。桜は、その背中へ、呑気に手を振った。
「はーい、了解ー。さてとー、勇気さん…じゃなくて、生徒会に、話があるんだけどー」
「何かしら?」
「ちょっと、勇気さんを借りても良いかなー?」
「はぁ? どういう事?」
恵が、不思議そうに問うと、桜は、舞台の上の美麗を一瞥し、笑った。
「実はー、勇気さんをゲスト演奏者として迎えてみないか、って言う話が、軽音部で出てねー? まぁ、出したのは私なんだけどさー。そうしたら、まるで私達が和解したみたいに見えて、生徒会としても、良いんじゃないかなー、ってー」
「…えっと、ますます分からないわ…。そもそも、副会長って、何か演奏できたの?」
「それが出来るんだよー、ね、勇気さんー?」
「ああ。まぁ、キーボードを、少しな」
「へっ? 初耳よ、それ」
「初耳なのは当然だよー。だってー、記憶喪失になってから、弾けるようになったんだもんねー?」
「…、嘘、そんな現象あり得るの? 小百合、知ってる? 確か、あれから記憶喪失について、結構、調べていたわよね?」
「いえ、そんな事例はなかった筈です。そもそも、記憶"喪失"な訳だから、前まで出来なかったことが出来るようになっているなんて、そんな…」
「…ただの記憶喪失じゃ、無いってことなの? 何で勇気がそんなものに…」
「ただいまー。あっ、桜。例の話をしているの?」
と、茜が、片手に荷物を抱えながら戻ってきた。桜は、その言葉に頷く。
「茜ちゃんお帰りー! そうだよー、今、交渉中ー。まぁー、勇気さんがキーボードを弾けるっていう事実に、どよめいちゃってるけどー」
「あはは、無理もないんじゃない? まぁ、それは置いておいて、まず、答えを聞こうじゃない。勇気くん、どう?」
「俺は勿論、構わないけど…」
勇気は、美咲の方をちらと見る。
「そう、ですね…、問題ないと思います。勇気さんも、こう言っていますし。しかし、茜。美麗がよく納得しましたね?」
「美麗はむしろ賛成派だよ。なんでも、楽器店で勇気くんと会って、演奏を聞いたんだって」
「…石頭の演奏を聞いただけで、好感を持ったわけ? 美麗センパイって結構ちょろ─」
と、鶴城が言ったところで、マイクエコーのかかった美麗の声が響く。
『おい、聞こえてるぞ鶴城てめぇ! 私が、そこの石頭を多少信じてる理由は、そんなに単純じゃないっての!』
「あー、はいはいはい分かったよ! ったく、すぐ噛みつくんだから…」
『うるせえ!』
美麗は、そう言ってマイクのスイッチを切った。勇気は、その様子に感嘆する。
「彼女、耳が良いよな。緊急ライブの時もそうだったし、すごい能力だ」
「そうだね。美麗の耳の良さには、いつも感心させられるよ。一緒に居れば、更に見えてくるんじゃない? 美麗の良いところがさ。それじゃ、行こっか。桜、勇気くん」
茜は、言いながら、舞台に向かって数歩進み、手まねいた。勇気と桜は、それに頷いて、あとに続く。
「茜先輩!」
と、結愛が、茜達三人を呼び止めた。
「練習、近くで見に行っても良いですか? お義兄ちゃんの演奏、ちゃんと聴いておきたくて」
「勿論良いよ、結愛ちゃん。梨乃も喜ぶし」
「…ありがとうございます! お義兄ちゃん、一緒に行こっ?」
結愛は、小走りで勇気の隣に立ち、手を握った。桜は、それを穏やかな微笑みで眺めたあと、生徒会一行に手を振って、別れを告げる。
「じゃ、美咲ー、また後でねー!」
「ええ、また後で」
美咲も、手を振り返した。
「…さてと、私達は、外に出ていますね」
勇気達を見送ると、美咲と、恵は、舞台に背を向け、歩き出した。
「あれ、会長と恵先輩は、練習風景を見ていかないんですか?」
「悪いけど、私達、ああいう音楽が全体的に嫌いなのよ。否定する気はもう無いけど、こればかりは、どうにもね。まぁ、適当なところで時間を潰しているわね」
「そうですか…、分かりました。では、また後で…」
「ええ。…そうね、勇気も演奏するみたいだし、私は、一回くらいは聴きに来ようかしらね…」
「恵センパイ、それしか言えないの?」
「…煩いわね」