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14 休日


勇気にとって、それは幸せな一時だった。中藤尊康と言葉を交わせたことだけでも十分過ぎるくらいなのだが、それに加え、元々の趣味であるキーボードも弾くことができた。この世界に来てから一番"自分"で居られたのだ。勇気は、とても清々しい気分だった。


「桜、今日はありがとう。凄く楽しかったよ」


「私もだよー、勇気さんー。また、合わせようねー」


「ああ、もちろん。それじゃ、学校で」


勇気は、桜に笑顔を向けた後、帰路に着く。


「うん、じゃあねー」


桜は、歩き出した勇気の背中に、手を振った。勇気も、歩きながら手を振り返した。


(誰かと一緒に弾く、か。存外楽しかったな・・・。元の世界に戻ったら、誰か誘ってみようか・・・)


勇気は、何気ない思考を頭の中に巡らせながら、"星野勇気"の家へと歩く。道中、信号待ちでふと時間が気になり、携帯電話を開く。


(・・・あー、しまった。夕方を少し過ぎているな。夕飯の準備を手伝うつもりだったけど・・・間に合うか? 少し急ごう。・・・、ん?)


と、勇気の携帯に、簡易メッセージの通知が届いた。どうやら、生徒会全員が参加しているグループチャットだ。


(連絡か、どれどれ・・・)


勇気は、道の端に退き、携帯電話の画面を切り替えた。


天上美咲

『連絡です。劇場建設の件ですが、小劇場の方が明日で完成する、とのことです。加えて、「是非見学しに来てください」とお父様が。という訳で、明日九時頃、暇な方はどうぞ。服装は自由です。』


新藤小百合

『行きます。』


星野勇気

『俺も行くよ。』


天上真白

『私は姉様にくっついて行きます!』


木崎恵

『それって軽音部の連中も来る?』


天上美咲

『その筈です、リハーサルもするようですね。』


宇宮鶴城

『じゃあ美麗先輩をまた煽りにいくかー 私も行くよ』


木崎恵

『煽るのは止めろ、また面倒なことになるでしょ』


宇宮鶴城

『あっそう一応覚えとく 恵先輩は来るの?』


木崎恵

『予定もないし行くけど』


宇宮鶴城

『うげ』


木崎恵

『おい』


宇宮鶴城

『わーこわーい ていうか明日も休みなのに全員参加なの?友達居ないの?私が言えたことじゃないけど』


木崎恵

『ほっとけ』


宇宮鶴城

『恵先輩自覚してんだ笑』


木崎恵

『嘘言ってもしょうがないでしょ』


天上美咲

『実際、生徒会は嫌われていますからね。』


新藤小百合

『それを払拭するのが、今の目標じゃないですか。』


宇宮鶴城

『あれ?そういえば小百合先輩って結構新参なんでしょ?今の二年は圧政を頭から尻尾まで経験してたらしいけどなんで生徒会に居んの?』


新藤小百合

『確かに圧政は経験したけど、生徒会が変わった事には気が付いたし、今は大好きだよ、生徒会のこと。』


宇宮鶴城

『へー てっきり今の二年は大体が生徒会のこと嫌いなのかと思ってたけどそうじゃない人も居るんだ』


新藤小百合

『実際私くらいだと思うけどな、同級生からはあんまり良い顔されないし。』


天上美咲

『悪いのだけど、その話はもう止めてくれるかしら。』


新藤小百合

『すみません、配慮が足りませんでした。』


宇宮鶴城

『それって女王様の耳が痛いから?』


天上美咲

『鶴城の言う通りね、情けないわ。過去の愚行を忘れるつもりはないのだけど、思い出したくもないわね。』


木崎恵

『別に忘れても良いんじゃないの? 今の会長はあの時の会長じゃないんだし』


天上美咲

『ありがとう恵、貴女にはそんな言葉をかけられてばかりね。』


木崎恵

『わざわざ言わなくて良いって』


天上美咲

『大事なことよ。さて、こんな話をずっとしていても仕方がないし、勇気さんも混乱するでしょうから、今日はもうお仕舞いにしましょうか』


天上真白

『また明日ですね!』


勇気は、真白からのメッセージを最後に、携帯電話を閉じる。


(もう小劇場が完成するのか、本当に早いんだな・・・。しかし、"圧政"か。この世界の生徒会には、過去にそんなことを?・・・いや、止めておこう。俺には関係の無い話だ。この世界のことは、あまり知らない方が良い筈だ。出来るだけ気にしないようにするか・・・。今はなにより、急いで帰ることにしよう)


ーーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーー


「ただいま」


「あ、お義兄ちゃんおかえり!」


勇気が玄関の扉を開けると、結愛が調子の明るい笑顔と声で迎えた。結愛は、勇気に詰め寄って、目を輝かせる。


「動画見たよ! 感動した! なんだか、お義兄ちゃんの違う側面が見られたって感じ、やっぱり───」


と、結愛は、そこまで言って言葉を詰まらせた。


「───あー、ううん、えっと違うの。・・・あはは、言葉にするのって結構難しいね。とにかく、聴かせてくれてありがとう!」


「あぁ・・・はは、此方こそありがとう」


勇気は、結愛と笑い合って、礼を口にした。勇気は、どうにも照れくさかった。今まで、人に聴かせてこなかった自分の演奏。それを評価されたのだ、喜ばない理由があるのだろうか。とはいえ、勇気の感情はただ純粋な喜びだけではなかった。結愛は、勇気の事を称賛してはいるが、その瞳は、どうしても"星野勇気"の事を見つめているのだ。


(・・・、一刻も早く元に戻らないと。このまま、"星野勇気"の事を見つめ続けている彼女を見るのは、辛い)


「あれ、お義兄ちゃん、どうしたの?」


結愛は、少し黙った勇気を不思議に思って、勇気の顔を心配そうに覗く。勇気は、はっとして、思考を結愛の方へ向ける。


「えっ、あ、あぁごめん。大丈夫だ、大丈夫。・・・あー、それより、見た感じ夕飯の準備はこれからだろ? 今日も、手伝わせてくれないかな」


勇気は、なんとか次の話題へ、話を逸らした。


「良いけど・・・どうして?」


「任せきりにするのは申し訳ないし、待ってるだけなのも退屈だしな。なんなら、全部任せてくれても大歓迎だ」


勇気は胸を張って、少し過剰とも言える自信を見せた。


「っ、流石に全部任せちゃうのは申し訳ないよ。じゃあ・・・、二人で二品ずつ作ろう! そうすればお互い参考になるし、私も助かっちゃうし」


結愛の提案に、勇気は頷く。


「よし分かった。二品だな。・・・、さて、何を作ろうか・・・」


「結愛は何を作るんだ?」

「お義兄ちゃんは何を作る?」


と、二人の声が重なった。二人は顔を見合わせ、思わず笑い合った。


「くっ、あははっ! っ、ごめん。被ったら嫌だなーと思って!」


「ははっ、ああ、俺も同じだ。しかし綺麗に重なったな・・・、あー、じゃあ、結愛は自分の好きなものを作ってくれよ。俺はそれに合わせるからさ」


「えっ、良いの?」


「ああ。俺は今、献立を考えることが恋しいんだ。いつもは面倒だと思っていたんだけどな。だから、考える方は俺に任せて欲しい。まぁ、わがままみたいなものだけどさ」


「わがままだなんて、とんでもないよ。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えちゃうね」


勇気と結愛、二人は顔を合わせて同時に頷いた。慣れた手つきでエプロンを着用し、キッチンへと向かう。その後、二人で軽く献立の確認をし、調理器具の準備をし始める。


「・・・ふふっ、お義兄ちゃんが家事に前向きなのって、なんだか新鮮だなぁ」


「まぁ、"星野勇気"は、あまり家事をしていないみたいだしな」


「うん、お義兄ちゃん・・・が記憶を無くしちゃう前は、家事はみんな私がやってたから、その間お義兄ちゃんは、大体テレビの前で桜先輩と通話をしながらゲームやってたり、漫画を読んだりしてるんだよ。今のお義兄ちゃんを見てるとちょっと信じられないくらい」


「ゲームに・・・漫画か。俺には基本的に関わりのない趣味だな・・・。結愛は、その間一人で家事をしているんだろ? 大変じゃないのか?」


「うーん、大変って思ったことは無い・・・かな。お義兄ちゃん、すごく楽しそうに遊んでてね、「うわーっ!」「いけーっ!」「よっしゃー!」って、誰かに披露してる訳じゃないのに身振り手振りもすごく大きいんだ。見てるこっちが楽しくなっちゃうくらいに。だから、大丈夫だよ。お義兄ちゃんが幸せなら、私も幸せなんだ」


「幸せ、か・・・。結愛は、"星野勇気"の事が本当に好きなんだな」


「当たり前だよ、だってお義兄ちゃんだもん。好きな理由とか、そんな細かい事は分からないけど、でも、私にはそれだけで良いの」


「そうか・・・。まぁ、貴女が幸せだって言うなら、俺も必要の無い心配だったな。・・・あー、でも、一つだけ。無理はしないで、自分の身体を大切にな。貴女の身体も命も、一つきりだし、"星野勇気"にとっても、きっと、貴女の代わりは居ないんだからさ」


「・・・、うん、わかった。ありがとう。・・・お義兄ちゃんは、優しいんだね」


・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・


食事中の様子は、一見、和気藹々としたものだった。話もある程度盛り上がり、桜の家での出来事(勇気は、輝の話は伏せた様だ。)や、キーボードの事。そして、勇気と結愛の共通の話題である料理の事。特に料理の話題は、お互いの得意料理や、情報交換等、有意義な時間を過ごすことが出来た。が、二人の視線だけは、どうにも噛み合わなかった。会話自体は、自然と繋がっている。そして、笑い合っている。が、二人の目は、どこか遠いところに居る、別の人間を見ているようだった。


食事が終わると、二人は作業を分担して迅速に食器の始末を終わらせた。その後、順番に風呂へ入り、ようやく、静かな時間が訪れようとしていた。


(ふぅ、今日も良い湯だった。・・・あー、風呂とか掃除全般も任せてもらおうかな・・・。洗濯も・・・、そこまでいくとやり過ぎかな・・・、いやいや、そんなことはない。彼女はずっと一人で家事をしてきたんだ、今くらいは、休んでもらわないと)


勇気は、寝巻き姿でそんなことを考えながら、リビングへの扉を開けた。


「あ、おかえりー」


そこでは、同じく寝巻き姿の結愛が、ソファーに腰掛けていた。何やら、動画をテレビに映して、見ていた様だ。


「ああ、ただいま。・・・、それは、今日の動画か?」


「うん、そう。やっぱり上手いなあ、って、思ってね」


「そうか。少し・・・、照れるな」


「あははっ、動画でも、前奏の辺りは照れながら弾いてるよね」


「気付いたのか、隠していたつもりだったんだけどな」


「うん、だってお義兄ちゃんの事だし、気付くよ。でも、こんなに恥ずかしがってるってことは、人前で弾いたこと、無かったの?」


「無かったな。大体、考え事をしているときくらいしか弾かなかったし、多分、今日が初めてだ。隣良いか?」


「良いよー」


勇気は、結愛の隣に腰掛けた。勇気は、画面に映っている自分の姿をぼんやりと眺める。


「こんな風に映っていたんだな・・・」


「楽しそう、だよね」


「ああ、楽しかったよ。そういえば、結愛は、俺が留守の間、何をしていたんだ?」


「私? 予定もなかったし、軽い掃除をしながら、お義兄ちゃんの事眺めてたよ。「今、何処に居るのかなー」って」


「・・・ずっとか?」


「うん、今日はね。休みの日はいつも、梨乃ちゃん・・・、ほら、軽音部でベース弾いてた子。彼女とよく遊びに行くんだけど、今軽音部って、忙しいらしいからさ・・・。だから今日は、お義兄ちゃんを眺めてたの。全然退屈してなかったよ?」


「そう、か。まぁ、それなら良いんだけど・・・。あぁそうだ、結愛。明日、完成するっていう小劇場を下見も兼ねて見学しに行くんだ。生徒会の皆でさ。結愛も来るか?」


「えっ、良いの?」


「ああ。予定が空いていたら、だけど。軽音部もリハーサルをするらしいぞ」


「そうなの!? 行く! 絶対行くよ! 私、軽音部の音楽好きなんだー。予定も無いし!」


「それは良かった。よし、それじゃあ、明日は九時頃に集合、服装は自由な」


「うん! 何着て行こうかなぁ・・・。あ、じゃあ今日はもう部屋戻るね、おやすみなさい!」


「ああ、おやすみなさい」


結愛は、元気良く挨拶をすると、テレビを消して、自分の部屋へと戻っていった。


(さて、と。俺も、そろそろ寝ようか・・・)


勇気も、ソファーから立ち上がり、電気を消してから自分の部屋へと戻っていく。


このとき勇気は、この世界に来てから珍しく、純粋に明日を待ち望んでいた。勇気にとっての"良い休日"が、勇気の不安を少なからず和らげ、安心させたのだ。それがどんな結果になるのかは、未だ分からないが、良きものであることは確かだろう。




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